余話 絶対不敗の一番弟子
誰もいない闘技場のほぼ中央に、子供が一人佇んでいる。
癖の強い少しくすんだ金髪と、意志の強そうな大きな碧の瞳。
幼さを残しながらも整った容姿は、美少年とも美少女とも見える。
黙って立っていれば、美少女と判断する人間のほうが多いだろう。
細いが病的ではないバランスのいい肢体は、子供らしい生命力にあふれている。
白銀色の祭服に、白地に金糸で刺繍を施されたストラをかけた、いかにも教会の人間という格好だ。
だがその小さい体の周りに展開されている魔力の量が、ただの子供ではないことを雄弁に語っている。
セトだ。
ジアス教が誇る、最強の魔法遣い集団である「十三使徒」の第三席。
いや今では「絶対不敗の魔法遣い」と呼ばれる、ツカサの「一番弟子」としての方が有名か。
そのセトが、自身の展開した魔力を自身の身体に取り込んでゆく。
そうして自身の身体の基礎を強化した上で、各種ブースト魔法を多重展開開始。
その小さな身体が、取り込んだ魔力と発動したブースト魔法を示す、金色のエフェクトを吹き上げる。
この時点で低レベルの魔物であれば素手で殴り殺すことも可能な強さに到達している。
人間相手であれば、神器級の装備でもしていない限り相手にならない。
その代償として、己の未だ成長しきっていない身体の各所に、相当な負荷がかかっていることをセトは自覚する。
だかまだここからだ。
ここまでであれば、「十三使徒」に名を連ねるものであれば、理屈を知れば再現し得るだろう。
それにどれだけ反射神経に優れ、反応速度がはやくても今の状態の身体を完全に制御することは、普通の人間の思考速度では不可能だ。
このままでは目にも留まらぬ速さで突撃するか、敵の攻撃をよけるか位にしか使い道が無い。
つまり己の優位点にはなり得ない。
師匠の協力を得ることが出来るまで、セトにとっての「魔法近接戦闘」が不完全だったのはそのためだ。
だが今は違う。
自分の我流だと思っていた、「こういう魔法の使いかた」が実は師匠の発案によるものであり、自分はその完成を手伝った文字通り弟子であったことを、今では理解している。
「思い出している」といったほうが正しいか。
――「思考加速」
「妨害」と共に惜しげもなく師匠が授けてくれた特殊魔法によって、「魔法近接戦闘」は完全な形へと至る。
師匠が教えてくれる――正確に言えば与えてくれる……授けてくれると言ったほうがしっくり来るとセトは感じている――「魔法」は、その効果においても規格外だが、「無詠唱」がデフォルトな事こそが、この世界における「魔法」としては、最も規格外だと言える。
一年間、師匠に「魔法」を教わっていた「最後の聖女」であるネイという女の子は、全ての「魔法」を師匠と同じように「無詠唱」で発動可能になっていた。
正直すごいと思う。
だけどセトは師匠に「セトもそうするか?」と聞かれた時、通常の「魔法」については自分の力で「無詠唱」を可能にしてみせると言い切って見せた。
自分は「絶対不敗の魔法遣い」の「一番弟子」だ。
その席を他人に譲る気はサラサラ無い。
一から十まですべて与えてもらうのは「弟子」ではないと、セトは思う。
自分以外の「弟子」ポジションにいる「勇者ジャン」や「聖女ネイ」に対する対抗意識があったことも否定はしない。
――師匠の技を盗んでみせる。
自分は「魔法遣い」としての矜持を捨てることは絶対に出来ないのだ。
未だ寝たきりで目を覚まさない、「十三使徒・第一席」である妹のためにも。
いやそれは正確ではない。
正しくは自分達のためにも、と言うべきだろう。
無詠唱で「思考加速」を発動する。
頭の中に錐でも打ち込まれたみないな激痛と供に、全ての事象がゆっくりとなっていく。
己の思考速度が、現実を置き去りにして加速して行っている証だ。
膨大な魔力と各種ブースト魔法の多重展開で、暴れ馬みたいになっている今の自分の身体ですら、今のセトの感覚では普通に動いているように感じる。
師匠曰く、叩き込んだ魔力と多重展開されたブースト魔法で暴れ馬みたいになった自分の身体を、「思考加速」で制御することが、「魔法近接戦闘」の完成型。
発動している間中継続する激しい頭痛と、軋みを上げる身体のせいで、今のセトでは長時間「魔法近接戦闘」を継続することは不可能だ。
だが師匠が相手でも無い限り、自分の限界を越えるまで戦闘が続くことは無いとセトは判断している。
師匠以外でも「勇者と聖女」に対してはその限りでは無いかもしれないが、少なくともセトがどうしても勝ちたい相手である「十三使徒・第二席」には充分に通用するはずだ。
師匠は、「魔法近接戦闘」を発動しながらも、同時展開でありとあらゆる「魔法」を発動させ、縦横無尽に戦場を蹂躙する。
「魔法近接戦闘」を発動させるだけでいっぱいいっぱいなセトからしてみれば、師匠と弟子の差は、永遠に埋まらないと確信できるほどに大きいものだ。
だからと言って、己の歩みを止める気はセトにはない。
師匠には永遠に届かなくても、それどころか開く一方であったとしても、それはセトが強くなることを放棄する事とは何の関係も無い。
己の力で、己の守りたい者を守る。
それすら出来なければ、何のために己は「魔法遣い」として今存在しているのか。
何のために、妹の身体が寝たきりになっっているのか。
全てが無意味になってしまう。
「っ!」
激痛を堪え、「魔法近接戦闘」の可能とする超高速機動に入る。
今のセトがこの状況で発動可能な「魔法」はまだ無い。
最初に左手に仕込んだ「妨害」と、右手に仕込む「任意の魔法」、その二つだけがセトの「魔法近接戦闘」におけるたった二つの矛である。
「妨害」で相手の防御を全て無効化し、その状態の相手に右手に仕込んだ「魔法」を叩き込む。
殺すのが目的であれば、己の最大の「魔法」を。
無力化が目的であれば、「麻痺」などの拘束系魔法を。
このシンプル極まりない戦い方が、今のセトにとって最強の技である。
だが「魔法近接戦闘」が可能為さしめる超高速機動は、「十三使徒」に籍をおくような「魔法遣い」であっても、とうてい捉えきれるものではない。
それはセト自身が、抑えに抑えた師匠の「魔法近接戦闘」であっても、自身も「魔法近接戦闘」を発動しない限り、全く反応も対応も出来ない事で立証されている。
そして防御の全てを「魔法障壁」に頼る「魔法遣い」に取って、「妨害」はある意味最終兵器たり得る。
とくに初見であれば、強大な魔力と魔法を有するまっとうな「魔法遣い」ほど、何をされているかわからないうちに勝負を決めてしまえる技とも言えるのだ。
師匠のような例外を除き、「魔法遣い」は魔法を封じられればただの人以下だ。
だからこそ「妨害」をはじめてくらい、その効果を理解した時セトは戦慄した。
どんなことをしてでも、その秘奥を伝授してもらおうと心に決めたのだ。
その本当の理由は「魔法遣い」同士の戦闘における圧倒的な優位性ではなく、全く違うものではあるけれど。
それゆえの「弟子入り」だったのだが、何の代償も要求することなく、それはもうあっさりと師匠は「妨害」を授けてくれた。
修行もへったくれもあったものではない、左手をセトの頭にぽんとのせただけだった。
神様みたいな所業だと思っていたら、それが間違いではなかったと言うんだからセトとしては笑うしか無い。
よくも初接触で消し飛ばされなかったものだと思う。
おかげで未完成とはいえ、「魔法近接戦闘」を身につけ、自分にとってのすべての問題に挑むことが可能になっている。
その未完成を補う為に、セトには一回限りとはいえ師匠と同じように、無数の「魔法」で牽制してから隙を突くという戦い方も出来る。
従来のセトの奥の手であった「我が魔導の書」がそれを可能にする。
「魔法」を封じ込めた頁が、その数だけセトの敵を自律攻撃する「我が魔導の書」は、発動してしまえばセトが干渉する必要は無い。
師匠に弟子入りすることになる戦いで、これまで数年掛りで積み上げたものは全て無効化された。
だがこの数ヶ月間、師匠の助けもあって自分一人での数年間を上回る「我が魔導の書」が再構築できている。
なにやら師匠はセトのこの技が痛くお気に入りなようで、そんなことをする必要も無いのに、自分もせっせと「ツカサの書」とやらを構築している。
セトにしてみれば師匠が己の発想に感心してくれているのは悪い気はしない。
「魔法近接戦闘」というツカサ我流の技を真似させてもらっている以上は、師匠が己の奥の手を真似することに異を唱えるつもりも無い。
ただ師匠ならそんなことをしなくても、必要なだけの「魔法」を瞬時に多重展開可能だろうにと思うから少々不思議なだけだ。
まさか無数に展開される頁にかっこよさを感じていることと、能力管制担当に頼りきりでは無い、自分の技も欲しいためとはセトにはわからない事だ。
訓練である今、「我が魔導の書」を使うことは無い。
自分が想定している機動を一通り終えて「魔法近接戦闘」を解除すると同時に、全身を痛みと倦怠感が襲う。
起動していた時間はたかだか数十秒、一分にも満たない時間でこれだ。
この状況に加えて、無数の魔法を発動しながら何時まででも戦える師匠は、やっぱりバケモノだとセトは思った。
「あー、まだまだ完成には程遠いな、ちくしょー」
立っていられなくなり、闘技場の床にへたり込む。
噴き出す汗と身体中の痛み、まだ頭に残る鈍痛が酷いが悪い気分ではない。
完成には程遠くとも、師匠以外の「魔法遣い」に遅れを取るとは思えない。
これで自分は、確実に「十三使徒・第二席」に勝ってみせる。
ジアス教の教皇庁へ、師匠たちと供に向かうのはもう来週である。
時間は掛かりはしたが、自分が納得できるレベルまで仕上げられたことがセトは嬉しかった。
まず「十三使徒・第二席」に勝たなければ何もはじまらないのだ。
やっとその目処がついたのは掛け値なしに嬉しい。
師匠に弟子入りする際に最も求めたのは今手に入れているこの力だ。
「十三使徒・第二席」に勝つ力がどうしても欲しかった。
師匠は一切勿体つけることなく、惜しみなくその力を授けてくれた。
自分はほとんど何も師匠に返せていないにも関わらずだ。
セトがそういうと師匠は「いやセト、俺のほうが返し切れない位助けてもらってるよ」と言って笑うが、セトにはピンと来ない。
102回にもわたる「やり直し」の記憶を自分から望んで戻してもらったけれど、自分がそれほど師匠の役に立っていたとはとても思えない。
自分は運よく師匠と知り合えたから、ほとんど無償で本来であれば望んでも得られない力を与えてもらっているという気持ちが消えない。
「十三使徒・第二席」と妹の身体の件が片付いた後、師匠にどうやってその恩義を返せばいいのか、想像もつかないセトである。
――師匠にそういう趣味あればまだ返し易かったんだけどなあ。
残念ながら師匠にはそういう趣味は全く無いようだ。
――残念ながら?
自分のその思いに思わず笑ってしまう。
師匠と出逢うまでであれば、ありえない考え方だからだ。
師匠はセトのことを、本当に可愛くて便りになる「弟子」として扱ってくれている。
そういう目で見られる事も多かったセトとしてはうれしくはある反面、自分でも意外なことにちょっとした不満も感じているのだ。
――妹に引っ張られてるかな、最近。
それに師匠にもしもそういう趣味があったとしても、どうせ一緒かとも思うセトである。
なんといってもあのクリスティナ王女殿下と新婚ほやほやで、その妹姫であるサラ王女殿下からも熱い想いを寄せられているのだ、師匠は。
美少年だなんだともてはやされて来た自分からみても、ちょっとレベルの違う二人である。
その上、セシルさんという「傅く立場」の美女まで揃っている。
――ちょっと小奇麗な顔をした男の子にかまう時間なんて、どこにも無いよな。
疲れのあまり、ぼうっとした頭で自嘲するセトである。
――だけど妹の身体でなら、師匠だって……
ああ駄目だ。このまま寝てしまう。
風邪を引いても「癒し」で治してしまえるが、師匠にばれたらこっぴどく叱られる。
拙いとは思いつつ、限界まで絞りつくした魔力のせいもあって意識がおちていくのに逆らえない。
「まーった、セトは無茶して。今のセトに勝てるのは俺くらいしかいないって言ってるのに、そこまで信用できませんかね?」
正に意識が落ちる寸前のセトの前に、ツカサが「転移」で現れる。
ツカサはその銀の義眼で一度でもみた相手の状況を追跡することが可能だ。
念のため常に追っているのは数名だけだが、その中にもちろんセトは含まれている。
師匠、プライベートって知ってる? と聞きたくなると同時に、その事実を嬉しく感じてしまう自分はもう駄目だろうとセトは思う。
「ひゃっ? 師匠?」
「はいはい、無茶ばっかりする馬鹿弟子の師匠ですよー」
うっすらと汗が浮かび、前髪が濡れているおでこに左手を当てられる。
毎度のことながらなんでこんなことが可能なのかと思う、師匠にしか使えない「魔力供給」をされていることが、身体に満ちていく魔力で解る。
魔力枯渇で意識が混濁し、妹に引っ張られていたところに急に師匠が現れたので、セトは一気に赤面した。
――まずい、師匠に変に思われるっ!
「どした、セト?」
案の定ツカサは、常に無いセトの態度に困惑している。
いつもは女扱いすると烈火のごとく怒るセトが、表情といい、自分の身体を抱きしめるような仕草といい、どこからみても「女の子」にしか見えないとなれば疑問を持つのは当然だ。
「な、なんでもないよ師匠。ちょっと無理しすぎで頭がぼーっとしてた、だ、だけ。魔力回復してくれてありがと……」
拙いと思いつつも意識を切り替えることが出来ない。
速くなっている動悸が師匠に聞こえたらどうしようと思うと、余計に慌ててしまう。
「本当にあんまり無茶するなよ? セトは「魔法」の才能に関しちゃものすごいけど、まだ身体が出来上がって無いんだ。「魔法近接戦闘」を全開でぶん回すにはまだ無理があるんだよ」
そういって「癒し」の魔法をセトにかけるツカサ。
身体の状態を元に戻すという「癒し」の特性上、頭痛や悲鳴を上げていた身体の各所と同時に、はやくなっていた動悸も治まる。
セトにとっては僥倖である。
「師匠ごめんなさい。でももう来週だから……」
「今のセトに勝てるような「魔法遣い」はまず居ないよ。安心しとけ」
そう言って師匠は笑う。
眠ったまま目を覚まさない妹についても、師匠にできることであればなんでもしてやると言ってくれている。
自分が「十三使徒・第二席」に勝ちさえすれば、多くの問題は一気に解決するだろう。
それだけの力を持った存在なのだ、師匠は。
だけど「十三使徒・第二席」にはセトがしっかり勝たないとな、と言ってくれている。
師匠が勝っても意味が無いことを、なぜ勝ちたいのかを詳しく説明していなくても理解してくれているのだ
――いや俺だってクリスティーナを他人に倒されて、はい後はお好きにどうぞっていわれてもなあ……
そういう師匠をセトはたまらなく好きだ。
事が全て片付いても、「一番弟子」としてくっついて回りたいと思えるほどに。
だけどまだ自分は、そんな師匠に隠し事をしている。
それが後ろめたいけれど、教皇庁へ行けばすべてが白日の下に晒されるだろう。
その時に師匠がどんな反応をするのか、少し怖くはあるセトである。
多分笑い飛ばしてくれるだろうけれど。
それでも今のセトには、一番怖いことでもある。
とはいえまずはきっちり「十三使徒・第二席」に勝つことだ。
それが無ければすべてが始まらない。
幸い師匠のお墨付きももらっている。
後は意識も含めて万全の体制を整えて事に当たるだけだ。
「うん、信用するよ師匠。来週はどうぞよろしく」
「俺に出来る事ならなんなりと」
師匠は。
いや師匠だけじゃなくて、やっと新婚さんになれたクリスティナ王女殿下――今はもう継承権を放棄したクリスティナ・ヤガミか――も、必要とあればまた「やり直し」をやりかねない。
誰彼かまわずと言う訳ではもちろん無いのだろうけれど、サラ王女殿下やセシルさん、おそらくは自分も含めての三人に必要であれば、彼らはやるだろうとセトは思っている。
そんなことを自分は望んでいない。
いろいろあったけれど、それがあったからこそ今の自分になれていると思う。
師匠と出逢ってからは、それ故に複雑でもあるけれど。
今セトが望んでいることはシンプルだ。
長年引きずってきていた問題を全て片付けて、全てが終わった後にも変わらず「絶対不敗の一番弟子」が自分であれればいいなと思っている。
それを叶える為に、教皇庁へ決着をつけに行くのだ。
師匠に付き添ってもらってと言うのは少々情けなくもあるが、それくらいは勘弁してもらいたいと思うセトである。
――いいよね師匠。……今はまだ僕が師匠の、絶対不敗の一番弟子なんだから。
to be continued in next episode 「十三使徒編」
これで予定していた余話は全て投稿完了です。
「十三使徒編」は出来るだけはやい時期に投稿開始したいと思います。
具体的な日付の目処が付けば、活動報告でお知らせする予定です。
お話が始まると毎日投稿を維持したいので、ある程度書き溜めてから投稿開始する予定です。
また読んでいただけたら大変嬉しいです。
拙作を読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
こんなに多くの人に読んでもらえるとは、プロット時には思いもよりませんでした。
おかげで「十三使徒編」という続きを書くことも出来ます。
今後ともよろしくお願いいたします。
それでは皆さん、少しはやいですがよいお年を。




