第50話 80周目 【二人の想いが同じなら】
気まずい。
なんとかお互い、一糸纏わぬ姿で絡み合って寝そべっているといういかがわしい状況から脱する事には成功したが、その際お互い見てはならないものを見合ってしまった気がする。
いや気のせいではない、しっかり見たし、しっかり見られた。
故にこその今の空気である。
しょうがないじゃないか、目を閉じて離れればいいとか言っても、そんな鋼の意志は持ち合わせちゃいないんだよ。
薄目を開けてしまうのは男なら止むを得ない事だと主張する。
それはクリスティーナも同じだったようで、顔を朱くしたり蒼くしたり忙しいのは見てはならぬモノを見てしまったのだろう。
女の子は女の子で、見てみたいものなのだろうか。
あああ。
見た。
見られた。
元気バージョンを。
「今さらという気もしますが」
見たことについてはそうとも言う。
だが見られた事については、ほら、なんというのか、あれだ。
「男のくせに細かい事を……」
なんでタマは俺に厳しいの?
前世からの敵とかなの?
「……なんで変形するのでしょう。最初はあんなのじゃなかったはずです。……というかあんなの無理です、絶対に無理」
クリスティーナ、それはなんの感想かな?
変形言うな。
心の声が漏れ出てるから止めたほうが良い。
対勇者様の「淑女」教育とやらで、無駄に知識だけはあるっぽいのが空恐ろしい。
「いいか、クリスティーナこれは事故だ。お互いに忘れるんだ」
「え、あ、は、はい。そうですね。……あれ? でも私は毎回見られている様な気も」
それはクリスティーナが何時来ても「禊」続行中だからだろうが!
俺の場合、今回のこれは事故だ。
けして見せたかった訳でも、見てほしかった訳でもない。
「……」
よーしよく沈黙を保ったな、タマ。
よく考えたら声からしてタマは雄じゃないか。
よし目を潰そう、そうしよう。
そして記憶を操作しよう。
クリスティーナの裸を見た罪は万死に値する。
俺は今のところ79死くらいを執行されたところだが。
「何を恐ろしい事を考えているんですか。我々に性別はありませんよ。お望みなら女性の声に変えましょうか?」
今更やめてください。
あと能力管制担当、「思考追跡」のブロックはずれてませんかね?
とりあえず絡み合った状態から離れた後、お互い服を着たから今は大丈夫だ。
俺がエクストリーム着衣を行うと、びっくりしたような表情をした後、クリスティーナも同じくエクストリーム着衣を行った。
俺の場合は衣服が「転移」してくるような感じだった。
思わず「蒸着!」と叫びたくなったのは内緒だ。
クリスティーナは毎度おなじみ桜の花弁が渦を巻くように集まり、光とともに和服めいた服に身を包んだ。
正直、魔法少女の変身シーンにしか見えなかった。
「魔法聖女・姫巫女クリスティーナ!」って感じだ。
どんな感じだ。
お互いなんでこんなことが出来るんだろうな。
こんなことが可能な事を俺は今回で初めて知ったわけだが。
エクストリーム着衣が可能なら、エクストリーム脱衣も可能なんだろう。
周回のたびにセトと一緒に脱衣場で脱いでたのが馬鹿みたいだ。
ああ、さっきセトに意識を狩られたときもエクストリーム脱衣をしたんだな。
能力管制担当が協力した結果、意識の無いまま湯船に叩き込まれている状況に至った訳か。
まあ三人がかりでせっせと脱がされた訳では無いだけマシかもしれない。
「残念そうでしたよ、約二名」
それが誰と誰かはあえて聞くまい。
というか人生初の、八神司in女の子の部屋状態な訳だ。
日本の女の子の部屋のように、華やかでファンシーな感じでは無いが、「姫巫女」として大事にされていることは充分に伝わってくる部屋だ。
華美では無いが、一級品が品良く配されている。
香水やお香の類は俺の義眼に感知されていないのに、どこと無く甘いような香りがするのはクリスティーナの香りなのかな……
いかん、思考がモロに変態だ。
……。
人生初でありながら、脳内でも見栄を張ってしまう俺は一体なんなのか。
俺の知る女の子の部屋など、創作物のものしかないと言うのに。
クリスティーナは自分のベッドに腰掛けており、俺はその前に置かれた精緻な作りの椅子に腰掛けている。
この後殺し合い、と言うか及ばねば俺が殺される戦闘をする二人にはとても見えまい。
「とにかく今回は事故だ。次からは素っ裸で現れるなんてことはしない」
「え?」
え? てあなた。
なんですか、クリスティーナは俺にも裸で現れる事を望むとでも言うんですか。
裸で待ってるわ、裸で現れる事を望むわ、「姫巫女」って変態なのか?
「だ、だって私ばっかりみられてずるいです。ツカサ様は私の裸を毎回みているのに、私は今回だけなんて、なんだか不公平な気がします」
鼻をフンスフンス言わせながらいう事か。
「どれだけ時間ずらしてもクリスティーナが「禊」続けてるからだろ、それは!」
初期こそそうだったが、最近の事について不公平を主張されるのは不本意だ。
俺も裸なら公平というのが一番問題な考え方な気もするが。
お互い服を着るという方向へなぜ思考が行かぬのか。
「……見たくないのですか?」
「……え?」
赤面しながらも、上目遣いで俺を見つめてくる金の瞳。
胸の上で重ねられた腕の下、着物にしか見えない衣装の下を、俺は知っている。
形のいい双丘と、その先端の映像は、俺の目と脳に焼き付いている。
思わず唾を飲み込んでしまった。
「やっぱりずるいです……」
ぷっと頬を膨らませてそっぽを向くしぐさはとても可愛い。
だけどクリスティーナの要求はやっぱりおかしいと思う。
私の裸をみたければ、あなたも裸で来るようにって……
そんなにみたいですか、男の裸なんか?
ああ、女の子も同じ事を考えていたりするのかな。
それにしても、なぜに「姫巫女」から外れるとここまで女の子としてポンコツなのだろう。
対「勇者」様教育の責任者出て来い。
これ勇者が順当に現れたとしても、相当戸惑ったんじゃないかと思う。
ああ、胸糞悪い想像をしてしまった。
俺以外の男が、クリスティーナの相手として現れる事を想像してしまうとは。
とはいえ本来であれば、それが正しい形なのだ。
出逢うのは「勇者」と「聖女」――「姫巫女」であるべきで、クリスティナ・アーヴ・ヴェインと八神司の出逢いなど、誰も求めてなんかいないのだ。
いや今はお互いの他に、セトとサラとセシルさんが望んでくれているか。
少ないけれど、心強い味方だ。
とはいえ「勇者」を本来の主人公としてみたら、俺なんて最悪の間男ポジションだろう。
ユニコーン理論を適用すれば、クリスティーナは既に「勇者」のヒロイン候補から除外されていることだろう。
俺でもはずすと思う、「勇者」視点なら。
「だけどここまでの事があっても、「姫巫女」を降りた事にはならないんだな……」
思わず思ったことが口に出る。
今まで聖女を降りた人が、歴史上にもほとんどいないことはセトから聞いてい知っている。
だからこそ、具体的に何がどうなれば「聖女を降りた」事になるのかが明確ではないのだろう。
「それは……「かもしれない」という口伝のみが伝えられているので……」
クリスティーナが恥ずかしそうに、だけどどこか申し訳なさそうに答えてくれる。
教義では「男と逢う事」すらも禁忌としているし、それを犯した者は問答無用で神罰執行、つまり死罪だ。
本来その「力」の行使を厳しく制限されている「姫巫女」の力を、事実上無制限に使用してでも、禁忌を犯した者を「処分」する――穢れを祓うという言い方だったか――ことを「聖女」に強要している。
そのせいで初対面の際、俺は問答無用でクリスティーナに首ちょんぱされたのだ。
それをタマの夢で知っているクリスティーナが申し訳なさそうにしているのだろう。
クリスティーナに戻るまでの「姫巫女」は本当に恐ろしかったからなあ……
まさか「綺麗なだけの全裸忍者」とか思っていた相手に、ここまで惚れることになるとはあのころは夢にも思わなかった。
「己の真性に気付いていなかった、未だ無垢なる時期ですね」
タマ黙って。
「でもここまでの事があっても、「姫巫女」を降りた事にはなっていない」
「はい」
そういって、クリスティーナは自分の「姫巫女」の力を確認している。
超美少女が桜の花弁で遊んでいるようにしか見えないそれが、ここまでレベル上げまくった俺をもあっさりサツガイする力を秘めている事を俺は知っている。
この美しい絵面を見て嫌な汗が出てしまう俺は、かなり追い詰められているな……
しかし……
・お互いの裸をみました。
・お互い裸で抱き合いました。
・どさくさ紛れで、クリスティナのほうから俺の右掌舐めたりしてます。
うん、ユニコーン理論を適用するなら完全にアウトだな。
上位ユニコーンならその角で俺とクリスティーナを突き殺しに顕現しかねない事態だ。
それでも「姫巫女」を降りたことにならないのは、この世界の神様のケツのアナが意外と大きいのか、そもそもその伝承自体が間違っているのか……
「た、試して、みますか?」
「? 何を?」
「ど、どこまで許されるのか、を……」
再び頭から湯気が出そうになりながら、クリスティーナがとんでもないことを口にする。
何てこと言うのこの子は。
そりゃそうしたいのは山々だけど、レッドカード一発退場になる未来しか見えない。
おー、この辺までかー、やばいやばい、ここでストップだなー。
そんなことがクリスティーナを相手にした男にできるとでも思ってるんだろうか。
行き着くとこまで言っちゃってから、後悔するのは確定事項だ。
勢いついた男は止まれないものなんですよ、無垢な乙女は知らないでしょうけれども。
「わ、私はツカサ様が相手であればそうなってもいいのです。世界中の人に無責任だと罵られても、ツカサ様さえ傍にいてくださったらそれでいいの……私はツカサ様の事が好きですから」
ああ……
馬鹿なことを言っている間に、確認するまでも無く先に言われてしまった。
俺が切羽詰る必要なんてなくなる、一番俺が欲しかった言葉を。
締まらないな、女の子に先に言われるなんて。
「……そう思ってくれるなら、俺が「姫巫女」の力を凌駕する日を待ってくれる方がうれしいな。あと何回かかるのか、正直見当もつかないような、情けない状況だけれど」
「そんなの何回でも、何百回でも、何千回でも待ちます! でも……」
なぜここでクリスティーナが暗い顔になるのか。
信じて待ってくれるなら、俺だって何万回であっても続けて見せるのに。
「思ってるだけじゃ伝わらないんですよ、気持ちってやつは。この朴念仁は以心伝心とか念話とかでも期待しているんですかね」
俺の左肩で、俺にだけ聞こえるようにタマがつぶやく。
ああ、返す返すも締まらない。
タマすまん、お前の言うとおりだ。
何を相手の気持ちだけ聞いて安心してるんだ俺は。
俺だって、今のクリスティーナの言葉を聞くまでずっと不安だったくせに。
「ツカサ様はよろしいのですか? 私の身体にもさして興味が無いようですし、「姫巫女」の立場に同情して付き合ってくださるには過酷過ぎます。私には返せるものなんて何も……」
ごめん、俺がいう事言わないばっかりにそんなことを思わせて。
思いは言葉に乗せて伝えないと、正しく伝わらないよな。
「あのな、クリスティーナ」
「は、はい」
俺が真面目な声を出し、右手でクリスティーナの手を取る。
クリスティーナは一瞬身体を硬直させながらも、俺の目をみてじっと聞こうとしてくれている。
「興味が無いわけ無いだろう!」
「っ!」
驚きでクリスティーナの金の瞳が見開かれる。
こんな驚いた表情でも、その美しさが破綻することは無い。
「ちゃんと恋人同士になってあれこれしたいに決まってるだろ! 俺の妄想では常にいちゃいちゃべたべたしていて、クリスティーナに心を奪われてからは暴走は加速する一方だ。最近はちょっとマニアックなものも混ざり始めてて、聞かせてやってもいいけど聞いたら絶対に引くぞクリスティーナ!」
……。
何 を 口 走 っ て る ん だ 俺 は !
もっとこうかっこいい台詞とか、愛の告白の言葉とかいろいろ考え……いや考える前に素っ裸で突貫してきたんだったな、俺は。
やっちまった。
クリスティーナがすごくうれしい言葉をくれたのに、俺はこれじゃただのエロガキそのまんまだ。
あああ。
「――うれしい」
そういってクリスティナが俺の右腕に縋り付いてきた。
えええ?
今の欲望全開の台詞でうれしいの?
そういうもんなの?
「ツカサ様は、同情でも義務でもなく、私が欲しいと思ってくださっているのですね?」
今までみた最高の笑顔で、目じりから涙をこぼしながら俺を見上げてくるクリスティーナ。
ああ、そうか。
ああ、そうだな。
求められると嬉しいし、自分にとって献身としか見えない行動が、ちゃんとその本人の望みと合致していると知れば安心できる。
変に飾った言葉より、欲望むき出しの言葉のほうがそれを信じやすかったのか。
「それを計算して言えていれば、たいしたものなのですがねぇ」
タマうるさい。
「そうだクリスティーナ。そのためなら俺は何百回でも、何千回でも、何万回でも諦めるつもりは無いから……その、なんだ……付き合ってくれると嬉しい」
「はい!」
情けない俺の言葉に、クリスティーナはとびっきりの笑顔で応えてくれた。
二人の想いが同じなら。
もうお互いに、要らない不安につかまることは無い。
いつか必ず、ただの八神司とクリスティナ・アーヴ・ヴェインになって。
さっきの続きを必ずしよう。
次話 第閑話 80周目 THE END【sideクリスティナ―ずっと一緒に居たい人】
12/3投稿予定です。
次話にて今章が終了し、最終章に入ります。
最終章は10話前後予定です。
もう少しだけお付き合いくださると嬉しいです。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
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同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
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