第11話 公会議
公会議。
ジアス教におけるあらゆる教義、典礼、教会法などを審議決定する最高会議だ。
それに出席するために世界中の教会から代表者が集っている。
とは言いつつ最終的な決定権は教皇が持っているとされているらしいので、素人の俺にはいまいちよくわからない。
まあどんな組織でも建前と現実というものはあるんだろうし、教皇も人である以上その個人がすべての決定権を掌握するというのは現実的ではないのだろう。
教皇派と他派とのすりあわせの場とでも思っておけばいいのかもしれない。
本来大国とはいえ一国の使節団が出席できる場ではないのだが、今回は使節団代表のサラと、俺とクリスティーナが特別席で出席している。
俺としてはお願いするべきことをお願いしたら、後は黙って聞いておこうと思っている。
その機会は会議の最初に設けてくれるようなので、出番が終わった後うっかり寝たりしないように気をつけなければならない。
諸事情で寝不足だが、何とか乗り切らねば。
「大会議室」にはかなりの人数がつめているが、実際に会議をまわすのは教皇を含めても十数名に過ぎないらしい。
それはそうだ、この人数で全員が意見を交換していたのでは会議にならない。
枢機卿未満の出席者は実質傍聴者に過ぎず、己の派閥の長が会議に参加しているのを見学するために出席していると言っていいだろう。
その彼らのほぼ全員が、今まで存在しなかった「特別席」の俺達にチラチラと視線を投げてきている。
この公会議は実質対ヴェイン王国、つまりは俺という存在に対してジアス教がどう立ち回るかを決定するためのようなものらしいから、注目を集めるのは当たり前と言えば当たり前だ。
そういう謂わば「政治的な視線」だけではなく、クリスティーナとサラの美しさに目を奪われているだけの方々も結構いるだろうとは思う。
俺の左右にヴェイン式の正装で静かに座している二人は、男であれば自然と視線を奪われるだろう。
聖職者とはいえ、大部分は男性なわけだしな。
神妙な顔で座っておきながら、内心こんな事を考えている事がばれればお叱りを受けるかもしれないが、その心配は無いだろう。
昨夜の俺のような存在はまず居ないだろうし、万一居たとしたら能力管制担当が見つけてくれる。
今、俺の「ステータス・マスター」と「銀の義眼」は再び完全に能力管制担当が制御してくれている。
(≧ω≦)b mission accomplished!
明け方近くに「分析」が完了したのだ。
助かったよ、能力管制担当。
後、お前がいてくれないとどれだけ大変かを思い知りました。
タマとセトのほうはまだ完了していないようだけど、これで俺にとっての最大の問題は解決したと言っていいだろう。
セトは少々人外化、と言うか俺寄りになってしまうけど、今のままのセトでありながら妹さんの身体を覚醒させる目処は付いた。
後はセトが自分なりの決着を付けた後、「眠り姫」を目覚めさせればいい。
俺としてはこの会議で「能力者ギルド(仮称)」の話を通せればやるべきことは完了だ。
ヴェイン王国からの提案や要望は、どうせ俺のいるこの場では結論が出ないだろうと御義父上も予想していたし、その辺はまあ専門家に任せておけばいい。
ちらりと教皇の席の斜め後ろに座すアリアさんと、その後ろに並ぶ「十三使徒」の面々に視線を向ける。
昨夜のうちにアリアさんから「十三使徒」には「能力者ギルド(仮称)」への説明はしてもらっている。
――彼らの賛同を得られていたらいいのだけれど。
アリアさんと目が合ったけど、瞬時で逸らされた。
僅かに赤面しているのは気のせいでは無いだろうし、再び左隣から冷ややかな何かを感じるのも気のせいでは無いだろう。
まあ昨日の今日だし仕方が無い。
あの後の晩餐会は、俺にとって正しく罰ゲームだった。
次々と挨拶を交わしたジアス教の要人達や、間違いなく色仕掛けを仕掛けてくる美男美女達と当たり障りの無い会話を続けるのは本当に辛かった。
普通であっても思惑が透けて見えていたらしんどいだろうに、昨夜の俺は会話相手の内心がすべて見えていたのだ。
その上要らんステータスまで全て丸見えになっているので、こっちの罪悪感も半端なかった。
まあ昨夜一晩で俺は、人の本音と建前の乖離の恐ろしさを思い知りました。
案の定能力管制担当が復帰すると同時に、暴走状態も完全に制御できるようにはなったが、「ステータス・マスター」の超過駆動は基本封印決定である。
クリスティーナと二人きりのときは、たまにありかもしれないけどな……
びっくりした、と言うかもうそれを通り越して感心してしまったのは、色仕掛け要員の中にどうみても女の子にしか見えない男の子達も混ざっていた事だ。
幼い彼らは、自分達がどういう目的で今此処にいるのかをきちんと理解していた。
彼らは幼さゆえの無邪気さの中に、確かに品をつくっていたのだ。
正直頭がくらくらした。
現代日本で暮らしていた俺にとっての大人と子供の境目など、たかだかこの百年程度で「常識」となりおおせたものに過ぎないのだと思い知らされた。
「ツカサ様がセト君を可愛がっている事は、広く知られていますからね……」
とはサラ使節団団長殿のお言葉。
つまり俺はそういう趣味の持ち主と看做されている訳だね。
戦慄したわ。
「まあ昨夜の晩餐会の目的は、ツカサ様の子を生せる女性との引き合わせが主目的でしょうから、出来れば、程度のオマケみたいなものだとはおもいますけれど」
もうみもふたも無いけど、そういうものだと理解するしかない。
結果そういうのを受け入れることになるとしても、「仕方が無いから」と言うのだけは絶対に避けたい。
昨夜のようなクリスティーナとのお話し合いも大変だしな。
「これより公会議を始める」
教皇の宣言で、公会議が始まる。
常の流れがどのようなものかは知らないが、今回はまず俺達の出番だ。
公的な使節団の代表はサラだけど、この場は俺が話す事になっている。
なにやら大袈裟な紹介と共に、改めて「空中都市」を贈った事等も説明され、満場の拍手を持って迎えられた。
ついこの間までは、こんな状況なら上がりきってとちっていただろうけど、クリスティーナとの結婚式などを経てからはわりと平気になってしまっている。
慣れって怖いな。
「ツカサ・ヤガミです」
壇上で軽く頭を下げると、ぴたりと拍手は収まった。
この場にいる全ての人間の視線が俺に集中している事が肌でわかる。
気の利いた挨拶ができるわけでも無いので、単刀直入に本題に入る。
「我が義父であるヴェイン王国国王アルトリウス三世陛下からの提案につきましては、別途書状でお渡ししております。それらに対する回答はすぐに出るものでも無いでしょうから、今公会議で充分に論議した上で結論を出していただければと思っています」
腹芸と呼ぶのもおこがましい稚拙さではあるが、俺と御義父上の関係は強調しておく。
こうした場ではっきりと言葉にし、記録に残される事も重要なのだと言われたので、素直に従っておいた。
そもそも「提案」には具体的なことなどほとんど書かれて居ない。
ジアス教が主導して、世界会議を開催してもらえないかという事を丁寧に提案しているだけだ。
断る理由もあるまいし、まあその辺は円滑に行くだろうと思っている。
その第一回世界会議の「会議場」として、というのが「空中都市」を贈る一つの理由にもなっていることだし。
それよりも本題だ。
「歴史ある公会議の場で、私個人の報告をさせていただくのは恐縮なのですが、教皇猊下の御許しを得ましてさせていただきます」
多少芝居がかった風に、一端言葉を切る。
「私はこの後、クリスティナ、ヴェイン王国サラ第二王女殿下、我が僕タマ、今も上空にいる八大竜王達で「能力者ギルド(仮称)」を立ち上げる予定です。目的は「能力者」同士の互助と、能力者でなければ対処できない事態への対応。そこへ「盾の聖女」アリア様、今は私の一番弟子でもあるセトを含む「十三使徒」、今私のもとにいる勇者ジャンと聖女ネイの参加を認めていただきたい」
流石にざわめきがうまれる。
アリアさんも根回しも無しにいきなりぶち込んでくるとは思わなかったのか、少し驚いた顔をしている。
「ツ、ツカサ殿、それは一体……」
おお、ジャンに殺すぞって勢いで睨まれてた可哀想な枢機卿だ。
えーっと確か名前は――
(゜-^*)σ Kurt Cardinal Koch
そうだ、クルト・コッホ枢機卿。
助かった能力管制担当。
「これはクルト・コッホ枢機卿。お久しぶりです」
俺が名を覚えていた事に周りがざわめき、本人も驚きを浮かべる。
何だ、俺が人の名前を覚えているのがそんなに意外か?
確かに能力管制担当に頼りはしたが。
「ええ、「大いなる災厄」に対処する事も含めた教会、国家から独立した「世界防衛機構」のようなものですね。各国と契約して大規模な魔物災害や、自然災害に対応もしようとは思っていますが、まあ細かいことはまだ未定です。もちろん参加は強制ではありませんが、本人達にその意思があれば、ジアス教としてそれを認めていただければと」
まあどんな言葉を並べようが、ジアス教からその最大戦力である「盾の聖女」と「十三使徒」を掻っ攫う宣言である事に変わりは無い。
如何に「空中都市」をぽんと贈り、ハッタリかまして登場していようと「はいどーぞー」と言う訳にも行かないだろう。
「ああそれと、参加してもらっても立場はジアス教所属のままで構いません。有事の際の命令系統は今のままで」
そんなことは組織が立ち上がってしまえば何とでもできる。
今は「ジアス教の了承」が必要なのだ。
「聖女」や「十三使徒」を利用して、俺が立ち上げる組織に干渉可能だと錯覚してくれればいい。
「ツカサ殿。そのお力を世界の為に使っていただけることには感謝いたします。ですが我々としても即答しかねる提案であることはご理解いただきたい。それに「十三使徒」はともかくとして、我々ジアス教は「勇者様と三聖女」に仕える組織なのです。公会議と言えども、「勇者様と三聖女」の所属を判断するという決定は流石に……」
言葉を失ったクルト・コッホ枢機卿と、他に誰も発言しない状況を受けて教皇が無難な返答を返してくる。
ここで即答はしないという選択は、まあ当然のものだろう。
だが俺は今日この場で、多少強引にでも「承認」を得るつもりだ。
そのためにちょうどいい流れを教皇がつくってくれた。
「ああ、そうでしたね。おかげで妻を口説くのにも苦労したのでした。ジアス教は「大いなる災厄」に対峙する「勇者と三聖女」を支えるための組織。勇者の赦しもなく勝手なことは出来かねる、と」
笑顔で話しかけているのに、教皇以下枢機卿達が軽く引いた。
なぜだ、してやったりと言う思いが顔に出たのかな。
「え、ええ。その通りです」
教皇の頷きと共に、枢機卿達も口々にそれを首肯する。
よし詰んだ。
「では、少しだけ時間をください」
「――は?」
疑問の声を無視して、銀の義眼が捉えている仲間達の居場所――ジャンとネイのところへ「転移」で跳ぶ。
あの二人は今別行動である特殊任務()を遂行中だが、ちょっとくらいこっちを手伝ってもらってもいいだろう。
「おい、ジャン、それとネイ。ちょっと手伝って……すまん」
しまった、どこにいるかを確認してから跳ぶべきだった。
いやでも新婚旅行中だからって、朝っぱらからイチャついているジャンとネイも……いや俺が悪い、ごめん申し訳ない。
「ツカサさん、なにかあったんですか!?」
「……ツカサ様」
二人はネイが十歳になると同時に結婚し、現在新婚旅行という特殊任務中なので今回の使節団には同行していなかったのだ。
勇者と聖女を勝手に結婚させたとなったらジアス教怒るのかな。
なぜかこの件についてはクリスティーナも異を唱えなかったから問題ないだろう。
あっても知らん。
朝っぱらからいちゃついてる所を俺に見られたことでネイは真っ赤になっているが、ジャンは血相変えて何があったのかを聞いてきた。
自分達が新婚旅行中であることを知っていてなお、俺が来たという事は何らかの非常事態が発生したと判断しているのだ。
ジャン、お前さあ……
大した意識だとは思うけど、おくさんにもうちょっと気を使ってやれよ。
夫婦のプライベートを邪魔した俺に一言くらいあってもいいんじゃないか?
やらかした俺の言うべき事では無いのだろうけどさ。
俺だったら……
ジャンが俺とクリスティーナが二人でいることを知っていてなお突然現れたら、似たような反応するのかもな。
だからこそ自分の迂闊さは反省しなければ。
「いやすまん、ちょうど今教皇庁で例の組織の話しててさ。教皇猊下曰く「勇者と聖女」の許可が要るってことなんで、ちょっと来てくれないか。旅行中なのにすまん」
「すぐ行きます」
「はい!」
二人とも直立不動で二つ返事だ。
三人で世界中うろうろしていた頃をちょっと想い出して笑った。
いやお前ら二人とも今水着姿だから、まず服着ろ服。
裸単騎特攻には劣るが、その姿で教皇庁に現れたら「勇者と三聖女」信仰が崩れるぞ。
それにクリスティーナからすごいお叱り受けるぞ。
俺が。
流石に今回はジャンも赤面して、いそいそと服を着替えに行った。
公会議を少々待たせるがまあ構わないだろう。
教義の上では彼らの主である「勇者」様のお着替えの時間なのだ。
すぐ連れて戻るから、もうちょっとだけ待っていてくれ。
クルト・コッホ枢機卿が卒倒しなければいいのだが。
ジャンには言って聞かせておいたほうがいいかもしれないな。
次話 駆け引き
1/17投稿予定です。
読んでもらえたら嬉しいです。




