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いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト~  作者: Sin Guilty
最終章 絶対不敗編

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第52話 101周目 【101回目の決闘-決着 下】

 奥の手であった八大竜王召喚からの竜化(ドラゴカルナティオン)は「姫巫女」の力の前に敗れ去った。


 行けると思ったんだけどな。


 実際、今までどうしようもなかった乱舞する刀剣を、半分くらいまでは砕き得た。

 ()()()()()()()()クリスティーナに届いたと思う。

 

 まさか八大竜王本体の方を直接叩くとは予想外だった。

 いやそれもある程度想定していたけど、あんな一瞬で本体を八体とも仕留められるとは。


 というか大丈夫なんだろうか、竜王たち。

 ああみえてご高齢の方々だし、何百年レベルで「苦痛」なんて与えられたことが無いから、生きていたとしても相当びっくりしているだろう。


 竜化(ドラゴカルナティオン)こそ解けてしまったが、義眼に映し出される|広域哨戒

《エリアサーチ》は彼らの生命反応を捉えている。


 即死でなければいずれ回復するだろう。

 あっさり落されたように見えても、彼らは魔物(モンスター)の頂点に位置する生命体だ。

 そうそう簡単に死にはしない。

 もしもクリスティーナが本気出していたら、それでも瞬殺されていたんだろうか。


 竜王達には、あとで文句を言われそうだ。


 体内に竜王たちの血を取り込むことによって、俺の竜人化(ドラゴライズ)は実現している。


 「竜王の血」はそれ自体が竜王の分身みたいなものらしく、それが俺と一体化することで、どうも「死に戻り」の記憶を持っているんだよな、あの爺様達。


「あんな技がまだあったんだな、クリスティーナ」


 とはいえ「姫巫女」の力を読み違えていたのは確かだ。

 今俺の全周を囲んでいる乱舞する刀剣。

 これが「姫巫女」最大の技であり、これをどうにかすればいいと思っていたがそうではなかった。


 八大竜王の巨体をも開きにしてしまえる巨大な刀剣を召喚できるとかちょっと桁が違う。

 あれを俺が喰らったら、開きにされるのではなく蟻の如く潰される。


 ぷちっと。


「あれはもう、ツカサ様には通用しない技ですよ。「見斬」――「姫巫女」の目が捉えたものを、一刀両断する、()()()です」


 クリスティーナが教えてくれる。


 ああ、俺が何度も開きにされたあれを、竜王に使ったらああなるのか。

 そりゃそうか、あの巨躯に対人間用の刀剣刺しても爪楊枝が刺さったことにしかなら無いわな。

 

 相手に応じて、それを倒し得るだけの攻撃力を刀剣と桜の花弁の形で、炎を纏わせて顕現せしめる。


 「姫巫女」の力の本質はそれだ。


 三桁になるまで繰り返し負けてきて、さすがの俺も気付いていた事だ。

 いや最初に気付いたのはセトだったけれど。


「瞬殺されなくなってからも、師匠のステータス? だっけ? は、周を重ねるごとに鈍化してきているとはいえ前周とは比べ物にならないくらい強化されているんだ。にも関わらず、毎回いい勝負をしたうえで、結局負けに至っているように感じる。同じ技であっても」


 これはまだ俺が「姫巫女」の目を切りきれなくて、開きにされる状況を脱せていなかった頃、セトがした考察だ。

 数周前の師匠が耐える事ができた斬撃であれば、今の師匠には傷ひとつ付けることが出来ないはずだ。

 なのに毎回、数枚上を行かれていると感じると。


 つまり「姫巫女」、いや「勇者と聖女」のシステムは、何があっても絶対にこの世界(ラ・ヴァルカナン)を護り切れるものであるという事だ。

 

 ゲームを、中でもロールプレイングゲームをこよなく愛した俺はぴんと来た。


 これはいわゆる「負けイベント戦闘」ってやつと同じ事だ。


 そのイベントが起こる時期の適正なレベルで挑めば瞬殺され、意地になったプレイヤーがあらゆる手段でレベルを上げて挑んだとしても、それを上回るステータスや、時には大技なんかで結局は負けるしかない、物語を破綻させないための仕組み。


 この世界(ラ・ヴァルカナン)が定める(コトワリ)そのものとも言える。


 世界を守るのは勇者である。

 それを助けるのが「三聖女」である。

 「勇者と三聖女」に敵う物はこの世界(ラ・ヴァルカナン)には存在せず、故に必ず世界(ラ・ヴァルカナン)は継続する。


 「聖女」――「姫巫女」は勇者のものである。


 そもそもゲームに例えて言うのであれば、俺はプレイヤーですらない。

 この世界(ラ・ヴァルカナン)にとっては、存在そのものがバグみたいなものだ。


 そんな存在に、世界(ラ・ヴァルカナン)の根幹に関わる「姫巫女」を奪われるわけには行かないという事だろう。


 外の世界から来たイレギュラーのせいで、本来あるべき物語を破綻させる訳には行かない。


 クソくらえだ。

 絶対に俺は「姫巫女」からクリスティーナを解放してみせる。 


 ここまで即応力が高いとは思っていなかったから、突然前周までと桁違いの力で挑めば出し抜けると思ったが甘かった。

 あのまま竜化(ドラゴカルナティオン)で押していっても、あと一歩のところでこちらが押し切られることになるのだろう。


 「姫巫女」の力を読み違えていたのはそこだ。


 それこそ1周目の攻守を逆にしたような、一瞬でクリスティーナの意識を狩るようなやり方でも無い限り、「姫巫女」を凌駕することはこの世界(ラ・ヴァルカナン)において不可能なのだ。


 だがそれでは意味が無い。

 

 クリスティーナを「姫巫女」から解放するためには、そんな騙まし討ちのようなやり方で勝っても意味は無いのだ。

 正面から「姫巫女」の力を凌駕する必要がある。

 

 だがそれは不可能な仕組みになっているわけだ。


 ――詰んでいる。


 100回もやり直してやっとその結論に至るというのも間抜けな話だが、俺の「死に戻り」と、与えられた能力(チート)である「経験累積」と「成長限界突破」を駆使して何百周しようが、その力を基準に「姫巫女」が数枚上を行くという仕組みであれば、どれだけ強くなっても追いつけない。


 逃げ水を追う様な物だ。


 永遠に倒せることなく、繰り返すしか無い。

 繰り返しの中での逢瀬を俺とクリスティーナの全てとして、どちらかが擦り切れるまで繰り返す。

 それでよしとするしかない。


 俺がこの世界(ラ・ヴァルカナン)に放逐される時に危惧した永久ループに陥っているという訳だ。


 その繰り返しとて、世界(ラ・ヴァルカナン)にしてみれば想定外なのであろうが、俺も世界(ラ・ヴァルカナン)も手詰まりだ。

 逃げ水を追うというよりも、千日手を繰り返しているといったほうがいいかもしれない。


 だが。


 だが一つだけ、抜け道がある。


 能力(チート)の使いかたを間違っていたのだ俺は。

 イベントで負けが決まっている戦闘に、いくら数値を能力(チート)で上乗せしても敗北に収束するのは当たり前だ。


 そもそもこの世界(ラ・ヴァルカナン)で生きていく為に、「創造主一派(シ○ッカー)」から与えられた能力(チート)は、この世界(ラ・ヴァルカナン)に根ざしたものだ。


 それで世界(ラ・ヴァルカナン)(コトワリ)を覆そうとしても無理に決まっている。


 だが俺には世界(ラ・ヴァルカナン)とまるで関係の無い、この世界(ラ・ヴァルカナン)へ来ることになった原因の「異能」がある。


 「死に戻り」


 それは世界(ラ・ヴァルカナン)(コトワリ)に縛られていない。

 だからこそ100回にもいたる繰り返しを、この世界(ラ・ヴァルカナン)(コトワリ)は止めることも、排除することも出来ないでいる。


 以前にも何度か考えた事が会ったが、俺の「死に戻り」の異能の正体って何だ?


 セーブ&ロードでもない。

 マイクロブラックホールを通じて、今の俺の記憶が過去の俺に送られている訳でもない。

 時間が巻き戻っているわけでも、別の世界線へ移動している訳でもない。


 ――だったら?


「ツカサ様……また必ず逢いに来てくださいね?」


 クリスティーナが寂しそうに、でも希望を失っていない表情で俺に語りかけてくる。

 この周はもう終わり。

 そう思っているのだろう。


 この状況では仕方が無い。


 それでも今まで夢に見たことが無い大技を俺が出してきたことで、一縷の希望を持ったのかもしれない。

 クリスティーナは自分の力であるからこそ、「姫巫女」の力の在り方には気付いていただろうに。

 

 だからあんなに、「神前裁判」前の一夜を確保できた事を喜んだのかな。

 永遠に繰り返す、あの夜を自分の全てとして続けていこうと思っているのかもしれない。

 それでも幸せなんだと。


 ああ、だからあんなに甘えて来るんだ、俺の我慢が限界突破する勢いで。


「また来周ですね」


 おいこらクリスティーナ。

 何を上手い事言ってるんだ、気が抜けるだろ。


「いいや、今回できっちり勝つぞクリスティーナ!」


 あ、また小さくため息ついたな。

 結構へこむからから、やめてもらえませんかね。


 まあ確かに、ここから何とかする手段なんて無いように見えるだろう。


 奥の手である八大竜王による竜化(ドラゴカルナティオン)も崩された状況。

 死角無く全周を覆っている刀剣が殺到すれば、完成した「魔法近接戦闘(M.C.Q.B)」であっても躱しようが無い。

 「姫巫女」の技は「魔法」のこと如くを無効化してしまうから、すべてを躱すか、竜人化(ドラコライズ)竜化(ドラゴカルナティオン)による竜の(オーラ)や、神器級の防具で数発を弾くしか手が無い。

 防御魔法や回復魔法ごと叩ききられるので、喰らったら終わり。


「来い! クリスティーナ!」


 ここで遠慮するクリスティーナでは無い。

 いつも通り必殺の攻撃が俺に殺到するだろう。


 ――タマ。


 ――能力管制担当(左手のグローブ)


 俺の考えてることはわかるよな?

 どうせ俺の「死に戻り」の異能の発動も、お前らが上手くフォローしてくれていたんだろ?

 俺の認識が間違っていなければ、使いかたが変わるだけで、できるはずだ。


「確かにそういう使いかたも出来るのかもしれませんがね。言ったでしょう、その能力は我々にも未知数なんですよ。それについては貴方がすべて制御しているので、我々はフォローなどしていませんよ。そういう使い方をしたいなら、出来ると思っているのなら、貴方がしっかり制御してください」


 ええ、そうなの!?

 いきなり自信が揺らぐんだけど。


「しっかりしてください。きっと出来ますよ、貴方なら」


 それ丸投げじゃないよな?

 ちゃんと信用してくれてるんだよな?


「はいはい」


 くっそタマこのやろう。

 やってやろうじゃないか。


 p(・∩・)q I believe in you.


 お前だけは味方だよ、能力管制担当(左手のグローブ)


「心外ですね、私も常に貴方の味方ですよ」


 だったらもう少し優しくしてください。    

  

 殺到してくる刀剣に対して、「魔法近接戦闘(M.C.Q.B)」を全開でぶん回して右へ飛ぶ。

 当然死角なんか無いから、数発を急所へ喰らう。

 

 ――痛ってええええ!!!


 竜人化(ドラゴライズ)を継続していても、()()()はやはりそれなりに痛い。

 このときだけ「思考加速アクセル・コギタティオ」切れないかなと毎回思う。

 苦痛も引き伸ばされるんだよこれ。

 ほんとつらい。


 いつもはこれで、意志が折れていないことをクリスティーナに伝えてまた来周だ。


 だが今回はそうならない。


 どうやら成功だ。

 発動の鍵は「死」に限らない、俺の絶対の意志によっても可能なのだ。


 ()()()を喰らいながらも、躱すルートのある右側へ突き抜ける。

 

「ツ、ツカサ様! 今のって……」


 技を行使している当人である「姫巫女」、クリスティーナには今の手応えが伝わっているのだろう。

 確実な致命傷を与えたという事を。


 そのはずなのに俺はまだ健在で、再び神速の戦闘機動へと突入する。

 この動きを、クリスティーナが目で追いきれないことはもうわかっている。

 

 俺の身体を再構築する、光の粒子を軌跡にひきながら高速機動を続ける。


 クリスティーナの死角へ、死角へと。

 定期的に「魔法」で残像(デコイ)を残すことも忘れない。


 基本自律機動で敵を切り裂く「姫巫女」の技だが、クリスティーナの目が捉えた対象にも当然反応する。

 ファンネルを散らすのは基礎戦術だ。


 うわえっぐ、光の粒子が出てるの頭と首と心臓だよ。

 殺意全開の攻撃だな。


 クリスティーナの愛を疑いたくなる。 

 冗談だが。


「やって見せましたね」


 見たかタマ。


 これが俺の、「負けイベント戦闘」攻略方法だ。

 どうしても喰らう、喰らったら終わる攻撃だというのなら、その瞬間に「死に戻り」をすればいい。


 俺の「死に戻り」が世界をすべて再構築するものだと仮定すれば、俺の意志が生きている以上、死の瞬間に再構築する事も可能なはずだと思い至った。

 

 死んだと思わない。

 己の死を認識しなければ、セーブポイントとでも言うべきこの世界(ラ・ヴァルカナン)に来た瞬間を再構築するのではなく、致命傷を食らっていない俺を再構築することが可能なはずだ。


 正確には「死に戻り」では無いが、本来であれば死んだ瞬間に十全な状態の俺を再構築する。


 これが可能かもと思ったのは、毎度致命傷を喰らった後にクリスティーナに何か言うタイムラグみたいなものが何度もあったからだ。

 負け惜しみ言って死んでる暇があったら、その瞬間に生き返れないかと思った。


 無効化される「魔法」によってではなく。


 ものすごく痛いが、何とか成功した。

 これでもう、この世界(ラ・ヴァルカナン)(コトワリ)は俺を縛れない。


 「聖女」――「姫巫女」以上の魔物(モンスター)が出てきても、このやり方で倒しきれる。


 あとはクリスティーナの懐に潜り込んで、そのことを実証するだけだ。


 躱しきれなくて、何度も()()()を喰らうが、歯ぁ喰いしばって耐える。

 このやり方は、痛みや他の理由でも俺が意識を手放したらお仕舞いだ。

 だからこそ、極力被弾は抑えなければならない。


「この光って……」


 ああ、喰らい過ぎて光の粒子の軌跡がクリスティーナの周りを覆っている。

 この光見た事あるんだな、クリスティーナ。


 詰まっていくクリスティーナとの間合いに比例して、被弾も増える。

 

 くっそ頭がぼうっとなってくるくらい痛ってぇ。

 だが男は我慢。


 あと5メートル。


 あと3メートル。


 あと1メートル。


 クリスティーナの至近距離でも、躊躇無く必殺の攻撃叩き込んで来やがるな、刀剣どもめ!

 非殺傷圏とか無いのかよ畜生。


 だけど届いた。

 届いたぞちくしょうめ。


 体中に数十本の剣を突き立てられながら、俺はクリスティーナの背後から、できるだけやさしく右手を口に回す。

 俺の右掌がクリスティーナの口唇に触れた瞬間、俺に殺到していた刀剣の動きが全て停止した。

 この距離からなら、「姫巫女」を一瞬で無力化できる。

 それがわかったから、手を抜くのではなく、クリスティーナは自分の意思で「姫巫女」の技を停止した。


 勝った!


 101回目にしてやっと勝ったぞ。

 もう僕は死にません。

 

 だけどここで意識を手放したら振り出しだ。

 激痛に耐えながら、身体の再構築を間違いなく行う。


「ツカサ様……」


「……な、今回で勝つって言っただろ?」


 ここは死んでも余裕を見せるべきところ。

 死んだらダメだか。


 俺の手の中で頷きながら、右掌をまた舐めるクリスティーナ。

 びっくりするだろ。


 しかしクリスティーナ、舐め癖あるのかな。


 でもその感覚が、やり遂げたことを実感させてくれる。


 多分泣いているクリスティナを振り向かせて、ずっとお預けを喰らっていたくちづ――――










 濁った音が、クリスティナの背後から聞こえる。

 何か暖かいものが、後頭部から背中にかけてかかった事が、クリスティナにはわかる。


 クリスティナの口にやさしく回されていたツカサの手が、びくんと震える。

 

 ――どうしたのかしら、ツカサ様。


 そう思って、振り返ったクリスティナの動きに押されて、力が抜けたツカサの身体がゆっくりと後ろへ倒れてゆく。


 「……や」


 そのツカサであった()()には首から上が無く。

 クリスティーナの背面はその血に濡れている。


「――やぁあぁぁ」


 あまりの事に大声にも届かないクリスティナの叫びに押されるように、首の無い体は地面に倒れ伏し、血だまりを作り始める。


「聖女は俺のもんだっつーのに、何いちゃこいてくれてんだこの馬の骨は」


 空中に浮かぶ、男のシルエット。

 その背後には二人の女性のシルエットも見えている。


「再生能力が文字通りバケモノみたいな魔物(モンスター)はいくらでも居るからな。そういうのは核ふっ飛ばせば大概終わる。人型でみたのは初めてだが、頭ふっとばしゃさすがにもう再生しないだろ」


 そう語る男は、金髪碧眼の絵に描いたような色男。


 その背後の女性二人も、いずれもクリスティナに勝るとも劣らない美しい女性だ。

 一方はジアス教の正装に身を包んだクリスティナと同じくらいの美女。

 もう一方は冒険者が身につけるような質素な服に身を包んだサラとお同じくらいの美少女。


「つか「聖女」の一人である「姫巫女」とガチでやりあえるって、こいつが「大いなる災厄」ってやつか? そうなら()()使()()はもう終わりってことなんだが……」


「わかりません」


 ジアス教の正装に身を包んだ美女がそっけなく応える。


「ふん、「聖女」なんつってもつまらんもんだな、お人形とそう変わらん。まあいいや、「姫巫女」ちゃんはなんか感情豊かみたいだし、さっさと逢いにきときゃよかったなー」


 軽い調子で語っている。


 つまりこの男こそが「勇者」であり、後ろの二人は「三聖女」の「姫巫女」以外の二人だ。

 「姫巫女」が奪われる世界(ラ・ヴァルカナン)の危機に際して、颯爽と救いに現れたといったところか。


 ツカサの血溜まりの中から、その血に濡れた黒い小動物が這い出してくる。

 その金の双眸で、空中に浮かぶ男を見つめ、口を開く。


「は、ははは」


 笑っている。

 間違いなく猫でしか無いその顔に、喜色を満面に浮かべてタマが哄笑する。


「ははは、はは。はははははははははははははは! 最高のタイミングだ「勇者」様! 最後に足りなかった一押しをまさに貴様がやってくれた! 感謝しよう! 心から感謝だ!」


 小さなその身体全体で喜びを表現している。

 狂喜といっていい。


「な、なんだこいつ、小さいけど「魔獣」か? まあいい、憑いていた人間を殺されて何を喜んでいるのかは知らんが、「魔獣」であれば始末するまでだ」


 見たことの無い小動物の哄笑に気圧される様にしながら、「勇者」がいかにも勇者らしい剣を抜く。


「は? たかが一世界の勇者風情が誰にモノを言っているのです? 始末する? できるものならやってみせろ。まあその前に我が主がお怒りだろうから覚悟したほうがいい。貴様は踏んではならない尻尾を踏んだ。私はそれに感謝するが、貴様は後悔するがいい」


「なっ……」


 理解不能なタマの言葉に、あっさりとツカサの頭を吹っ飛ばしたはずの勇者がたじろぐ。


「あとクリスティナ王女殿下。何時まで呆けているのです。我が飼い主の伴侶たらんとする人が、こんな事でいちいち自失しないでいただこう。だいたい我が主の首をすっ飛ばすなど、貴方も何度もやっているではありませんか」


 勇者一同をほったらかしで、クリスティナに説教をはじめるタマ。


 呆然とした表情で、タマを見つめ、クリスティナが口を開く。


「タマ、さん?」


「そうタマですよ。貴女の愛する男の飼い猫で、貴女とは長い付き合いになるであろう(しもべ)です。もうあなたも我が主となることは確定なのですから、しっかりしてください」


 ため息交じりである。

 その主が首から上をすっ飛ばされて死んでいるのに、落ち着いたものだ。


「……ツカサ様が、私以外に殺されるのは嫌です」


「……さすが、いい具合に真性ですね。我が主の伴侶だけあるといっておきましょう。主はしんじゃ居ませんよ、その証拠に「世界は終わって」いないでしょう。まだ完全に使いこなせていないでしょうけど、すぐですよ」


 タマはツカサが死んでいるなどと毛ほども思っていないようだ。

 確かにツカサの死とほぼ同時にはじまるはずの、「世界の終わり」――「滅日」は始まっていない。


「貴女が泣いてますからね。ちょっと煽れば怒り狂ってすぐ戻って来ますよ。あなたが呼べばすぐじゃないですか?」


 元ツカサであった、首の無い身体が光の粒子に変わり始める。

 だがそれはクリスティナが何度もみたように、世界中に広がっては行かない。


 ツカサの()()が始まろうとしている。

 タマは満面の笑みでそれを見つめている。


次話 101周目【勇者降臨】

12/6投稿予定です。

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