第01話 桁外れの手土産
晴天。
今日はセトとの約束を果たすために、仲間みんなでジアス教の教皇庁へと出発する日だ。
そのついでに「公会議」に出席だの「晩餐会」だの、面倒臭げな事もいろいろあるようだが、それは枝葉に過ぎない。
あくまでも俺が今日教皇庁へ赴く理由は、セトとの約束をはたす為だ。
「どうしても勝ちたい」とセトが言った相手。
「十三使徒」第一席でありセトの実の妹でもある、「眠り姫」と呼ばれるティスに逢いに行くのだ。
なんかついでに「十三使徒」第二席もぶっ倒すとか息巻いていたけれど、今のセトなら贔屓目なしで何の問題もないだろう。
それよりも気になるのは、教皇庁の最奥で眠り続けていると聞いている妹に「勝つ」という意味だけど、その辺はセト自身が話してくれるのを待っている状況だ。
「戦って勝つ」という、単純な意味じゃないことくらいはなんとなく理解しているが。
まあ俺は、俺の出来る限りのことをセトの為にすればいい。
難しく考える必要はないだろう。
今俺がいる場所は、ヴェイン王国王都ファランダインの上空。
クリスティーナとの新居を構えている俺の浮遊島である。
ファランダインの民衆から、「愛の巣」と呼ばれているのが何とかならんかなと思いはするが、今更どうにもならないだろう。
クリスティーナがまんざらでもなさそうなのでよしとする。
通常よりもずっと高度を落とした位置で、ここ数ヶ月ですっかり王都ファランダインの名物となった浮遊島群がその威容を誇っている。
その数は十を数える。
今までは俺とクリスティーナが暮らす小さなこの浮遊島と、八大竜王達が己の住処としている通称「竜の巣」が八つで、合わせて九つがファランダインの上空に浮かぶ浮遊島の全てであった。
同じ巣でも、響きがまるで違うな……
桃色な響きと比べ、なんと勇壮に聴こえることか。
今はそこに「竜の巣」よりも巨大な浮遊島が一つ増えている。
主に俺の魔力とネモ爺様率いる錬金術師集団の魔法技術の粋を結集し、数ヶ月間をかけて作り上げられた、この世界初の「空中都市」の一作目である。
魔力回路をはじめ上水下水を含む日常生活基盤も整備された、間違いなくこの世界で最も進んだ人工物だ。
今までの地上の都市であれば、大国の王都クラスであっても一つで事足りる規模のボス級魔物の「魔石」を四桁近く使用している。
その巨大かつ膨大な数の魔石に魔力を込めたのは他ならぬ俺だ。
その名の通り空中に浮き、管理者の意志で高度調整も移動も可能。
台風などの荒天はもとより、上位魔物級の攻撃をも無効化する結界を張り、巨大な転移魔法陣で一度に最大千人単位での「転移」もできる。
魔力による街灯や簡易治癒施設も備えた「空中都市」の名に恥じない出来だと思っている。
建物はまだほとんどない状態だが区画整理は済んでいるし、資材の持ち込みは転移魔法陣で可能なので、その辺はこれを運用する人たちが好きにすればいいだろう。
魔石に込められた魔力を使用して絶えず湧き水が溢れるようにしており、基礎とした「巨大浮島」に元から存在した自然もほとんどそのまま残している。
浮遊島の端からむき出しの岸壁に流れ落ちる膨大な水流がなかなかに壮観だ。
縁から流れ落ちるときは滝の態を取っている水流が空中で霧散し、晴天の光を反射していくつもの虹を生み出している様子は幻想的ですらある。
――於王都ファランダイン。本日ハ晴天ナレド、降雨止マズ虹多シ。
中核を成す最も巨大な「魔石」三つに、その上限まで俺が魔力を叩き込んでいるから百年単位で稼働可能になっているはずだ。
これが今回、俺が仲間たちと一緒にジアス教の教皇庁へ行く際の「手土産」である。
「……ねえ師匠。これ、いくら何でもやり過ぎじゃないかな?」
至近で「手土産」を見るのがはじめてであるセトが、少々引き気味の声を出す。
出発の直前に、「魔法近接戦闘」での手合わせを最後にしていたので、珍しく二人っきりという状況である。
最近身内でいるときは、タマもクリスティーナやサラ、時にはジャンやネイにくっついていることも多い。
奴が付いていてくれた方が安心なのは確かだが、口うるさいカーチャンが常に左肩にいないのは、タケシとしては少々さびしかったりもする。
|電柱|・ω・`)ノ I'll be with you always
――お前はもう一心同体だからな。居なくなったら本気で動揺すると思うよ。
まあ今の手合せの感じなら、今のセトに勝てる相手はまず居ないだろう。
少なくとも「十三使徒」の中ではまともに戦える相手がいるとは思えない。
日頃の模擬戦相手が俺や姫巫女クリスティーナ、勇者であるジャンや魔女ネイといういわば規格外ばかりだからそうなるのは当然なんだが、セトは全く油断していない。
俺がクリスティーナを開放するために多大な協力をしてくれたセト。
今は俺が「絶対不敗の魔法遣い」などと呼ばれている為、「絶対不敗の一番弟子」などともよばれているようだ。
「魔法戦闘」については能力管制担当に次いで、俺が頼りにしていた現代の「魔法遣い」にして、公的な立場はジアス教の魔法使い集団「十三使徒」の第三席。
まだわずか十二歳の少年でありながら、俺とは違って本当に「魔法」の才能にあふれている上、癖の強い少しくすんだ金髪と、意志の強そうな大きな碧の瞳持つ美少年でもある。
「空中都市」は結界を張って秘密裏につくっていたから、セトだけではなくクリスティーナ以外のここにいる全員が見るのは初めてだ。
確かにこれが教皇庁の行う公会議出席の手土産と聞けば、驚くというか呆れるのは解る。
これだけのものを用意する理由はキチンとあるんだけどな?
「いや初手は派手なほうが良いだろ? どうせファランダインの「空中都市」化も進めることになった訳だし、最大規模の「空中都市」を先にジアス教へ渡しておけば反対意見も出にくいだろうさ」
俺の家を置く浮遊島や、八大竜王達の巣に否やを唱える者はない。
少なくとも表面上は。
だが建前では一国家に過ぎないヴェイン王国のみが、逸失技術の塊ともいえる「空中都市化」を進めれば、どうあれ不満が出るのは間違いない。
「誰が今の師匠に反対意見いうのさ……」
呆れたようにセトが呟く。
セトの言うように、表立って騒ぎ立てることはないだろう。
だがそれは「不満が無い」という訳ではないのだ。
俺が今の力を維持している以上それが表面に噴出する可能性は低いとはいえ、要らん理由で内圧を高めることもない。
人の集団というものは、時に利害を無視して動くこともある――らしい。
「面と向かって言えなくても、不満は生まれるものらしい。最初にこいつ引き渡しておいて、ヴェイン王国と友好国となった各国へはその親密度、重要度に応じて各国首都の「空中都市化」にも協力すると言っておけば、ヴェインの空中都市化にも文句は言いにくいんじゃないかな。ヴェインが「王権神授」を唱えながらも、ジアス教を蔑にするつもりはないといういい宣伝にもなるし、ヴェインと仲良くする理由にもなるだろうし」
偉そうに語っちゃいるけれど、この辺はお義父様やその政策集団の受け売りでもある。
「いや師匠、言っていることはわかるんだけどね? 実際これいくらかかっているの?」
ため息交じりでセトが言う台詞は、当然最初に問題になった点だ。
普通に考えれば、ファランダインの空中都市化ですら予算がまるで足りないという試算が政策集団から上がっては来ていた。
その試算の前提がもう間違っているとは思うんだが。
「浮遊石」については未だネモ爺様達も解析、量産に成功していないとはいえ、「ナザレ浮遊峡谷」は広大でまだまだ浮遊石は有り余っている。
その上「ナザレ浮遊峡谷」は俺とクリスティーナの結婚祝いなので、所有権は俺たち二人にあるので実質無料だ。
「魔石」については101回の繰り返しの過程で履いて捨てるほど溜まっているし、原材料については全て無料と言ってしまっても過言ではない。
技術や労働力を担なうネモ爺様達については、先払いで大量の魔物と金貨を渡しているし、彼らはこういう作業に従事できることこそが報酬だとも言ってくれている。
力仕事と言っていい土木作業系については、「魔法」でかなりの軽減が可能だ。
本来そういう便利な、いわば「工業魔法」や「生活魔法」は存在していないが、能力管制担当にかかれば多重起動と繊細な調整で、あたかも「そのための魔法」にしか見えないように操って見せる。
傍からは「俺にしか使えない魔法」にしか見えないから、それを見た連中からはまた要らん称賛を集めている。
というより褒めてやらせる方向であることは間違いない。
まあ職人百人単位で必要な作業を半日かからず完了させられるのだから、依頼主兼施工主の俺が嫌がる理由はない。
のせられて作業をするくらいお安い御用だ。
義眼で能力管制担当がふんぞり返るのもよしとした。
どれだけ素材があり、技術と資金があっても「空中都市」の機能を支えるのは膨大な「魔力」である。
それが無ければどれだけすごいカラクリを作り上げたところで、稼働しなければガラクタと同じだ。
本来最も苦慮すべきその点は、今の俺にとっては何の問題にもならない。
半日ほど専念して、核となる三つを含む約千の魔石全てに限界まで魔力充填を完了している。
「俺からしたら無料みたいなものなんだよな、材料がほぼすべて自前だし。俺抜きで考えると値を付けられない、というかそもそも作ろうと思わないらしい」
まあ、商品として売り出すような代物じゃないのは確かだ。
兵器として運用すれば、戦争の形がまるで変わるような代物でもあるしな。
「世の中「値を付けられない」ってのが、最も価値があるんだよ師匠……」
わかるよ。
絶版の設定資料集とかな。
アニメ放映後にファンになった原作の、アニメ初版円盤にだけついていた特典小説とかな。
わかるとも。
「まあそういうもんかもな。でもセトが教皇庁へ凱旋する手土産としちゃちょうどいいじゃないか」
「……まさか「空中都市」って、そういう名目で贈るの?」
最近は俺やクリスティーナの何でもありになれてきたセトが、久しぶりに驚いた表情を見せる。
「表向きはヴェイン王国がジアス教を世界宗教と認め、「公会議」に出席させていただくお礼とか、教皇庁を世界初の「空中都市」にすることが信徒としてのどうのとかいろいろ書いてあったけど、俺としちゃそのつもり」
セトは自分の望みもあったとはいえ、俺の望みの為にこれ以上ない協力をしてくれている。
勝手に俺の弟子になるとか、「十三使徒」としては逸脱した行動もとっているはずだ。
俺とクリスティーナの結婚式以来、手のひらを返したように「弟子入り」は英断扱いされていると聞いてはいるが、正論を盾に文句をつけてくる連中がいないとも限らない。
そう言う連中を黙らせるには、力で押さえつけるよりもケチをつけるのがバカバカしくなる位の利を与えればいいらしい。
そういう層には直接効かなくても、その上の連中には効果覿面で、その連中がそういう利益に繋がらないケチを付ける下を抑えてくれるものらしい。
日本で高校生をやっていた俺にはわからない世界だが、そういう駆け引きの世界で一国の王として生きてきたお義父様やその政策集団の言うことに従っておくにこしたことはないだろう。
――それにしたってやり過ぎな気はしますけどね。
とは政策集団の紅一点、ルフェミア女史のお言葉。
「勘弁してよ、師匠」
本気で弱った表情を浮かべるセト。
相変わらずこういうのには弱いのな。
「まあいいじゃないか。勝手に弟子になった件とか、ついてからも「序列戦」の開催お願いするとかいろいろあるんだしさ」
「にしたって限度ってものがね? あると思うんだよ一番弟子としては」
セトは俺のために何かするのに骨惜しみしないくせに、自分が何かされることが結構苦手だ。
クリスティーナやサラ、セシルさんもそういうところはあるけれど、セトが一番そういう傾向が強いと思う。
こういう時は常の切れ味の鋭さを失って、見ていてかわいい。
――今でさえ過分なものを与えられて、それでも僕はそれ以上を望んでいるっていうのに……それ以外にもいろいろされたらどうやって返していいかわからないよ。
一度我が家でこっそり呑ませた時に、酔っぱらって言っていたセトの台詞。
間違いなく本音ではあるのだろう。
だがその言葉を聞いて、俺とクリスティーナが嬉しくなったのは内緒だ。
それは俺とクリスティーナが、お互いに感じていた事とまるで同じだったから。
まあ諦めろって、セト。
俺とクリスティーナにとって、俺たち二人が一緒に居られることに協力してくれた身内に対して、やり過ぎってのはないんだよ。
出来ることは全部する。
それが俺とクリスティーナのルールだ。
別にセトにだけって訳じゃないから安心しろ。
「まあこれだけの物を手土産にしておけば、大概の要件はのんでくれるだろうってのがお義父様や政策集団の考えみたいだよ。確かに「空中都市」貰ってあれこれ文句付けるのは難しいだろうな」
「いやそれはそうだろうけど師匠、これ絶対余計なオマケもついてくるよ」
俺の様子に抵抗は無駄と悟ったセトが、諦めの表情と共に反撃を試みてくる。
「なんだオマケって?」
わからないの? という顔で俺を見上げるセト。
「師匠にジアス教の特別階位与えようとか、下手すりゃ名誉職に就いてもらおうとかさ。それよりもまず間違いないのが側室候補。アリアのねーちゃんなんてもう、厳命されてるレベルなんじゃない?」
「……ああ、それな。まあその辺はもうしょうがないといおうか……」
その件については、それこそいろんな人から山ほど言われた。
クリスティーナに始まり、お義父様や政策集団、サラやセシルさんはもちろんのこと冒険者ギルドでシロやミケにまで言われた。
「意外と余裕だね師匠。何か策があるの?」
「ない」
あろうはずもない。
とりあえず新婚一年目かつサラの輿入れまでは公的な動きは少ないだろうというのが、みんなの一致した意見だ。
その間に対処を考えればいい。
断じて思考停止の先送りではない。
「……まあ師匠の後宮問題に口出す気はないけどね。それは師匠が、というよりクリスティナ様と決めればいいことだと思うから」
後宮言うな。
しかしハーレムなあ……
たしかに俺の目指す108のお約束の一つではあるんだよ。
あったんだよ。
「ツカサ様ーもうすぐ出発でーす」
新居の方から、クリスティーナが声をかけてくる。
俺がいなければ「竜の巣」はともかく、この浮遊島も「空中都市」も動かない。
普通の「転移」とは違う、「大規模転移」を使えば、此処からまるで動かずに教皇庁上空へ移動することも可能だが、今回は示威行動とイベントも込みだからそういう訳にもいかない。
ここからヴェイン国境付近までは天空を進行し、国境付近で「大規模転移」でジアス教教皇庁付近へ飛ぶ予定だ。
地上ではちょっとしたお祭り騒ぎにもなっているらしい。
「わかったー。すぐに行くよ」
とりあえず今はやるべきことをやらないとな。
「……いまだにツカサ様なんだね」
「あー、まだ人前ではなあ。朝とか頑張っているみたいだけど、まだかむしな」
「ちなみになんて? もしかして呼び捨てでツカサ、とか?」
「……あなた」
自分で聞いておいて、「やってられねえ」って顔するってどういう事だセト。
正直に答えた俺がバカみたいじゃないか。
「はー、こんなバカバカしくなるくらい幸せいっぱいの新婚家庭に持ち込む話じゃないよねえ、側室とか世継ぎとか生臭い話は。少なくとも数年は自重すべきかなあ、まだ若いんだし」
……。
何を言っているのかな、間違いなく男の子のセト君。
聞き間違いかな?
「行こう師匠! どっちにしてもまず僕の問題を片付けなきゃね。それに協力してくれる師匠の援護射撃は有り難く受け取るよ。決着は間違いなく僕がつけるけどね」
そう言って走り出したセトの後を追って、クリスティーナやサラ、セシルさんの待つ新居へ俺も歩き出す。
その意見には賛成だ。
そのために俺達は教皇庁へ行くんだからな。
「十三使徒編」投稿開始します。
次話「示威航路」 1/7 23:00頃投稿予定です。
今年もよろしくお願いします!
昨年はありがとうございました!
皆さんのおかげで昨年中に夢達成、後は全力で頑張ります。
まずはセトの活躍? を楽しんでもらえるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
「異世界娼館の支配人 ~夜咄百花繚乱~」は、今月末投稿開始になりそうです。




