第07話 異能の暴走
兄妹が「十三使徒」に選出されてから、二年の月日が流れた。
その間に教皇はじめ数人のジアス教中枢の人物達と、聖女及び「十三使徒」以外にはティスの異能は秘奥とされ、「∞」の「諱」を与えられると共に「十三使徒」の第一席となっていた。
接触とある程度の時間が必要とはいえ、誰にでも無制限に魔力充填が可能という異能。
それはティス本人に戦闘能力が皆無であることを補って余りあるものであった。
能力とそれに見合った責任を持つがゆえに我が強く、興味ない態を取りながらも強烈に「序列」に拘る「十三使徒」の面々が、ティスが「第一席」であることには誰も文句を付けないほどに。
それはそうだ。
「魔法遣い」としてどれだけ鍛えようが、どれだけ祈りを捧げていようが、戦場で一度「魔力」が尽きれば、月単位での「祈り」を経なければ再び魔法を行使することは誰にも叶わなかったのだ。
ティスの異能が発揮されるまでは。
「魔力」さえあれば救えたはずの仲間や護るべき人たちが、魔物や魔獣に殺されるのを成す術もなく呆然と見ている時の、膝から下の力が抜けていくような無力感。
「十三使徒」に席次を持ち、魔物との実戦に身を置く「魔法遣い」であれば、誰もが一度はその思い出す度にのた打ち回るしかない経験をしている。
その最たるものこそ、「十三使徒」達であっても頼りにしていた兄妹の両親の死だ。
それが複数の「十三使徒」でローテーションさえ組めば、常に頭の一部を占めていた「魔力の使いどころ」を気にすることなく、「禁呪」級を連発して戦う事をティスは可能にしてくれたのだ。
あの「無力感」を二度と経験せずに済むようにしてくれるのであれば、本人に戦闘能力が皆無であろうと、年齢が若かろうと、席次が自分たちのトップであろうとそんなことは問題ではない。
唯一無二。
誰も代わりを務めることが能わぬ特別な存在として、ティスはその異能を知る者たち全てに「十三使徒の第一席」として認められるに至っていた。
その同じ二年間でセトは十三使徒の「第三席」に、シリスは「第二席」に付くほどに成長する。
シリスはセトに勝るとも劣らない「魔法」習得の才能。
そしてティスの陰に隠れた感があるものの、それでも稀代の異能である「魔眼」による精密な魔力コントロール。
その二つの才能を持って、若くしてシリスは「十三使徒」の実質トップに上り詰めた。
第一席はいわばティスの名誉職の扱いになって居る。
個人としては圧倒的な魔法戦闘能力を誇ったセトを僅差で退けたのは、偏にその「魔眼」のおかげであった。
巨大な魔物や魔獣を討伐する際でも、そのすべての攻撃行動が「魔力」を伴う以上、シリスの指示に従って動くことが最も安全で効率的だ。
広大な地域に渡る、膨大な魔物が派生した場合になどは、シリスの「魔眼」が謂わばレーダーの役目を果たし、限られた「魔法遣い」達で戦線を破綻させない運用をするには必須であった。
常に本陣に指揮官兼ティスの護衛として存在し、戦場全域を魔眼で掌握する。
時にティスを通じ前線にいるセトとの連携を取りながら、最も効率的に魔物を殲滅する今代の「十三使徒」
その圧倒的な戦力は「史上最強」といういつの時代も語られる称号を、本当の意味で得つつあった。
兄妹の「離れていても意思疎通が可能」という能力が、どれだけ戦場の在り方を変えるかを正しく理解したシリスは、なんとかして誰もが使えるようにならないかと腐心していたようだ。
それは上手く行かなかったが、ティスによる本陣と前線との連携を軸とした、「転移」と発光系魔法による情報伝達システムを構築し、より高精度で戦場を把握することには成功していた。
一方セトはティスの異能の恩恵を他人とは違うレベルで享受できるため、「魔法遣い」としての戦闘能力は他の追随を許さぬ域に達していた。
何よりも継戦能力がまるで違う。
ティスの異能が「魔法戦闘」の戦略戦術に組み込まれてからは、鉄壁の防御を敷いた上でティスも前線に出ることが基本となった。
その状況下では、セトの「魔力」は事実上無尽蔵となるのだ。
「十三使徒」達がローテーションで「魔力充填」を行う間も常に前線で魔法を連発し、戦線が破綻しない為の要となっていた。
第二席に敵わないのは「魔眼」の優位性を覆せない一対一の戦闘であって、魔物を相手にする多対一の戦闘においては、第三席の方が優れていた。
さすがに「直接対決」でティスの「無限魔力補充」をありにするのは反則だとセトも思っていたので封印していたし。
セトにだけ可能な、非接触でのティスによる「無限魔力補充」は、それほどまでに規格外なのだ。
直線距離にして100㎞以内であれば、兄妹専用の異能である「連結」が切れることはなく、相互の意思疎通と魔力充填は常に行われる。
さすがに瞬時で完全充填できるわけではないが、その充填速度は接触による他者へのものよりも圧倒的に高速であり、「十三使徒」達の中でもセトの「魔力」は無尽蔵という認識になっていた。
しかし今までになかった無謬感からの油断こそが誤謬を生む。
それは沈着冷静なシリスに率いられた、百戦錬磨の「十三使徒」達であっても例外ではなかった。
四年前、ここ数年なかった規模の魔物の大発生が起った。
常であれば各国の正規軍や冒険者ギルドとの連携のみではなく、念のために「聖女」の参戦を要請するレベルの物だ。
にも拘らず、教皇庁から「聖女」への参戦指示は発されなかった。
「至上最強」を自認する「十三使徒」と、それを擁する教皇庁が判断を誤ったからだ。
自分達と各国の正規軍や冒険者ギルドとの連携のみで何とかできると、驕ったのだ。
初期こそ何の問題もなく、各地の殲滅は順調に進んでいた。
だが「禁呪」の複数人同時詠唱であっても一撃で屠れない大型魔物が発生したことにより、「十三使徒」のローテーションは崩れ、綻んだ戦線は当然犠牲者を生みはじめる。
以前であれば当たり前のように毎回発生していた犠牲者が、ここ数戦は発生していなかったことがより焦りを呼んだのかもしれない。
ここしばらくなかった犠牲者の発生は主として指揮官に重圧を与え、重圧は誤謬の拡大再生産を促す。
天才かつ、セトとティスという規格外の戦力を擁して、常に余裕で勝利を重ねてきたからこそ、崩れるのははやかったのか。
継戦力に優れるセトに通常戦線維持のほとんどを任せ、残りの「十三使徒」で一気に大型魔物を仕留める判断を下したのだ。
それ自体は、その時の状況からすれば間違った判断ではない。
間違いは、常に戦場には想定外が発生するのだという事から目を背けた事だ。
想定外に対応可能な予備兵力を持たないままの一部戦力の分散。
その判断は、最悪の結果を生む。
いっそ完全に戦力集中をはかるべきだったのだ、シリスは。
単独で戦線維持に奔走しているセトの前に、新たな大型魔物が発生したのだ。
広大な戦線を支えるために、「禁呪」級を連発し、本陣との連携で転移を繰り返して転戦していたセトは、魔力の回復速度よりも消費速度の方が上回る状況になっていた。
それでも他の「十三使徒」が相手しているような大型魔物でなければ何の問題もなかったのだが、その大型魔物がセトの目の前に発生する。
「魔法遣い」は「魔力」が無ければただの人である。
常に携帯を義務付けられている「魔石」を使ったところで、ティスの回復量の十分の一にも満たない。
とはいえセトが本来護る筈であったその場の正規軍の兵士や冒険者ギルドの冒険者たちを見捨てて、「転移」で逃げればセトが死ぬような事態ではない。
魔物の適切な戦力評価を見誤ったことによる甚大な被害の責任は問われるであろうが、冷徹な判断から言えばまだ取り返しのつく事態でしかなかったのだ。
「聖女」が戦場に着きさえすれば、全てひっくりかえせる程度の。
事実セトも唇を噛む思いはしながらも、その場の兵達と供に死ぬ気はなかった。
仲間を見捨てたという事実は生涯忘れられないであろうが、自分は生き残るために「転移」を発動させるつもりだったのだ。
見捨てられる側である兵士たちも、それは理解していたのだろう。
批難するどころか、セトを守るように動いた。
それを見て、思い出してしまったのだ。
自分たちの両親が、仲間を護って死んだのだという事を。
今の自分は両親とは違って、護るための「魔力」が足りない。
ここで情に流されて共に死ぬことは、両親がやった事とは全く違う犬死だ。
どれだけひどくても、此処は引いて「魔力」を回復させてからより多くの人を救う事が圧倒的に正しい。
そんなことは頭では充分わかっていたのだ。
なのに体が動いてしまった。
心が動いてしまった。
今残っている魔力をすべてつぎ込んで、一か八かで大型魔物を倒そうなどという、現実的でない行動を選んでしまったのだ。
「光よ、我が槍となりて我が敵を貫け。聖なる御力は我が腕に宿り……」
まだるっこしいと常に感じている呪文とともに、なけなしの魔力をつぎ込んだ「聖槍」を叩き込む。
「いいから、死んどけえええええええ!」
叫びと供に放った「聖槍」は、とてもじゃないけど巨大魔物を屠れるようなものじゃなかった。
この時セトは、自分の死を覚悟したという。
『「おにいちゃん!」』
その瞬間、本陣ではシリスが最後のティスの肉声を、前線ではセトが脳内に響くティスの声を聴いた。
本陣ではティスの肉体が倒れ伏し、周りの空間から無尽蔵に魔力を抽出し始める。
前線では頼りなかった「聖槍」がまるで光の柱の如く膨れ上がり、巨大魔物を一撃で吹き飛ばす。
『ティス、おまえ……』
『えへへ、おにいちゃんが危ないってわかったから、本当にこっちに来ちゃった』
この時からティスの身体は「眠り姫」として、四年間一度も目覚めたことはない。
その「通名」の通り眠り続けている。
そしてセトの中に来たという、ティスの精神は――
「こうして今の僕になっている訳なんだ、師匠」
過去に何があったのかを説明し終えたセトが、四年間眠ったまま成長を続けている妹の身体の前で、寂しそうにつぶやく。
「という事は、セト君の身体の中には二人の……ティスちゃんの意識もあるって事なんです、か?」
信じられないといった表情でサラが尋ねる。
いわゆる二重人格と言おうか、多重人格の状態。
一つの身体の中に、二つの意識が併存しているとでも言おうか。
今の話からすると、そう解釈するのが普通だろう。
セシルさんも同じのようだ。
だがそうじゃないだろう。
そうであれば、なんとかしてティスちゃんの身体を目覚めさせさえすれば問題は解決だ。
そんな単純な事で、セトはここまで回りくどいことはしないだろう。
「最初はそうだったんだけどね……」
――やっぱりか。
クリスティーナとタマはある程度俺と同じ予測が出来ていたらしい。
「結論から言うぞ」
訳が分からないという顔をするサラとセシルさんにもわかって貰う必要がある。
セトが何故こんな回りくどい方法で、俺に頼っているのかを。
「――今のセトは、本来のセトとティスが混ざってしまっているんだな? いつからだ?」
「やっぱり師匠にはわかっちゃうか。――結構はやかったよ、事があってから半年もしたら、僕は、私は、どっちが今考えているのかがわからなくなっちゃった。けどやっぱり僕の身体だから、僕が主になってる……と思う。だから……」
泣きそうな顔で、笑う。
今ティスの身体を起こすというセトの選択。
きっとセトは、今度は男の自分が眠り続けることで、妹に時間を返そうとしているんだ。
ティスの身体に宿れば、今とは逆にティスの意識が主になると思って。
うんセト。
お前が決めたことはちゃんと聞くよ。
確かに俺の「上書の光」を使ってその時の問題を解決したとしても、俺と出逢ったセトは消えてしまうな。
詰んでいると思ってるだろう。
俺だってクリスティーナを救う時は何度も詰んでいるって思ったよ。
それを支えてくれたのは、クリスティーナや、サラや、セシルさん。
そしてお前にもすごく支えてもらったんだ。
だから今度は俺が、お前の諦観を蹴っ飛ばしてやる。
自己犠牲なんかさせてやらんからな。
次話 セトの決断
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