第13話 勇者認定戦
出来たばかりの「空中都市」には当然闘技場などの施設はまだない。
だがそこを「勇者認定戦」と「十三使徒序列戦」の後の模擬戦――俺vsセト&ジャン&ネイ連合――の場として使う事が昨夜のうちに決定した。
区画整備された空間や、山や森が自然のままに残された空間もあるので「戦闘」を行うには適しているし、被害を他に及ぼす心配がないことも選ばれる理由となった。
今のセトやジャン、ネイが本気を出した場合、ヴェインの闘技場や、「勇者認定戦」や「十三使徒序列戦」が行われる教皇庁魔法管轄区中央付近にある「錬魔場」では心もとない。
というか広さ的に無理がある。
今や短時間とはいえほぼ完全に「魔法近接戦闘」を使いこなすセトと、ネイの補助を受けた勇者の高速機動は、規格外と言っていい。
普通の戦闘を前提につくられているヴェインの闘技場はもとより、魔法戦闘を考慮してつくられている「錬魔場」であっても無理があるのだ。
俺とクリスティーナの戦闘は、一方が一方の攻撃を凌いで無力化する事が目的(出来なければ死ヌ)という図式だった。
なによりクリスティーナは戦闘に関しては素人だったしな。
まあその素人に勝つまでに俺は101回繰り返さねばならなかった訳だが。
それ故俺達の時はヴェインの闘技場でもなんとかなったけど、本気のセト、ジャンを俺が相手にするとなれば「空中都市」くらいでちょうどいいだろう。
まあ壊したくないので、基本空中戦を仕掛けるつもりだけれど。
「観客席」は、八大竜王の巣をどれか一つ借りればいい。
「人間好き」を隠そうとしない黒竜なら喜んで迎えてくれるだろう。
分体も人化もできないあの爺様方は、人間の社会に触れることを今のところ楽しんでいる。
黒竜以外はツンデレと言おうか、「人間なんざ」という態度を表面的には崩そうとはしないが。
まあまずはジャンの「勇者認定戦」だ。
早朝にもかかわらず、教皇庁の「錬魔場」は満員御礼状態である。
ジャンの「勇者認定戦」、その後に続いて行われる「十三使徒序列戦」は聖職者たちをしてもどうしても見たいイベントであるようだ。
宗教として考えると奇異な感じが拭えないが、ジアス教が信奉する「強さこそが神意」という教義を考えれば、この手のイベントに盛り上がるのが当然なのかもしれない。
聖堂騎士団全員とか言い出したら、「勇者認定戦」も空中都市でするしかないかなと思っていたけれど、さすがにそこまでの事は要求してこなかった。
聖堂騎士団、総長ユーグ・ヴァイヤン他、九名の管区長達がジャンの対戦相手という事らしい。
しかも一斉に戦うのではなく、一対一の十連戦。
常識的に考えれば、手練れ相手に剣技だけで十人抜きというのは現実的でないというのはわかる。
わかるんだが……
何の変哲もない、聖堂騎士団が正式採用している長剣を地面に突き立て、瞑想しているジャンを「銀の義眼」でちらりと見る。
三人で旅している時に、とある遺跡で見つけたジャンの愛剣は今回は使わない。
神器級武器も聖女のフォローもなく、あくまでも「勇者」としてだけの力で戦に臨むことを徹底させた為だ。
黙っていればまさに勇者という佇まいだが、内心何を思っている事やら。
まあネイと、面映ゆいながらも俺の名誉の為とネジを巻かれているから戦意は充分だろう。
――やり過ぎなければいいのだが
「銀の義眼」に映し出される「ステータス」はレベル四桁、各種ステータスはそれに応じて普通の人間と比べるのもばかばかしい数値になっている。
ジョブが「勇者」というのが何度見ても笑う。
「称号」欄に並んでいる各種「通名」は、能力管制担当が遊びで付けているものと信じたいところだ。
別にジャンは普通の人間と比べて肉体のポテンシャルが優れているとか、膨大な魔力を内包しているとか言うわけではない。
だからこれは俺とネイと一緒に、世界中の魔物を一年間にわたってぶち転がしまわった結果だ。
レベルキャップみたいなものが無ければ、普通の人であってもジャンと同じ経験を積めば似たような数値まで成長するだろう。
まあそんなことが不可能だからこそ「普通の人」な訳だが。
ジャンの「勇者」としての特性は、二点に集約されている。
一つはネイの暴走を制御して見せたように、「聖女」の能力を本人以上に制御し、増幅することが可能だという事。
俺が最初に見た「勇者」はその能力に特化していた。
何やら勇者専用の「技」もあったようだがそれは脆弱なものに過ぎず、あくまでも「聖女」の「魔法」を増幅して制御することが「力」の根幹だった。
だがそれでは「勇者」は聖女の増幅器に過ぎない。
「勇者と三聖女」の伝承では、あくまで三聖女は勇者を支え、「大いなる災厄」と直接対峙するのは「勇者」なのだ。
つまりもう一つの方が、おそらくは「勇者」の本質。
「勇者」は聖女から受けるあらゆる「魔法」を受容する。
それは防御魔法や増幅系魔法に限定されず、攻撃魔法であってもその例外ではない。
「勇者」との連携で増幅された聖女の魔法を、その身にすべて取り込んで己の力と成す。
天然ものの「魔法近接戦闘」とでもいうべきものが、「勇者」の真骨頂だ。
いや正しくは「魔法近接戦闘」が「勇者」の戦闘方法を真似たものと言った方がしっくりくるかもしれない。
俺やセトが、「魔法近接戦闘」の際に増幅系魔法で暴れ馬のようになった己の身体を制御するために使う「思考加速」
それにあたる能力を「勇者」は自前で持っている。
戦闘に意識を集中すると、己の身体の反応速度に思考速度がアジャストされるらしい。
それどころか強化された己の身体ですら、遅く感じる域まで行くらしい。
――種割れか。スーパーコーデ○ネーターか。
「やめてよね。本気で戦ったら、聖堂騎士団が勇者に敵う筈ないだろ」
……「勇者」の評判が地に墜ちるから、その発言は控えていただきたい。
――最近ジャンもセトも、俺の動き見えてきているものなあ。
「見えていても防ぎ様の無い攻撃」、「見えていても通らない防御」があるから俺に勝てないと言ったところだ。
「上書の光」を使えばそもそも勝負にもならないが、この世界の理の範疇で戦っている以上、やはり「勇者」は最強無敵と言ってもいいだろう。
クリスティーナとアリアさんの力も加わり、正しく「勇者と三聖女」で挑まれたら「上書の光」無しでは勝てまい。
そりゃそうか、クリスティーナ一人に勝つのでも「上書の光」なしでは無理だったんだから。
そこに司令塔としてのセトが加わったらどうなんだろうな。
模擬戦をその形でやってみるのも面白いかもしれないな。
「まあどこまで行っても縛りプレイの域を出ませんけどね」
まあそう言うなタマ。
そりゃある意味しょうがない。
しかし「勇者認定戦」もかなりの茶番になるな。
「銀の義眼」が捉える、総長ユーグ・ヴァイヤン他、九名の管区長達のステータスはジャンに遠く及ばない。
一般的な戦士としては破格の強さであるのは確かだし、ある程度の魔物であれば何とかすることもできるだろう。
だがはっきり言ってしまえばヴェイン王国の近衛騎士団とそんなに変わらない。
つまり「雷龍」一体現れれば、この十人は善戦すらできずに一蹴されてしまうのだ。
……。
いろいろあって失念していたけれど、そう考えれば最初にヴェイン王国に敵対していた「魔物遣い」は破格の存在だったんだな。
俺やジャン、聖女たちや今のセトは別格とはいえ複数の「雷龍」を使役可能な能力というのは脅威だ。
この件が終わったらきちんと調査してみるべきかもしれない。
いずれかの国家であれば制御可能だが、そうじゃない組織に属する存在であれば駆け引きも何もなく、弱い所に仕掛けてくる可能性もある。
「始まりますよ、主」
ゴングが鳴る訳でもなく、レフェリーがいるわけでもない。
剣を杖代わりに、じっと立つジャンの前に最初の一人――巨大な戦槌を構えた騎士が進み出てくる。
観客の歓声が大きくなる。
それが開始の合図となった。
――管区長サルモン卿。戦槌と巨大な盾を構えた重戦士。
彼が一人目の相手だ。
ただの長剣など防御に使えばそのまま叩き折られそうだし、ジャンは軽装で盾も装備していない。
さてお手並み拝見と行こうか。
ネイ、そんなに力入れなくてもジャンはかすり傷さえ負わないよ。
――。
「ジャ、ジャン殿を勇者と認めます……」
九人目の管区長、双剣遣いであるカッティリト卿が己の敗北を認める。
「認定宣言」をするのも苦しそうなくらい、息が上がっている。
最初は湧いていた観客席も今は水を打った様に静かだ。
オーソドックスな長剣から最初の戦槌、九人目の双剣など多彩な武器を使用する九人全員が、まるで同じ結末を辿ったとなれば静かになりもするだろう。
ジャンは特別な事をして見せたわけではない。
神速の剣戟も、目にも留まらない歩法も使っていない。
空を飛んだわけでも、相手の武器を破壊する強烈な一撃をはなった訳でもない。
ただ淡々と相手の攻撃を流し、急所に剣をあてる。
実際の攻撃はしない。
型の披露のように相手の攻撃をかわして、相手の急所の位置に剣をぴたりと止めるだけだ。
素人目にもゆっくりと見えるその動きは、一見して凄いことをしているなどとはとても見えない。
派手さはまるでない。
だが実力もあり、実戦経験も積んでいる聖堂騎士団の管区長ともなれば、数合の剣戟で己が殺られた事は理解できる。
だがダメージもなく、観客は理解できず、ジャンは勝利を宣言しない。
再び仕切り直して、己の得物を振り回し、同じ結末に至る。
それが己の足腰が立たなくなり、立っていられなくなるまで繰り返される。
その間に己が何回殺されたのか、思い出すのも嫌になるだろう。
相手が立てないとみるとジャンは静かな声で
「俺を勇者と認めますか?」
と尋ね、相手が答えなければ構えたまま立ち上がるのを待ち、認めれば次の人に交代する。
それを九人繰り返してきた。
その間当然一撃も受けてはいない。
全く息も上がっていない。
派手ではない分、その圧倒的な「実力の差」というものが戦闘の素人である観客にもいやというほどわかってしまい、二人目の途中くらいから歓声もなくなっている。
最初はむきになったり怒りだしたりした騎士たちも、ジャンが一切手を抜いていない事を理解して後は、せめて掠らせるだけでもと全力を尽くした。
その望みは今のところかなっては居ないが、全員が最後は満足し、納得し、ジャンを心の底から勇者だと認めているように見える。
観客にはここまで虚仮にされて何故という疑問が浮かぶだろうが、多少なりとも「戦い」を経験した俺にはわかる気がする。
ジャンが見せたのは、勇者にしか不可能な奇跡の数々ではない。
基本に忠実な、時に我流が入りはするものの鍛えれば誰でもできる極ありふれた剣術だ。
鍛錬を極めれば奇跡の力などに頼らなくても「ここまで到達できる」という境地を見せたと言える。
その「剣の理」の極致に、己が今まで鍛え上げてきた力がどこまで通じるのか、文字通り精も根も尽きるまで付き合ったジャンに、最後は憧憬の瞳を向けていた。
「強さ」を追い求める者達にとって、その具現者は憧れの対象だ。
しかもその「強さ」が出鱈目なものではなく、己でも可能な鍛錬の果てであればその想いはいかばかりか。
くっそ、中身知っているのにめちゃくちゃカッコよく見えるなジャン。
やっぱりあのルックスは反則だ。
みろ、ネイなんてぽーっとしているじゃないか。
まあ嫁さんにいいところ見せるのはいいことか。
「勇者様を試すなどという不遜な行いの報いは我が部下たちは充分に受け、今から私も受けるわけですが、先に宣言しておきます」
最後の一人である総長ユーグ・ヴァイヤン卿が、穏やかな声で観客とジャンに向かって語りかける。
年の頃はシリスさんと同じくらいか。
ジャンには負けるが充分な美男子だ。
まったくもー、この世界の重要人物は美形しかいないんですかね。
そういうジャンルでの仲間はいないのか、仲間は。
「我ら聖堂騎士団はジャン殿を「勇者」と認めます。その上でお願いなのですが、ジャン殿。――私との手合わせは全力を出してくださいませんか? 怪我をしても全責任は自分にあると宣言しておきます。ダメですかね?」
人好きのする笑顔で、ジャンにお願いをする。
さてどうするのかな、我らが勇者殿は。
「わかった」
ジャンの了承と同時に、雷光の如き鋭さで総長がジャンの間合いに飛び込んでゆく。
宣言も何もない、剣を構えて戦う場にいる以上、いつ戦いが始まってもおかしくはない。
まあジャンがそんなことに文句を言うとも思えないが。
ああ見えて「何でもあり」な冒険者出身だ。
――突きだ。
一切の無駄を排した、一閃。
常人であれば何が起こったかもわからぬうちに貫かれるだろう。
腕に覚えのあるものであればなんとか反応し、致命傷は避け得るかもしれない。
達人であれば何とか戦闘継続可能な浅手で済ませられるかもしれない。
それほどの一撃である。
だがジャンには通用しない。
瞬間で剣をまっすぐ相対させ、交差と同時に捻り上げて相手の剣を絡め取る。
それをそのままの勢いで地面に叩きつけ、相手の剣を奪った。
観客には何が起こったのかも理解できていないだろう。
絡め取った時の金属音と、剣が地面に叩きつけられる音が響いただけだ。
総長はかなり手首を痛めたはずだ。
「勇者認定戦」で初めての負傷者だな。
「私の全力の一撃でしたが足元にも及びませんでしたね。全力を出してくれと言っておきながら、それにも及びませんでしたか。……正直悔しいですが精進します。ジャン殿に稽古をつけてもらう事は可能ですか?」
「ツカサさんの組織に入ってくれるのなら」
「私程度で入れていただけるものでしょうかね? 異能者の組織と聞いておりますが」
おいジャン、しまったって顔するな。
総長びっくりしているじゃないか。
魔物から普通の人々を護れる力を持っている人たちなら歓迎だよ。
その辺は後でつめようか。
なんにせよこれでジャンの「勇者認定」は無事終了、自動的に俺の組織に対するジアス教のお墨付きも得られたって事だな。
ジャンお疲れ様。
お次はセトの出番だな。
こっちは「魔法」である以上、ある程度派手にならざるを得ないだろう。
ちょっと楽しみだ。
次話 セトの同僚達
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