第10話 勧誘
「正直感服しておりますわ。ツカサ様の傍近くに仕える為には、心に秘めたることも全て曝け出す覚悟が必要ですのね。クリスティナ様やサラ様、セシル様には頭が下がります」
『マゾなのかしら? マゾなのよね? そうじゃないと認めないわ。ああこの考えも筒抜けですのね。――詰んでますわー』
アリアさんがちょっと面白い。
噴き出すわけにもいかないから、勘弁してほしい。
すでに赤面や涙目もほぼ完全に制御し、傍目にはちょっと緊張している様にしか見えないだろう。
この強烈な自制心といおうか、使命感を俺はすでに知っている。
状況が罰ゲームみたいになってはいるけれど、これはクリスティーナが50回の繰り返しを経るまで綻びを見せなかった、「聖女」としての矜持だ。
みっともなかろうが、恥ずかしかろうが――辛かろうが。
そんなことには一切頓着せず――ある程度していることはアリアさんの反応でよくわかったが――己の為すべきを為す、真摯な愚直さ。
俺は「聖女」達のそういうところが、実はかなり好きだ。
それだけの矜持と想いを超えてクリスティーナは俺を、ネイがジャンを選んでくれたのだと思えるから。
「ツカサさんと違って俺は「勇者」ですからねー」などとジャンはぶすくれるが、あいつはネイに対してはもうちょっと自信持ってもいいと思う。
あの顔で自信なさげなことをぐだぐだ言われると、張り倒したくなる。
何でああも両極端なんだろうな、我らが勇者様は。
俺も気を付けよう。
ジャンのふり見て我がふりなおせ。
だけど。
――やっぱりアリアさんも「聖女」なんだな。
そう思うと思わず顔が綻ぶ。
『! 笑 わ れ ま し た わ !』
いかん、今の俺の笑顔はアリアさんにとって、その理由がどうであっても邪悪なものにしか映るまい。
「いえアリアさん、これは今だけの事なのです。ちょっと今は事情があって俺の能力が暴走している状況で、制御しきれていないだけなので。常にこの状態という訳ではありません」
これから行う勧誘に、ずっとこの状態だと思われることは不利に働くだろう。
能力管制担当が制御の余裕を取り戻せば、そうではない事を理解してもらわなければならない。
「そうなのですか? それなら安心ですわね」
『だからどうだというのでしょう? ツカサ様がその気になればいつでも今の状況になれるという事であれば、共に居ようとする者たちにとっては本質的に何も変わりませんわ』
心の底からほっとしたような表情を浮かべるアリアさん。
内心を見られることは、彼女の中では知らない事として振る舞う事に決めたらしい。
正直かっこいい。
そうと決めたらもう、内心を取り繕おうともしていない。
……。
そうですね。
今は暴走状態だから仕方がないと言い訳ができる。
実際それは嘘じゃない。
だけどこんなこともできると知ってしまった以上、今後俺と共にいるという事はそれすら受け入れるという事だ。
万一こっそり自分の内心を読まれるかもしれないという事実を良しとする。
俺がそんなことをしないという事を、頭から信じる。
サラもセシルさんも、暴走が収まるまでは別行動することを選んだ。
クリスティーナは暴走中は見ないでくださいね、と俺にお願いした。
暴走が収まれば、俺はそんなことはしない。
そう思ってくれているという事だ。
「そうですねアリアさん。俺がその力を使っているかどうかなんて、俺以外に判断できるはずがない。要は俺を信じるかそうじゃないかの問題です。それをそんなに長く時を過ごしていないアリアさんに求めるのはフェアじゃない」
「……」
『私もそんな相手に色仕掛けしようとしていたわけですから、人の事は言えませんわ』
真面目な顔で頭を下げると、会話が始まってから初めて目を逸らされた。
「内心が見えている」と告げた時ですら、まっすぐ俺の目を見て逸らさなかったのに。
こういうところも超が付くくらい真面目で、クリスティーナとよく似ている。
普通に出逢っていたら、仲のいい女友達になれていたんじゃないかな。
いや今からだって遅くはないだろう。
「黙っているのはそれ以上にフェアじゃないと思ったので伝えました。申し訳ないけれどそれは事実で、俺にはアリアさんの内心が今も見えています。だけど今後は俺に見えている内心は完全に無かった事とします。誓って他人に口外もしません。たとえクリスティーナ相手にでもです」
アリアさんが、俺に内心が読まれることを知らなかったという態で通すのなら。
俺はその通り、内心を読めてなど居ない前提で公的な言動を行う。
それを宣言する。
「だから信じてくれって言っている訳じゃありません。ですがその前提で、今からする話を聞いてください」
「わかりました」
『……そんなこと言っちゃって、後でクリスティナ様ともめないのかしら? 大丈夫かしら?』
……。
大丈夫だと思いますよ?
そんな他人の考えをこっそりのぞき見たがるようなクリスティーナじゃありませんし。
ただ夫婦の間に、隠し事が生まれるのはどうなのかな。
大丈夫だといいなあ。
クリスティーナを見れば大丈夫かどうかはすぐわかる訳だが、約束があるのでクリスティーナの方は見ない。
一瞬硬直した俺を見て、初めてアリアさんが素で笑う。
そういう時は「内心」とかないものなんだな。
「それでお話とはなんでしょう?」
『色仕掛けとか迷惑だから一切やめてくれとかだと困りますわね。先陣切った私の責任になって泣きそうです』
なんか内心を読まれることを、すでに逆手にとってうまく使って来てないかアリアさん。
応用力半端ねえ。
「単刀直入に言えば、アリアさんの勧誘です。俺はこの後「魔法遣い」に限らず、異能を持った存在達の組織を立ち上げようと思っています。「盾の聖女」であるアリアさんには是非それに参加して欲しいんです」
「それは……」
『そんなもの教皇庁も各国も認めるはず……認めるしかないですわね。宗教にも政治にも経済にも基本口出ししない代わりに、どの国家も組織も問答無用で潰せる「戦力特化」の組織を立ち上げる。それはツカサ様単体でも本質は変わらないけれども、そこへ各国の思惑を持った人間も加えることでバランスを取れている様に錯覚させる。――いい手ですわ。その初手にジアス教教皇庁に所属している私を確保するのは効果的かつ必須でしょう』
怖いよアリアさん。
瞬間で思考が走って、ログが流れる勢いだ。
慣れない色仕掛けの時より、こういう思考をしている時の方がずっといきいきしている。
こう言う部分はクリスティーナとは全然違うんだな。
サラとかセトと話をすれば盛り上がるんじゃなかろうか。
いやそれ以上に御義父上との方がいいかもしれない。
セト曰く、
「師匠という、自分の発想を現実に出来る存在を前提にする理想の話はすごく楽しいんだよ。「机上の空論」であっても楽しいのに、それが本当に必要だと説得さえできれば実現できるなんて、正直ゾクゾクする」
とのことらしい。
サラも似たようなことを言っていたし、御義父上はこの半年で一気に若返っていると、嬉しそうに言っていた。
「厳しい現実の中でまがりなりにも善政を布いている王様って、根っこはみんな子供みたいに甘くて優しい理想家なのだと思います。甘い考え方かもしれませんけれど。厳しい現実を蹴り飛ばしてくれる存在が現れたら、私腹を肥やすことよりも理想を叶えることを優先したくなるのではないでしょうか? 暴走した理想家の失敗が最も不幸な結果に至るのは歴史が証明しておりますけれど、ツカサ様がいればその心配もないでしょうし」
なんてことも言われた事を覚えている。
サラは俺をかいかぶりすぎなところがあるのをどうにかしないといけない。
タマほどシニカルにもなって欲しくはないが。
しかしセトとサラ、十二歳と九歳なんだけどな。
俺よりよっぽどしっかりしているというか、そういうレベルじゃない。
だからと言って、俺の力の使い方を任せてしまうつもりはない。
俺はいろいろ足りないけれど、何のために俺の力を使うのかは俺が決める。
ただそのために助言をきける存在は多いほうが良いし、聞く耳を持つことはきっと悪いことじゃないだろう。
そのためにも「力」を持ち、そのせいで世界に対して責任も持たねばならない人たちで組織を作りたい。
「アリアさんが常にいる場所は教皇庁であっても構いません。どのみち今後世界中に配備する予定の「空中都市」間は「転移陣」で繋ぐつもりですし、アリアさんなら自分で跳べるから、どこに居たって同じでしょうし」
読めた内心はなかった事にすると宣言した以上、アリアさんが一瞬で理解してくれている事でも説明する必要がある。
俺は今構想している異能者互助組織である「シ○ッカー」――違う。
「能力者ギルド(仮称)」についてアリアさんに説明した。
この件については、仲間たちには事前に説明してある。
「魔法遣い」を軸とした異能者を広く集めるつもりであること。
それ専用の「浮遊島」を一つ用意して、そこを基本的な居場所とする事。
「大いなる厄災」をはじめとした世界の危機には無償で対処にあたるが、それ以外では各国から契約料を徴収して、主として魔物災害や自然災害にその異能を持って対処する事。
人間だけではなく、魔獣――人語を解する存在も、「人類」の味方であれば加えること。
現在確定している立ち上げメンバーは、俺、姫巫女クリスティナ、勇者ジャン、魔女ネイ、神託の巫女サラ、十三使徒第三席セト、聖獣タマ、八大竜王であること。
相談役である能力管制担当については特に秘した。
初期立ち上げメンバーには、「盾の聖女」であるアリアさんと、「十三使徒」にも参加してほしいこと。
そのあたりを掻い摘んで説明した。
実際細かいことなど何も決まってはいないのだ。
ただそういう組織を立ち上げようと思っているという段階に過ぎない。
冒険者ギルドとのすみわけも必要だろうし、錬金術師達はまるごと取り込むつもりではいる。
まだまだすべてはこれからの話だ。
だからこそ創立メンバーにはアリアさんや十三使徒は入っておいてほしい。
驚くほど膨大な思考を走らせながら、アリアさんは最後まで真面目に聞いてくれた。
「こちらから参加をお願いしなければならない組織ですわね、それは」
『断ったら、教皇猊下白目向いて倒れちゃいそうですし』
あらゆる思考を走らせた上で、アリアさんが結論を出す。
御義父上も誘われて断る相手はまず居ないと言ってくれていたが、とりあえずほっとした。
「勇者と三聖女」は、揃っていてくれていた方がありがたい。
「大いなる災厄」は俺の力で解決するつもりではあるけれど、本来の役処がちゃんと揃っていてくれるのは安心感がある。
アリアさんが参加してくれれば、「十三使徒」も他の魔法遣い達も参加しやすくなるはずだ。
「ジアス教への正式な打診については明日の公会議でする予定です。整えるべき手続きはこちらで整えるつもりですので、ご心配なく」
「それは有り難いですわ」
『ツカサ様から直接の要望は、この際最も円滑に事を進められますから正しい選択ですわね。アルトリウス三世陛下も全面的に協力する体制ですのね、これは』
そこまで読めるんですね。
俺はそういう組織をつくることを考え付いても、この世界で必要な手続きなど皆目わからない。
そんな俺が適切な手段を取ろうとしていることが、アリアさんの読みに繋がるのだろう。
俺の発案だという事を疑わないのは、何か理由があるんだろうか。
「ですけれど、二つだけ質問よろしいでしょうか?」
『ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふ』
完全に仕事モードというか「聖女」の顔をしていたアリアさんが、ふと悪戯っぽい表情を浮かべる。
たぶんこれは素の表情だ。
だけど……
「え、あ、はい」
なんだろうこの内心。
笑っているのかな。
こういう時、文字表示だとニュアンスが伝わらなくて怖い。
「ツカサ様が私を必要としてくださるのは、女としてものすごく嬉しいですわ。ぜひ協力させていただきます。ですけれどツカサ様が必要なのは「盾の聖女」としての私だけなのですね? 女としての私は求めてはくださいませんの?」
『ふふふふふふふふふふ困るでしょう? ふふふふふふふ』
物凄く切なそうな表情を浮かべて目を伏せ、特定の文言だけをそれとなく強調して訴えるように語りかけてくる。
あかんこれ復讐や。
復讐してきてはる。
「あ、えっと……それは」
左隣から、魔力でも気合でもない何かが急速に膨れ上がっている気がする。
約束とかじゃなくて、純粋に怖くてそっちを見れない。
「――ごめんなさい、意地悪なことを申し上げましたわね。忘れてくださいな。いつか女としても求めてもらえるように、私が精進致しますから」
『ふふふふふふふふふふふ困っていますわ』
ふと伏せていた視線を上げ、目尻の涙を手で払いながら、健気な笑顔を浮かべて見せる。
これはひどい。
アリアさんの内心を、たとえクリスティーナ相手にでも口外しないと約束した以上、今アリアさんが全く違う方向性で黒いことを考えている事実をクリスティーナに説明できない。
それこそ疑えば、今内心でアリアさんが凄い口説き文句を言っているとも思えるのだ。
謀ったなシャ○。
その上俺の構想には「女」としてのアリアさんは必要なくても、「盾の聖女」としてのアリアさんが必須であることも完全に理解している。
現時点で教皇が望む条件は充分に満たし、将来的にそうなればいいという時間的猶予を確保できたことも折り込み済みだ。
少々の意趣返しは許容されることを確信してやっておられる。
「おふざけが過ぎましたね。こちらは真剣な質問です」
『ちょっとすっきりしましたわ。後でクリスティナ様に叱られればよろしいのです』
女の人怖い。
隣のクリスティーナがもっと怖い。
「ツカサ様は十三使徒もその組織に迎えるつもりだとおっしゃいました。「一番弟子」であるセト様は当然の事として、妹君である「第一席」ティス様はどうなさるおつもりなのでしょう? 「眠り姫」と呼ばれる状態であることはもちろんご存知ですわよね?」
『なんとかなるんですわよね? なんとかしてくださるんですわよね? 私や十三使徒たちではどうにもならなかったティスちゃんをなんとかしてくださるのなら、私はツカサ様に従ってもかまいませんわ』
真剣な表情で聞いてくる。
アリアさんもなんとかしたいと思っていてくれたんだな、セトとティスの事。
やっぱりいい娘だな、アリアさんも。
ちょっと、いやだいぶ怖い所もあるけれど、根っこは優しくてお人好しだ。
聖女たちは、いっつも誰かの事を考えている。
行きすぎて、初めて逢った時のクリスティーナの様になってしまうくらいに。
「ああ、そっちは任せてください。政治も宗教も商売も女心も苦手ですけど、その手の事で役に立てなければセトの師匠だなんて言ってられませんからね。――大丈夫です」
嬉しくて、笑いながら答えてしまった。
不謹慎だと怒られるかもな。
その為にこそ俺は教皇庁へ来たんだし、それはセトとの約束だ。
あれだけ俺を支えてくれたセトとの約束は絶対に守る。
約束なんかなくても、なんとかするけどね。
セトが思っている犠牲も出さずになんとかする目処もついた。
間違いなくセトも文句を言わないだろう。
だからこそ素直に、今タマと一緒に俺に言われた通りの行動を取っているのだろうし。
あっさりと答えた俺の言葉に、鳩が豆鉄砲喰らったような顔でぽかんとしているアリアさん。
内心もぽかんとしているな。
聞こえなかった訳でもないだろうけど。
「大丈夫ですよ」
もう一度、出来るだけ安心できるような笑顔を心がけて言ってみる。
きもいと思われていなければいいのだが、意識しての笑顔というのはこれが結構難しい。
「そ、そうですか、安心いたしました」
『……なによ、かっこいいじゃないの』
……。
あ、しまったって顔しましたね?
勘弁してください、俺もこういうの慣れてないんです。
悲しいかな目で訴えても、俺の内心はアリアさんには届かない。
『あああ……あああああああやっちゃったやっちゃったやっちゃった』
両手で顔を覆い隠して下を向き、みるみる全身が真っ赤になって行くアリアさんと、その前で赤面している俺にクリスティーナが微笑みかける。
「あなた? アリア様の内心は秘密でよろしいですけど、あなたが何を思ったのかは今夜教えてくださいね?」
初めてあった時より怖いよ、クリスティーナ。
次話 公会議
1/16投稿予定です。
読んでもらえたらうれしいです。
アリアさんはいかがでしたでしょうか。
こういうポジションの人すごく好きなんです、私。




