第54話 101周目 【勇者蹂躙】
目が覚めた。
今腕の中にいるクリスティーナを、もう二度と泣かせたり怯えさせたりはしない。
「死に戻り」の使い方に覚醒しておきながら、頭をすっ飛ばされたくらいで意識を失うなど、油断が過ぎる。
いや言い訳を言わせてもらえれば、意識の置き場所というか、頭をすっ飛ばされようが全身を微塵に砕かれようが「死んでいない」と認識することにまだ慣れていないのだ。
致命傷では死なないという程度はイメージ出来ていても、頭をまるごとすっ飛ばされても「治せばいいだけ」というイメージを確立できていなかった。
あっさり「死に戻り」のトリガーを引かなかったことだけは僥倖だったが。
そのせいで万一取り返しのつかないことになっていたら、言い訳もへったくれもないのでタマには感謝する。
なんか意識を失っていた間に、タマ以外にも助けてもらったような気がするがはっきりしない。
まあ気のせいだろう。
「いや貴方はクリスティナ王女殿下やサラ王女殿下、セト少年が本当に危険な状況になれば、私に煽られなくても戻ってきていたとは思いますよ。最悪ともなれば「死に戻り」してしまえばそれまでですし。あの田舎――失礼。この世界の勇者では、貴方の「死に戻り」をどうにかする力はありません」
タマ思いっきり煽っていたもんな。
勇者様、怒りのあまり表情抜け落ちて顔白くなっていたし。
それは確かに事実だろう。
だけど――
「それじゃ遅い」
思ったよりも低い声が出た。
我ながらかなり頭に来ているな。
左肩のタマが興味深げに俺に視線を投げ、腕の中のクリスティーナが本当に嬉しそうに俺を見上げてくる。
クリスティーナは俺が言わんとしていることを理解してくれているのだろう。
やきもちがバレバレなのはいいことなんだか、そうじゃないんだか。
「最悪「死に戻り」? バカ言うなよタマ。世界を再構築してやり直そうが、次周では勇者に何もさせる間も与えずに瞬殺でぶち転がそうが、さっき泣かされたクリスティーナは無かった事にはならない。クリスティーナ本人含めて世界中の誰もが覚えていなくたって、俺が、肝心の俺が覚えている」
言っていて余計腹が立ってきた。
俺が頭すっ飛ばされてから意識を取り戻すまでに何分あった?
その数分間で、勇者がその気になったら何が出来た?
実際にやった、やらないではない。
やられた可能性がある時点で、俺としては大失態だ。
タマが煽って繋いでくれていなければ、本当にどうなっていたかわかったものじゃない。
固まっている勇者に向き直り、改めて宣言する。
「もうやだこの国と言われた神の国に言い伝えられる、とある聖獣の名言を教えてやる」
ただでさえ混乱しているであろう「勇者」が、困惑の表情を浮かべる。
何を言っているかわからないだろう。
そんなことはいいからとりあえず聞け。
「可能性があったらそれはもうアウトなんだよ! 心から同意だこの野郎! 毛先程の可能性も残さず、俺の女を奪おうとするやつは消し飛ばしてやる! 俺の仲間に害為す可能性の芽は、視界に入ったからには丹念に摘んでやる。覚悟しろよ「勇者様」! 俺こそがお前にとっての「大いなる災厄」だ!」
徹底的に蹂躙してやる。
何が起こったかわからないうちにやられていました、なんてことは赦さない。
クリスティーナにしたことの報いはきっちり受けさせる。
言っていたな勇者様。
痛い目見ないとわかんねーのかな、と。
そっくりそのまま返してやる。
今「勇者」としてお前を支える全てを、根っこから圧し折ってやる。
「うるせえこのキ○ガイ野郎! ネイ、全開でぶち込めえ!」
余裕がないな勇者様。
先制攻撃は定石と言えば定石だが、お約束で言うなら負けフラグでもあるぞ。
特にその一撃で仕留められなかった場合は「なん、だと?」という羽目になる。
あとキチ○イ言うなこの野郎。
自覚が無くもないから意外と喰らう。
「さっき完膚なきまでに無効化されたのに、芸がありませんねぇ」
タマの語尾が「ねぇ」の時は万全の攻撃態勢の時だ。
味方のはずの俺の心も折られる位だから、勇者にはご愁傷様だ。
「大丈夫だよ、クリスティーナ。俺はここから一歩も動かない。一歩も動かないまま、完膚なきまでに勇者を叩きのめす。安心して見ていて」
「はいっ!」
俺が「魔法近接戦闘」を起動することを想定し、右腕にしがみつく力を強めたクリスティーナにちょっとカッコつけたら、微塵も疑われることなく全開の笑顔で頷かれた。
慎重に進めよう。
これで回避しなくならなくなったり、あまつさえ喰らったりしたらカッコ悪いなんてものじゃない。
全開でぶち込めと言われたネイという聖女は、その命令に忠実に従っている。
大曼荼羅か、セフィロトの樹かと見まがうばかりの巨大魔法陣が幾重多重に起動され、一斉に射撃体勢に入っている。
闘技場を覆わんばかりの巨大な魔法陣だ。
そりゃ「姫巫女」と同格である「三聖女」の一角が使う魔法なのだから、当然か。
本来であればどんな対象であっても斃し得る、絶対の攻撃なのだろう。
だが俺は「三聖女」の中でも「攻」を司る、「姫巫女」の力を受けきった存在なのだがな。
勇者の中では、相変わらず再生能力が高いだけの化け物とでも思っているのだろうか。
頭では無理なら、身体ごと消滅させればそれでいいという程度の考えなのかもしれない。
なまじ最初に頭をすっ飛ばせたから、なんとかなると思ってしまうのかな。
そこから復活したという都合の悪い事実からは、目を背けるしかないわけか。
これをクリスティーナの「姫巫女」の力で消し飛ばすのも面白いだろうけど、ここは「俺の力」で無効化するのが一番効果的だろう。
勇者の力も、三聖女の力も、悉く俺に届かない事をはっきりとわからせてやる。
俺の全身から浮かび、揺れる蛍の様に、幾つもの光の粒子が立ち昇る。
世界を再構築することが可能な、「死に戻り」の力の根源だ。
「上書の光」
こればかりは能力管制担当に頼ることなく俺が制御する。
己を再構築しようとするのであればそれなりの集中力も擁するが、この世界の理に根ざす、ありとあらゆるを消し飛ばすだけなら発生させて、当てればそれで済む。
撃つ前に無効化してなんかやらん。
はっきり通じない事を目の当たりにしてもらう。
闘技場中を覆い尽くすほどの光量と、大きすぎるが故に逆に無音かの様な轟音が場を埋め尽くす。
それらの魔法による飽和攻撃を、いく粒かの光の粒子が音もなく消し去る。
聖女の無限の魔力に支えられ、相手を倒しきるまで照射が終わらないはずの「大魔法」が、その魔法陣ごと無かった事にされる。
これで勇者の攻撃方法は、いかにも勇者っぽい剣で俺に斬りかかる事だけだ。
「はい次」
今度こそ口を開けて呆然とする「勇者」に、わかっていながらもう次はないのかを確認する。
「こ、こんな……」
なん、だと……ではなかったことは評価しよう。
「――もうないのか。じゃあもう死ぬか」
ゆっくりと飛ぶ「火球」を発動する。
本来の勇者であれば、取るに足りない攻撃のはずだ。
だが自分の持つ「矛」の力がまるで通じなかったことに動揺する勇者は、自分の持つ最大の「盾」に頼る。
「アリア! 絶対防御殻だ!」
自分が殴り飛ばした聖女が、自分の命令を聞くことを全く疑ってもいない。
力に溺れるとああなるのか。
強大な力を持つがゆえに、俺も他人事ではないな。
またアリアと呼ばれた教皇庁に属していた「聖女」も、当然のようにその指示に従う。
彼女らにとってはそれが当たり前なのだ。
クリスティーナだって、初めて俺の首を切り飛ばした時はあんな風だった。
腕の中のクリスティーナを抱き寄せて再確認する。
クリスティーナの方も、強くしがみ付いてくる。
クリスティーナもわかっているのだろう。
あっち側に自分がいたかもしれない可能性を。
アリアの手により、教会のステンドグラスの様な障壁が勇者の前に形成される。
本来であればありとあらゆる攻撃を遮断するはずの絶対の盾。
「姫巫女」の技とぶつかれば、「矛盾」の答えが見られるかもしれないそれを、俺の「上書の光」は薄紙を燃やし尽くすように掻き消す。
「があああああああああ、消せ、治せ、ネイィィィ!」
呆然としているところへ着弾した「火球」に火達磨にされ、転げまわる勇者。
さすがに最低限は鍛えているようで、通常の威力で放った「火球」一発で死ぬことはなかった。
これでも普通の人間や弱い魔物なら一撃だから、大したものなのだろう。
もしかしたら身に付けている勇者然とした衣装に、俺の服と同じような防御効果が付いているのかもしれないが。
さすがに「聖女」の「癒し」は強力で、あっという間に火傷や怪我は治っている。
だが今叩き込まれた激痛と、何よりも防ぎ様がないという事実は勇者にダメージを与えただろう。
「さすが勇者様。主の「火球」に耐えるとは相当鍛えられておりますねぇ」
タマ怖い。
こんなのが敵の左肩に載ってたら泣く。
「く、くそ、なんとかしろネイ、アリア! この国の兵士どもは何をしている? 勇者様が襲われているのに助けないとは何事だ!」
「おやその聖女や兵士では何ともならない相手をするのが勇者様なのでは? 勇者様がどうにもできない相手を、他の人がなんとかできるはずありませんよねぇ」
よーしちょっとタマ黙ろうか。
どう聞いても圧倒的な力を持って勇者を蹂躙する魔王ポジですあなた。
絶好調なのはわかるけど勘弁してあげて。
俺も赦すつもりはないけど、なんというかほら、クリスティーナとか、辿り着いたセトが引いちゃってるから。
「……」
不足そうにすんなよ!
ここからは俺が追い込むから、任せろって。
そう、もっと紳士的に。
「さて勇者様。勇者と聖女の攻撃は俺には通らない。勇者と聖女の防御では俺の攻撃は防げない」
たった今見せた事実を、言葉にして勇者に伝える。
一歩も近づいていないのに、勇者が後ずさる。
「どうする?」
「うわあああぁぁ! ネイ、逃げるぞ! 「転移」だ!」
「転移」すら自分では発動できないのか。
本当に「勇者」というだけなんだな。
もしかしたら剣技とか、勇者専用魔法があるのかもしれないけれど。
セトが視界の端であちゃーという顔をしている。
セトはよく知ってるよな、「転移」で俺からは逃げられない事を。
忠実に命令に従って発動された「転移」が勇者と聖女二人の姿を一瞬消すが、能力管制担当が当然黙って逃がすはずもない。
瞬時に「妨害」が発動して、三人を空中から地面へ落す。
「逃げられない」
こちらへケツを向けて地面に落ちた勇者に事実を告げる。
絶望的な瞳でこちらを振り返り、やけくその様に勇者の剣で斬りかかってくる。
「あああああああああ、死ねええぇぇぇぇぇぇぇ!」
まだ戦う意志が折れないのは、ある意味大したものなのかもしれない。
七色のエフェクトを纏い、幾重にも重なって斬りかかってくるこれは間違いなく勇者としての技なのだろう。
この状況で使ってくるからには、必殺の技に違いあるまい。
少なくとも「勇者」としての鍛錬は怠っていないという事だ。
だが俺の「上書の光」は、その技すらも勇者の剣ごと消し去り、振りかぶっただけの勇者が距離を詰めた分、俺の至近距離で立ち尽くす。
「通じない」
再び事実を告げる。
「手持ちの札はそれでお終い?」
口をパクパクしている勇者に、静かに確認する。
「ゆ、許してくれ……暴言も態度も謝る、だから……」
「赦さない」
言葉を続けさせずに、一刀両断する。
許すわけがない。
許せるわけがない。
「お、俺は勇者なのに……正義なのに……」
俺の目の前にへたり込んで、「勇者」がぶつぶつ言っている。
ここで正義を口にするか。
まあ「勇者」は「勇者」なりに正義を執行してきたのかもしれないが、俺にはそんなことは関係が無い。
最初に俺の頭をすっ飛ばすようなことをせず、話し合いで来られていたら俺は弱みもあったのだ。
ぽっと出の異世界人がクリスティーナに惚れたからと言って、世界を維持する仕組みである「勇者と三聖女」を崩そうとしている。
勇者に協力して、有事には協力したって一向にかまわなかった。
それを一方的に喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだ。
俺の「異能」が無ければ初手で死んでいたことをされているのだ。
こちらにも慈悲はない。
何よりもクリスティーナを泣かせて、怯えさせやがったからなこの勇者様。
だけど……
「よく似ているよな、勇者と俺は……」
もはや震える身体を隠そうともしない勇者に、俺は話しかける。
つい数分前までの傲岸不遜な表情はすっかり消え失せ、恐怖に汚れた整った顔がそこにはある。
これは一つ間違えれば、俺そのものの姿だ。
クリスティーナとタマ、セトは何か言いたそうにしているが、確かにこれは一つの合わせ鏡なのだ。
「本来自分の物ではないふってわいた力でやりたい放題なのはお互い様だ。だから俺はアンタが正しいとか、間違っているとかを語るつもりはないよ」
もうちょっと真っ当なら、協力できたかもしれないのにな。
だけどもう無理だ。
そこは譲れない。
「だから今から俺が勇者を殺すのは、俺が正しくて勇者が間違っていたからじゃない。俺の方が強くて、勇者の方が弱かったからだ。弱いのに俺のクリスティーナを泣かせたから、今から勇者は死ぬ」
そこは何を言っても変わらない。
かならず「勇者」はここで殺す。
後日、クリスティーナや俺の大事な人たちに害為す可能性のある者は、確実にそれができない状態にする。
俺にその可能性を見せたことが、「勇者」の死刑執行書へのサインだったのだ。
「俺は勇者と何も変わらない。勇者は己の欲望を忠実に実行するロクデナシ同士の殴り合いに負けたってだけだ――だからこそ慈悲はない。――諦めて死ね」
誰も動かない。
クリスティーナも、セトも何も言わない。
タマでさえ沈黙を守っている。
今この場にいる一番強いものが決めたことに、口を差し挟むものはいない。
こんな光景が、いつか俺にも降りかかるかもしれない。
それだけは覚悟しておくべきだろう。
そうならないように努力をする為にも。
そう宣言して、「上書の光」を「勇者」の方へ飛ばす。
これが触れれば、「勇者」はこの世界から完全に消滅する。
不当に従う事を強要されていた「三聖女」も解放される。
「勇者と三聖女」が対峙するはずだった「大いなる災厄」には俺がきちんと対峙する。
万が一俺がそれに負けるにしても、俺に勝てない「勇者と三聖女」でもどうにもならないだろう。
これで今のところ、めでたしめでたしだ。
「い、いやだ、死にたくない、死にたくないよ……助けて、誰か……」
もはやみっともなさを隠すことなく命乞いをする勇者の声に、俺が耳を傾けることはない。
勇者の言葉は、俺には響かない。
止め得るとすれば……
誰もが凍りついたように動けない中、ただ一人だけが動いた。
なにものをも消し去ることを証明した俺の「上書の光」の前に小さなその身体を晒し、勇者に届かないように両手を広げて立ちふさがる。
俺とは目を合わさずに、否定するように小さな頭を左右にぶんぶんと振る。
「ネ、ネイ……」
勇者にネイと呼ばれた少女が、俺の前に立ちふさがる。
「お願い、「勇者」様を殺さないで」
消え入るような、涙と恐怖に震えた声で、それでもしっかりとネイと呼ばれた少女は俺に懇願した。
次話 101周目【絶対不敗の魔法遣い】
12/8投稿予定です。
もうすぐ最初に思いついた着地点です。
今週末には辿り着きます。
その後のセトの話とか、世界を回る話とか、何でもない日常の話とか需要あるのかしら。




