第07話 1周目 【美少女の思惑】
「意識が戻ればいつも通りに動けると思うので、馬には申し訳ないのですが二人乗りで何とかしてください。どこかの拠点までたどり着いたところで馬を確保すればいいでしょう」
完治させた近衛騎士たち一人一人を転移で連れ戻してそう告げると、カイン近衛騎士団長に手を取って感謝された。
一人目のザック・ダリアム氏を転移で連れて来た時点で、サラ王女の言葉が真実だという事に驚愕していたが、全員を回収し終えた時点で正式に謝意を述べられた。
彼らにしてみれば遺体を回収する事すらも、本来であれば望むべくもなかったはずだ。
それがまさか無傷の状態で、すやすや寝ている同僚が帰ってくるなど思ってもいなかったのだろう。
サラ王女が俺に願った時点ではまだ息があることを知り、「癒し」の力を持つサラ王女が同行したとしても、そんな奇跡は望めないことを彼らは知っていた。
王族に伝わる奇跡の力とて万能ではないことを、おそらくは今までの戦場で体験しているのだ。
「ツカサ様。ヴェイン王国近衛騎士団長カイン・サムエル・ノーグ。命を救っていただいた部下八名に代わってお礼申し上げます。命の恩は命をもって報いるべきもの。我らの剣はすでにヴェイン王国に捧げられしものなれど、神と王国に背かぬ限り、我ら十五名の剣は御身の力となることを宣誓します」
「十五の王国の剣が、魔法遣いツカサ殿の剣でもあることを認める」
大仰なカイン近衛騎士団長の宣誓に、まさかの王様の許可が出た。
王様のその言葉に嬉しそうな表情を浮かべ、脱落しなかった七名が抜剣してその柄を俺の方へ向けて膝を折る。
「感謝します。――ですがそうですね、魔法遣いの身に王国の剣は過ぎたもの。王都に着いたら一杯奢っていただくというあたりではいけませんか?」
あまりに重い柵は、今の時点では避けた方がいい。
出来るだけ軽い調子で、「気にするな」という意味で言ってみる。
未成年の俺が酒を無心するというのもあれだが、なーに異世界、異世界。
騎士が王様以外の剣たらんとする決意を軽々しく扱った、と怒られるかもと警戒したが、王様も近衛騎士の人たちも驚いた表情を浮かべている。
「ぽかんとした顔」というのはこういう顔を指していうのだろう。
セシル嬢もその例外ではなく、ただ一人サラ王女だけが興味深げな視線を俺に向けている。
「な、何かおかしなことを申しましたでしょうか。田舎者ゆえ無礼があればご容赦願いたいのですが……」
思わず素の自分が出てしまう。
失伝から免れた一部の魔法が、宗教と強く結びついていることが推測されるこの世界では、教会が強い力を持っている事もまた自明の理だろう。
もしや飲酒は重大な教義違反だったりするんだろうか。
だとしたらやばいな。
「い、いえその程度お安い御用なのですが……ツカサ様が我らのために使ってくださった、ツカサ様が捧げたであろう膨大な祈りの時間にはとても見合うとも思えませんし……その、ツカサ様は酒を嗜まれるので?」
危惧した様な事でもなさそうだが、恐る恐るという感じでカイン近衛騎士団長が尋ねてくる。
さてどう答えるべきか。
正直に言えば飲んだことはない。本当だ。
とはいえカイン近衛騎士団長の言葉から、酒そのものはそうたいした代物と認識されている訳ではなさそうだが……
――ああ、そういうことか。
さっき考えたように、俺は「膨大な時間を祈りに費やした人」と見做されている訳だ。
今現在のこの世界において、逸失を免れた魔法は「神聖術」として教会と密接に関連付けられている。
敬虔な信者、もしくは「神聖術」を行使できるような王族や僧侶は清廉であることを強いられている可能性が高い。
酒などを飲むのは凡俗であり、「神聖術」を使えるような高尚な人間はそのようなものは飲まない。
たいだいは陰で呑んでるもんなんだけどな、そういう事言ってる連中って。
教義を詳しく知るまで迂闊なことは言えないが、サラ王女も何らかの要らん制限を課せられている可能性もある訳か。
毎日の祈りってだけでも大変だろうし。
本人が納得してやっているのであれば、文句をいう事でもないとは思う。
いかにバカバカしく見えても、信仰というものはそれを信じている人にとっては尊いものだ。
意味のあるなしで軽々しく否定していいものでもないだろう。
――ただ、強いられているというのであれば話は変わるが。
「ええまあ、人並みには。「魔法遣い」とは神に背くものではありませんが、その在り方は市井を生きる民衆によりそうものですから。酒を飲めば肉も食べますし、割と自由なものですよ?」
俺の言葉に、予想通り王様以下一同が驚愕の表情を見せる。
ただ一人サラ王女だけが、とびっきりの情報を聞いたとでもいうようにその瞳を輝かせている。
やはり相当、魔法の伝承は歪んでいるようだな。
邪推かもしれないが、あえて教会が自分たちの都合がいいように進んで「歪んだ伝承」にしている気がする。
「もっとも私は流浪の「魔法遣い」ゆえ、由緒ある王国や教会に所属する正式な「魔法遣い」の方々と比べれば、おかしなことを言っているかもしれませんが」
重ねた言葉に、案の定王様が複雑そうな顔をする。
「魔法遣い」の在り方を声高に主張する気なんてはじめからない。
そもそも俺の「魔法」の力は珠経由で創造主とやらから、地球世界を出ていく対価として得たものだ。
おそらく俺が選んだこの世界に最適化された魔法の能力を得ているとはいえ、そのために血の滲む努力をした訳でもない。
正しいというだけで、現在のこの世界における魔法遣いの在り方に異議を唱えようというつもりはないのだ。
――少なくとも俺は。
聡い美少女の思惑は知らんが。
しかしこれは間違いなくいるな。
王国所属なのか教会所属なのかは知らないが、「自称魔法遣い」とでもいうべき存在が。
今此処にいる全員が、俺の「魔法」をその目で見ている。
近衛騎士団をもってしても手も足も出なかった複数の雷龍を一撃で葬った。
王族でありおそらくは敬虔な信徒でもあるサラ王女が、一人すらも救えないほどの重傷者八名を全員完治させた。
俺の「魔法」の実効性を、身を持って体験している。
もっともらしい理論や、ありがたいお説教をもって語って(騙って)いる訳ではないのだ。
だからこそ、自分たちが今まで見知った「神聖術」や「魔法」の在り方、在るべき姿との乖離に戸惑いを隠せないのだろう。
「ツカサ様と、我が国自慢の魔法遣い様の魔法比べを見てみたいわ!」
無邪気な表情と声で、突然サラ王女が如何にも子供が言い出しそうなことを言いだした。
これは……
「これ、サラ。「魔法」や「神聖術」はそのように軽々しく扱うものでは……」
「そうなのですか? ツカサ様」
不敬にも王様の言葉に被せてまで、きらきらした瞳で俺に聞いてくる
これは間違いない、わざとだ。
王族美少女恐るべし。
この聡明な美少女の思惑は、俺という駒を使って教会の欺瞞を暴く事に違いあるまい。
今まで証明する手段がなかっただけで、おそらくかなり以前から疑っていたのだ、教会の言う「正しい在り方」というものを。
どんな理由があって、この降ってわいたような状況に即応できるほど教会を疑っているのかがはっきりしないが――
「どうなのでしょう。王様がそう言われるのですから、そうなのではありませんか? しかしそうですね、私個人という事であれば、王国に仕えられているような偉大な魔法遣い様と手合せしてみたい、という気持ちはありますね。――そうだ。どうでしょう? 王国の剣を捧げられるかわりに、王国の魔法遣い様との手合わせを許可していただくというのは」
そういう事ならその思惑に乗っかってもいい。
俺自身も「歪んだ伝承」を検証してみたい気持ちもある。
よくぞ言ってくれたと言わんばかりの笑顔を、俺に向けるサラ王女。
懐かれている美少女の期待に応えていいところを見せようとする、力を持ってはいるが朴訥な魔法遣い。
そう言う風に見えていればいいんだが。
「かまわないでしょうお父様? お父様とカイン様の願いなら、教会も断らないと思うの。サラも一緒にお願いするし。ダメなら諦めるから、聞いてみるくらいはいいでしょう?」
「……う、ううむ」
畳み掛けるサラ王女に、王様はたじたじだ。
これは王様、押し切られるな。
俺だってただの野次馬としてなら、国と教会がありがたがる「魔法遣い」が、突然現れて今まで自分たちが知る「魔法遣い」の常識を覆す存在に通用するかどうか見てみたいと思うだろう。
王様や近衛騎士の表情から察するに、彼らは「魔法遣い」が存在することによる利益を、おそらくは得ていない。
もし俺と同等、いやそれ以下だとしても実際の戦場や日常で魔法の恩恵を受けているのであれば、今のような態度にはならない。
彼らの態度は、教会の魔法遣いが使い物にならない事はなんとなく察しているが、それをあえて白日の下に晒して教会と揉めたくはない、というものだ。
俺の実力を目の当たりにしているだけに、なおの事そうだろう。
王と王女、近衛騎士団長が教会に喧嘩を売る形になるのは、さすがにまずいのかな?
政治的なことはよくわからないが、強ければそれでいいというものでもないのだろう。
そんなことは百も承知で、サラ王女はそう仕向けようとしているのだろうけれど。
「それにツカサ様へみんなを助けてってお願いしたのはサラだから、御礼はきちんとサラがします。――ツカサ様の仰ることをなら、サラは何でも聞くのです」
その一言で、場は再び凍りついた。
緋色の悪魔のプレッシャーがきつい。
さて無難におさめるには、何をお願いするのが一番いいのでしょうか。
誰か教えてくれませんかね。
次話 1周目【たわいない約束】
10/16 18:00頃投稿予定です。