プロローグ 一番弟子の証明
「行くよシリス。手加減無しで来てよね?」
ジアス教会教皇庁、その「魔法管轄区」中央付近にある錬魔場――ヴェイン王国で言うところの闘技場――の中央付近に二人の「魔法遣い」が佇んでいる。
一方はセト。
「十三使徒」の第三席にして、「絶対不敗の魔法遣い」と呼ばれるツカサの一番弟子。
いつも通り白銀色の祭服に白地に金糸で刺繍を施されたストラをかけた、見る者が見れば一目でジアス教が誇る最強魔法遣い集団、「十三使徒」の一人とわかる姿だ。
その女の子にも見間違われる整った顔は戦闘を前にして厳しく引き締り、同じ年頃の女の子達を魅了するには充分な凛々しさを浮かべている。
「セト。君が「絶対不敗」の弟子になっていることは聞いている。だからと言って一年も経たないうちに実力がそんなに変わるとは思えない。「魔法」と言うものがそんなに甘いものじゃないことはセト、君が一番理解しているだろうに」
答えるのはセトに「シリス」と呼ばれた青年。
「十三使徒」の第二席にして、事実上ジアス教最強の「魔法遣い」と呼ばれている男。
セトと同じ白銀色の祭服に、白地に金糸で刺繍を施されたストラをかけている。
違うのはストラに施された刺繍の模様であり、それが「十三使徒」第二席である事を示している。
年の頃は二十代半ば、灰色の髪と瞳を持つ、理知的で落ち着いた青年である。
この世界では「魔法具」とされている、「眼鏡」をかけている。
視力の矯正のためではなく、シリスを「十三使徒」第二席たらしめた要因とも言える「魔眼」――魔力の流れを追うことが可能なその両眼を、日常生活で酷使しないようにするための「魔法具」である。
『この世界の魔法遣いは男前しか居ないのか? 居ないってのか? 例外は俺だけか? あぁ?』
とはシリスの顔を確認した師匠がやさぐれて発した台詞である。
最初に自分が蹴散らしたジアス教の「普通の魔法遣い」達も、師匠に言わせればゲイノウカイとやらで充分通用するような男前だったらしい。
セトはもう顔も覚えていないくらいなのだが。
師匠の黒髪黒眼と左目だけの銀色。
それに真剣になったときの表情は自分やシリスなんかよりずっとカッコイイと思うセトではあるが、それを言うと師匠がより落ち込むことを学習しているのでもう言わない。
クリスティナやサラ、セシルという、幼少時から美少年と呼ばれて育った自分から見ても充分以上に美しい女性達からあれだけ想いを寄せられていても、表面的な顔の美醜が気になると言うのはセトにとっては良くわからない。
そんなものを全て笑い飛ばせるだけの力を持っているのに、なんで師匠はそんなことくらいで落ち込むのだろうか。
もともと整った顔で生まれているセトには、所詮理解できない事なのだった。
現在「十三使徒」の第一席はセトの妹であるティスであるが、教皇庁の最奥で眠り続けているため、実質第一席は空位のようなものとなっている。
そんな状況でありながらも、ティスが「第一席」から外されない事には当然理由がある。
だかその理由を知っているのは、ジアス教の中でも極限られた数人だけである。
実兄であるセトはもちろんその理由を知っている。
セトにとっては不本意な事に、その妹の婚約者とされている目の前に立つシリスも、その理由を知る一人だ。
今ならば極論、師匠に泣きつけば教皇庁は態度を変えるだろう。
どうしてもより強い誼を結びたい「絶対不敗」が望めば、妹を側室の一人として差し出すことに、なんの躊躇いも覚えないだろうことは間違いが無い。
セトは出席しなかった昨夜の「晩餐会」の話を聞くところによれば、「聖女」であるアリアですら「絶対不敗」誘惑要員の一人に含まれていたのだ。
師匠もアリアも曰く言い難い苦笑いの表情だったそうだが。
そんな状況下で、妹が例外になるとは思えない。
意識さえあれば、昨夜の「晩餐会」に妹も出席させられていたことは間違いないだろう。
セトとしてもそれは望むところではあるのだが、シリスとの決着は自分が付けるべきだと思っている。
ありがたいことに、師匠もそれには同意してくれている。
これは男としての、女としての意地の問題なのだ。
「普通ならそうだね。僕だって師匠に弟子入りはしたものの、シリスに挑戦できるようになるには数年がかりの修行が必要だって思ってたよ。――だけど僕の師匠はちょっと本物の化け物でさ。まあ今までの実力差から舐めてかかってくれるって言うんなら、僕としても望むところだけど?」
セトがそういいながら、観客席でこの戦いを見守ってくれている師匠とその仲間達のほうへ視線を投げる。
かなりの距離があるはずだが、師匠はすぐに気付いて軽く頷いてくれた。
――師匠の義眼と能力管制担当にはかなわないや。
自分が言った台詞の内容まで拾われていたら苦笑いされたんだろうけれど、頷いて見せてくれるという事は能力管制担当が情報選択をしてくれたのだろう。
時々セトは師匠一派の中で最大の実力者は能力管制担当なんじゃないだろうかと思うことがある。
一度そういったら、師匠は「そこに気付くとはさすがセトだな」と言って笑ったので、やっぱり一番は師匠だと思い直したが。
「いや、言われるまでも無く全力で行かせてもらうよ。君は油断していい相手では無いし、この勝負に掛かっているものは「十三使徒」としての席次だけではなく、眠り姫の婚約者としての立場もだからね。間違っても手は抜かないさ。――だからこそ君に勝ち目は無いと思うよ?」
そう言いながら「魔法具」である眼鏡を外すシリス。
彼は全力戦闘する際、己の「魔眼」の力を最大限に活用するため、当然己の「魔眼」を封じている「魔法具」である眼鏡を外す。
それこそがシリスが本気である事の証であるとも言える。
「魔力」の流れを読め、「魔法」の知識があるという事はどういうことか。
それは詠唱に入る前から相手がどんな魔法を発動させようとしているかを事前に察知することが出来るし、その「魔法」に込められた魔力量を判断できるという事は最小限の防御魔法陣でそれを弾けるという事になる。
それは「本来の魔法遣い」同士の戦いにおいては圧倒的な優位点となりうる。
長期戦になればなるほど、シリスのほうが有利になっていくからだ。
とはいえ雑魚相手であれば、「魔力」の流れを読む必要などなく完勝できる。
言葉通りセト相手には全力で望むからこそ、外したのだ。
シリス本来の灰色の瞳が、「魔眼」としての機能を発揮するとともに、変化する淡い虹色に染まる。
今のセトが身につけている「魔法近接戦闘」には相性が悪いと言うか、魔力の流れを読んだところでどうしようもない訳だが、そんなことはシリスの知るところではない。
シリスの知る「普通の魔法遣い」に対してであれば、必勝の構えであるのだ。
「全力で来てくれるのならそれはそれで願ったりだよ。全力のシリスを叩き伏せて、言い訳の余地など残さないで僕が「十三使徒」の第二席になってみせる。そうすれば妹の婚約者は白紙に戻る。僕が戻してみせる」
セトの自信は揺るがない。
師匠だけでなく、勇者であるジャンや、その聖女であるネイ、師匠の奥さんである「姫巫女」クリスティナと模擬戦を繰り返してきた今のセトは、シリスに遅れを取るつもりなど毛頭ない。
――クリスティナ王女、結婚したのに「姫巫女」のままなのは何でかなー
要らん疑問を持っているセトである。
シリスは「魔法」の天才だ。
それは間違いないし、セトも異論をさしはさむ気は無い。
十年に一人と言われているのが、百年に一人と言い換えられても大袈裟とは思わないだろう。
事実、成長期である自分が三年間努力を重ねても、まだまるで届かないと思っていた相手であるのは確かなのだ。
ただここ数ヶ月の間、自分を鍛えてくれた連中が規格外すぎるだけである。
中でも師匠は別格だ。
この世界においては知られていない「逸失魔法」を、頭撫でるだけで伝授可能にするような存在を予測しろと言うほうが無理だ。
如何に「絶対不敗」の「通名」が世界中に轟いたとしても、師匠としても規格外だとは思いもするまい。
その点でシリスの油断、あるいは順当な判断を責める気はセトには無い。
――今は世界中のお姫様から結婚相手として望まれてる師匠だけど、僕の件がばれたら世界中の魔法遣いが弟子入り望むんだろうなあ……
そんな存在の「一番弟子」としては、せめて既存の「魔法遣い」の中で最強の位置にくらいはいなくちゃね、とセトは改めて考える。
「そんなに私が相手じゃ不満かい? これでもジアス教中から「似合いのカップル」と言われているんだけどね」
セトの言葉に傷ついたような表情を浮かべるシリス。
「年の差考えてよ。いくら若作りしたって、三十手前のおっさんと十歳はどう考えても犯罪でしょ」
二十半ばといわれるのと、三十手前と言われるのはその年齢層の男性にとって大きく違う。
十二歳でしかないセトは、そんなことはお構い無しに残酷な言葉を投げつける。
「ひどいな。それに愛に年の差なんて関係ないと思うよ?」
おっさん扱いされた事にたじろぎながらも、何とか反論を試みるシリス。
悪い人ではないのだ、という事はセトもよく知っている。
「魔法遣い」仲間としては年の差も気にしない、付き合いやすい相手ではあったのだ。
「十三使徒」の中でセトとティスを除けば圧倒的に年若いが故に、二人への共感が強かったこともあるだろう。
セトがまだ「十三使徒」どころか、魔法遣いですらなかった頃から変わらず接してくれている。
少々おせっかい気味なところはあるけれど、セトの中で信用に足る人間の一人ではあるのだ。
だからと言って、妹の身体をあげる訳にはいかない。
師匠と出逢った今となってはなおの事だ。
「妹もシリスの事が好きなら、僕も反対なんかしないよ。だけど妹が「眠り姫」になったのは六歳の時だ。その頃の「セト兄様の次にシリスが好き!」なんていう言葉で言質取ってるとか言われても困るんだよ。――ロリコン死すべし慈悲は無い」
そういって、びしぃと効果音が出そうな勢いでシリスを指差すセト。
「……最後のはなんだい?」
言われた事を理解できないシリスが当然の疑問を投げかける。
「さあ? シリスのことを師匠に話したらそう言ってたから、そのまま言っただけ」
当然セトも理解はしていない。
師匠との会話で師匠が言ったことを、そのまま投げかけただけなのだ。
セトも一応質問はしてみたのだが、うにゃうにゃと誤魔化された。
タマがため息をついていたことと、結婚してから師匠の言う特殊な言葉を理解するようになってきているクリスティナが、苦笑いしていたことを覚えている。
「よくわからないけど、なぜか不愉快になったよ」
「なら言った甲斐があったかな? じゃあ今度こそほんとに始めるよ」
整った眉をしかめるシリスに、屈託の無い笑顔を向けるセト。
何時までも話している訳には行かないと思ったのだろう、自分の体の周りに魔力を展開させ始める。
「まずはきっちりシリスに勝って、僕が「絶対不敗の一番弟子」の立場に恥じない実力を持っていることを世界に示す」
出し惜しみはしないとばかり、シリスが知る「奥の手」である「我が魔導の書」の展開も始め、セトを中心に無数の「我が魔道の書」の頁が浮かぶ。
「同時に妹の婚約者の件を全て白紙撤回させる。妹には師匠に女として通用するかどうか試してもらわなくちゃならないからね。シリスの婚約者なんかやってる場合じゃないんだよ」
最後に各種ブースト魔法を多重展開し、「魔法近接戦闘」の発動準備にはいるセト。
今までのセトには見られなかった「魔力」の流れをその「魔眼」で捉え、油断はしないとばかりに巨大な防御魔法陣を多重展開して対応するシリス。
今セトの左手に宿る「魔法遣い殺し」とセトが呼ぶ「妨害」の存在を知らないシリスにとっては、万全の構えであるだろう。
数瞬後、自分の視界からセトが消えた時点で勝負がつくことになるとは夢にも思ってはいまい。
「それこそお兄ちゃんの横暴じゃないかな? 「絶対不敗」は確かに世界中の、とくに高貴な立場の女性たちから結婚相手として熱い視線を向けられているだろうというのは理解できるけれど、眠り姫がそんなことを望むかどうかなんて、誰にもわからないだろう?」
先に自分がセトに言われた内容を、ほぼそのままセトに返すシリス。
第三者が聞けば非の打ち所も無い正論にしか聞こえないだろう。
「……僕にはわかるんだよ」
だがセトにはそうではない。
全く正論として響いてこない。
「お兄ちゃんだから?」
「違うよ」
怪訝そうに問い返すシリスに、ニッコリと笑ってセトが否定する。
その笑みは間違いなくセトは男の子であるにも関わらず、同じ年頃の女の子の笑みにしか見えない。
どこか見覚えのある笑顔にぎょっとするシリス。
その隙をセトが見逃すはずも無い。
「僕が私でもあるからだよ!」
その台詞とともに最後の一手である「思考加速」を無詠唱で起動、「魔法近接戦闘」を瞬時に発動する。
一瞬で勝負をつけるべく、シリスの認識視界からセトの姿は消え去った。
「十三使徒編」のプロローグを、年内に先行して投稿します。
今のところ順調に書き溜めが進んでいて、1月中、遅くても2月頭には連続投稿を開始できそうです。
それなりの長さになりそうですが、「十三使徒編」完結までは毎日投稿を予定しています。
読んでくださったら嬉しいです。
また大晦日20:00頃から短編の連続投稿を予定しています。
そちらもよろしければ読んでくだされば嬉しいです。
年越しTV鑑賞の合間などにいかがでしょうか。
「一撃必殺の理 ~異世界にて至る武の境地~」
全5話予定です。
読んでくださっている皆様のおかげで、念願の年間ランキング入りを果たせました。
夢であった二万ポイントの壁も見えるところまで来れています。
ものすごく嬉しいです。
これからも少しでも楽しんでもらえるようがんばりますので、お見捨てなきよう読んでいただければありがたいです。
それでは皆様、よいお年を。
来年も是非よろしくお願いいたします。




