第02話 示威航路
俺の意志を受けた能力管制担当が制御用魔石にアクセスし、俺達のいる浮遊島と、俺達の浮遊島よりかなり上空に高度を取っている「空中都市」が同時に動き出す。
それを受けて、八大竜王たちの浮遊島も少し遅れて追随を始めた。
当初の計画では八大竜王はお留守番のはずだったんだが、どうしても行くと言って聞かなかったので諦めた。
まあ彼らは盟友であって部下ではないので、俺が行動を縛れるわけではない。
『ジアス教の本陣に一発カマしに行くのじゃろう? そういう時は派手な方がよい。我らの無駄な巨躯もそういう時は役に立つ。連れてけ連れてけ』
とは黒竜ルクスルナの言い様である。
他の連中も異口同音と言っていいだろう。
人語を解す上級魔物である「魔獣」、その総元締めだけあって血の気は多いのか。
もういい歳なんだから落ち着けと思わなくもないが、数百年の時を越えて稚気を維持している彼らを見ると安心するのも確かだ。
悠久の時を生きる大先輩として頼りにしている。
まあしかし「竜の巣」を動かせば事足りるというのに、八頭が八頭とも己の巣の上空にその巨躯を晒しているのはサービス精神が故か。
彼らは彼らで、俺を介して人の世と関わることに面白みを感じてくれているのかもしれない。
実際彼らはたった数ヶ月で、すでに王都ファランダインの住人達の人気者だ。
八大竜王それぞれに信者とも言うべき熱狂的なファンもおり、認めはすまいがお互い結構気にしている様子。
勝手に「商売の竜王」とか言われている金竜だけは本気で迷惑そうだが。
「招き金竜」でも作ってみようかな。
まあその辺は本来、猫であるタマの領分か。
「聖獣」などと呼ばれてまんざらでもなさそうなタマに商売絡みの御利益でっち上げて「招き猫」を流行らせて、金竜に恩を売った方が得策かもしれない。
浮遊島は基本魔力稼働ゆえに轟音などは発生しない。
とはいえ八大竜王の雄姿と共に、これだけの巨大人工物がゆっくりと動き出す様子を地上から見ればさぞや壮観ではあるだろう。
晴れた日には各浮遊島から流れ落ちる白糸のような滝が空中で霧散し、光を反射して無数の虹をつくる。
それらが移動を開始した浮遊島群の航跡の如く生まれ、遠いものから幻のように消滅してゆく光景は、確かに「見世物」として通用するレベルだと素直に思える。
まあファランダインの住人達が楽しんでくれるのはいいことだ。
どうせ冒険者ギルドの連中も、今日はクエストさぼって麦酒片手にお祭り気分なのだろう。
許されるならばそっちに参加したいところだが、その連中クリスティーナ連れて行くと未だにらしくなく緊張しやがるからなあ。
俺に順応するのははやかったのに、どういう事だ。
とりあえずここから浮遊島群は海上へ向かい、ファランダインだけではなく海岸線から視認可能な位置で、ジアス教教皇庁へと「大規模転移」で移動することに変更された。
当初は国境付近まで行ってから「大規模転移」で跳ぶ予定だったが、海岸線でのある作業が追加されたのでこう相成った。
ヴェイン王国側で見送る側にしても、教皇庁側で迎えてくれる側にしても、それが今日一番の見どころとなるだろう。
派手なんだよな、「大規模転移」
いやこれからすぐに始まる追加された作業こと、示威行為兼実務作業といい勝負になるか。
教皇庁側でも、リクエストがリクエストだけにやっぱりいい勝負になるかな。
「わあ……」
今俺達がいる浮遊島の移動にはもう慣れているはずのクリスティーナが、俺の腕の中で感嘆の声を漏らす。
「綺麗……」
無数に生まれては消えてゆく虹達をその金の瞳に映し、桜色の唇に微笑を浮かべる。
いやクリスティーナのほうが綺麗だろ、どう見ても。
美人は三日で飽きるとか言うのは妄言だと主張する所存だ。
飽きるかこんなもん。
そのサラサラの金髪が、「飛翔」の魔法で発生する風に流されて陽の光を反射している。
さすがに今日は「姫巫女」としての正装――和装をベースとした不思議な感じの衣装だ――に身を包んでいるが、最近クリスティーナが気に入っているシンプルな白一色のワンピースに、ポニーテールの格好の方が俺は好きかもしれない。
こういう格好はこういう格好でものすごく似合ってはいるのだが。
じっと見つめているのに気付かれたのか、俺の目を見て「なんですか?」という風に少しだけ首を傾げる。
クリスティーナは俺の視線に結構敏感だ。
おかげで一緒に露天風呂に入ったりした時は、悟られないように努力をしては見るが、いつもくすくす笑われる結果に終わっている。
苦笑いで「なんでもないよ」と目で応えると、再び視線を眼下の浮遊島群へ向ける。
「あーのーさー。別にいいんデスケド、できれば目と目で会話とか勘弁してもらえませんかー」
――忘れていた。
ほぼ真横にセトも「飛翔」でいたんだった。
(o・ω・o) Yumi_chan&Nagai_kun ?
いくらなんでも古いわ能力管制担当。
「まあツカサ様とクリスティナ姉さまはいつもこんな感じじゃないですか。隙あらばじゃれあうんですもの。いちいち反応していたら一緒になんて居られませんよ」
すました顔でサラが言う。
しかしサラ、それ九歳の女の子のセリフとしてはどうなんだ。
「新婚の初々しさと、長年連れ添ったかのような阿吽の呼吸が共存するなんて素敵です……けれど、割り込む余地なさそうですよねサラ様」
「セシル、余計なこと言わないで……」
俺とクリスティーナ、セトが「飛翔」で飛ぶ至近距離から、サラとセシルさんがごく自然に会話に参加してくる。
内容は容赦ないツッコミだ。
もっとも顔を真っ赤にして白い毛皮に顔をうずめているサラについては、セシルさんの天然発言により自爆めいた結果に終わったようだが。
サラは最近「魔法修行」にも余念はないが、未だ「飛翔」取得には至っていない。
セシルさんは残念ながら鍛えるべき「魔法の力」がそもそも無い。
にも拘らず二人が俺やクリスティーナ、セトと供に空中を移動できているのは、ネモ爺様をはじめとした錬金術師たちのおかげだ。
俺の魔力と有り余る魔物素材、資金を惜しみなく投入されてカスタマイズされたサラ専用「人造使い魔」である「白の獣」と、セシルさん専用「人造使い魔」である「黒の獣」は今や空も飛べる。
俺の「繰り返し」の結果100体もの完全同系機が生まれた「人造使い魔」の「白の獣」と「黒の獣」は、錬金術師たちに研究されつくされ、現在のところ最も優秀な「人造使い魔」となっている。
なかでもサラとセシルさんの守護使い魔となっている一対は「起源」と呼ばれる特別Verだ。
他の同系機は全てこの一対の支配下に入っている。
空も飛べれば単体で「転移」も可能な上に、もはやそこらのボス級魔物であれば瞬殺可能な性能に至っている。
正直人の身で勝てるのはうちの身内位しかいないだろう。
餌やっているのは俺なのだが、どうにも自分の守護対象を主と認識しているようで解せない。
まあいいけど。
サラとセシルさんもすっかり「白の獣」と「黒の獣」を信頼している。
背に乗って空を飛ぶくらいでは、まったく怖がらない程度には。
「この程度でうんざりしていたら、我が飼い主達と暮らしを共にすることなど無理ですが。サラ様もセシル様も覚悟が足りませんね。私など毎朝……」
腕の中できゃーきゃー騒ぎ出したクリスティーナに気を使ったものか、タマが途中で言葉を止める。
最近のタマはクリスティーナをちゃんと己の主として扱う。
時に俺以上じゃないかと思う事もあるくらいだ。
俺なら何を言おうが、いい出した言葉を止めたりしないしな、タマは。
しかしクリスティーナ、毎朝のあの一幕が知られるのはやはり恥ずかしいんだな。
まあ夢のシチュエーション№1だと言っていたし、かみつつも毎朝それにトライしていることを知られるのは確かに恥ずかしいか。
夢のシチュエーションとやらが何番まであるのかは詳しく聞いちゃいないが、いずれすべてこなすことになるのは間違いないだろう。
この世界の知識で、壁ドンとか顎クイとかがナンバリングされていないことを祈るばかりだ。
「いいけど、セト。そろそろ準備に入らなきゃならないんじゃないか?」
話を逸らせる意図が皆無とは言わないが、事実「ある作業」のポイントが近づいてきているのも事実だ。
地上から見ればゆっくりと動いている様にしか見えない浮遊島群だが、それはスケールのせいであって実際はかなりの速度で移動している。
「……本当に僕がやるの?」
らしくなくセトが引き気味である。
今からこの「空の旅」の目的の一つでもある「示威行為」と、それに伴う実務作業を自分が受け持つことに腰が引けているのだ。
というよりも俺に遠慮していると言った方が正しいか。
「俺の身内であるセトがするから意味があるってお義父様も仰ってただろ。俺が協力するのは完了後のセトへの魔力補充位で、実際の魔法行使するのはセトなんだから、遠慮することなんかないだろうに」
「師匠はそういうけどさー」
今から行う「ある作業」とは、王都ファランダインの港だけでは捌ききれなくなりつつある船舶を処理する一大国際拠点港湾をつくるための荒工事だ。
国際交易の中継点として運用することを前提とした場合、王都ファランダインから位置的に最も条件の良いポイントは、巨大な岩礁に覆われていてとても港として運用できない状態であった。
水深も大型交易船が使用するには浅過ぎる。
現代の工事技術であれば如何ともしがたいその問題を、「魔法」で何とかしてしまう。
いつもであれば俺が行っていたその役を、今回はセトがすることになっているのだ。
「十三使徒」第三席としてのセトではなく、「絶対不敗の一番弟子」としてのセトに実績を持たせることが重要なんだそうな。
そのせいで教皇庁側へ跳んだ後の作業も、セトが引き続き担当する事になっている。
あっちでの作業は教皇庁付近にある「魔物領域」を開放するだけだからセトもある意味なれたものなのだろうけれど、「魔法」を「工事」に使うのがピンと来ないのだろう。
やることは一緒なんだけどな。
普通の人の手に負えない対象――魔物であったり、今回の場合は岩礁や海底――を「魔法」ですっ飛ばすだけだ。
後の細かいところは実作業班がやってくれる。
「うだうだ言ってないで行ってこい。地上のみんなも派手な魔法楽しみにしているんだから」
「はーい」
諦めたのか、割と素直にそういうと指定のポイントまで「転移」で跳ぶ。
地上から見ればセトの姿は豆粒以下だろうけれど、見えない事もないはずだ。
それにさっそく展開を始めた「巨大積層魔法陣」は、昼日中の地上からであっても確実に視認可能だろう。
ここから見てもえらく派手だ。
「おー、なんか昼間に花火見ているみたいだな」
「ほんとですね」
つい最近まで「神の奇跡」と呼ばれ、みだりに使うことを禁じられていた「魔法」を花火に例えることをけしからんという向きもあるだろうとは思う。
俺自身、つい最近までは花火は身近ではあったが「魔法」など存在を信じてさえいなかったから、わからなくもない。
だが今となっては元手も要らずに使える魔法の方が、技術も手間暇もかかる花火よりも気楽に思えてしまうのもまた仕方がないことだ。
まあ「湾岸工事」に「魔法」を使っている時点で今さらな話ではある。
今地上で「イベント」として楽しんでいる民衆にとっても、もはやこの数ヶ月で「魔法」というものは「うさんくさいもの」から、実在する「便利な力」という認識になっているはずだ。
行きすぎると危険だろうけど、そういう使い方が出来るのは俺の周りに限定されるのでまあ大丈夫だろう。
そんなことを考えている間にも、セトは次々と「大魔法」を発動し、指定区域の岩礁を片っ端から蒸発させていっている。
これ本当に空中から地上へ向けて撃ちだされる花火みたいだな、距離置いて見れば。
大岩礁が消し飛ぶたびに、地上から湧き上がる歓声はまさに「花火大会」のノリだ。
その結果、ヴェイン王国が、ひいてはこの世界の人の世がより豊かになってゆくために重要な、国際拠点港湾が出来上がる。
多少派手な自然破壊とはいえ、誰にとってもいいことだろう。
砕けた破片が着水し、大きな水柱を上げる。
魔力で熱を持った欠片達が海水を蒸発させ、大量の水蒸気が吹き上がる。
それらが晴天の日の光を反射して物凄く綺麗だ。
思ったよりも十分に見世物としても成立していると思う。
我慢できなくなったのか、八大竜王の連中も手伝い始めたし。
派手なこと大好きだからな、あの爺様達は。
あんまりセトの魅せ場とるなよ。
――。
小一時間に渡って自然破壊行為の限りを尽くし、指定区間の整備はほぼほぼ技術官僚連中の指示通り完了した。
さすがにへばった状態でセトが戻ってくる。
「竜王達手伝ってくれて助かったよー。思ったより海底ぶち抜くのって大変だった」
「お疲れ―」
そりゃそうだ。
「地形を変える」っていうのは古来より「大魔法遣い」の条件の一つみたいなもんだ。
これでセトも「大魔法遣い」の仲間入りだな。
「魔力すっからかんだけどね。充填頼むよ師匠」
「任せとけ。まあその前にヴェイン方面での最後の仕上げ済ますよ。――「大規模転移」開くぞ」
「飛翔」で跳ぶのも億劫そうなセトには悪いが、流れを切らずに仕上げた方が「示威行為」としては効果が高いだろう。
あれだけの「大魔法」を個人が連発した直後に、「大規模転移」を複数起動すれば、俺達にとって「魔力」は無尽蔵だという事を印象付けやすい。
どうせ飽きもせず、地上の観衆の中には各国の諜報もいるんだろうし。
今更そんなことに意味があるのかと御義父様に聞いてみたら、「国にも面子というものがあってな?」と苦み走った顔で語られた。
その後妙な流れの呑み会みたいになったのは、ちょっと面白かった。
愚痴やお叱りなども受けたが、「嫁のお義父さんと呑む」というのはどこかくすぐったいものだ。
クリスティーナやサラのお母さんの話も聞けたし、二人の昔の話も聞けたし楽しかったと言っていいだろう。
御義父様と御義母様の馴れ初めから結婚に至る物語は特に面白かった。
クリスティーナやサラに聞かせてくれとせがまれるが、男の約束なので話すわけにはいかない。
二人には美しいご両親の記憶だけを持っていてもらいたいものだ。
さておき。
俺の意志に従い、各浮遊島の進行方向にそれぞれの浮遊島を覆い尽くせるほどの、五重になった多重巨大魔法陣が浮き上がる。
雷光を纏い、魔法陣全てへ「魔力」の光が満ちてゆく。
それが臨界点に達すると同時に、高い金属音と同時に巨大魔法陣が砕け散り、漆黒の洞の如き「大規模転移」が開く。
十の「大規模転移」を全て制御しているのは、おなじみ能力管制担当だ。
よくもまあ、こともなげにこれだけの同時制御ができるものだと毎度ながら思う。
魔力量でいえば、今俺の視界に映る四方全てを焦土に出来るくらいの「魔力」が渦巻いている。
「空間転移系魔法」はその質量が増大するに従って、加速度的に必要とする「魔力」が増加する。
浮遊島九つプラス「空中都市」を同時に跳ばすだけの「大規模転移」起動となれば妥当なところか。
各々空中に浮いたままの竜王達は自前で跳ぶつもりみたいだな。
「さて行こうか。セトの妹君に逢いに」
それぞれから緊張感のない返事が返る中、全ての浮遊島が「大規模転移」に突入してヴェイン上空から消失する。
そのままタイムラグなしで、ジアス教皇庁付近の上空に空間を割砕く音共に出現する。
ほぼ枯渇しているセトの魔力を、急速に補充する。
セトの魅せ場はここからが本番だし、ジアス教の連中に今や人の域から逸脱しつつあるセトの実力をしっかり見てもらわなければならない。
「っや……きゅ、急にしないでよ師匠」
「あ、すまん」
魔力充填って、なんか妙な感じがするらしい。
俺以外出来ないから、俺にはその感覚がどういうものかわからないけれど。
――というか妙な声出すなセト。
そう言うとクリスティーナ、サラ、セシルさん全員からお叱りを受けた。
何 故 な の か。
少し早めの投稿となりました。
次話 sideジアス教皇庁―恭順の日
1/8 23:00頃投稿予定です。




