第12話 駆け引き
「お待たせして申し訳ありません。勇者と最後の聖女をお連れしました」
ジャンとネイをつれて、「転移」で教皇庁の大会議室へ戻った。
当然二人とも、きちんと「勇者と聖女」に見える服装に身を包んでいる。
しかしこいつ、勇者然とした格好して、こういう場に立つとほんとに絵になるな。
側に控えるネイとあわせて、俺が力説しなくても「勇者と聖女」にしか見えないだろう。
二人がちゃんとお互いの想いを確認しあってからは、ギクシャクしたところがなくなってよりそう見える。
結構時間がかかったが、「公会議」はとくに騒ぎ出す事もなく待っていてくれたようだ。
ジャンの姿を確認すると、多くの司教達が祈りの姿勢をとっている。
「勇者」というのはやはりジアス教にとって、それほどの存在なのだろう。
何人かの枢機卿が、苦虫を噛み潰したような顔をしたのを俺は――と言うよりも能力管制担当と銀の義眼は見逃しはしないが。
ベルナルドゥス枢機卿――「外務省」責任者であり、聖堂騎士団をその配下に持つ人と、アンジェ・シャルマート枢機卿――「列聖省」責任者であり聖女や聖人の列聖、おそらくは「勇者認定」に最も関わる立場の人か。
銀の義眼に表示される情報を確認する。
なるほど、それらしいポジションの人たちだ。
まあこの二人が反対意見を出してくると見ておいていいだろう。
(o・ω・o) Shall I investigate them?
――ああ、頼む。
嘘みたいに進化した「ステータス・マスター」を超過駆動させ、内心のログを全て記録する事と、一族郎党に至るまでの資産運用も含めたあらゆる情報を収集する事に許可を出す。
「敵対者」候補の弱みを掴んで置く事に、一切の禁忌も躊躇も感じない。
何もなければそれでよし、もしあれば有効活用するまでだ。
汚職管理一掃に便利そうだから、ヴェインに戻ったら一度御義父上に相談してみよう。
「ジャン頼んだ。「勇者」として俺の組織に全面的に賛同すると言ってくれ。多少揉めてもそれで決着するだろ」
整った澄まし顔で立っているジャンに小声で促す。
俺は知っているんだ、こいつこんな顔してるけどこういう場がものすごく苦手で、今内心物凄くてんぱっているはずだ。
顔に出ないのは大したものだと思うが、そういうところも昔「勇者面」という「通名」をつけられる一因だったのだろう。
今は多少頼りないところはあるけれど、立派な本物の「勇者」様だ。
少なくとも「ジャンの聖女」にとってはそうだってことを、俺や俺の仲間たちは知っている。
「――ッス」
顔に似合わぬ体育系なのは、元いた冒険者ギルドのノリなんだろうか。
ネイが隣で拳を握り締めているのが可愛らしい。
大丈夫だよ、ネイの「勇者様」は、大事なところでは意外と外さないやつだから。
ちゃんとネイの時も、決めるところは決めてくれただろ?
「お、俺……いやぼ、……私はツカサさんの言う組織に参加? する……」
前言撤回。
ダメだこりゃどこまでてんぱってるんだよジャン。
ネイ、懇願の瞳で俺を見なくても別に怒ったりしないって。
ジャン、死にそうな顔してこっちみんな。
だああ。
「――勇者様がそう仰るのであれば、我らジアス教徒に否やはありません。そうですね? 教皇猊下」
アリアさんが強引に突破してくれた。
ジャン、後でちゃんとお礼言いに行けよ。
お前がアリアさん苦手な理由も知ってるけど、これからは仲間内になるんだからそんなこともいってられないだろ。
ちゃんとネイも嫁さんに出来たんだ、アリアさんとも仲良くなれるさ。
今も向こうからフォローしてくれただろ?
「聖女」が「勇者」をフォローするのは当然なので、悪く無い流れだ。
「うむ、勇者様がそう仰るのであれば……」
教皇さんが積極的ではないものの、承認の言葉を発する。
ジアス教において現世における最高位は「勇者」である。
教皇を頂点とする「ジアス教」という組織は、「大いなる災厄」に対峙する「勇者と三聖女」に仕えることをその存在意義としているのだ。
そこを否定することは存在意義の否定と同義、自己矛盾の極みだ。
唯一手段があるとなれば――
「――よろしいですか、教皇猊下」
列聖省責任者の枢機卿が発言を求める。
「うむ、公会議は忌憚なく意見を言い合う場である。遠慮なく申されよ、アンジェ・シャルマート枢機卿」
嘘つけとは想うが、立場上そう応えるしか無いこともわかる。
恐らく教皇さんの立場としては、積極的に反対する意志は無い。
「盾の聖女」や「十三使徒」を使って、俺の組織に干渉可能に見える状況を構築できれば、極力波風立てずに仲良くやっていくつもりなはずだ。
要は信徒に対して舐められていない、尊重されているという立ち位置を確保できれば後は実利の面へ話は移行する。
教皇さんとしては今までよりも世界が平和に、豊かになるのであればそれが最大の利といえるのだろう。
御義父上曰く、
「あの御仁はどろどろの権謀術数をあらゆる手段で捌きながらも、根っこにあるのは青臭い理想のように思える。だから最初に共闘を持ちかけてみようとおもう。ツカサ殿はどう思う?」
それを聞いた時、出来る大人同士、ある意味敵同士であるが故の信頼っていいなと思えた。
仲良しや絶対服従ではなく、何時いかなる手段をもちいて背後から刺されるか知れたものではない、権謀術数の舞台で鎬を削りあっているからこその人物評。
だから俺は全面的にそれに賛同して、こうしている訳だ。
だけど外務省トップと列聖省トップのお二人はどうかな。
俺如き若造にさえ、世俗の欲が優先されているように見えるお二人だ。
教皇さんの表情が厳しいのも、その辺を解っているからかもしれない。
「勇者様のいう事に我らジアス教徒が従うのは当然の事でありますから、否やを唱えるつもりはございません。ですが「盾の聖女」、「姫巫女」につきましては我ら「列聖省」がその職責において列聖に至っておりますが、そのう……大変申し上げにくいのですが「勇者様」と「最後の聖女様」については、ツカサ殿がそうだと仰っておられるだけですので……」
やっぱりそう来きたか。
まあ全面的に敵対する気は無いのだろうから、「列聖省」の手続きに法って、勇者と聖女に列聖してから、この案件を決定しようという風に持っていくつもりだろう。
問題なく列聖させるために、ヴェイン王国や俺から心付けも期待できるかもしれないだろうし、と。
ジャンとネイを「贋者だ」と言う気など無いだろう。
もしそうならその喧嘩は高価買取してやる所存だが。
ジアス教としてはもっともな正論なので、認めてもいい話だ。
それを認めれば後は円滑に行くだろうし、そういう期待をする御仁だというのであればある程度のことはしてもいい。
誰かが泣く訳でもなければ、清廉潔白でなければダメだというつもりも無い。
今日中に通すというのはやっぱり急ぎすぎかもしれないし、実害があるわけでも無いしな。
ここはこれで引くのがいいかもしれない。
正論をひっくり返すのは意外と骨だ。
「――師匠の判断が列聖省の手続きに劣るって? ふうん?」
「僕としては聞き捨てなりませんね」
突然「大会議室」響いた声に、ざわりと「大会議室」の空気が揺れる。
あ、終わったのかセト。
大変だっただろうけど、その感じだと大丈夫そうだな。
左肩にタマを乗せて、セトが「転移」で「大会議室」に現れる。
「ただいま、師匠。前に師匠が止めておけって言ったのがよくわかったよ。死ぬかと思った」
「だろう。よっぽどの目標無いとあれには耐えられないよな」
八大竜王の血を受け入れるってのは、掛け値なしに拷問なのだ。
今回セトは最初の俺と同じく「黒竜」のみだが、セトのレベルからすればそれでもぎりぎりだ。
「竜人化」が出来れば痛みはなくなるのだが、「竜人化」可能になるには痛みに堪えなければならないという辛さよ。
「癒し」を常に掛け続けても苦痛がなくなる訳じゃない。
今のセトであれば耐えうるのはわかっていたが、辛いものは辛いのだ。
万一に備えてタマについていてもらったが、無事終わったようで何よりだ。
俺の言葉に、セトが屈託無い表情で微笑む。
「師匠はクリスティナ様の為に耐えたんだよね。すごいよ」
「お前だって妹さんの為に耐えたんだから同じだろう?」
人間意外と明確な目的があれば、いろんなことに耐えられるもんだよな。
俺は101回の繰り返しでそれを学んだ。
「いや、僕の場合は自分のためでもあるからさ」
「そんなの俺だってそうだよ」
俺の言葉に、隣でクリスティーナが赤面する。
こういうところはいつまでも変わらない。
何だってまず「俺がそうしたい」からするんであって、それがなければ何事にも耐えられる訳が無い。
箪笥の角に小指ぶつけた程度でも逃げ出してしまいかねない。
「そっかな……そっか」
晴れやかに微笑むセトは可愛いが、公会議の皆さん置いてけぼりだからそろそろ本題に戻ろうか。
「申し訳ありません、弟子が無作法を」
「いやツカサ殿、セトは元々我らがジアス教の「十三使徒」です故、非礼は我らの方が……」
愚にも付かない謝罪合戦になりそうなところを、セトがあっさり話を前に進める。
こういうところは俺もジャンも見習わないといけないかもなあ、男として。
「じゃあ聞くけど、「列聖省」がジャン兄ちゃんを「勇者」、ネイを「聖女」と認めるのは何を持ってするのさ? 師匠は「姫巫女」や「十三使徒第三席」である僕、「勇者と聖女」を凌駕する実力を示した上でジャン兄ちゃんとネイを「勇者と聖女」だとしたんだよ? 「強さ」こそ神の意志とするジアス教において、それ以上の説得力なんてあるのかな?」
なるほど、そういう論法か。
俺はその辺の「ジアス教の骨子」がすぐに頭から抜けるからいかんな。
「公開されない密室での認定、ないしは却下なんて誰も認めないと思うよ?」
反論の声が上がらないところを見ると、セトの言い様はジアス教にとってそれなり以上の説得力があるのだろう。
この辺は「空中都市」をともなって現れたときのハッタリも効いているのかもしれない。
聖堂騎士団を指揮下におくベルナルドゥス枢機卿が不満顔ではあるものの、睨み付けてきたりはしない。
今のセトの論法に下手に反論すれば、俺が直接反対者を叩いて潰す選択肢もありえるからか。
しかしどう落とすつもりなんだろうな、セト。
「師匠、序列戦の件はもう言った?」
「いやまだ」
「じゃあそこに落とすね」
小声でセトが聞いてきたことに答えると、そこを落とし所にするという。
なるほど。
「とはいえジアス教としての正式な認定がなされていないのもまた事実。じゃあ僕が申請している「十三使徒」の序列戦と一緒に、勇者の認定もしてしまえばいいんじゃない?」
「そ、それは具体的にどういう……」
「十三使徒」の第三席というジアス教において無視できない立場にあるセトに、「密室裁判なんて認めないよ」といわれたアンジェ・シャルマート枢機卿が震える声でセトに確認する。
かわいそうに、そんな大事にするつもりはなかったんだろうに。
「単純でいいんじゃないかな? ジアス教が誇る最大戦力をジャン兄ちゃんにぶつければいいんじゃない? 伝承によれば「勇者様」は三聖女の加護を受けて直接「大いなる災厄」と戦う立場だ。魔法抜きで聖堂騎士団に勝てばそれ以上の証明は無いんじゃないかな? いまさら聖杯の水の色が変わったとかするの?」
なるほどちょうどいいな。
ベルナルドゥス枢機卿が我が意を得たりとばかりに歯を見せて笑う。
ちょっとわかりやすすぎないか。
というか本気でジャンを何とかできると思ってるのかね、この人は。
「いいのでは無いでしょうか教皇猊下。勇者様に求められるのは何よりもまず強さであることは確かです。我ら聖堂騎士団を持ってそのお力を示していただくのは、「勇者認定」に最も相応しいかと」
「う、うむ……」
能力管制担当のセンサーに引っかかったもう一人が、積極的にセトの案を採用するように発言をする。
まあ向こうがのってくるというのであればそれでもいい。
どうせジャンが勝つ。
「しかしいかな聖堂騎士団の精鋭とはいえ、一対一で勇者様と戦うのは……」
まあ当然そういう条件は出してくるよな。
魔法なしとはいえ、「勇者」を相手にするのだ。
圧勝するにしても一対一という訳にも行かないだろう。
ジャン抜きで話が進んでるのは申し訳ないけど、慌てていなければいいけど。
その整った顔からは内心の動揺は測れない。
「好きにしていいよ、ベルナルドゥス枢機卿」
駆け引きがめんどくさいとばかりにセトが応える。
「は?」
「団長以下全軍だって構わない。ジャン兄ちゃんがその全員倒したら文句なしに「勇者」ね」
大きく出たな、セト。
まあ「勇者」を印象付けるにはちょうどいいかもしれないな。
俺には丁寧な態度を取りつつ、ジャンやネイを軽く扱われるのは気分のいいものでも無いし。
「セ、セト君、俺はそんな試験は……」
案の定ジャンが挙動不審に陥った。
試験て。
俺やクリスティーナ、セト相手の模擬戦に比べりゃどうってことも無いだろうに。
自分の力を俺達以外に誇示する事を嫌うのは、やっぱり前回の影響がまだ抜けて無いんだな。
とりわけ人相手に自分の「勇者」としての力を使うことを極端に嫌う。
ちゃんと仲間のために振るうのはいいんだよ、相手が魔物じゃなくてもな。
「あのね、ジャン兄ちゃん。自分が「勇者」である事を疑われてもさして気にもしないってことは僕らは知ってる。――だけど今回疑われたのは師匠の判断なんだ。弟子としてそれを見過ごすんって言うんなら、僕はもうジャン兄ちゃんを「兄弟弟子」とは思わない」
「……やる」
あ、ジャンの目が据わった。
兄弟子だけあって、セトはジャンのコントロールが抜群に上手い。
初期こそ対抗意識も持っていたみたいだけど、今やジャンとネイはセットでセトの「弟弟子」である事を認めている。
「それにジャン君? 今疑われたのはあなたの聖女であるネイちゃんもなのよ? ネイちゃんの勇者様として、旦那様としてそれでもいいの?」
クリスティーナの言葉にジャンが目を見開き、ネイが赤面して俯く。
セトとタマは「やってらんねぇ」という顔を見合わせている。
なんかお前ら仲良くなって無いか?
「――あなたは私が侮辱されたらどうします?」
「タタイテツブシマス」
思わず棒読みにならざるを得ない。
いや本当にそう思っているけど、こういう誘導をくらうとどうしてもさ。
自分でふっておいて赤面するなよクリスティーナ。
今度は二人して「ご愁傷様」って顔するな、セトとタマ。
サラはセシルさんが居ないので聞こえないふりを決め込んでいるようだ。
後日セシルさんとセットでいろいろ言われそうだな。
「お、俺もそうします!」
ジャンに要らんスイッチが入った気がする。
ネイも嬉しそうだから水は差さないが。
聖堂騎士団の精鋭の皆さん、上司のおかげで苦労するけど頑張ってな。
万一怪我してもちゃんと治すから。
「という訳で、明日は「勇者認定戦」と「十三使徒序列戦」の並行開催だね。「絶対不敗」の弟子たる僕達が、「魔法」においても「剣」においても最強だという事を証明するよ!」
セトの宣言に「大会議室」が沸く。
「十三使徒」の魔法戦闘と「勇者」の実力が見れるとあればそれも当然か。
呆れ顔のアリアさんと、意外とやる気充分な「十三使徒」の面々が面白い。
ずっと黙っていたシリスさんが一番やる気みたいだ。
「双方の勝者と模擬戦でもする? 師匠」
「お望みとあればな。だけど決着付けたら即「眠り姫」起こさなくていいのか?」
いつもの調子で話しかけてくるセトに苦笑いで返答する。
「最後に弟子チームで一度師匠に挑んでみたいかな。そのときはネイもありね?」
「へいへい」
最後はそういう見世物になるようだ。
俺もクリスティーナとコンビ組んでもいいかなあ。
次話 勇者認定戦
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