第15話 序列戦 上
枢機卿らを引き連れた教皇自らがジャンに跪き、「勇者列聖」の儀式が進んでいる。
「戦って勝つだけだ」と思っていたジャンは相当焦っているだろう。
しかし顔に出にくいっていうのは得だよな、こうやって見ている分には堂々としているようにしか見えない。
一緒に聖女としての列聖を受けている、隣にいるネイの眼がハートマーク状態になっている。
今はジアス教に代々伝わる「勇者の剣」、「勇者の盾」、「勇者の鎧」、「勇者の外套」を奉じられているところだ。
やっぱりあるんだな、「勇者シリーズ」
ジアス教の色と言っていいだろう、白地に金をあしらわれた豪奢なものだ。
アクセントに朱でジアス教の紋章が入っているのがすごくかっこいい。
銀の義眼に映し出される装備としての性能は、「勇者シリーズ」が張子の虎ではない事を証明している。
「勇者シリーズ」を装備して俺と並ぶと、白黒コンビになるな。
――いいぞ、そういうノリは結構好きだ。
ネイにも「魔法の聖女」の専用装備があるようだ。
って事はクリスティーナにもあるのか!
そりゃあるよな。
そう言えば懐剣とか、和服風の戦闘衣装とかそれっぽかったもんな。
アリアさんのは初対面の時のドレス・アーマーみたいなやつがそれか。
今度ゆっくりフル装備を見せてもらおう。
他意はない、念のため。
「勇者の冠」が、この時ばかりは跪くジャンに教皇の手でかぶせられて「勇者列聖」の儀式は終了となるようだ。
相当緊張しているのだろう、教皇猊下の手がちょっと震えている。
「勇者顕現」は数千年に一度であることを考えれば無理もないか。
今この場にいる俺達から見ればぐだぐだな流れでの「勇者列聖」だが、後の世には伝説なり神話なりとして伝わるのだろうし。
俺とクリスティーナは実際に伝説となった今を、遠い未来で読み、聴くことが可能なのだと思うとちょっと面白い。
まあそのためには「大いなる災厄」をぶち転がす必要があるが、今の仲間たちなら大丈夫だろう。
俺とタマ、能力管制担当だけで何とかする予定だが、頼れるところは頼るつもりだ。
仲間の安全さえ確保できればそうしたほうがいい。
舐めてかかるのも、抱え込みすぎるのもいい結果には繋がらない事を俺はもう知っている。
まあ「姫巫女」を無傷で倒す事より難しいこともそうそうあるまい。
そうであってくれ。
「勇者の冠」と一対のような宝冠がネイにも与えられ、目を白黒させている。
それを見ているジャンが嬉しそうだ。
仲間内だけでやった小規模な結婚式でも恐縮していたけど、二人で「勇者と聖女」として列聖されたのはよかったな。
さてこれでやっと「序列戦」が始まる。
これ「勇者様」と「聖女様」。
子犬みたいに二人して嬉しそうに駆け寄って来るんじゃない。
もうちょっとこう、らしさをだせ、らしさを。
無理か。
ものすごく嬉しそうだもんな。
うん、ネイ宝冠似合っているし「魔法の聖女」装備はお姫様みたいだな。
杖がなんか強そうだけど。
いやジャン「ツカサさん使いますか?」って、怒られるだろそれ。
ちゃんとお前が使え、その「□トシリーズ」
まあセトの魅せ場を一緒に見ようか。
「序列戦:第一戦」
第八席ヴァッシュダイン vs 第十三席オーズ・オルレイン。
序列が低いものから始まるのはお約束だな。
やっぱりトリは大物が務めないと盛り上がりに欠けるだろう。
今のセトの実力だと、盛り上がるかどうかは保証しかねるが。
瞬殺あり得るからなあ。
とはいえ俺にとっては第一戦からクライマックスだ。
何と言ってもおっさんが出る、おっさんが。
しかも相手は超貴公子ヴァッシュダインさんと来たもんだ。
何としてでも勝ってほしい。
第八席と第十三席ではそれなりの実力の差もあるのだろうけれど、挑むからには勝算もあるはずだ。
おっさんがんばれ。
超がんばれ。
容姿富裕者層に、容姿労働者階級の意地を叩きつけてやるのだ。
着飾れど 髪型変えれど猶我が容姿よくはならざり ぢっと鏡を見る。
「あの……ツカサ様。オーズ様とお知り合いだったのですか?」
俺のあまりの入れ込みようからか、クリスティーナは俺の知り合いなのかと思ったみたいだ。
サラやセシルさん、ジャンとネイもそんな顔をしている。
――人前で精神状態も落ち着いていると、「あなた」ではなく「ツカサ様」なんだな。
――「あなた」が警報になるのは嫌だなあ。
いやそんなわけないだろ。さっき会ったばっかりだ。
何時、どこで知り合うんだよ、末席とはいえ「十三使徒」の一人と。
少なくとも俺がオーズさんの存在を認識したのはついさっきだ。
「だってツカサさん、思いっきり応援しているじゃないスか。たぶん俺オーズさんには敬語になると思う」
いやジャン、さっき教皇猊下直々にジアス教徒に対しては「勇者」として、目上の者として振舞ってくれるようにって言われていたじゃないか。
そうしないとジアス教徒の方が対応に困るからって。
ジャンがそういうのが苦手なのはわかっているけど、そこは頑張れよ。
「ツカサさんが丁寧に話している相手に、俺が偉そうにするのは無理ッス」
それだとほとんどの人に対して、お前も敬語になるだろ。
いや俺は確かに苦手だけど敬語とか。
でも敵対してない人には丁寧に話していると思うんだが……
出来るだけ失礼にならないように話しているんだけど?
そうでもない?
――あれえ。
……まあいい。
どうせクリスティーナを含む容姿富裕者層に、俺やオーズ先輩のような容姿労働者階級の想いはわかるまい。
見てくれで及ばぬのであれば、せめて実力なりとも。
正直、ジャンの「勇者面」時代の悩みは初めて聞いた時は殴ってやろうかと思ったものだ。
あやふやな夢を根拠に、ネイを助けようとまでした覚悟が無ければ「ソーダッタンデスカー、ツラカッタッスネー」と言い放っていたかもしれない。
ちらりとジャンを見る。
確かにこの顔で実力が普通だと、辛いっちゃあ辛かったのだろうなと今は思える。
ジャン本人が、今はその頃の悩みを笑い飛ばしているからいいけどな。
馬鹿な事を言っている間に、第八席ヴァッシュダインさんと、第十三席オーズ・オルレインさんの「序列戦」が開始された。
これ実況が無いからなんか違和感あるんだな。
物凄く淡々としている気がするのは、俺が日本のそういうのに慣れているせいだ、これ。
自前でやってみるか。
『さーて挑戦者の入場だぁ! 見た目はおっさん、だがこう見えても「十三使徒」の末席! 「男は見た目じゃない」を証明してくれ、オーズ・オルトレイン38歳! 妻も子も応援しているぞ』
うん無理だ。
グラップラー○牙の最大トーナメントの全選手入場は神だ。
俺には辿り着けない境地に、あれは在る。
能力管制担当、俺の脳内限定でやってみる?
(ノω・、) That's impossible. Sorry master.
だよな。
俺の脳内馬鹿話に関係なく、第八席と第十三席は呪文の詠唱に入っている。
そうか、俺は無詠唱が当たり前になっているけど、「魔法遣い」同士の戦いは即ち、呪文詠唱合戦でもあるわけだ。
――無詠唱がどれだけ素晴らしいか、今はじめて理解した。
クリスティーナとかセトが唱えているのはそんなに違和感なかったから、その価値に気付いていなかった。
余裕があるときはちょっとくすっと来たりもしていたけど、その程度に過ぎなかった。
最初の司教二人も、ノリノリ過ぎただけで様にはなっていたしな。
だけどオーズさんの詠唱が見てられない、と言うか聞いてられない。
この世界では「魔法遣い」と言うものはそういう存在だから、違和感は無いのだろう。
実際、今も俺以外のみんなは真剣に二人の詠唱が終わるのを――つまり「序列戦」の趨勢を真面目に見守っている。
いやタマがいる。
タマなら判ってくれる筈だ、この居た堪れない気持ちを。
「確かに、日本の感覚で見るとキッツいですねぇ……」
だよな。
俺にとっては、普通に駅で見かける会社員のおっちゃんが厨二感満載の呪文詠唱をしているようにしか見えない。
神官衣にストラと言うのはまあ、現実の宗教でも見かけるからそんなに違和感がなかったんだが、「呪文詠唱」と杖を構えたポーズが合わさると破壊力は有頂天である。
オーズさんが茶髪茶眼とはいえ、俺の目には東洋系に見えるのもそれを助長している。
まあそうだからこそ、一目見て「おっさん!」という失礼な感想を持ったわけだが。
一方でヴァッシュダインさんにまるで違和感が無いのが口惜しいと言うかなんと言うか。
おのれ。
厨二系呪文詠唱であっても、容姿が優れているとアリになるのが腹立たしい。
「ただしイケメンに限る」の呪いは異世界ですら有効なのか。
こうなったらせめて勝ってくれ、オーズさん。
一瞬速くオーズさんの詠唱が終わり、「魔法」が発動する。
銀の義眼が表示する「魔法名」は「嘆河」――氷系魔法の第二階梯魔法。
セトの「紅焔墜下」もそうだったが、ジアス教においては第二階梯の「魔法」を指して「禁呪」と称するらしい。
出逢った頃のセトにとって、「我が魔導の書」を除けば「紅焔墜下」が最大の「魔法」であったように、オーズさんにとっても「嘆河」が最大の「魔法」なのだろう。
しかしこれ直撃したらヴァッシュダインさん死ぬんじゃないの?
そうやすやすとは喰らわないんだろうとは思うけど、一つ間違えたら大怪我じゃすまないよな。
「十三使徒」の「序列戦」って、そんな恐ろしい代物なのか。
しかし貴重な魔法遣いを「序列戦」で失うような事をジアス教が認めるものなんだろうか。
俺のその疑問に応えるように、銀の義眼が魔力展開をしている「盾の聖女」を捉えて表示する。
ああ、なるほど。
それぞれの「魔法遣い」の防御を突破して直撃するような攻撃は、「盾の聖女」が全て防ぐ事で「序列戦」は成立している訳か。
そう考えると俺達の「模擬戦」なんて、危険極まりない事をやっているようにうつるだろうな。
最後の「模擬戦」に引かれなければいいけれど。
しかし「序列戦」にジアス教がかけているコストは相当なものだな。
「魔法遣い」達が祈りで蓄積した「魔力」を使用し、「盾の聖女」の魔力まで消費させるとなれば大事だ。
それだけのコストをかけても、定期的に「序列戦」をする必要があるのだろう。
「魔法遣い」達のモチベーションもさることながら、定期的に「魔法遣い」の圧倒的な戦闘力と、それを束ねるジアス教をアピールせねばならなかったんだろうな。
まあ今後はもうちょっと気楽に「模擬戦」を出来るように何か工夫してみよう。
いつも安全保障係をやっていたであろう、アリアさんの意見を聞くのはいいかもしれないな。
二人が対峙する中央上空に出現した巨大な氷塊が、ヴァッシュダインさんへ向けて堕ちてゆく。
それを迎え撃つかのように、一瞬遅れたヴァッシュダインさんの「魔法」が成立する。
銀の義眼が表示する「魔法名」は「嵐」――風系魔法の第二階梯魔法。
ああ、これ銀の義眼で見てると一発で勝敗わかるな。
魔法と魔法のぶつかり合いは、その魔法の階梯とそれに込められた魔力量、そして相性で決定する。
正面からぶつけ合った場合、そこにランダム要素が入り込む余地は無いのだ。
「嘆河」:魔力1350:対風係数1.3
「嵐」:魔力2000:対氷係数0.9
つまり二人の「禁呪」がぶつかり合う場合、「嘆河」1755 VS 「嵐」1800となるわけだ。
オーズさんは差し引き45のダメージを喰らうと考えればいいのか。
風系に対して強い氷系の「禁呪」をあてる考えは良かったが、地力の魔力量で押し切られた形だな。
ヴァッシュダインさんもそれがわかっていたからぎりぎりまで魔力を込めたのか。
果たしてその通り、荒れ狂う風の魔法が氷塊を呑み込み、そのままオーズさんを巻き込んだ。
アリアさんの「結界魔法」は発動されていて、オーズさんは無傷だが勝負ありだろう。
なるほどね、魔法遣い同士の戦いはいわばじゃんけんみたいな所もあるんだな。
魔力差が圧倒的であればチョキでグーを切り裂く事も可能だけど、実力が近い場合は読み勝ちも必要になってくる。
とくに今の二人のように、足を止めての「魔法」の撃ち合いであればなおのことか。
セトやジャンを基準にしていたが、「魔法戦闘」とはこんなものかもしれないな。
クリスティーナでもそうだったのだ、「魔法遣い」というものは基本砲台なのだろう。
セトを見るにつけ、上位者はその限りではないようだが。
それでも「魔法」であるだけで充分派手にはなっている。
観客も「禁呪」のぶつかり合いに、大いに盛り上がっている。
ああ、しかし……
「オーズさん、負けちゃいましたね」
がっかり。
いいやまだだ。
今度一緒に修行しましょう、オーズさん。
それに「魔法戦闘」についてはこうやって傍から見ているといろいろと面白い。
これから上位者になるわけだし、期待しよう。
第六席 vs 第七席
第四席 vs 第五席
第二席 vs 第三席
まだこれだけの組み合わせが残っているのだ。
一戦目でこれなのだから、かなり期待していいだろう。
俺にとっては見世物としては地味だが、銀の義眼を通してみていると別の意味で面白い。
魔法勉強会といっても過言では無いかもしれない。
最後の「模擬戦」に活かす為に、真面目に見学を続けよう。
次話 序列戦 下
1/21投稿予定です。
読んでもらえたら嬉しいです。
次話で序列戦が終わり、模擬戦を経てティスの問題解決へ至ります。
予定通りなら日曜日投稿分で「十三使徒編」完結予定です。
もう少しお付き合いいただければ嬉しいです。




