第09話 晩餐会
日が沈み、すでに教皇庁の「大食堂」での宮中晩餐会が始まっている。
「ステータス・マスター」を全開した後遺症に苦しみながらもなんとか正装に身を包み、クリスティーナと共に出席している。
俺とクリスティーナが出席しなければこの晩餐会、ひいては今回の使節団の本来の目的が失われかねないとあっては、セトの事で忙しいとはいえ出席しないわけにもいかない。
まああっちはある程度目処はついたから、大丈夫だろう。
今は能力管制担当が全力で頑張ってくれているところだ。
それにしても。
大規模なものになるとは、御義父様はじめ多くの人から聞かされていたが想像以上だ。
教皇自らの挨拶とヴェイン王国使節団代表であるサラの挨拶で開始され、今は豪華な食事と酒を楽しみながら、踊る人は踊るし、話す人は話しているという状況に移行している。
通常であれば教皇に続いて偉い人たちが何人も有り難いお話を聞かせてくださるらしいが、今回は教皇の挨拶も極短いものですませ、すぐに「歓談の時間」へ入ってくれた。
校長先生の長話が苦手であった俺としては正直助かった。
広大な敷地に白石で組まれた巨大な宮殿、その二階にあるここ「大食堂」は世界最大の宗教の中枢に相応しい威容を誇っている。
ジアス教には「清貧」という概念は存在しないようで、白と金を基本とした下品ではないものの、俺のような素人にすらものすごくお金がかかっているという事が一目でわかる豪華さだ。
世界有数の強国であるヴェインの王宮も豪奢なものであったが、この宮殿に比べると少々見劣りすると言わざるを得ないだろう。
それほど贅沢の粋をこらされている。
まあこの世界全域で信仰されており、列強各国の国教でもあるジアス教の中枢なのだ。
よくは知らないが、宗教であるからには恐らく無税なのだろうし、資金力がそこらの国家を凌いでいるのは当然なのかもしれない。
今俺達が座っているここは「大食堂」の中庭に面した、半個室のようになった空間である。
中庭から見える上空には、魔法による光でライトアップされた「空中都市」が九つの「浮遊島」を従えるかのようにその威容を浮かべ、教皇庁の誰も今まで見たことが無い景色を成立させている。
八大竜王達がサービス精神を発揮すればより派手なことになるだろう。
晩餐会の佳境で花火でも上がろうものなら、あのご老人たちは喜んではしゃぎ始める事は間違いない。
まあ教皇庁の人たちがそれで喜んでくれるならそれもありか。
まわりを見れば空を見上げて語っている人たちは確かに多い。
まあ近い将来、教皇庁に属する自分達が「空中都市」の住人になることはすでに発表されているから、話題には持ってこいだろう。
純粋に「夜景」としても充分に見応えがあるものではある。
この晩餐会の主目的は、俺と誼を通じたいお偉方や女性陣との談話だと言われていたが、今はまず「盾の聖女」との時間が持たれ、他の人は俺達の傍によってはこない。
やはり「聖女」というのは特別な立場にいるのだろう。
ジャンとネイは別行動とはなっているが、俺の隣には当然の様にクリスティーナもいる。
「盾の聖女」と「姫巫女」
つい最近まで「魔女」であるネイは発見されていなかったので、世界守護の要であった二人だ。
その目の前で俺にアプローチを懸けたがる剛の者は、男女問わず今のところ存在しないようだ。
遠巻きに様子を窺っている方々は、かなりの数居られるようだが。
アリアさんが席を外したら次々と来ると思うと少々うんざりするが仕方がない。
まあ隣で、綺麗で美しく――怖い笑顔でクリスティーナがいてくれるからかなりマシなはずだ。
男性陣は単純に鼻の下伸ばすだけだが、なぜか女性陣には怖さが通じる様なんだよな。
アリアさんも最初ちょっとひきつってたし。
しかしこれ、この場に何人くらいいるのだろうか。
全員が所謂「要人」なのだと思うと、気が遠くなる。
幸い俺には心強い味方である「能力管制担当」と銀の義眼があるので、人の名前を間違えたりする心配は皆無だ。
そういった心配はないのだが、今はとある事情で別の心配というか、罪悪感に苛まれている。
「御気分がすぐれないのですか? ツカサ様」
『何をぼーっとしているのかしら、この人。倒れられたりしたら事ですわね』
俺の正面に座っているアリアさん――三聖女の一人、教皇庁に属する「盾の聖女」が、その美しい顔に心配そうな表情を浮かべている。
どこからどう見ても完璧な、重要なゲストを心配する麗しき美女だ。
少々「聖女」が着るには扇情的すぎないか? という際どいドレスにそのバランスのいい肢体を包んでいるものの、本人が纏う凛とした雰囲気のせいか品の無い感じは全くしない。
俺の視線を感じたのか、その少し開きすぎではと思われる胸元を強調してくれるアリアさん。
『男の人ってみんないっしょなのね。クリスティナ様みたいな綺麗な奥様がいても、他の女の胸が気になるものなのかしら。信じられない』
――すいません。いろんな意味でほんとすいません。
「?」
『こ っ ち み な い で お ね が い』
ちらりとクリスティーナの方へ視線を向けると、いつもと変わらぬ笑顔で「なんですか?」というように首を傾げながら、強烈なメッセージが表示される。
――はい。
親しき仲にも礼儀あり。
夫婦とはいえ、いや夫婦だからこそ秘すべきものはあるよな。
俺が逆の立場だったら、「転移」で跳んで逃げる。
クリスティーナに見惚れている時に、俺が何を考えているかを文章化されて読まれるなんて考えただけでもぞっとする。
――秘するが花。
それは真理だ。
「……いえ、あまりに豪奢な晩餐会なので、少し面喰ってしまいまして」
言葉も内心も、一応は心配してくれているものだったので無難な返事を返す。
我ながら心にもない台詞だとは思う。
「まあ。あんなものすごいものをあっさりと寄進してくださる方が何を仰いますやら」
『華美な晩餐会に興味がないならそう言えばいいのに。誰に遠慮しているのかしら? やっぱり奥さんになのかしら? 意外とクリスティナ様の方がつよいのかしら』
――やめて。
冷静に彼我の兵力差を分析しないで。
「空中都市はヴェイン王国からであって、私個人からではありませんよ?」
「殿方はうそばっかり」
『まあそう言うしかないですわよね』
アリアさんはくすくすと笑いながら、夜天に輝く空中都市をうっとりとした視線で見上げる。
シンプルな銀の首飾りだけを付けている、首筋から胸元へのラインが艶めかしい。
アリアさんは内心どうあれ、今夜教皇から厳命されていることはしっかり遂行する覚悟のようだ。
クリスティーナに嫌われるだろうことだけを残念がってはいたが、「聖女」の義務感半端ない。
女の人って怖いよな、内心は完全に事務的に醒めきっているのにこんな艶っぽい仕草が出来るんだもんな。
そりゃ男は掌で転がされてなんぼだというのがよくわかる。
とてもじゃないけど勝てる気がしない。
だけど今の俺にはアリアさんのその完璧さが、逆にいたたまれない。
ティスの異能を魔力全開にした「ステータス・マスター」で分析したことで、俺の妖精眼――違う。
銀の義眼は軽い暴走状態に陥っている。
それプラス、使用すればするほどスキルレベルが上がる仕組みは俺のゲーム知識に合わせてくれたものか、「ステータス・マスター」は今までにない使い込みのおかげで爆発的にレベルが上昇した。
付けて加えて、いつもは完璧に俺の能力達を制御してくれる頼りの能力管制担当は、目下その解析に全力を上げていて、俺の能力の制御にまで手が回らない状況になっている。
結果として俺の銀の義眼はその目に映ったモノの情報を、ほぼ無制限に表示するという恐ろしい状況になっている。
頭がフットーしそうだよおってなもんだ。
年齢・性別・氏名・所属・趣味・家族構成にはじまり。
わかりやすいレベルやジョブ、ステータス各数値はもちろんのこと、スリーサイズや結婚歴なんていうものまで表示されている。
極力そっちへ意識を向けないように努力してはいるが、異性経験や現在恋人がいるかいないかすら表示されている始末だ。
プライベート完全粉砕状態。
――やっぱり「聖女」って処女なんだな……
ではなく。
とはいえその程度であれば、クリスティーナは俺の視線を避けるようなことはない。
何を今更ってなもんだろう。
だがこの暴走で最も恐ろしいのは、銀の義眼が捉えた相手の「表層思考」を文章化して表示しやがるところだ。
深層心理までは不可能なようだが、表面的な言動の奥で考えていることは全て曝け出される。
これはかなりつらい。
この状態で晩餐会とか、罰ゲームでしかないと思う。
いや思考を読まれる方も辛いだろうけども。
事情を説明したら、サラとセシルさんは「使節団代表としてのお仕事が……」とか「サラ様を御一人にするわけには……」とかいって別行動を選択した。
今は教皇猊下と歓談中だ。
あろうことかタマまで着いて行こうとしやがった。
タマは大事な用事があるので、セトと一緒に別行動と相成ってはいるが。
おかげでセトとタマはこの晩餐会には欠席だ。
まあ俺でもそうすると思うから、サラとセシルさんを責めるつもりはない。
タマは赦さん。
だが新婚のクリスティーナは俺と別行動など出来るはずもなく、能力管制担当が制御を取り戻すまでこっちを見ないでくださいね、との堅い約束の元に一緒に行動している。
見たいという誘惑が無くもないのだが……
「ずっと上の空ですのね、ツカサ様。私と一緒に居るのはつまらないですか?」
『それはクリスティナ様と比べられたらどうしようもないわよね。だけど仕事は仕事ですわ。どうやって私を女として意識してもらうかですけれど……酔いでもすればいいのかしら? それとも酔わせれば殿方は本性を出すのかしら?』
アリアさんが、ちょっと拗ねたような表情で悲しそうな声を出す。
クリスティーナの笑顔にも屈せず、俺を籠絡しようとする姿勢は崩さないようだ。
怖いよ、もはやホラーの域だよ。
経験もない女の子が、こんな風にできるなんて知りたくないよ俺は。
耐えきれなくなって、半個室になっているこの空間に遮音魔法を展開する。
聖女であるアリアさんは、瞬時にそれに反応する。
無詠唱で展開しても、魔力展開に反応できるのはさすが聖女と言ったところか。
「え?」
『何か魔法を起動したわよね、今。まさかこんなところで、急に……』
あのな。
クリスティーナが隣にいるのに俺は野獣か。
いやいなかったからどうって訳ではないけれど。
こういう所は知識だけで経験が無いからぶっ飛んだ思考になるのかな。
その割にはちょっと怯えた可愛らしい表情をつくっているところが、ほんっとに怖い。
「襲ったりしませんよ。今展開したのは遮音魔法です。これでこの場で話していることは、万が一にも外に漏れることはありません」
「え?」
『私、慌てて声に出してしまってましたの?』
「いえ、声には出しておられませんでしたよ」
「え?」
『え?』
あ、一致した。
「……あの、ほんとすいません。俺、思考が読めるんです今」
「……」
『さ、最初から?』
「ええ、最初から」
一瞬すっと血の気が下がって、見る見るうちに顔が真っ赤になってゆくアリアさん。
さもありなん。
俺なら、のたうちまわる自信がある。
全身が朱に染まり、プルプルと震えている。
泣き出されたらどうしよう。
「……そうですの。私の使命はツカサ様に女として気に入っていただくことですわ。取り繕っても無駄みたいですのでストレートにお聞きしますけれど、どうすれば私を女として気に入ってくださいますか?」
『信じらんない、信じらんない、信じらんない、信じらんない、信じらんない、信じらんない、信じらんない』
身体だけではなく声さえも震わせながら、言い切るアリアさん。
真っ赤な顔で、目に涙を浮かべながらも笑顔を浮かべてさえ見せている。
内心はここまで動揺しているのに、ものすごい使命感だ。
クリスティーナの方を見るのも怖い。
禁止されているから見ないけど。
「お互いきつい状況ですが、本音で会話しましょう。俺の今回の本当の目的はこの晩餐会や明日の公会議じゃありませんけど、アリアさんと本音で話すのは目的の一つなんです。……いいですか?」
「ツカサ様が望まれるのであれば、喜んで」
『何を今更ですわ!』
ほんとすいません。
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