第08話 セトの決断
「――今度は兄の身体が眠り続けることになってでも、妹の身体を覚醒させるっていうのが、兄でも妹でもある今のセトの決断か?」
「だから」の後に続けようとしたであろう、セトの台詞を先回りして言う。
俺はセトに「危険」も隠さずにちゃんと説明してくれと言った。
弟子は師匠のいう事には逆らわない。
だから正直に全てを説明してくれるだろう。
弟子は師匠に嘘はつかない。
そこは疑う余地もない。
――だけど。
嘘はつかないけれど、言わない事はあるだろう。
言えない事もあるだろう。
そう長くはない付き合いだが、深い付き合いだという自信はある。
だからこそ、「言わない」という選択肢をセトから奪った。
まあそこは師匠特権という事で赦してもらおう。
「……確かに、それも覚悟の内だよ」
元々よく解っていない異能な上に、今はそれが暴走状態なのだ。
それを強制的に解除した場合、何が起こるか解らない。
正しくはそういう事だろう。
起こりうる事態の中に、そうなる事も含まれているといったほうが正解か。
つまりもっと最悪の事が起こる可能性も想定しているというわけだ。
強制的に解除した結果、二つの意識が一つに解け合っている今のセトがどうなるかなんて、誰にもわからない。
「今のセトの体がたとえどうなったとしても妹さんの身体を覚醒させると決めてるわけか、今のセトは。――いや最悪二人とも元に戻らなくても、か」
どうしてそういう結論に至ったのかは聞かない。
セトの決めたことを、軽々しく否定するつもりも無い。
俺の知らないお兄ちゃんとしてのセトだけではなく、妹さんのティスも混ざっている、俺のよく知っているセトが出した答えなのだ。
セトにとって、兄妹にとって納得できている決断なのだろう。
「……わかった。約束どおり俺の出来る事は何でも協力してやる。セトが暴走している妹さんの魔法を止めろって言うならそうしよう」
「師匠……」
俺の台詞に、セトがほっとした表情を見せる。
俺が今のセトを優先して、協力しないと言う可能性も考えていたのだろう。
だけど少し寂しそうにも見えるのは、俺のうがち過ぎなんだろうか。
「最悪の事態になったときは、俺は「上書きの光」使うからな」
俺の「やりなおし」であれば最悪の事態は避けられる。
セトの決断通りに事を進めて取り返しの付かない事になったとしても、俺ならば取り返せる。
覆水を盆にかえせるのが、俺の「上書きの光」だ。
そういうときに使わないで、何時つかうんだという話だ。
そこは譲れない。
みんなもそれには同意してくれるだろう。
だけど……
「……ツカサ様」
サラが不安そうな声で話しかけてくる。
そうだよな、言いたい事はわかるよ。
セシルさんも複雑な表情をしている。
流石にクリスティーナとタマは、俺を正しく掌握していらっしゃるようで。
双方から「もったいぶってないではよ言え」という空気が流れてきている。
「だけどな、セト。そりゃ最後の手段だ」
「――え?」
はじかれたように、俯きがちだった顔を上げるセト。
ほんと、俯いてしょぼくれてるセトなんて、全くらしくない。
そんなセトは見ていたくない。
「俺も一人で考えて、一人で行き詰って、一人でのたうちまわってた頃があっただろ。頼りになる弟子に意識飛ばされて、みんなに風呂場で説教されて正気に戻れたけどさ」
その後の事は記憶から消したい一幕ではある。
クリスティーナも想い出して赤面するのやめて。
サラとセシルさんも笑い堪えるのやめて。
流石に深刻な表情を崩さなかったセトも、思い出してなにやら複雑な表情をしている。
――裸単騎特攻なんてなかった、いいね?
「今のセトはあの時の俺と同じだぞ? いやあの時の俺よりずいぶんマシだけど、骨子の部分はやっぱり一緒だよ。一人で考えて、一人で結論を出してしまってる。あの時のみんなが、セトがそうしてくれたように、その答えを否定はしないよ。だけどその前に、みんなで考えてみるってやつを提案する」
俺はそれで救われた。
ああいうのは「力」のあるなしなんかじゃないんだ。
「一応これでもセトの師匠だからな。全く頼りにならないことは無いと思うぞ? それにクリスティーナもサラもセシルさんも、一緒に考えてくれるさ。三人よれば文殊の知恵ってありがたい言葉が異世界にはあってな? セト達も含めりゃ六人分の知恵だし、足りなきゃジャンとネイを呼んだっていい。あいつらもああ見えて「勇者様と聖女様」だからな」
確かにセトは「魔法」に関しちゃ俺達の中で最も専門家だ。
俺達素人の意見なんて、普通であれば参考にならないだろう。
だけど今起こっている状況は従来の「魔法理論」から逸脱している事態であり、そういうときは素人の忌憚無い意見が突破口になったりするのも良くある話だ。
それに俺には、「死に戻り」以外にも結構便利な能力があるんだ。
今まで活かし切れちゃいなかったけれど。
「師匠……」
いわんとする事は伝わったのだろう。
こんなセトの表情は初めて見るな。
「情けない顔すんな。さっき説明の前「今すぐじゃない」って言ってたな。「全部終わったら」ってことは、まず第二席と決着つけてからか」
「うん。今の僕が間違いなく「絶対不敗の一番弟子」だってことを証明してからって……」
なんだよ、その思い残す事は無いようにしてからって考え方は。
今の自分がなくなってしまうことは覚悟の上ってことか。
俺達に相談もせずに、そこまで決めてしまっていたのか。
ちょっと寂しくて、少し腹が立ったので乱暴に頭を撫でてやる。
らしくもなく、されるがままになっていやがる。
そうだ、ちょっと反省しろセト。
師匠は正直寂しいぞ。
後、俺ももうちょっと反省しよう。
あの時みんなは、こんな情け無い思いを得ていたんだな。
「だったら先にそれ済ませよう。その間に俺が、俺達が絶対に何とかしてやる。絶対だ。お前の師匠は死に戻ってやり直すだけが能じゃないんだぜ? 「絶対不敗」の「通名」は伊達じゃない。戦闘だけじゃなくて、あらゆる困難にも絶対負けないから「絶対不敗」なんだよ、お前の師匠は」
我ながら大したハッタリである。
今の時点では思い付きがあるだけで、何一つ確かな事が無いくせによくもそこまで言い放ったもんだ。
だがここは言うべきところだ。
出来るかどうかわからないけどがんばるよ、なんていってる場合じゃない。
幸い俺達は出来るまでやれるんだ。
あの101回のくり返しに比べれば、何のことは無い。
世界を救う仕組みである「勇者と三聖女」の理さえひっくり返した俺達が、幼い兄妹を救えないなんて事があってたまるか。
見てろよ、この世界の「魔法の理」を丸裸にしてやる。
他に例の無い異能だ?
それの暴走だ?
知ったことか。
俺が「創造主」の権能を持つと言うのであれば、そんなものは全て俺の支配下にある理のはずだ。
ちょっとひいた風邪を治すみたいに、なんでもないことのように解決してやる。
見てろよ。
俺の意を受けて能力管制担当が、俺の魔力を全解放する。
この空間に満ちる「セトの魔力」すら圧倒するその魔力総量を、「銀の義眼」にすべて集中させる。
黒銀色の魔力を吹き上げる、俺の「銀の義眼」と能力管制担当。
見ろ。
診ろ。
視ろ。
――ミロ。
この世界では、人の名前をみたり、レベルやステータスを確認したり、地名なんかを表示してナビのようにしか使っていなかった俺の能力の一つを、全力で使用してやる。
「ステータス・マスター」で、暴走するティスの異能を丸裸にしてやる。
それで俺の知っているセトも、「眠り姫」のティスも、二人とも何とかしてみせる。
なあタマ。
それくらい出来なくて、何がお前の飼い主だって話だよな。
「らしくなく上手に煽りますね。まあいいでしょう、もとより私も出来る事はすべて協力するつもりですし。そうですね、仰るとおり我が主が田舎世界の魔法程度どうにも出来ないようでは沽券に関わりますからね」
「そういうことだ」
任せとけセト。
俺は頼りなくても、能力管制担当とタマは頼りになるから。
俺に思いつかないことでも、クリスティーナやサラやセシルさんは思いついてくれるから。
俺は俺に出来る事を全力でやる。
その間にセトは、第二席ぶったおして「絶対不敗の一番弟子」の実力を世界中に証明して来い。
全部終わったら妹さんも「ツカサ一味」の仲間入りだ。
絶対にそうしてやる。
「うん……師匠、ありがと」
そう言って、泣きながらセトは笑った。
次話 晩餐会
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