最終話 ひさしぶりのはじめまして
見渡す限りに広がる大草原、穏やかな天候の下、丘陵の上。
やわらかな風が吹くこの場所で、俺は黒い外套をその風になびかせながら、ある馬車を待っている。
もう何度も繰り返したから間違いようも無い、その馬車の来る方向へ向けてゆっくりと歩き出す。
約一年ぶりに、俺はこの地に立っている。
「タマ、間違いないよな? 実は明日とか、最悪昨日だったなんてことは無いよな?」
そんなことになったら、封印したはずの「やり直し」をあっさり解除するハメになる。
何度確認しても不安なものは不安なのだ。
今までは死んだら自動的にその時点になっていたから間違いようは無かったが、約一年前から今日を待ち続けていた身としては落ち着かないことこの上ない。
指折り数えた数がもしも間違っていたら目も当てられない。
「何度目ですか、我が主。貴方や私はともかく、能力管制担当が保証しているんだからそろそろ安心してください」
そうだ、最も頼りになる能力管制担当が今日だと言っているのだ。
いい加減な俺や、実はノリでもの言っているんじゃないかというタマよりはずっと信頼できる。
落ちつけ俺。
久しぶりにサラやセシルさんに逢えるからと言ってそわそわしすぎだ。
「あんまりソワソ――」
やかましい。
左目の義眼で確認しても間違いないし、サラやセシルさんの生命反応は同じく左目の義眼が捉えているから間違いが起こりようはない。
それでもことあるごとに確認したくなる。
旅行の時に、飛行機のチケットを何度も確かめる感じに近い。
「あ、来ましたよ」
タマの言葉に反応して瞬時に動き出す。
「雷龍」なんざ二秒で始末してやる。
どうしてもそわそわしてしまう俺に、不信感を隠しきれないカイン近衛騎士団長の謝辞を受けながら、馬車から出てくるサラとセシルさん、ついでに王様を待ち受ける。
不安げなサラと、敵を見つめるような鳶色の悪魔モードのセシルさん。
ああ、何もかもが懐かしい。
ここからやっと、最初期の撃高難易度クエストをクリアして、俺のこの世界での冒険譚は幕を開けるのだ。
ひさしぶりのはじめましてを、切っ掛けをくれたサラとずっと支えてくれたセシルさんにしよう。
101回も繰り返した手順通り1周目の行動を辿りながら、俺はクリスティーナに再び会う事を楽しみにしている。
冒険者ギルドでは、もう遠慮することもないのでサイハテの魔物をいくつか提供してきた。
クロエさんとシロミケコンビ、居合わせた冒険者たちは目を白黒させていたが、今後ともよろしく頼む。
俺は基本的に冒険者としてこの世界で暮らしていくつもりだから。
101周の中でセトに教えられて、もう俺は金貨の正当な価値を知っているけど、今回もクロエさんには金貨一枚を渡した。
これからはちゃんと地獄の二日酔いの明日も、酒が抜けてもしんどい明後日もやってくるからあんまり呑みすぎない様にな。
クリスティーナやサラ、セトやセシルさんとパーティー申請したら、クロエさんがどんな顔するか楽しみだ。
冒険者ギルドが誇る? 「遂行不能依頼」、なかでも八大依頼――または「いずれ開く八の扉」と呼ばれるクエストを片っ端からクリアしてやるつもりだ。
そういうのは凄くゾクゾクする。
とはいえ「ナザレ浮遊峡谷の黒竜討伐」はうまく話を付けないといけない。
まさかルクスルナを今更狩る訳にもいかないしな。
八大竜王が俺との盟約で、今や人類の味方だと発表してしまうのが手っ取り早いか。
まあまずはセトとの約束を果たすのが先だけど。
ネモ爺様のいる「隷属契約斡旋所」では、101周の中でたまりにたまった金貨と各種素材を軒並み提供してきた。
それで一気に「錬金術」の研究を進めてくれれば俺もうれしい。
最初安いと思っていた各種アイテムは、目玉が飛び出るような価格だったんだと今ならわかる。
そりゃ豪気だと言われるよな。
「自動人形」、「小人」、「人造使い魔」に限らず、便利なアイテムが増えるのはこの世界にとっても悪いことじゃないはずだ。
「錬金術師」がジアス教会や国家と敵対しているのは、後々なんとでも出来る。
今はいきなり「錬金術」の世界をひっくり返すようなことはせず、素材と資金提供を続ければいいだろう。
常に落ち着いたネモ爺様の目の前に、「銀」、「白の獣」、「黒の獣」を何十体も同時に出したらさすがにびっくりしていた。
してやったりと思ったが、速攻で並列思考やその仕組みを解明に入っていたのが逞しい。
寸分違わぬ同じものを複数存在させるのは、錬金術の世界でも不可能だそうな。
しかも「自動人形」や「人造使い魔」といった複雑なものであれば尚の事らしい。
当たり前のように意識共有している「銀」達は、絶好の研究材料のようだ。
分解はもちろん固く禁じたが、それぞれ5体ずつ置いて来ている。
そこから何か新しいものが生まれたら面白いな。
セトとの再会も滞りなく済ませた。
とはいえなんかセトについては周回するたび前回より強くなっているような気がしていたが、今回ははっきりわかるほど違いがあった。
1周目の俺であれば後れを取ったんじゃないかと思うほどに強い。
一番びっくりしたのはもう一つの奥の手として、「魔法近接戦闘」を使ってきたことだ。
こいつは発案こそタマと能力管制担当だが、完成に至るまでにはセトとの意見交換がものすごく活かされている。
101回目を重ねていく中で完成していった「魔法近接戦闘」はセトの中にも積み重なっていて、一年という纏まった時間を得たことによって開花したものか。
セトだけではなくサラやセシルさんも、101回のやり直しに付き合ってくれたことで積み重なったものが、この一年で芽吹いたものがあるかもしれない。
同じような出逢い方をしているけれど、みんなの中にあるものは1周目とはやはり違うんだと思うと面白い。
そして今はいつものあてがわれた部屋で全員が集まり、後はクリスティーナのところへ「転移」をするのを待つのみとなっている。
「いや師匠、話は分かったけどさ。それならもっとやり方あるんじゃないの? 今の師匠ならジアス教会であれ、ヴェインを含めた超大国であれ実力で黙らせられるって事な訳だし。普通なら信じられないけど、僕の「魔法近接戦闘」が師匠オリジナルだってのは戦ってみた僕本人が一番思い知ってるからなあ……」
セトもサラもセシルさんも、まだ周回の記憶を繋げてはいない。
その話をするのは、クリスティーナも含めて全員集合した時と決めているからだ。
「どうしてもその、「禁域」に侵入してクリスティナお姉さまとの「神前裁判」の形を取らねばならないのですか? ツカサ様の実力を知った後のジアス教会やお父様がちょっと気の毒なのですけれど……」
たしかに「神前裁判」で断罪しようとした相手が、文字通り世界ごとすっ飛ばせる力を持った相手と知れば権力者は青ざめるだろう。
大丈夫だよサラ、教会、ましてやクリスティーナやサラのお父さんであるヴェイン王国国王に無理難題ふっかける気はまったくないから。
ささやかなお願いは致しますが。
ただちょっと、お嬢さんを僕にくださいとお願いに上がるだけです。
きちんと丁寧に、なんなら一、二発ぶん殴られる覚悟で行く所存です。
こっちにめちゃくちゃ有利な状況を整えておいて。
「卑怯ですねぇ」
タマうるさい。
今の俺には「大国の王様」なんて言うほど怖くないけどな?
「お義父さん」っていうのは、そんなもの比べ物にならないほど恐ろしいんだよ!
「姫巫女」を凌駕し、「勇者」を従え、神にも認められた立場であってもそんなことは一切合切関係ないんだ。
たぶんにらまれたら縮み上がる。
いろんなものが。
「……いいなあ、クリスティナ姉さま。私はまだ一年かかります」
「クリスティナ王女殿下に、私の事を認めてもらえるかどうかが問題ですね……」
サラとセシルさんもなんか不穏な事を言っている。
まあクリスティーナとこの二人がまさか仲違いすることはないだろう。
たぶん。
きっと。
……そうならいいなあ。
「まあお義父さん絡みは納得できなくもないけどさ、師匠。それならもっといくらでもやりようはあるでしょ? なんでクリスティナ王女殿下との決闘にそこまで拘るのさ。本当の理由教えて?」
セトは誤魔化しきれないか。
いや大したことじゃないんだよ。
たぶん聞いたらセトだけじゃなくて、サラもセシルさんも呆れる。
だけど最初期の俺のやる気を支えたのは、サラのお願いやセシルさんの支え、セトの協力も大きかったけどな?
実はこの理由が一番、俺を突き動かしてたんだよ。
王女の着替えを覗いて決闘を申し込まれ、返り討ちにしてからのヒロイン化という、テンプレイベントを達成する!
それこそが俺の、一周目からブレない大目標なんだ。
それを今こそ、今こそ達成する。
そうしてこそ、やっと俺のこの世界での冒険譚の幕は上がる。
待ってろよ、クリスティーナ!
風邪ひく前に行ってやるからな。
たぶんいちばんの拷問は今夜になるだろうけれど、それだけはなんとしても耐えるつもりだ。
「神前裁判」で、クリスティーナがすでに「姫巫女」じゃなくなっていたら大騒ぎだ。
それこそ御義父様に撲殺されかねない。
いや今でも十分やばいけど。
……あれ?
……ちょっと待てよ。
もしも万が一、「姫巫女」の条件が上級ユニコーン理論に基づいていた場合、一年前からクリスティーナはもう、「姫巫女」じゃなくなっている可能性もあるのか?
もしもそうならクリスティーナ、理由もわからず大混乱してるんじゃないのか。
やばい。
「貴方が貴方と出逢うまで、クリスティナ王女殿下が「姫巫女」であってほしいと思っているのであればそうなっていますよ。この世界は貴方が再構築したものであることをお忘れですか? 例えこの世界の神であっても、「終わった世界」であったことを知る術はありません。大丈夫ですよ」
そうか、それならよかった。
一瞬クリスティーナが理由もわからず「姫巫女」の力を失って泣いていたらどうしようと思った。
そうなら後は言いたかった台詞を一通りいうだけだな。
「やれやれ、女の子と戦うのは気乗りしないんだけどな」
で戦闘開始して、あっさり勝利した後に
「こっちの世界の女の子ってこんなに強いの? びっくりしたよ」
って言いながらクリスティーナの手を取って立ち上がらせて完成だ。
さてと、そろそろ行きますか。
ひさしぶりのはじめましてだ。
101回目では決めれなかったけれど、今回は間違いないはずだ。
102回目の求婚なんてちょっと締まらないけど、まあいいさ。
俺以外にとっては最初の求婚だし、俺はいまだ不敗の魔法遣いだ。
そしてそれは、これからも揺らぐことはない。
俺はクリスティーナとともに、これからもずっと一緒に「絶対不敗の魔法遣い」として在り続ける。
――fin
もとい。
あとタマ。
なんでお前が「終わった世界」で俺とクリスティーナが何してたか知ってるのかはあとで吐け。
――fin
次話 余話 LOOP THE END 【sideクリスティナ―続く日々】




