番外編 廃都アースグリムにて 【X’masエピソード】
ヴェイン王国王都「ファランダイン」上空に浮遊する島、個人のものとしてはいささか大きすぎるその浮遊島に一軒だけ立っている新築家屋。
それが今の俺とクリスティーナの新居である。
二人プラス一匹の暮らしであるにもかかわらず、少々広すぎる。
とはいえクリスティーナが大きすぎるお屋敷のような家を嫌がったため、俺の書斎、二人の寝室、広めのリビングと厨房、客室にタマ部屋という、日本でいうちょっと広めの一戸建ての域を超えてはいない。
クリスティーナは自分の私室を欲しがらず、俺が書斎に籠りたい時以外は常に一緒に居ることを望んだ。
この家にいる間は、少しでも一緒に居たいらしい。
まあ私室が欲しくなったらその時に追加すればいいだけだ。
風呂は家の中に造らず、家の横手に豪華な露天風呂をつくっている。
クリスティーナにはそういった、「質素で仲の良い夫婦」というものに強い憧れを持っているのはわかるのだが、基本が王女様兼姫巫女様なので、基本が庶民である俺の感覚からはどうしてもズレがある。
指摘したりはしないが。
という訳で、俺の感覚では贅沢に過ぎる新居ではある。
それでも「もっと豪華なものを」という声が多かったが、「二人の小さなお家」というクリスティーナの希望を優先させた結果だ。
二人の小さなお家なあ……俺が日本でこれくらいのマイホームを建てようと思ったら、結構いい企業に就職し、順調に出世する必要があるだろう。
ところがこっちでは、龍種の一匹でもぶち転がせば家が建つ。
金銭感覚がおかしなことになるのは避け得ないので、大きなお金を使う時はクリスティーナと二人で決めることにしている。
「アイテム・ボックス」がある以上、保管は俺の役になってしまうのはしょうがない。
ただ俺がこれ欲しいなと言ったものにクリスティーナは反対しないし、クリスティーナがいいですねと言ったものに俺が反対することはないから、いまいちなんの意味もないとも言える。
まあこの家の建っている場所が、現在世界で「富の象徴」となりつつある「浮遊島」である故に、建屋そのものにはあまりうるさく言われなかったから通ったようなものだ。
これがもし王都「ファランダイン」の貴族街に新居を構えるとなれば、大邸宅に住むことを余儀なくされただろう。
俺とクリスティーナにとって安全性はそう重要ではないが、プライバシーの保護という点では一部認めざるを得ない点もある。
そう言う意味では「浮遊島」を確保できていることは僥倖であった。
黒竜「ルクスルナ」に改めて礼をのべなければならない。
そのルクスルナを含む「八大竜王」は、今俺とクリスティーナがいる「浮遊島」を中心に、それぞれに用意した巨大な「浮遊島」を己の住処としている。
昨今、王都「ファランダイン」が「世界で最も安全な都市」と呼ばれる所以である。
実際地価は相当高騰しているらしいし、ジアス教の教皇庁や、冒険者ギルド本部をファランダインへ遷すという話も出てきているようだ。
来年には俺が「ファランダイン」をまるごと浮遊都市にするという話がまことしやかに囁かれているそうで、それを目当てにファランダインの土地を買っている連中が実際に居るらしい。
誰だそんなうわさを流した奴は。
面白そうだからやってみてもいいけれど。
その新居の書斎で、俺はタマと二人? で大人しく晩御飯を待っている状況だ。
晩御飯まではまだもう少し時間がある。
まわりがどれだけ言っても、クリスティーナは家で俺と食べる食事を自分でつくることを譲らない。
外食や、手伝ってもらって一緒につくることをいやがりはしないが、専用の料理人をなどと進められると露骨に嫌な顔をする。
父親であるアルトリウス三世に「とはいえお前は料理など出来まいが」と言われた時は「出来るようになればばよろしいのですね?」と、お義父さんが涙目になるような勢いで食ってかかっていた。
多少不味かろうが、俺としても「嫁さんの手作り」の方が嬉しいので、貴族の方々や大商人の方々のお薦めに対しても「妻に拗ねられるのは嫌なので」とやんわり断っている。
ネタとしてはここでメシマズであるべきなのであろうが、クリスティーナはあっという間に料理の腕を上げ、今では俺が材料を提供すれば和食ですら作れてしまう腕前になっている。
それには戦闘以外でも頼りになる能力管制担当の功績が大であると言わざるを得ない。
お前はクックパッ○先生かという位、レシピをはじめとした協力をしてくれた。
一時期は厨房で修業するクリスティーナの横に、俺が能力管制担当のおまけとしてくっついている日々が続いた事もあった。
楽しかったから問題はまるでないのだが。
おかげさまで、今も厨房からおいしそうな匂いが俺の書斎まで届いて来ている。
何をするでもなく書斎の机に坐している、俺の左目の義眼に常に映し出されている各種情報。
その中にはもう戻ることも無いであろう、日本の日時表示も含まれている。
日本時間 12/24 16:27:30 31 32 33 34
刻々と刻まれていく時間は、俺がこの世界で過ごしている間も、日本も同じように時が進んでいることを示している。
いや、今更日本への未練があるわけでは無い。
完全に無いともいわないが、もはや俺にとってはこの世界での暮らしのほうがずっと大切になっていることは間違いない。
なんと言っても俺はもう、この歳にして所帯持ちだ。
今更向こうへ還りたいなどと口にしようものなら、クリスティーナがどんな顔をするのやら、想像するだに恐ろしい。
何が恐ろしいって、それが可能ならあっさり「じゃあついていきます」と言いそうなところかもしれない。
――嘘です、それが嬉しかったりもします。
俺はこの世界でこそ「絶対不敗の魔法遣い」などと、大層な「通名」で呼ばれてはいるが、日本へ戻ればただの高校生である。
クリスティーナを連れて戻ったとしても、何をどうしていいかわからない。
何事もなかったように高校へ通い、クリスティーナは転校生として俺の学校へやって来るってあたりが定番なのであろうが、実際にはそう簡単なものでもないだろう。
「そんなもの、なんとでもなりますが?」
いやタマ、確かにそうなんだろうけどな?
もはや恐ろしい事にこっちでの暮らしよりも、日本へクリスティーナと供に戻って普通の暮らしを続ける方が、俺にとっては現実感に乏しくなってしまってるんだよ。
今の俺は、間違いなく日本での普通の暮らしを持てあます。
だからといって、日本で「魔法」を使って国や企業と揉めるのは御免蒙りたい。
それにクリスティーナを望んだために、この世界を守護する「勇者と三聖女」という仕組みを崩壊させた責任が俺にはある。
「大いなる厄災」がどんなものかはまだわからないが、「勇者と三聖女」が対峙するはずであった問題を解決するまでは、たとえ可能だとしても日本への帰還は選択肢にない。
「なるほど」
一応タマは納得したようだ。
「タマさんと何を話してるんですか?」
夕食を用意しているクリスティーナが、厨房からひょこっと顔を出す。
私室を欲しがらなかったクリスティーナに対抗してという訳ではないが、俺は書斎に居る時も扉は開けたままにしている。
厨房から顔を出せば、机に座っている俺とちょうど目が合うような位置関係。
クリスティーナはその輝くような金髪をポニーテール? に纏めている。
何気なくクリスティーナがしたその髪型を、思いっきり気に入ってしまった俺のリクエストだ。
顔を出した勢いで、束ねられた髪がゆらゆら揺れている。
綺麗な髪が纏め上げられたうなじと、後れ毛の破壊力が半端ないと思うんだが、口にすると引かれるだろうから言わない。
一番似合ってると思うと伝えたら、くすくす笑いながら「好みがかわったら教えてくださいね?」と言われた。
こう言うやり取りで、クリスティーナに勝てる気がしない。
否、彼我の戦力差は甚大なれども、諦める訳にはゆかぬ。
いや戦力差が圧倒的な方が喧嘩にならなくていいとも言うし、多少はね?
「今ちょっと手を放せる? 料理の方大丈夫?」
クリスティーナの質問には直接答えずに、こっちへこれるかどうかを確認する。
「少しだけ待ってください、火を使っているモノだけ終えたらすぐ書斎に伺いますね?」
案の定、クリスティーナは俺を優先する。
俺が声をかけて、「今は無理です」と言われたことはついぞ記憶にない。
今自分がしていることを、問題にならないように可及的速やかに片付けるか、場合によっては放棄してでも俺のところへすぐに来てくれる。
言葉遣いにしてもそうだ。
どうやらクリスティーナには「理想としている夫婦の会話」なるものがあるらしく、朝俺を起こす時にはじまって、いろいろその理想に沿う様にしようとしているのは伝わってくる。
伝わってくるのだが、だいたいそういう時はかむし、素になると丁寧な言葉遣いになってしまうようだ。
「あなた」と呼びたいようだけど、八割方は「ツカサ様」である。
まあそのあたりはゆっくり自然な形になって行けばいいと思っている。
「なんでしょ……な、なあに?」
エプロンを外しながら、パタパタと書斎へやって来るクリスティーナ。
丁寧な言い方を、なんとか「夫婦らしいもの言い」に切り変えることに成功したようだ。
かみ気味なのと、赤面しているを見ると、もう一緒に暮らし出してから結構立つのになあと感心してしまう。
まあその様子を見て俺も赤面してしまうのだから、クリスティーナの事だけを言えないが。
「ちょっとお出かけしませんか? 冷えて困る料理があったら「アイテム・ボックス」に入れておいて」
「大丈夫です! お料理は温めなおせばいいだけですから、結界張っておきますね?」
嬉しいという気持ちを隠すこともなく、その美しい顔を喜色に染めるクリスティーナ。
一緒に暮らし出してから、二人でいるとき限定ではあるものの精神年齢が幼くなって行っているような気がする。
やっていることは大人なのに、不思議なものである。
いや料理とか、掃除とかね?
お出かけすることは答えるまでもなく決定事項のようだ。
ちなみにクリスティーナは「結界」を生活魔法の如く言っているが、当然「姫巫女」の使う結界魔法は本来、作った料理に埃が付くのを防ぐためのものでは無い。(羽虫などの類は、そもそも家にかけられた結界により侵入できない)
誰かがその料理に手を出そうとすれば、桜の花弁と共にどこからともなく現れた刀剣に一刀両断される事だろう。
一度タマが犠牲になっていた。
一命は取り留めたが。
まあこの家に勝手に入ってくることが可能な存在は居ないから、埃除けに使っても問題はないだろう。
とはいえ恐ろしい話ではある。
「どこへ連れていってくださるんですか?」
期待にその金色の瞳がキラキラしている。
本来であれば「どこに連れて行ってくれるの?」と言いなおしたいところなんだろうが、嬉しくなってそういう部分に気が回らなくなっている。
こんなに綺麗なのに、こういう時のクリスティーナは尻尾を振っている子犬みたいだ。
なんだか俺の周りには犬属性の人ばっかりで、猫属性の人が少ないな。
見た目だけなら、クリスティーナは猫属性でピッタリなんだけど。
属性に従っている訳ではないだろうけれど、クリスティーナはお散歩やお出かけ、いわゆるデートが大好きだ。
何でもない買い物とか、ただぷらぷらするだけでもずいぶんご機嫌になる。
今やクリスティーナだけではなく、俺もこの世界においては有名人になっているので、必要に駆られてちょっとした変装をするのも楽しい様子。
「廃都アースグリム。変装は必要ないよ」
「廃都アースグリム……初めてのところですね! すぐに着替えてきます!」
そういってぱたぱたと寝室へ着替えに行くクリスティーナ。
女の子たるもの、デートに部屋着で行くわけにはいかないのだろう。
俺はいつもの黒装束に、エクストリーム着替えをするから慌てる必要はない。
「クリスティナ様、嬉しそうですね。しかし、廃都アースグリムですか。なんだって今、急に?」
タマがクリスティーナの様子を正確に把握しつつ、俺に話をふってくる。
「廃都アースグリム」は、クリスティーナとの結婚式までに時間がかかった時、「転移」と「飛翔」を利用して世界の各地をうろうろしていた時に見つけた「遺跡」だ。
もうとっくに滅んだ都市であり、人工物と長い時間をかけて繁殖した自然が融合している景観はすばらしくはある。
だけどタマが言う様に、夕飯前にちょっと行こうかという場所ではないのは確かだ。
「ちょっと思うところがあってさ……」
「……クリスマス・イブですからね」
わかってんじゃねえかこの野郎。
いやそりゃそうか、タマは日本の文化にも精通している。
俺が今日そわそわしていれば、その理由など簡単に思い当たるだろう。
「廃都とはなかなかに浪漫チックだと言えますが、また何故?」
「……内緒」
見抜かれていたのが腹立たしいから教えてやらん。
この件はサラやセトにも協力してもらっている、俺のクリスマスイベントなのだ。
一緒に行くタマにネタバレしてやる義理はない。
「お手並み拝見というところですね」
やかましい。
緊張するじゃないか、そんなこと言われたら。
我ながららしくないことしようとしてるんだから、プレッシャーかけないでくれ。
「お待たせしました!」
クリスティーナが白に赤をあしらった清楚な服に身を包んでいる。
髪飾りや小物が緑ベース。
事前に新品の服を送っておけば、クリスティーナは次のデートの時に必ずそれを身につけてくれる。
この世界の人たちにはわからないだろうけれど、見事なクリスマス・カラーだ。
――計画通り(ニヤリ)
しかしサラとセシルさんの協力を得て仕立ててもらった服は物凄くクリスティーナに似合っている。
自分で送ったものでありながら、見惚れてしまう。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「はいっ」
若干噛みながら右手を差し出すと、当たり前のようにその手を取られる。
この期に及んで速くなった動悸に気付かれる前に、目的地へと「転移」を行う。
どうも「転移」に頼りすぎて、俺達には旅の風情が足らないかもな。
「わあ……」
「廃都アースグリム」中央部の、朽ち果てた高層建築物の頂上に、俺とクリスティーナは「転移」して来ている。
この建物が本来何のために建っていたのか知る術は今を生きる俺達にはないけれど、ここからなら俺がクリスティーナに見せたかった「廃都アースグリム」が全周一望できる。
物凄い距離を移動したため、ここではもう日が沈む寸前である。
みごとなまでの夕焼けが、「廃都」を染め上げている。
どこか日本の高層ビル群に似たこの遺跡の存在を知った時から、クリスマス・イブにはクリスティーナと供に来ようと思っていたのだ。
「……綺麗」
高所故の強めの風に、その金髪を流しながらクリスティーナがぽつりと漏らす。
長い時間で風化し、朽ち果てた人口建造物と、それを苗床に活き活きと育っている巨大植物の組み合わせは確かに美しい。
それが夕焼けに染め上げられている風景は、まさに幻想的である。
ここで君のほうが綺麗だよとでも言えれば大したものなのだが、俺にはまだ荷が勝ち過ぎる。
そうだね、などと毒にも薬にもならない返しをするのがやっとである。
「素敵な場所ですね。ここが「廃都アースグリム」……」
「うん」
そう言って俺は、左の義眼と文献で調べられるだけ調べた「廃都アースグリム」について、クリスティーナに説明する。
数千年前に滅んだ、今のこの世界を形作る国々とは隔絶している、いわゆる「先史文明」の遺跡であること。
その先史文明の痕跡は、なぜか今の世界にはほとんど伝わっていない事。
そして魔物達は、おそらくこの「廃都アースグリム」が栄えていた時代の文明に深く関わりがあるであろうこと。
その証拠に、この「廃都アースグリム」は八大竜王のトップともいえる「白竜」がその住処としていた――いや護っていたことを伝えた。
「そう、なんですか……」
俺の説明を聞き終え、クリスティーナがぽつりとこぼす。
もしかしたら、今から俺が言いたい事を察してくれたのかもしれない。
話している間に陽は沈み切り、今「廃都アースグリム」は夜の帳に覆われている。
終わった遺跡を照らすのは、雲一つない夜空に広がる星たちだけだ。
今宵、月はまだ出ていない。
俺の左手から、「上書の光」が「廃都アースグリム」中に広がっていく。
実際に復活させることはしないが、応時の「アースグリム」の夜を、俺の「上書の光」が再現してゆく。
思った通り、地球の都市部に似た光に溢れた夜の街だ。
今のこの世界とは違い、魔法と科学の差こそあれ随分と進んだ世界であった事が伺える。
それでも……
「こんなに発達した都市も、たかだか数千年で滅びを迎えたんだ」
「……そうみたいですね」
クリスティーナが、俺の「上書の光」が再現した往時の「アースグリム」ではなく、俺の目をじっと見つめる。
「俺はクリスティーナを、王都ファランダインがこんな風に「廃都」になる時間まで連れて行く」
俺と共にいる意味を、もう一度はっきりと言葉にする。
「いやそれどころじゃないかもしれない。この世界の大地そのものが無くなっても、まだ二人で居続ける事になる。――今更それをクリスティーナに確認したり、いいのかいなんてマヌケな事を訊く気はないよ? だけどこの滅んだ都を、一度一緒に見たいと思ったんだ」
「ほっとしました」
クリスティーナが、星と古の光に照らされた笑顔を向けてくれる。
「今更また覚悟を聞かれたりしたら泣いちゃうところでした。ですけど、こうやって私とツカサ様がこれから辿る先を一緒に見ることは、意味のあることだと思います。嬉しいです、ここに連れてきてくださって」
そう言って俺にぎゅっと抱き着いてくる。
いや正直思わなくもなかったんだけどね?
さすがに情けなさ過ぎるから、そういう事はもう言わないことにしたんだ。
だいたいそれはついでみたいなもので、今日ここへ来たの主目的は別だしな。
「ですけれど、なぜ今日だったんですか?」
よくぞ訊いてくれました。
「今日は、俺がもともといた世界では、クリスマス・イブと言ってな……いろいろあるんだけど、まあぶっちゃけていえば恋人同士が一緒に夜を過ごす日なんだ」
ジアス教を信じる人々にクリスマスイブの正しい話をしても始まらないしな。
日本においてはそう間違ったことも言っていないはずだ。
うん、大丈夫。
このイベントが終わって10日もしないうちに、ジングルベルがお琴の音に変わる国の事だ、大丈夫。
クリスティーナが目を見開く。
俺がそういうイベントで積極的に動くというのが意外だったのかもしれない。
いっつも照れてばっかりだしな、俺は。
不甲斐ない。
「で、俺の世界ではその日は好きな人と共に過ごして、おいしいもの食べて、プレゼントを贈るんだ。主に男性が女性にね」
この辺も適当でいいだろう。
偉そうに語っちゃいるが、どうせ俺も日本のクリスマスルールに詳しいわけでもなければ、実践したことがある訳でもない。
自分で考えてて泣けてきたが。
いや、今は充実しているんだから問題ないはずだ。
「じゃあ此処に連れてきてくださったことがプレゼントなんですね。素敵です!」
演技ではなく、心の底から喜んでくれている。
いいなあ、うちの嫁。
いや確かに今の俺とクリスティーナの経済力であれば、物で何を送っても大事なのはそこに込められた気持ちであって、物そのものは乱暴に言えば何でも同じだともいえる。
そう言う意味では、こう言う場所に意味を伴って連れてくるというのはいいプレゼントと言えるのかもしれない。
だけど今回は、俺らしからぬプレゼントを用意しているのだ。
照れくさいが受け取ってもらうぞ、クリスティーナ!
抱き着いているクリスティーナの肩に出来るだけ優しく手を置き、少しだけ距離を置く。
いつにない俺の仕草に、興味深そうな視線を投げかけてくるクリスティーナ。
俺が緊張しているのも、もう解っているだろう。
じっと黙って、俺が口を開くのを待ってくれている。
「……聞いてくれクリスティーナ。俺と一緒に居たらいろいろあると思う。楽しいこと、嬉しいことばかりならいいけど、大変なことも多いと思う。苦労もかけると思う」
さっきと同じような、今更の言葉だ。
だけど俺のプレゼントには、手順を踏む必要がある。
照れくさいだろうが付き合ってくれ、クリスティーナ。
「だけど俺はクリスティーナの手を放すことは絶対に無いし、ずっと一緒に居て欲しい。俺はここ「廃都アースグリム」で、我が妻クリスティーナに永遠の愛を誓う」
照れくささで顔を真っ赤にしながら、なんとか言い切った。
動悸ははやくなっているし、顔は何の熱源が宿っているんだと思う位熱い。
目でクリスティーナに促す。
「はいっ。――私クリスティーナ・ヤガミも、ここ「廃都アースグリム」の地で、我が夫ツカサに永遠の愛を誓います」
涙を浮かべ、俺の言葉と同じことを返してくれた。
さすがに恥ずかしいのか、クリスティーナの顔も真っ赤だ。
俺とクリスティーナの誓いを受けて、仕込んでおいた魔法陣が発動する。
今現在つぎ込めるだけの魔力をすべてつぎ込んだ巨大魔法陣が、「廃都アースグリム」すべてを覆い尽くして発動する。
「こ、これって……」
「クリスティーナも俺と同じことを誓ってくれたからね。これが俺のクリスマスプレゼント」
我ながらなんという乙女脳だと思いはするが、思いついた上に実行可能であるからにはやるしかない。
日本でボッチクリスマスのくせに、ものすごく好きだったある歌に、おもいきり影響されていることも認める。
「今発動したのは、俺が全力を込めた祝福魔法陣。今日この時以降、この地で永遠の愛を誓ったカップルには、俺の全身全霊を込めた「祝福」が及ぶ」
そしてその事を、サラやセトを通じて、噂として広げてもらう。
「廃都」を保護するとともに、距離の問題はあっても誰でもこれるように安全なルートを構築する。
俺が勝手につくった、「廃都アースグリムで永遠の愛を誓い合った二人は幸せになる」という世迷言を、本物のジンクスにする。
少々無粋かもしれないが、祝福魔法陣で実効性もあるようにした。
そんなものが無くてもここまでくる方が夢があるとは思うけど。
そしてそこで最初に愛を誓った二人として、俺とクリスティーナの名前を残す。
どうせ俺の名前は百年もすれば消えてなくなるから、「聖女クリスティーナ」の幸せなジンクスが残るだろう。
「主、いつの間にそんな乙女脳に……」
タマやかましい。
自覚はあるからそっとしておいて。
やらかしておいて思うけど、これは相当に恥ずかしいな。
どうしよう、逃げたくなってきた。
「――うれしいです」
ずっとびっくりしたような表情をしていたクリスティーナが、俺の胸に顔をうずめる。
うん、多分恥ずかしくて真っ赤なのを誤魔化しているんだろうな。
わかるよ、と俺は答えた。
いやそうじゃなく。
「喜んでもらえて、何よりデス……」
俺も恥ずかしさのあまり、棒読みの様になってしまう。
あれえ?
サラとセシルさんと盛り上がっていた時は行けると思ったんだけどなあ。
ちょっと距離置いて「正気か?」って顔していたセトの方が正解だったかなあ。
ま、まあいい。
やってしまった事はもう取り返しがつかない。
すでに噂の方は出回りだしているだろうし、さっきの巨大魔法陣の閃光は、近隣諸国からは観測されているはずだ。
今更後に引けるかよ。
「嘘じゃありませんよ? 本当に嬉しいんですよ?」
目尻に涙を浮かべながら、胸の中からクリスティーナが見上げてくる。
その顔は真っ赤だ。
うん、そのまあ、今後ともよろしく。
「お話は終わりましたか?」
タマが俺たち二人が落ち着くのを待って声をかけてくれる。
ずっと黙っている訳には行かないので助かった。
「では私と能力管制担当からのクリスマスプレゼントです」
(0≧▽≦)0 ☆Merry X'mas☆ 0(≧▽≦0)
――なんですと?
タマの言葉と、能力管制担当のメッセージが表示されると同時に、もう元の姿を取り戻した「廃都アースグリム」上空の空が、突然割れる。
もう二度と来ない筈の「滅日」を思い出させるその現象。
しかしそれは廃都アースグリムの上空の空を割っただけで、それ以上広がってはいかない。
――これは……
さすがに開いた口が塞がらない。
基本何事にも動じないクリスティーナも、俺の右腕にしがみついて、割れた空をぽかんと見上げている。
クリスティーナにはわからないだろうが、そこには夜を迎えた日本列島がネオンに輝く、「地球」がこの世界の至近距離に存在していた。
「主の力を無断で使わせていただいたことはご容赦を」
「タマ、お前……」
なんとなく何が二人のクリスマスプレゼントなのかは理解できるが、上手く言葉が出てこない。
「すごく、綺麗」
それはそうだろう。
俺の魔法で「星」として世界を認識できる高度まで行ったこともあるけれど、昼側は同じでも、夜側についてはこっちと地球は全く違う。
宝石箱をぶちまけたような先進国の夜の光は、それを初めて目にするものにとっては奇跡のような美しさだろう。
偉そうなこと言っている俺自身、写真や映像で見たことはあっても肉眼で見るのは初めてだ。
本当に綺麗だ。
これを見れた、クリスティーナに見せられただけでも充分なクリスマスプレゼントだ。
「主のアイテム・ボックスに、クリスマスの夜にしていてもおかしくない衣装と、ある程度の現金と、主がよく知っているホテルのディナー兼宿泊予約チケットを入れてあります。今の時間からであれば、気の利いたプレゼントを買った後に食事をして、スイートルームで一夜を過ごすことが十分可能でしょう。今から24時間は私と能力管制担当が、空間安定させておきます。夫婦水入らずでクリスマスイブの夜を楽しんできてください」
今なら「転移」で、好きな場所へ出れますよ、とタマが続ける。
ものすごいクリスマスプレゼントだな、タマ、能力管制担当。
この借り返すのは相当に高くつきそうだけど。
「え? え?」
クリスティーナは訳が分かっていない。
そりゃそうだろう、理解しろっていう方が無茶だ。
「クリスティーナ、今空に見えてるキラキラした場所が、俺が前いた場所。そこも今さっき説明したクリスマス・イブなんだよ。タマと能力管制担当が一日そこで遊んで来いってさ。行こう!」
まだ混乱しているクリスティーナの手を取る。
日本の格好をしたクリスティーナと、夜の街で買い物をして、食事をして、以下略というのは正直楽しいだろうと思う。
日本での立振舞であれば任せろってなもんだ。
クリスティーナみたいな超絶美人どころか、女の子をエスコートした経験なんてないけれど、多分何とかなる。
クリスティーナを連れて行きたいところがたくさんある。
時間がもったいないから、すぐ行こう!
「タマ、本気で感謝する! だけどこれ、またこっちの世界で騒ぎにならないか?」
空が割れて、そこから至近距離に別の星が見えているのだ。
騒ぎにならない筈がない。
日本で楽しんでこいとタマが言うからには、日本ではこの世界は見えていないのだろう。
「また主がなんかやっているって程度で済みますよ。実害がある訳でもありませんし」
そう言うものか。
本当にそうか?
まあいい、タマが実害がないと言うならそうなんだろう。
そこら辺の信頼はタマと、特に能力管制担当には絶大なものがる。
「そっか。じゃあ楽しんでくる。何かお土産いるか?」
「こっちにはありませんので、出来ましたら最高級の猫関連グッズを。あと能力管制担当用に最高級の革お手入れセットなどをお願いできましたら」
タマの言葉に思わず吹き出す。
確かに頼まれました。
クリスティーナへのプレゼントより先に、そっちを確保するよ。
「じゃ行って来る。行こう、クリスティーナ!」
「はいっ!」
差し出した俺の手を疑いなく取る最愛の奥さんと24時間の「里帰り」をするべく、俺は「転移」を発動する。
行先は地元でも有名な、恋人同士の待ち合わせスポット。
……知り合いに逢ったりしないだろうな?
雨は夜更け過ぎに雪へと変わりませんでしたが、投稿します。
そもそも雨も降っておりません。
皆様のところではどうでしょうか?
良いクリスマスを過ごされている事を祈っております(呪)
クリスマス番外編です。
内容については反省しています。
手動更新ですよ。こんな内容書いておいて。
メリー・クリスマス!
読んでくださっているみなさん、できましたら来年もどうぞよろしくお願いいたします。
完結済前作である
「三位一体!? ~複垢プレイヤーの異世界召喚無双記~」
にも
「番外編 ありふれた聖夜 ~女神と神竜と会社員~【X’masエピソード】」
を久しぶりに投稿しております。
よろしければそちらも読んでくださったら嬉しいです。




