第51話 101周目 【101回目の決闘-決着 上】
さあ101回目の挑戦が始まる。
どんな不可能事でも100回も繰り返せば101回目に奇跡が起こることを、とある偉大な先生が教えてくれている。
そのお話の時は先生ではなかったが。
今度こそ勝つ。
我「姫巫女」を倒さざれば死すとも死せず。
ある意味ほんとに死なない訳だが。
80回目から「神前裁判」の形で行われることにした俺と「姫巫女」の決闘だが、本当にそろそろ勝たないと、いろいろと俺が持たない。
あれだけの大見得切っておきながら、たかだか20回程度のやり直しで弱音を吐いている訳ではない。
倒すべき相手である本人に攻略法を聞くという暴挙にまで出て、ここのところは一方的な瞬殺ではなく、ちゃんと戦いの形になりつつあるのだ。
セト曰く「あ、新しいね……」
本人から聞いた弱点、苦手な事を骨子に攻略方法を試行錯誤するというのは確かに新しい。
だがなりふり構っている場合じゃないんだよ。
どうあれ前進を実感できれば、諦観に至ることはない。
そう言う意味においては、まだまだ折れるつもりも諦めるつもりもまるでない。
むしろ問題はただ倒すのではなく無力化することが目的故に、こちらからの攻撃力の調整が大変だという状況だともいえる。
俺がサツガイされるのは今更いいが、間違ってもクリスティーナをサツガイするわけにはいかない。
やり直せばいいとかそういう問題ではないのだ。
俺がそんなことをやりたくない。
そう言う意味では、クリスティーナには俺より重い負担を強いてしまっている。
どれだけ信頼し合っていても、好きな相手を殺すことが負担にならない人など居ない。
俺もクリスティーナもお互い大概だとは思うが、俺を毎回殺さなければならないクリスティーナのほうがやはりきついだろうと思う。
それでも諦めたりしないけどな、もう今更。
お互いにとってどれだけ負担が大きくても、本当にもう駄目になる瞬間までお互いを信じて続けると決めたんだ。
そこを疑うのはもうやめた。
それすら信じられないんだったら止めてしまえばいいという、セトの言葉は至言だと思う。
では俺の何が限界なのか。
80周目から「神前裁判」となったため、死に戻りのタイミングが延びた。
「神前裁判」は翌日朝一に即時承認され、王都周辺に告知された上で昼一に執行される流れだ。
よくもまあそんな短時間でこれだけの観客が集まるものだと思うが、昨日のセトとの「魔法指南」からの流れで、ほとんどは貴顕の連中だ。
その割には野次がゲスいと思うのは気のせいか。
まあいい。
そうなったおかげ、あるいはせいで、俺はクリスティーナが頑なに「禊」をしながら待っている「泉の間」へ「転移」した後、クリスティーナの私室で一晩一緒に過ごす流れになっている。
80周目の時は疲れて寝こけると言う、男としてそれはどうなんだと言う状況ではあるものの、まあ仕方が無かったといえる。
だか81周目から話が終わったら部屋に戻ろうとする俺を、あれやこれやでクリスティーナが引き止めるのだ。
やれ朝一緒に出て行かないと修道女たちが信じませんだとか、やれ禁忌破りを姫巫女として自由にする訳には参りませんだとかいろいろ言ってはいるが、つまるところ
「前の周の私だけツカサ様と夜を供にしてずるい」
という事で毎回押し切られる。
そして部屋で、全力で俺に甘えてくるのだ。
もうこれ以上俺は、クリスティーナのありとあらゆる誘惑に耐える自信が無い。
きちんとした生活を続けていたせいか、夜半には寝てしまうクリスティーナに、
「て、手を握っててくださいね」
といわれて手を握りながら、朝日が差し鳥のさえずりが聞こえて来るまで起きて耐えているのはもう無理だ。
肝心の決闘の時に眠いのはどうなんだと思うが、眠れないんだからしょうがない。
だから今回で必ず勝つ。
勝って我慢しなくてよくなるんだ俺は!
「いくぞおおおお!!!」
俺の身体を中心に旋回する、無数の巨大な氷柱をクリスティーナへ向けて全て撃ちこむ。
まずは第一段階、「姫巫女」が自動展開する防御系の炎術を無効化する。
そうしておかないと燃されるからな。
あれは熱い。
すごくつらい。
もはやどんな魔法をどれだけ使っても一日くらいは枯渇しないだけの魔力量に俺はなっている。
炎を纏った桜の花弁が舞い散る「姫巫女」の絶対防御圏へ、常に氷柱をぶつけ続ける事で相殺する。
「姫巫女」の技と魔法は強力でも、クリスティーナは戦闘の素人だ。
戦闘機動などできないし、基本強大な技と魔法で、俺を迎撃する流れになる。
向こうも無尽蔵に炎を纏った桜の花弁を召喚し続けているが、これでやっと俺は「姫巫女」に近接することが可能になったわけだ。
「がああああ!!!」
それを確認して、竜人化を発動する。
服でほとんど見えないが、俺の全身には竜の鱗が浮き出ているはずだ。
これで痛覚のほとんどを無効化し、俺の氷柱を少し押し気味にしている炎を纏った桜の花弁にも耐えることができる。
同時に「思考加速」と各種ブースト魔法を多重発動。
常時多重展開される巨大魔方陣を掌握し、体に取り込み続けることで神速の戦闘機動を実現させる。
その暴れ馬のようになった己の身体を、「思考加速」で制御する。
これが我が相棒である能力管制担当とタマが考案し、練り上げてきた「魔法近接戦闘」の完成系だ。
(・`ω´・)b M.C.Q.B(Magica Close Quarters Battle) accomplishment!
おお、これが出来ないと次が躱せないからな!
「姫巫女」の視線が捉えた空間に瞬時に大太刀を召喚し、対象を一刀両断する怖い技だ。
神速の機動で「姫巫女」の目を切り続けていなければ、あっという間に開きにされる。
何度されたことか……
いいや、今は躱せる。
恐れることは無い。
トラウマになんかなって無いぞ!
身に付けたあらゆる魔法を発動し、「魔法近接戦闘」を全開で続ける。
躱しきれないいくつかの攻撃を「吸精の短剣」で吸収し、漆黒の外套で弾き、時に竜人化した身体で受けて、凌いでゆく。
タマ曰く「決まり手百選」を悉く無効化してゆく。
「実際、強くなりましたねぇ……」
気が抜けるから止めてタマ。
「姫巫女」の力は、ここまで強化した俺であっても気を抜くと一瞬で持っていく。
ほんとこれだけの力で、何と戦うつもりなんだといいたくなるほどだ。
八大竜王が束になって掛かっても、何とかしてしまえるんじゃなかろうか。
今回それを試してやるが。
「花嵐、燈して燃えよ宵闇の花篝」
クリスティーナの「呪」を、強化されつくした俺の聴覚が捉える。
さあて来た、どうしても凌ぎきれないおそらくは「姫巫女」最大の大技だ。
これを凌ぎきれば、おそらく「姫巫女」に次は無い。
そうなれば無力化など一瞬で可能だ。
だが何回やってもこれを凌ぎ切れたことが無い。
桜の花弁を纏った無数の刀剣が、全周囲を自立的に切り刻む。
ありとあらゆるを無慈悲に切り刻み、微塵にして燃して滅する。
綺麗な技だが、えぐいよなこれ。
恐ろしい事に痛くないんだよこいつ食らっても。
だが今回は出し惜しみ無しだ。
どうしても躱しきれないというのであれば、真正面から受けてやる。
「盟約に従って来たれ竜の王! その力を俺に貸してくれ、八大竜王!」
俺の声に応えて、闘技場上空の空が割れる。
闘技場を囲むように、円形に空間断裂が発生し、それぞれから竜王たちがその巨躯を顕現させる。
観客席は大騒ぎだ。
大丈夫だ、彼らは俺との盟約で人には仇為さない。
まあそんなこと信じられないだろうし、遥か上空とはいえ城みたいな巨躯の竜が八体も現れたらパニックになるなというほうが無理か。
要らん怪我人が出なければいいけどな。
サラやセシルさん、セトも口を空けて上空みてら。
そりゃびっくりしただろうな。
これが仲間を殺さない事を選択した俺の、現時点で持ちうる最大の力だ。
『我らを呼んだな、ツカサ。我らこと如くを屠れるにも関わらず盟友としてくれたツカサの意志に我らは従おう。我ら八大竜王の全ての力をその身に宿せ』
最初に戦ったナザレ浮遊峡谷の黒竜、ルクスルナが威厳に満ちた声を発する。
それと同時に空中に浮遊している他の七竜と供に、その巨躯がそれぞれの光を発し、その光が俺へと集中する。
黒、白、紅、蒼、金、銀、碧、灰。
全ての光が俺の体に取り込まれる。
目的は「姫巫女」を殺すことじゃない。
攻撃力は要らない。
今俺に必要なのは、「姫巫女」の攻撃を凌ぎ切る頑強さだ。
八大竜王全ての力が俺に取り込まれ、すでに竜人化している俺の身体をなおも変化させる。
背中には服の上から八対十六翼が形成される。
ただでさえレベルアップによって日本に居た頃とは比べ物にならないほどに引き締った身体が一段と膨れ上がり、身体全体が物質化と光化を繰り返す鎧のようなもので覆われる。
頭からはそれぞれ形の異なる竜角が生え、義眼ではない右目が竜眼に変ずる。
手足は竜の爪が模された光に包まれている。
「竜人化」を一段越えた、「竜化」
これが俺の奥の手だ。
これで「姫巫女」最大の技を凌ぎ切ってみせる。
「ぎっ!」
自分でもよくわからない声を出して、クリスティナへと突撃をかける。
どうせ躱しきれない、正面突破だ。
無数の刀剣が俺に襲い掛かり、竜の身体を削ってゆく。
だが耐えられる。
今までであればなす術もなく切り刻まれていた攻撃を、ダメージを食らいつつも凌げている。
後はクリスティナまでたどり着けば俺の勝ちだ。
そうはさせじと殺到する刀剣に前進を阻まれてはいるが、確実に刀剣も砕いていっている。
いける。
今回こそはいけるぞクリスティーナ!
「……ツカサ様すごい。だけど……」
クリスティーナの呟きを俺の耳が拾う。
まさかこの上もあるって言うのか。
これじゃあまだ勝てないのか?
ごおん、という空を震わせる音がする。
俺を含め、全ての者が思わず空を見上げる。
天空には、浮かぶ城が如き八大竜王の巨躯。
その上空にその巨躯を斬り砕けるほどの「巨大な刀剣」が八本、出現する。
地を破砕するような轟音と供にそれは八対の竜に突き立たった。
八大竜王の絶叫。
天から地へと突き抜ける轟音と供に、竜王らの巨躯は地へと墜ちてゆく。
「ツカサ様の味方みたいですから、殺してはいません。でも……」
大丈夫なのあれ?
どうみても止め刺されてたっぽいんだけど。
だが少なくとも俺の「竜化」は解けてしまっている。
そして全周を未だ多く残る刀剣が囲んでいる。
チェックメイトか。
今回もダメで、また次か。
そう思っているだろうクリスティーナ。
だけどここから……
「……ツカサ様、提案なんですけれど」
ん?
手加減はなしだぞクリスティーナ。
そんなことをしても何の意味も無い。
それにまだ終わった訳じゃないぞ。
「私を……殺してみませんか?」
は?
「そうきましたか。確かにそれは一つの手段ではありますね」
タマが左肩で囁く。
「ツカサ様は相手を倒して強くなるのだとお聞きしました。そのために相手を、手段を選ばず強くなることだけを目指す事も考えて苦悩されたとも」
そうだ、その話はクリスティーナの部屋でした。
その結果、俺が選んだ選択も含めて。
「ツカサ様の選択は立派だと思います。私もそれには賛成です。ですけど私なら。ツカサ様を何回も殺してしまっている私ならどうですか?」
「姫巫女を倒せば、飛躍的に強化されますね」
タマうるさい。
「私がツカサ様を殺すように、ツカサ様も私を殺してくださいませんか? ツカサ様が他の方を殺すのは私も嫌です。ですけど私なら。私とツカサ様なら……」
お互いが、同じ立場になれる。
殺し、殺されている立場を逆転し、お互いが殺し、殺されたことがある立場になれる。
この提案をしているクリスティナの表情は、同情や焦りではなく、憧れるような表情だ。
クリスティーナは今の俺に殺される。
俺はクリスティーナを殺す。
今の立ち位置を鏡合わせにするようなものだ。
お互いがお互いを信じ、揺らぐことが無いのであればそれも一つの手段だとクリスティーナは言っている。
それで目的達成に近づけるのであれば、いいんじゃないかと。
少なくともクリスティーナは、俺に殺されることを厭っていない。
それどころか、俺に殺されることで、今まで一方的に俺を殺してきたという罪悪感がいくらかはマシになるのかもしれない。
共犯関係……というのとはちょっと違うだろうけど、理解できなくも無い。
ごめんなクリスティーナ。
やっぱり「殺す」って言うのはものすごく負担だよな。
こんな考えに至ってしまうほどに。
力が足りなくてすまん。
ああ、そういえば101回目はヒロインから求婚されるから、101回目なんだったっけ。
当てはめるのであれば、俺がクリスティーナを殺す側に回って正解なのかもな。
「だけど却下だクリスティーナ。俺は絶対にお前を殺さない」
「……そう仰るとは思ってました」
そういって嬉しそうに、少し寂しそうに微笑む。
ああ、俺は絶対にお前を殺さない。
だけどまた次の周だと思っているだろうクリスティーナ。
いいや、俺はこの周で「姫巫女」に勝つぞ。
みてろよ?
次話 101周目【101回目の決闘-決着 下】
12/5投稿予定です。
決着が一話で書ききれませんでした、申し訳ありません。
次話で確実に決着させます。
そのあとの展開を楽しんでもらえるよう、祈るばかりです。
ハッピーエンドは不動なので、そこは安心していただけたらと思います。
がんばりますので、もう少しこの物語にお付き合いくだされば嬉しいです。




