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いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト~  作者: Sin Guilty
新章 十三使徒編

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最終話 同じ人 違う見え方

 セトの左目にあてられたツカサの左手――正確には能力管制担当(左手のグローブ)が、紅い光で構成された小さな図式(サインフレーム)をいくつも展開している。


 それは「魔法陣」とは似て非なるものだ。


 この世界(ラ・ヴァルカナン)の「魔法」を知るものであれば、誰でもその法則から逸脱した――はっきり言ってしまえば、全く違う系統の能力をツカサが行使していることに気付けるだろう。


 竜人化(ドラゴライズ)によって痛覚を鈍化させたセトの左目に、ティスの持つ「連結(リンク)」の異能を行使可能にする「義眼」を移植しているのだ。


「ぐっ……う……」


 セトが苦悶の声を噛み殺している。

 ツカサや周りの仲間たちは気遣わしげな表情を浮かべるが、中断する訳にも行かない。


 致死の攻撃がもたらす激痛でさえも、無視できるレベルへと鈍化させる竜人化(ドラゴライズ)であっても、義眼と視神経を繋ぎ、魔力を脳の意識野とリンクさせる作業はセトに激痛を強いる。


 これがもしも竜人化(ドラゴライズ)なしであれば耐えうる激痛ではない事は明らかだ。


 セトは義眼を埋め込まれる左目から血涙を流しながらも、痛みそのものには徐々に慣れつつあった。

 だが痛みには慣れても、本来自分の左目がある場所に「異物」が侵入してくる妙な感覚は消えない。


 苦痛ではない。


 もちろん快感でもない。


 ただ自分の体内に自分のものではないない、なにかが浸入してくる感覚。


「大丈夫か、セト」


「へ……いき。途中で……止められ、ない、でしょう? がまんできる、から……続けて……」


 自分を心配してくれる師匠(ツカサ)の声に、無理をして答えたと同時に、唐突に理解した。


 自分がその異物感――師匠(ツカサ)が己の為に創ってくれた「義眼」が己の体内に()()()と侵入し、神経や魔力回路や、その他の何もかもに繋がってゆく事にえもいわれぬ喜びを感じているのだという事を。


 痛みも忘れて、盛大に赤面して歯を喰いしばる。


 それをツカサはセトが痛みを堪えているのだと勘違いし、空いている右手でセトの右手を頑張れとばかりに握る。

 その手にセトは己の左手も重ねて、爪を立てるほど強く握り返す。


「――っや……っあ」


 次の瞬間、一際大きな激痛が脳を抉り、本来の己の左目が()()()へ引きずり出され、その空間に「義眼」が収まった事が自覚できた。

 あまりの激痛とそれ以外の感覚に意識が遠のき、がくがくと震えながら仰向けに倒れそうになったセトの小さな身体を、ツカサが抱きかかえる。


「すまん、想定以上に痛みが強かった。だけどもう終わった。セト。大丈夫かセト!」


 痛みで溢れた右目の涙と移植による左目の血涙で、心配している師匠(ツカサ)の顔が滲んでいる。

 心配されている事が嬉しくて、強がりだって言える。


「だ……じょぶ。心配、しないで」


 師匠(ツカサ)の言葉通り、移植完了と同時に嘘みたいに「痛み」は消えている。

 今セトの身体を震わせているものは、義眼を左眼窩に嵌め込まれた()()だ。


 意識がはっきりしてくるに伴い、自分の出した声や態度、ツカサの手を血が出るほど爪を立てた事が恥ずかしくなる。

 痛みのあまり空いた口から零していた涎を肩で拭い、赤面しながらもいつもの調子に戻ったセトがツカサが支える手から離れて自分の足で立つ。


「ごめん師匠。みっともないところ見せちゃった」


「馬鹿、無理すんな。冗談じゃすまない痛みだってことは判ってる」


 セトの左目に残る血を己の指で拭いながらツカサが心配する。


 竜王の血を受け入れることに耐えられたセトが、意識を飛ばしかけるほどの激痛なのだとツカサは思っている。

 自分自身もその痛みを知っているからこそ、心配するのだ。


 その心配がセトにはくすぐったい。


「ほんとにもう大丈夫。――終わってしまえば嘘みたいに違和感無いね。ほんとに僕の左目、師匠とお揃いになってるの?」


 セトには今時分の左目が「義眼」である感覚はまるで無い。

 「移植」が終わってしまえば、何もその前後で変わっていないとしか思えない。


「なってるよ。くそうセトの顔だと金銀妖眼(ヘテロクロミア)()()になるなあ……」


 涙やなんやで濡れているセトの顔を、「アイテムボックス」から取り出した綺麗な布で拭いながらツカサがため息をつく。


「自分の目、と言うかティスの目で確認したらいい。起動するぞ? 起動したらティスが自分の異能を制御していた時の感覚で、「連結(リンク)」は扱えるはずだ。「眠り姫スリーピング・ビューティー」を起こせ、セト」


 その言葉と同時に、セトの左目が軽く熱を持った感覚を得る。

 能力管制担当(左手のグローブ)の制御によって、セトの左目の義眼が起動したのだ。


 ツカサの言葉に従い、ティスに向けて「連結(リンク)」を起動する。

 それだけでは、空っぽのティスの身体は何の反応も返してこない。


 今ティスの身体がそうしているように、セトのほうでも「連結(リンク)」を超過駆動(オーバー・ドライブ)させる必要がある。


 四年前の感覚を落ち着いて思い出しながら、そうしてゆく。

 思ったより簡単に()()は出来た。


 その瞬間に今のセトの意識が、能力を超過駆動(オーバー・ドライブ)させているティスの身体に宿り、()()()()の感覚と、()()()の感覚に戸惑う。

 次の瞬間にはティスの中で超過駆動(オーバー・ドライブ)している能力によって再びセトの身体に宿り、それが無数に繰り返される。


 その速度は無限に高速化し、しばらく後には今のセトの意識が、セトの体にもティスの身体にも宿っている状態となった。


 一つの意識が、二つの身体で超過駆動(オーバー・ドライブ)している「連結(リンク)」をゆっくり抑えてゆく。


 だが完全に止めはしない。


 そうすれば今のセトは二つに分かれ、居なくなってしまうだろう。


 常に「連結(リンク)」を軽くとはいえ超過駆動(オーバー・ドライブ)させ続ける魔力は、周りからその異能ゆえいくらでも補充できるから問題は無い。


 空中に浮いていたティスの身体が、超過駆動(オーバー・ドライブ)を制御されるのにあわせて、ゆっくりと地上に降りてくる。


 それをツカサができるだけ優しく抱きとめた。


 四年間閉じられたままであったティスの瞼が、ゆっくりと開かれる。

 そこにはセトとは違う、深い紫(アメジスト)の瞳が宿っていた。


「こっちでははじめましてだな。――宜しくティス?」


 冗談めかして言う師匠(ツカサ)に、ティスの身体にも宿ったセトが赤面して目をそらす。


「「もう、師匠は冗談ばっかり……」」


 四年ぶりにも関わらず、普通に声も出るし目も見える。


 おそらくツカサに抱きかかえられていなくても、自分の足で立てるだろう。

 「魔力結界」に覆われていた身体は、四年間眠り続けていても問題ないようだ。


 だがここは役得として、ツカサに抱かれたままにしておくティス(セト)である。


「「うわあ、へんな感覚。僕も私も自分ってちょっとこれ、すぐには慣れない……」」


 その言葉通り、セトの思ったことをセトの体もティスの身体も口にしている。

 それが寸分の狂いもなく同時なものだから、傍から見ている人間にとってはちょっと怖い。


 ダンスでもさせたら恐ろしいシンクロ率を誇るはずだ。


 二つの身体を同時に制御する事には当然慣れていないため、ツカサに抱かれているティスの感覚に引っ張られて、セトの身体がよろめいたりしている。


 慣れるのにはしばらく時間がかかるだろう。


「「ほんとに左目が師匠と同じ銀色だ……自分同士が見詰め合ってるこの感覚、どういえばいいんだろ」」


 語られても理解できるものは居ないだろう。

 それこそセトとティスにしかわからない世界だ。    


 だがツカサが危惧したような、致命的な混乱はセトには発生していない。

 後は慣れの問題だろう。


 セトは異体同心を体現している存在になるわけだが、それは仲間内だけが知っておけばいいことだ。

 今のセトをどうしても失いたくなかったツカサが、出した答えがこの形である。


「まあゆっくり慣れていけばいいさ。これからもよろしくな、セト、ティス」


「はい!」「うん!」


 二人の返事が同じじゃない事に一瞬違和感を感じたツカサだが、セトが二つの体の制御に慣れだしているのだと理解する。

 

 だがセトは自分が制御する二つの身体に、はやくも戸惑っていた。


 全く問題なく二体とも制御できる。

 意識して行えば、別の場所で別の行動をすることも、セトとティスが向き合って討論する事もすぐにでもできるだろう。


 それほどにしっくりくる。

 自分は一つで、身体が二つあるだけだと違和感なく思える。


 だけど一つだけ例外がある。


 他の人でも物でもそんなことは無いのに、セトから見る師匠(ツカサ)と、ティスから見る師匠(ツカサ)が全然違って見えるのだ。


 セトから見た師匠(ツカサ)は、今までどおり頼りになる、いつか追いつきたい憧れの存在だ。

 多少動悸は早くなるが、今までとそんなに変わらない。


 だがティスから見る師匠(ツカサ)は、何かソフトフォーカスがかかっているようで、ティスの動悸はあっという間に速くなる。

 それに引っ張られて、セトの身体まで動悸が速くなる始末だ。


 ティスの身体で師匠を見たらこうなるのか……


 その事実にティス(セト)は戦慄していた。

 こんな状態のままだと、正直身が持たない。


 クリスティナ様も、サラもセシルさんも、良くこれで平気だなとセトは内心尊敬した。


 身体を慣らしたいからと言ってツカサにおろして貰い、セトと手をとりながら動きを慣れさせつつツカサと距離を取る。


 四年ぶりに話し、動いているティスを見て涙目になっているシリスを慰めながら、まあすぐに慣れるさ、女の子の身体にまだ慣れていないだけさとセトは自分を誤魔化していた。


 とりあえずしばらくは出来るだけティスで師匠(ツカサ)を見ないようにしよう。


 などと出来もしないことを心に誓うセトである。


 



 ――どうやら深刻な問題ないようだ。


 まだおっかなびっくりと言った感じではあるものの、セトとティスの身体をちゃんと同時に制御できている、俺達が良く知るセトを見て俺は心底ほっとした。

 

 理屈ではこれで何とかなるとは思っていても、実際に何が起こるかはやってみるまで判らなかった。

 一つの意志で二つの身体を制御するなんてちょっと想像できない。


 常に五感が二人分あるってどんな感じなんだろうか。

 既に「連結(リンク)」の能力を解析済みの俺にはやろうと思えば出来なくも無いが、進んでやろうとは思わない。


 セトの場合と違って、クリスティーナ(おくさん)と本当の意味で一つになるのはちょっと嫌だ。

 他人だからこそ、お互いの意志で共にあることにこそ嬉しさがあると思う。

 

 この後セトがどう変わっていくのか。

 今までどおりにずっと一人のままなのか、いずれセトとティスに分かれていくのかは誰にも判らない。


 それはどっちでもいいと俺は思っている。


 俺だって、クリスティーナ(おくさん)だって、時間が経てば変化してゆく。

 それは決して悪い事じゃなない。


 俺がどうしても止めたかったのは、突然今のセトが消えてしまう事だ。

 それぞれの身体に宿った今のセトが、セトとティスに、別々になっていくことはあるいは自然な事だろう。

 それは今のセトがゆっくりと決めていけばいい。

 どちらにしても俺達は仲間だ。


 それは変わらない。


「あなたの思惑通りですか?」


 横に立つクリスティーナ(おくさん)が、穏やかな笑顔を浮かべて聞いてくる。


「そうだなあ……どうやら大きな問題は無いようだから、とりあえずは上出来かな。異体同心なんてちょっと想像つか無いけどね」


 その答えに、じっと俺の目を見るクリスティーナ(おくさん)

 なんか変な事言ったかな?


「気付いて無いんですね。もう既に私たちの知っているセト君は、セト君とティスちゃんとして違ってきていますよ?」


 え?

 なにそれ。


 と言うかなんでそんな事がわかるのクリスティーナ(おくさん)


「意識と記憶の完全共有が可能みたいですから、常に標準化して自分はまだ一人だと思っているみたいですけれど。基本(ベース)は私たちの知っているセト君ですけれど、もう既にあの二人は別人ですよ?」


「うそお……」


 俺の反応に、クリスティーナ(おくさん)はくすくす笑う。


「まあセト君とティスちゃんも気付いていない、と言うか気付きたくないんでしょうけれど。二人があなたを見る目がまるで違いますもの。同一人物を見る目があんなに違っては、もう同じ人とはいえないと思いますよ?」

 

 いやいずれそうなって行く事は想定していたけど、そんな速攻で?


 本当に?


「だってティスちゃんはもう、恋敵(ライバル)の目をしてますもの。女性にはすぐわかるんですよ? サラやセシルさんも気付いているんじゃないかしら」


 そういうものですか。

 すいません、正直よくわかりません。


「そういうものなのです、朴念仁の旦那様」


 そう言って俺の右腕を取り、セトの爪で血が出たところに口付ける。


 いやあの……


 銀の義眼(左目)が捉えなくていいのに、クリスティーナ(おくさん)の行動に反応した四人の動きを視界に表示する。


 セトの方のセトは反応しなくていいんじゃないか?

 何を言ってるわからないだろうが、俺にもわからない。 


「さあ私たちの家に帰りましょう。今回もあなたはすごく頑張ったと思います」


「そりゃありがとう……でもクリスティーナはいいのか? その……」


「譲るつもりなんてないですよ? けれど他の女の子達に、あなたを好きになるなと言う気も無いんです。ティスちゃんだけじゃなくて、今回で恋敵(ライバル)はものすごく増えましたけれど。……アリアさんとか」


 そういってころころ笑うクリスティーナ(おくさん)には、俺は絶対勝てないなと思った。

 価値観は王族で聖女だけれど、それをよしとしている訳ではない。


 必要と判断すれば認めはするけれど、譲る気は無い。


 わーいハーレムだーとか言ってる場合じゃないな。


 俺は俺できちんとしないと。

 クリスティーナ(おくさん)に愛想をつかされたら、力も何も意味が無い。

 

「ふふふ。そういうあなたが好きですよ」


 何もかも見透かされている気がする。


 まあセトとの約束は果たせたと言っていいだろう。

 クリスティーナ(おくさん)の言うとおり、まずはみんなで家に帰ろう。


 とりあえずジャンとネイを、新婚旅行の続きに戻してやら無いとな。

 途中で無理やりつれてきて、そのままだ。


 成果を御義父上(アルトリウス三世)に報告して、みんなでちょっとゆっくりしようか。

 こっちに来てから露天風呂には入れてないしな。

 

 今夜どうですか、クリスティーナ(おくさん)


「二人きりなら、喜んで」


 はい。  




「十三使徒編」 Fin


to be continued in next episode 「大いなる災厄編」

これにて「十三使徒編」完結です。

拙作にお付き合いくださってありがとうございました。


続きのお話しはプロット段階はほぼできており、各編ある程度書き溜めが出来たと同時に、今回のように完結まで毎日投稿の形を取ろうと思っています。


「大いなる災厄編」「錬金術師編」「日常編(極短い)」と続き、ほぼプロットが固まりつつある「終焉主編」がこの物語の最終章になりそうです。


「十三使徒編」が一区切りついたこの状況で、「大いなる災厄編」の書き溜めに入りたいと思います。

二月中には投稿開始できるように頑張ります。


皆さんが読んでくださり、感想やブックマーク、評価をしてくださるのが日々書いてゆくモチベーションになっています。

書いていてすごく楽しいです。


感想お返事返せなくて申し訳ありませんが、すごく励みになっています。

誤字のご指摘も迂闊な私には大変ありがたいです。

今後ともお見捨てなきよう、お願いできたらありがたいです。


区切りのついたここで、いったん評価などしていただけると躍り上がって喜びます。


出来るだけ早いタイミングでの投稿再開を目指しますので、それまでお待ちいただけることを祈るばかりです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

可能であればこれからも読んでいただければ望外の喜びです。


では可能な限り近いうちにまた。

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