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いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト~  作者: Sin Guilty
残章 こぼれ話編

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余話 勇者と聖女の物語

 『世界(ラ・ヴァルカナン)が「大いなる厄災」に晒される時、「勇者と三聖女」が降誕し、世界(ラ・ヴァルカナン)を救い給う』


 アズウェル大陸の北の辺境、ルザフ村で細々と生きてきた、いわゆる「田舎者」のネイであっても、その伝説くらいは知っていた。


 村で他に誰も使えない「魔法」を使える自分は、もしかしたら「聖女」なのかも、と思った事もある。

 もっとも現実は厳しく、一角兎(コン・クニクルス)牙鼠(カリオドゥムス)を仕留めるのがやっとな自分では、とても「勇者」様を支える「聖女」様にはなれないだろうというのはすぐにわかってしまった。


 世界(ラ・ヴァルカナン)を終わらせかねないと言われる「大いなる災厄」に「勇者」様と共に挑む「聖女」様と、みっともなく恐怖に震えながら、なんとか最弱級の魔物(モンスター)を倒す事が出来る自分を重ねることはさすがに無理があった。

 

 それでも小さな寒村である「ルザフ村」が、魔物(モンスター)を狩れるという事実は大きく、孤児(みなしご)だったネイに村人たちは最大限よくしてくれた。


 最弱級とはいえ、一角兎(コン・クニクルス)牙鼠(カリオドゥムス)は間違いなく魔物(モンスター)の一種である。

 その素材は、三か月に一度この村にやってくる行商人が、村の作物や特産品などとは比べ物にならない高値で買い取ってくれた。


 それは冒険者ギルドでの平均的な買い取り価格と比べれば、叩きに叩いた安値ではあったが、相場を知る由もない村人たちにとっては「大金」であることだけが重要だった。

 現金もさることながら、その行商人が届けてくれるあらゆる物資も村にとっては大きい。

 辺境の村が厳しい冬を越すためには、そういう行商人の協力が不可欠だったのだ。


 その行商人にとっては金の卵を産む村であり、村人にとってはこんな寒村まで足を延ばしてくれるありがたい行商人である。

 双方、利のある関係を築けていたと言えるだろう。


 村人はどうやって魔物(モンスター)を狩れるかを語らないが、行商人も自分しか知らない利益を生む村の事を他人に吹聴することなどない。


 そうやってネイの存在は、表に出ることはなかったのだ。


 だがそういった事は、当のネイにとっては些事だった。

 村人の好意が、ネイの「魔法」による恩恵を期待してものであることは明白であったが、ネイにとってはそれもわりとどうでもよかった。


 別にそれはネイに限った事ではなく、この貧しい寒村ではお互いが出来ることでお互いを支え合って生きるのが当然であったからだ。

 子供であろうが、大人であろうが自分のすべきこと、出来ることをしない人間の居場所などこの村にはない。


 孤児(みなしご)であったネイは、物心ついたころから「甘い夢」を見る余裕などなかったし、自分の力が村に提供できるもののおかげで、村のみんなが自分に良くしてくれるならそれで十分だったのだ。


 食べきれない食べ物や、使いきれないお金があっても仕方がない。


 自分が「魔法」を使えるようになるなどわからない頃から、孤児(みなしご)の自分を育ててくれたなんだかんだ言って基本優しい村のみんなと、少しでも豊かになれればそれでよかった。


 だから本当は怖くて怖くて仕方がない「魔物(モンスター)狩り」も、村人の期待を裏切らない為に一生懸命頑張ってきた。


 もう何年かすれば、年の離れた村長の息子と結婚させられそうなことだけは閉口していたが。


 そうやって物心ついてから8歳になるまで、ネイは「ルザフ村」で、貧しいながらも穏やかに暮らしてきたのだ。

 

 だが約一年前、ネイにとって世界と同義である「ルザフ村」は、普通なら諦めるしか無いような不運に見舞われた。


 村の至近で、魔物(モンスター)が異常湧出したのだ。


 魔物(モンスター)ではなく獣を獲物とする狩人を生業とする村人がそれを発見した時点で、すでに一村落ではどうにかなる規模ではなかった。

 村人たちには判断する術もないが、その数は「冒険者ギルド」でもどうにもならず、国が動かねばならない規模だった。


 雪狼(ニクスガルフ)と呼ばれるその魔物(モンスター)は凶暴であり、十数匹の群れであっても普通の村では抗する手段などない。


 それが数千という数で確認されたのだ。

 

 普通なら終わりだ。

 

 村を棄てれば今は生き延びられたとしても、いずれ確実に野垂れ死ぬ。

 突然生活の基盤をすべて失っても生き延びられるほど、この世界(ラ・ヴァルカナン)は人間にやさしくはない。

 それがわかっていても、逃げ出すしかない。


 だが「ルザフ村」にはネイという「魔法遣い」がいた。


 「冒険者ギルド」でも、あるいは「国家」でさえどうにもできない天災の様な不運でも、伝説に語られる「魔法遣い」なら何とかしてくれるかもしれない。

 いつもは一角兎(コン・クニクルス)牙鼠(カリオドゥムス)を仕留めるのがやっとの「魔法」でも、命の危機に際しては奇跡を起こすのではないか。


 「魔法」というそれ自体が一つの奇跡と言えるものをなまじ知っている為、村人達は冷静な判断力を失ってそれに縋ってしまった。


 その時の村人達がネイを見る目を、ネイは一生忘れられないだろうと思っている。


 「魔法」とはいえ、力の一つの形に過ぎないのだ。

 都合よく火事場の馬鹿力を出せるのであれば、だれも苦労はしない。

 そんな理屈が通じるのであれば、弓でも剣でもあるいは鍬でも同じことが出来るはずだ。


 出来るはずがない。

 そんなことは村人達にも、本当はよくわかっていたはずだ。


 村人達は本能的に、今逃げて近い未来に野垂れ死ぬよりも、()()()()()にして自殺することを選んでいたのかもしれない。

 

 だが奇跡は起きる。


 それはもうあっさりと。

 

 ネイが生まれてこの方見たこともないような美青年と、一目見ただけでなぜか動悸が激しくなるほど()()黒ずくめの人が「ルザフ村」を訪れ、春の種まきよりも簡単に絶望そのものであった雪狼(ニクスガルフ)の群れを蹴散らした。


 いや蹴散らしたのは間違いなくネイの「魔法」だ。


 見たこともない美青年が、その見た目に反しておどおどとネイに説明してくれた。


 俺は「勇者」で君は「聖女」なんだと。

 俺と組めば、あんな魔物(モンスター)なんて一掃するくらい容易いんだと。


 ネイは信じられなかった。

 村人たちももちろん信じなかった。


 だけど黒ずくめの人が「黙って聞け」といって村はずれの岩山一つを「魔法」で吹っ飛ばしたから、騒がずにネイも村人も黙って従った。


 一発でその場にいた村人全員が、その黒い人が雪狼(ニクスガルフ)の群れなど比べ物にならないくらい怖い存在だと理解した。


 せざるを得なかった。


 同時に、すでに村が救われたことも理解したのだ。


 本当に美青年――ジャンと組めば、一角兎(コン・クニクルス)牙鼠(カリオドゥムス)に苦労していたのはなんだったのかと思う位の「魔法」がいくらでも発動できた。


 事実、一発の「大魔法」で、どうしようもないと思っていた雪狼(ニクスガルフ)の群れは一掃出来てしまった。

 雷の魔法で、ほぼ無傷で仕留められた雪狼(ニクスガルフ)をすべて、黒ずくめの人――ツカサは「ルザフ村」の好きにしろと言った。

 

 そのかわりネイを連れていくと。


 また村が襲われても寝覚めが悪いからと、「白の獣ベスティア・ジ・アルブス」と「黒の獣ベスティア・ジ・アテル」を村の守護獣(ガーディアン)として置くことを宣言し、村長以下誰も、最終的にはツカサとジャンがネイを連れて行くことに異を唱えなかった。


 唱えようもなかっただろうが。


 だが好きどころか、ずっと苦手だった村長の息子――ダインが少しだけくいさがってくれたことが、ネイはなぜかとてもうれしかった。

 一緒に魔物(モンスター)狩りをしていた狩人のゼルムや、いつも意地悪をネイに言っていたバオお婆や、他の何人かも。


 言い方は、ネイがいなくなったら村の収入はどうしてくれるんだという、助けてもらっておきながらずうずうしいこと極まりない言い方だったけれど。


 それでも「行くな」と言ってくれたことが嬉しかったのだ。


 むっつりと黙り込んで腕を組んでいたツカサと、その様子におどおどするジャンに対して文句を言うのは、村人たちにとってもものすごく勇気が要ったはずだ。


 その実力は嫌というほど見ている。


 その気になれば村ごと消し飛ばすことが可能な、しかも間違いなく村の恩人に対して異を唱えることは、根は朴訥な村人たちにとって本来であればあり得ない事だった。


 それでも言ってくれた。

 それでネイは充分だった。


 怒るかとおもったツカサもジャンも、村人たちの抵抗になぜか嬉しそうにしていた。


 むっつりと不機嫌そうにしていたツカサが、「よーしじゃあ交渉するか。条件言ってみて条件!」と、なぜか活き活きと、抵抗した人たちと交渉を始めたのをネイは忘れない。

 最後の方はなぜかツカサの方が「そんなもんでいいのか? この村にとってネイの価値はそんなもんか?」と自分から条件を釣り上げてくれていたのもうれしかった。


 だからネイはこの人たちについて行こうと思ったのだ。


 想像していた「勇者様と聖女」ではなかったけれど、それでも自分が「聖女」で、ジャンが「勇者」という事実にわくわくもした。


 そうして約一年の間、三人はアズウェル大陸の各地を旅してきたのだ。

 主としてやっていたのはネイとジャンの修行だった。

 

 ジャンと一緒に居れば、ネイはいくらでも力が湧いてきた。

 知らない「魔法」でも、問題なく発動できた。

 最初は「魔法」の制御は全くできなくて、ジャンに頼りきりだったけれど。


 たまにジャンにも御しきれなくて暴走することもあったが、その度にツカサが「妨害(インタラプト)」で魔法ごと消し飛ばした。


 ネイはジャンとよく話したものだ、「勇者」と「聖女」だとしても、ツカサにだけは逆らわないでおこうと。

 自分たちで御しきれない大魔法すら、ため息交じりで消し飛ばすツカサは、もう別次元の強さを持った存在だという事が、力を持つほどに理解できていった。


 ジャンは「勇者」様。

 ネイにとってそれはわかりやすい。

 うまく言えないけれど、そうとしか思えないから。


 ジャンの意志に応えて、ネイが自分でも信じられないような「大魔法」を発動できるのは、ジャンが「勇者」で、自分が「聖女」だからとしか説明できない。

 逆にそうじゃなければ、ジャンと自分がこんな大きな力を御せる事をネイは信じる事が出来ない。


 だけどツカサは謎だ。

 

 ネイに対してはいつも優しくて、いろんなことを教えてくれる。

 今では「勇者」の制御なしでも、ネイは一通りの「魔法」を使いこなせるようになっている。


 たった一年でだ。


 ツカサは言葉や実践で「魔法」教えてくれるわけではない。

 ツカサが左手をネイの頭にぽんと置くと、何をどうすればいいのかが頭の中に直接流れ込んでくる。

 それでどんな複雑な「魔法」でも、ネイはあっという間に使いこなせるようになる。

 「ルザフ村」で狩りをしていた時は、たどたどしく唱えていた「呪文」すら必要なくなった。

 「無詠唱」で魔法を発動することが、今のネイは普通になってしまっている。

 なんとなくだが、それが世界(ラ・ヴァルカナン)の常識を覆すレベルですごいことだという事は理解している。

 そう言ってネイが褒め称えると、「それはグローブがな?」と複雑そうな顔で言うのが不思議ではあったが。

 

「俺なんて要らねえよなあ……」


 そんなネイを見て、ジャンが寂しそうにこぼしたことがある。

 即ツカサに頭叩かれて、「勇者様ともあろうものが、情けないこと言うな!」とどやされていたが。


 それに対して「はいっ!」と返事するジャンを、ネイは可愛いと思う。

 一度そう伝えたら思いっきり落ち込まれたから、もう言わないと決めている。


 ネイから見てツカサとジャンはほぼ同じ年くらいかな、と思っている。


 ツカサは見たことがない黒髪黒目で、服装もすべて黒だ。

 左目だけが銀色。

 それを除けばごく普通の容姿だ。

 ネイは左肩にいつも載っている小さい獣がちょっと苦手。


 一方ジャンは黙っていればまさに「勇者」と言った容姿である。

 真面目な表情で口説いたら、無反応の女の子なんていないんじゃないかなとネイは思っている。


 見た目だけを切り取って言うのなら、華やかな「勇者」と地味な「従者」と言うのが一番しっくりくるだろう。

 

 だが両者の関係はその真逆と言っていい。

 

 圧倒的にツカサが強くて、ジャンは基本も応用もツカサには絶対服従だ。

 ツカサはそんなに高圧的な訳でもないし、無理難題をジャンに言うわけでもない。

 それでも、ジャンのほうが一方的にツカサに付き従っているように見える。

 それが卑屈な態度であればネイも嫌ったかもしれないが、なぜかジャンはそうしている自分に安心しているというか、嬉しそうですらある。


 圧倒的な力の差から来る怖れももちろんあるにはあるのだろうが、どちらかと言えば子犬がご主人様になついているようにネイには見える。


 それがネイにはなぜかちょっとくやしい。


 ジャンは何事も、ツカサを最優先で考えているのがわかるから。

 何故だかわからないけど、そう思うと胸の奥がもやもやするネイである。


 自分だってツカサは「ツカサ様」、ジャンは「ジャン君」と呼んでいるくせに、と自分でも思いはするが、もやもやするものはもやもやするのだ。


 また一年の旅の間には、たまにジャンが泣くことがあった。

 自分でも、なぜ泣いているのかはわからないという。

 

 ツカサがいつものように自分達と関わった村や町を助けて、そのお礼として宴席などを設けてもらった席で、何度かそういう事があった。


 問題を解決するにあたって基本的にツカサは手を出さず、勇者である「ジャン」と聖女である「ネイ」に問題を解決させるようにする。


 感謝と喜びにあふれた場所。

 嘘でも偽りでもなく、「勇者と聖女」の如く扱われている時にジャンはよく泣いた。


 それを苦笑いだれけど、嬉しそうな表情でみるツカサ。


 そういう事が幾度かあった。


 それを見ていると、ネイも泣きそうになる。

 ジャンがそうしているように、そんな時は自分もツカサのいう事には何でも応えようという気持ちになる。

 

 たぶん自分はジャンの事が好きなのに。

 ツカサの事は尊敬してはいても、今でもちょっと怖いのに。


 自分で自分の気持ちがわからないネイである。


 実はネイも、ジャンと同じように幸せなのに泣きたくなることが頻繁にある。

 ジャンと一緒に誰かを救えた時。

 ジャンが優しくしてくれた時。

 ツカサに叱られたジャンを、自分が慰めている時。

 

 どうしようもなく幸せで、なぜだか泣きたくなるのだ。

 そういう時もツカサは嬉しそうに、ネイとジャンを見て笑っている。


 やっぱりツカサは不思議な人だとネイは思う。


 圧倒的な「強者」だという事はいやというほど理解している。

 定期的に実戦訓練と称して、その時点での全力で自分にかかってくるようにツカサに指示されることがある。

 その時ばかりは嬉しそうに、ジャンはネイと組んで可能な限りの全力を出す。

 その晩はさすがのネイもへとへとになるくらいの真剣さだ。


 だけど()()通用しない。


 自分達が訓練で「大魔法」を暴走させそうになった時の様に、「妨害(インタラプト)」で「魔法」ごと消し飛ばすわけではない。

 あらゆる魔法を正面から受け止めたり、ジャンもネイも捉えきれないような速度で視界から消えたりしてまるで勝負にもならない。

 どんな魔物(モンスター)でも倒しきれるような「大魔法」であろうが、無数と言っていい「魔法」の連打であろうが、全ていなしてかすり傷一つ負わない。

 逆にツカサがその気なら、「勇者と聖女」でありながら一方的な敗北を強いられることは疑いえない。

  

「強いなんてもんじゃないよな! な!」


 手加減されてなお完全に上をいかれているのも拘わらず、いつもジャンは嬉しそうだ。

 悔しがるのもバカバカしいくらいの力の差があることはネイにもわかる。

 ツカサが自分達にその力を向けることもないだろうという事も。


 きっとジャンは、どうあっても越えられない存在が傍に居ることで、自分が力に溺れなくて済むことが嬉しいのだろうという事も理解できなくもない。


 ――だけどツカサ様と同じくらい強い人が敵に回ったらどうするんだろう、ジャン君。


 そういう不安もあるにはある。


 その時はきっとツカサが助けてくれる。


 そう信じることはできても、それでもネイは万一の時にお互いの力が及ばず、お互いを失う事がやっぱり怖い。


 などと戸惑いも得つつ、こんな暮らしが続くのかなとネイは思っていたのだ。


 修行と気儘な人助け。

 それとなんとなくだが、ツカサには大陸の各地を見て回っているような空気もある。


 そんな暮らしになれてきた矢先、大きな変化が訪れた。


 出逢いからちょうど一年ほど経った頃、ヴェイン王国領西端、ファルズ連邦との国境付近である西サルタゲイン平原で、ツカサがヴェイン王国国王の危機を救ったことから、自分達の暮らしも扱いも劇的に変化する。


 信じられないことに、ツカサは救ったその日のうちに、ヴェイン国王と馬車に同乗していたサラ第二王女殿下の全面的な信頼を得、そればかりかたった数日の間にネイでも知っている「ヴェインの姫巫女」――ジアス教皇庁に正式に列聖された「聖女」である、クリスティナ・アーヴ・ヴェインを、あろうことか奥さんにしてしまった。

 まるでついでの様に、「世界最強の魔法遣い集団」として名高い「十三使徒」の第三席であるセトも弟子にしていた。


 ジャンとネイは口を開けて眺めているしかできなかった。


 ヴェイン王国と言えばだれでも知っている大国である。

 その国の王女様をお嫁さんにするなど、お伽噺や童話の世界としか思えない。

 しかも出逢ってからたった数日間でだ。


 だが間違いなく現実だった。


 確かにツカサは規格外の強さを持っている。

 「勇者と聖女」であるジャンとネイでも、手も足も出ない事は思い知っている。


 でもだけど。


 ただ「強い」だけで、王様やお姫様の心をたった数日で奪ってしまえるとはとても思えない。

 

 偉くて、綺麗で、キラキラしている王様やお姫様。


 本当なら自分達とは口をきくこともなかったような、文字通り「雲上人」である人たちが、自分達が一年間一緒に旅をしてきたツカサという存在に、()()()にされていることが傍目にもわかる。


 自分がそういう目に晒された経験があるからこそ、ネイにはわかる。


 少なくとも「姫巫女」――自分と同じ「聖女」の一人であるクリスティナ王女殿下と、その妹姫であるサラ王女殿下、その筆頭侍女であるセシル女史、ジアス教が誇る「十三使徒」の第三席であるセトが、利害ではなくツカサを慕っている事がわかってしまう。


 「ルザフ村」でのお互いの在り方が悪いことだとは思っていない。

 だけど自分が何を出来るか、どんな利益を与えられるかなどまるで関係なく、ただいてくれるだけで嬉しいんだという様子は正直衝撃だった。

 それもあれだけの力を持ったツカサに対して、嘘偽りなくそういう態度が取れる人たちに憧れさえ感じた


 特に女の自分でも目を奪われるくらい綺麗なクリスティナ王女殿下は、慕っているなんてものじゃないと思う。

 

 ツカサとそれ以外の世界全てを天秤にかけても、躊躇いなくツカサを取る。

 それが女としてはまだ小娘でしかない自分にさえわかるくらい、ツカサが何よりも大事だという女の人の顔をしている。

 そしてそれは、ずっと謎の人だと思っていたツカサも同じだった。


 ネイはびっくりした。


 誰にでも優しく、あれだけの力を持ちながらそれに溺れず、関わった人を見返りなく救う、「勇者」や「聖女」なんかでは足元にも及ばない、神様みたいな人なのかと思っていたのだ。


 それがクリスティナ王女殿下を見るときは、男の人の顔をしている。


 クリスティナ王女殿下と鏡合わせの様に、クリスティナ王女殿下とそれ以外の世界全てを天秤にかけても、クリスティナ王女殿下を躊躇いなくとるだろう。


 羨ましいと思った。

 自分も誰かと、そういう風に想い想われたいなと素直に思えた。


「すげえよな、ツカサさん。どこの馬の骨とも解らない俺の事も、ツカサさんが「勇者」だって言ったらみんな信じてる。ほんとなんなんだろうな、あの人」


 ジャンはもう驚くのを通り越してあきれているようだ。

 それについてはネイも同じ気持ちだ。


 ツカサがジャンとネイの事を「まだ発見されてなかった、「勇者」と「聖女」だよ」と一言言っただけで、少なくともこのヴェイン王国に属するものは皆、ジャンとネイを「勇者様と聖女様」として扱っている。

 この国に駐在するジアス教の大司教様や、「十三使徒」の第三席であるセトという少年も疑ってさえいないようだ。


 ツカサがそうだと言えば、そうなのだと言わんばかりに。


 王族や大貴族が自分たちに丁寧な口をきき、国賓として遇される。

 つい先週まで旅烏だった自分達には途惑いしかない。


 そうしてここ数日は、ネイとジャンは経験したこともない丁寧な扱いと、豪華な暮らしを供されているという状況で今に至る。


 今もジャンとネイは二人で、豪華な王宮の中庭でお茶を飲んでいる。

 ツカサはクリスティナ王女殿下との結婚式の準備に忙しくて、ここの所二人の相手をしてくれない。

 ただ「勇者」と「最後の聖女」であるジャンとネイが興味本位の扱いを受けないよう厳命してくれているらしく、基本至れり尽くせりの毎日だ。


 ツカサが教官役をやってくれなければ、修行にも身が入らない。


 だけどネイは少し悔しかった。


 ツカサの弟子と言えば自分達だと思っていたのに、「十三使徒」の第三席であるセト少年は、自分がツカサの「一番弟子」だという。


 ツカサもそれを全く否定しない。


 実際、二人して「魔法戦闘」について意見を交わしている様子は、まさに師匠と弟子として絵になっている。

 ジャンもネイも、ツカサが「魔法戦闘」に関して他人に感心しているところを初めて見た。

 聞けばツカサの最も得意とする「魔法近接戦闘(M.C.Q.B)」は、セトも使いこなすという。

 それを聞いて二人は、力の強弱ではなく「発想」としてあの二人は師弟たり得るのだと思い知らされた。


 ネイは「自分たちの方が強いのに」と、ツカサと出逢ってから初めて黒い気持ちが少しだけ動いていた。


 その想いを共有してくれるだろうジャンを見つめると、力なく笑って言わる。


「……ネイももっと本気出さないと、ツカサさん取られちまうぞ。クリスティナ様は奥さんらしいからどうしようもないけど、サラ様やセシル様とは勝負になるって。ネイだって負けないくらい綺麗なんだから本気出せば……」


 ――そんなことを言う。

 ――よりによってジャン君がそんなことを言う。


 何が何だかわからないけど、泣けてきたのでそのまま泣いた。


 ――私の「勇者」様が、私に他の人のものになれって言った。


 おろおろするジャンの前で、ネイはわんわん泣いた。


 自分がジャンを、ツカサに助けられながらも結局自分を救ってくれた、自分の力を引き出してくれたジャンを誰よりも好きなことが、やっと心にすとんと落ちた。





 ツカサ様は好き。


 だってツカサ様がいなければ、私とジャン君はこんな風にはいられなかったって、なぜかわかるから。

 ジャン君も言ってた。

 ツカサ様がいてくれなければ、私の所にたどり着く前に自分は魔物(モンスター)に八つ裂きにされていたんだって。

 

 でもだけど。


 最初にジャン君が夢で見て私を助けようと思ってくれなければ、ツカサ様だってジャン君を助けることなんて出来なかった。


 やっぱり私を助けてくれたのはジャン君なの。


 ツカサ様が、クリスティナ様やサラ様、セシル様に取られたような気がして寂しかった。

 私とジャン君の席だと思っていた「一番弟子」はセト君のものだった。

 

 だからジャン君と一緒に悔しがって、二人で他のみんなに負けないように、ツカサ様の仲間に数えてもらえるように頑張ろうなって言ってほしかった。


 なのに。


 ジャン君は私がツカサ様のものになっても平気なんだ。

 それどころか、それを望んでいるんだ。


 私がジャン君を好きな、「好き」はツカサ様へのものとは違うの。

 クリスティナ様がツカサ様に向けるような「好き」


 やっと自分でもわかったのに。




 悲しくて悲しくて、自分が想いをジャンに告げていないことも棚に上げて泣いた。

 ジャンが何か言っているけれども、ネイの耳には入らない。

 

「何ネイ泣かせてんだ、ジャン!」


 ツカサが突然目の前に転移(テレポート)してきて、ジャンを張り倒す。


「ツ、ツカサさん、俺も訳わかんないんス。ツカサさん忙しそうでネイが寂しそうだったから、頑張ってツカサさん振り向かせろって言ったら……」


「お前なあ……」


 がっくりと脱力するツカサ。

 ジャンはネイに泣かれる事と、ツカサに呆れられることが何よりも苦手だ。


 そのダブルパンチを喰らって、顔を赤くしたり蒼くしたりしておろおろしている。


「ネイ!」


 泣きじゃくるネイの目の前で両手を打ち合わせて、ツカサが大きな声を出す。


「はいっ!」


 目の前でツカサの掌がうちあわされて鳴った大きな音と、ツカサの大きい声に泣くことも忘れてネイが返事をする。

 ツカサに意志のこもった声で呼ばれて、反応しないことはネイにもジャンにもできない。

 ネイと一緒におろおろしていたジャンも飛び上がって直立不動の姿勢になっている。


「なんとなく流れは解るけど、泣くなら言うべきことを言うべき人に言ってから泣け。俺は人の恋路に首突っ込むほど酔狂でも経験豊富でもないけど、「すれ違い」ってやつがいっちばん嫌いだ。そんなのは出来ることをなりふり構わずやれない人間のいいわけだと思ってる。言葉にさえせずにわかって貰おうなんて甘えたこと考えるなよ?」


 まだ止まらない涙を流しながら、びっくりしたような顔のネイの頭をちょっと乱暴に撫でる。

 

「わかったか?」


 笑いをこらえてるような優しい声で、ネイに聞く。


「は、はい……」


 言われたことと、泣いているところを見られた事と、ここ数日で感じたことと、いろんなことが混ざってものすごく恥ずかしくなってネイが俯きながら答える。


 ――ツカサ様、全部わかってたんだ……


 自分でさえはっきりしていなかった気持ちを、ツカサは御見通しだったことに、より一層恥ずかしくなって赤面する。


「そーれーとー、ジャンっ!」


「は、はいっ!」


 ネイに対するよりも厳しい声でジャンが呼ばれる。

 文字通り飛び上がってジャンは返事を返す。


「聖女は俺のもんじゃなかったのかよ? 馬の骨に譲ろうとしてどうする?」


「え? あ? え??」


 突然言った覚えもない、訳の分からない事を言われてジャンは混乱する。

 ジャンのツカサ機嫌センサーは超高性能である。

 この状況で、ツカサが思ったほど怒っていないことに胸をなでおろしながら、意外にも思う。


 ――ネイを泣かせたりしたら気絶コースの一撃喰らうのが常なんだけどな……


「戯言だ、忘れてくれ。――ジャン、お前が俺やネイにどうしても遠慮してしまうってのは解ってる。お前自身もなぜそうなのかわからんだろうが、俺はその理由も知ってる。教えてやらんがな。――だけどな?」


 ため息混じりでジャンをじっと見つめる。


 いつからだろう、とジャンは考える。


 初めてあった時の、今ではツカサらしからぬと思える敵意むき出しだった視線が、おこがましいかもしれないけれど、仲間とも友達とも違う、同じ立場の人間を見るような優しいものになったのは。


 ジャンはツカサにそう見られる自分が好きだった。

 ツカサから「失望」されるのが、なぜか何よりも怖い。


 その理由もツカサは知っているという。

 教えてはくれないようだが。


「お前が「勇者」であり続ける気があるんなら、一つだけ約束守れ。世界(ラ・ヴァルカナン)を救わなくてもいい。人々の手におえない魔物(モンスター)を倒さなくてもいい。そんなことは俺が替りにやってやる。手伝ってくれるってんなら有り難いけどな。だけどお前が「勇者」だっていうなら、お前の「聖女」を泣かすなよ」


 ツカサがジャンに指示を出すことは珍しいことではない。


 結構細かく、ああしろこうしろと言われているジャンである。

 だが理不尽なことは特になく、ツカサほどではないにしても「力」を持つ存在になったジャンとネイが言われるには至極当然の事ばかりなので、特に反発したことはなかった。

 

 したとしても張り倒されるだけだろうという事実はこの際置いておく。


 そのツカサが「約束」を持ち出したのは初めてだ。

 しかもそれは、自分の「聖女」であるネイを泣かすなというものだ。


 絶対に守ろうとジャンは思った。

 

「今の「勇者(ジャン)」は、お前の「聖女(ネイ)」を笑って暮らせるようにするためだけに存在してるんだ。それ肝に銘じとけ」


 そうだ、自分が「ルザフ村」へ向かおうとしたときもそうだったじゃないか。

 「勇者」になれるかもしれない。

 「力」を得られるかもしれない。


 確かにそんなのもあった。


 だけど一番は夢で見た少女――ネイが最悪の悲劇に見舞われないようにするために、自分でも無謀としか思えない旅路に身を投じたのだ。


「その為だったらジアス教皇庁の教皇であろうが、大国の王様であろうが、八大竜王であろうが、「大いなる厄災」であろうがぶっとばせ。力が足りなきゃ貸してやる。なんならもしも俺が敵に回ったら、俺でもぶっ飛ばせ」


 その為だけに自分の全てを費やせと、一番大事な時に自分を救ってくれた人が言っている。


 何故だかわからないが、ツカサが「自分を救ってくれた人」という表現が、すごくしっくりきた。

 それは何もあの峠で、「氷龍(グラキエス・ドラク)」から守ってくれたことでも、「ルザフ村」へ「転移(テレポート)」させてくれたことでも、ネイとセットで鍛えてくれたこと()()じゃないように思う。


「それが出来ないってんなら「勇者」なんざ辞めちまえ。俺がただのジャン・ヴァレスタに戻してやる」


 ツカサならできるのだろう、それが。


 ネイの「勇者」であれないならば、ただのシルバー級(中堅)冒険者に、「勇者面(ブレイブ・フェイス)」に戻ってしまえと。


 確かにネイ一人の「勇者」でさえ居られないのであれば、「勇者面(ブレイブ・フェイス)」という「通名(エリアス)」はお似合いだ。


 その「通名(エリアス)」を忌み嫌っていた自分でさえもそう思う。


 ――だけどネイはそれを望んでくれるんだろうか。

 ――ツカサさんもいるのに、俺みたいなのがネイの「勇者」である事を望んでいいんだろうか。


「知るか馬鹿。そんなのは本人に訊け」


 ばしっと、ツカサがジャンの背中を叩く。


「しっかりしてくれよ「勇者」様。俺はこの一年のお前とネイを見ていて、()()()()()よかったと思ってるんだから、最後でガッカリさせてくれるな。俺は念願のクリスティーナとの結婚式の準備で忙しいからもういく。もうこれ以上お前らの為に時間を割いてやらんからな? これで失敗したら己を恨め、両極端の「勇者」様」


 そう言ってツカサは「転移(テレポート)」を発動し、間違いなくツカサを待っているクリスティナのところへ戻っていく。

 ここ数日のツカサは本当に嬉しそうだ。

 やっとここにたどり着いたという顔をしていると、ジャンは思う。


 「転移(テレポート)」の直前、いつもツカサの左肩に()()()載っている黒い魔獣が振り返って、微笑んだ気がする。

 

 なぜかジャンもネイも、ツカサがタマと呼ぶ黒い小動物が苦手で、二人してあんなに可愛いのになぜだろうと話し合ったものだった。


 何か今の一瞥で、その苦手意識もなくなった気がする。

 気がするだけかもしれないが。


「あのさ!」


「あの……」


 ジャンとネイが、意を決して同時にお互いに声をかける。

 いつものジャンであれば、ネイにお先にどうぞと譲る場面だ。


 だけどここは譲れない。


 自分が「勇者面(ブレイブ・フェイス)」ではなく本物の「勇者」たらんとするのなら。


 勇気を出して、「聖女」に想いを告げるのは自分の役だ。


 ――願わくば「聖女(ネイ)」が、俺が「勇者(おれ)」であることを望んでくれていますように。


「聞いてくれ、ネイ。俺は……」


これで考えていた「勇者と聖女」の話はほぼ書けたかなと思います。

アリアさん仲間外れみたいになってますけど。


年内あと3話投稿予定です。


予定余話

「アリアの憂鬱」

「娘婿が「絶対不敗」の場合」

「絶対不敗の一番弟子」


「絶対不敗の一番弟子」が、「十三使徒編」へとつながるお話の予定です。

読んで下さったらうれしいです。

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