第48話 53周目-80周目 【お説教】
――53周目
52周目において、結局俺は人に手をかけるどころか八大竜王を狩ることもできなかった。
結果として今まで通り「姫巫女」には全く歯が立たず、53周目に突入することになっている。
もうすぐ53回目のクリスティナとの出逢いなおしだ。
本当にこのままでいいのか。
――わからない。
この周でもレベルはいくつか上昇し、ステータス上では確実に強くはなれている。
それでも「姫巫女」を凌駕できるとはとても思えない。
ここから10周や20周重ねたところで、なんとかなるとも思えない。
やはり劇的な変化が必要だ。
それは間違いない。
いつかは届く。
強くなって行っている以上それは確かだ。
だけど「いつか」を待っている場合じゃないのかもしれない。
52周目のクリスティナは、やはり俺に対して物凄く好意的だった。
タマがクリスティナに夢を見せていることは前周と同じ。
能力管制担当にも確認しているから間違いないとは思うが、伝えなくてもいい部分を削ってはいるものの、脚色の類は一切ないとのことだ。
それでもクリスティナが俺に対して微笑みかけてくれるのは少々解せないが、嬉しくはある。
それだけ自分を「姫巫女」から解放しようとしてくれる存在が特別なのだろう。
今の所は、まだ。
大見得を切った次の周で、何の変りばえもないままにまた負けた。
いくらなんでも1周や2周で見限られるとはさすがに思わない。
だけど正直、焦りはある。
一回一回、リミットに近づいて行っているような焦燥感。
残機はまだたくさんあるけど、どうしても抜けられない弾幕があるシューティングゲームをやっている時のような、無力感。
ゲームオーバーはまだ先だけど、いずれこのままでは必ず訪れる。
それも縛りプレイで、有効なパワーアップを取らないせいで。
とりあえずクリアすることを優先するべきか。
縛りプレイでクリアするからこそ意味があるのか。
わからない。
わからないまま53回目に挑もうとしている。
「転移」をするのが正直少し怖い。
「泉の間」でまっているクリスティナの表情に、再び諦観が宿っていたら。
いや、変わらぬ笑顔に見えるだけで、内心では「やっぱり駄目だ」と思われていたら。
「師匠、大丈夫? なんか様子変だよ?」
「ツカサ様……体調がすぐれないなら、もう少し時間を置きますか?」
「王室薬室長をこちらに手配します。ツカサ様、しばらくお待ちください」
いつものように、いつものようにと気を付けていたが、いざ「転移」をするとなると顔色を失ってしまったようだ。
セト、サラ、セシルさん三人共に心配させてしまった。
「なんでもない、行ってくる」
無理やり笑顔をつくって、「転移」を発動する。
しまった失敗した。
三人にまで心配させてどうする。
しっかりしないと。
本当に心配している表情を、三人とも俺に向けてくれていた。
――そんな相手を、殺してでも強くなるべきなのか?
そんなことを考えている自分にぞっとする。
出来るわけがない、出来るわけがないじゃないか。
「泉の間」で待っていてくれるクリスティナは相変わらず美しかった。
想い人を待つような表情で俺を待ち、いつか俺が「姫巫女」を凌駕することを信じきって、俺を殺す。
また届かない。
――情けない。
――54周目
クリスティナは待っていてくれる。
俺は決断ができない。
また届かない。
――55周目
クリスティナは待っていてくれる。
俺は決断ができない。
今度も届かない。
――56周目
決断ができない。やっぱり届かない。
――57周目
殺せない。殺される。
――58周目
待ってくれている。でも同じ終わり。
――59周目
変わらない。
――60周目
まるで変わらない。
――61周目
全然変わらない。
――62周目
殺される。
――63周目
あはははは、ははは。
――64周目
シャンとしないと。立て直しだ。
――65周目
でも変わらない。
――66周目
殺すべきか?
――67周目
殺してみるか?
――68周目
いいや駄目だ。絶対にだ。
――69周目
でももう手段が無くないか?
――70周目
駄目だ。考えるな。
――71-79周目
考えるな。考えるな。いつかは届く。
いつものように、変わらぬ会話で、変わらぬ表情で、少しずつ、強くなって、殺される。
そうしていれば、いつか、きっと……
クリスティナの表情が曇ってきている気がする。
俺のせいか。
俺のせいだ。
――80周目
「――師匠!」
いつものように「大丈夫、大丈夫」と繰り返して「転移」しようとしたら、セトに大声で呼ばれた。
あ、これ「妨害」と「麻痺」だ。
なんでセトが俺に敵対するんだろう。
「殺してみようか」と思っているのが漏れ出たのかな。
それなら自業自得か。
初めてクリスティナ以外に殺されるけど、これで今回も誰も殺さずに済んだ。
しかし、これだけ強化しているのに不意を突かれるとしてやられるんだな。
あれ?
能力管制担当が、俺に対する攻撃を見逃すことなんてあるのだろうか?
いよいよ能力管制担当にも見放されはじめていたら嫌だな。
――そんなことを考えながら、俺ははじめてクリスティナ以外の手によって意識を手放した。
……。
…………。
?
――ああ、81周目か。
今回も馬鹿な考えを実行に移さずに、ただ強くなって次へ繋げられますように。
サラやセトを殺してしまいませんように。
ここの所「死に戻る」度に、最初に考えることを今回も考えて意識が覚醒する。
まだ大丈夫、俺はまだ大丈夫だ。
あれ?
草原にしてはなんか温かいというか、感覚がおかしいぞ。
「し、師匠? 目が覚めた?」
あら、セトの声だ。
お前まだここで登場するキャラじゃないし、記憶継続もしてないんだからいきなり師匠呼びもないだろ。
水音。
ああ、この感覚、風呂か。
――風呂?
急速に意識が覚醒した。
目を見開き、焦点を合わせる。
ああ、ここ王宮の王族専用浴場だ。
殺された訳じゃなかったんだな。
目の前に素っ裸のセト。
ただし目のあたりに薄絹を包帯のように巻きつけて目隠ししている。
「なんで素っ裸で目隠ししてるのセト? なんかの罰ゲーム?」
これは突っ込まずにはいられないだろう。
いやなんか背徳的だぞその格好。
「……やっと普通に話したね、師匠」
セトは少し涙声だ。
――ああ。
言われて見てはっきりと自覚できる。
ここのところの俺は「いつも通り」であろうとするあまり、台本読むような会話に終始していた。
怖かったのだ。
「殺してみようか」などと考えている俺の思考が、万が一にでも外に漏れだしてしまうのが。
それを知ったセトやサラ、セシルさんの俺の見る目がまるで変わってしまう事が。
「セト君だけで正気に戻りましたか、ツカサ様は。やはり弟子という立ち位置が現状では一番ツカサ様に近いという事でしょうか。ちょっと悔しいですねサラ様」
「え? あ、そ、そうね? でも、わ、私たちまで一緒に入る必要なかったじゃない、セシル。と、殿方と同じお風呂に入るなんて、は、はしたないと思うの、思うのよ?」
セシルさんとサラもいるの?
何やってんの二人とも。
俺の意志に反応して左の義眼が二人の姿をばっちり捉える。
セトの斜め後ろの湯船に、セシルさんは恥ずかしそうではあるもののどこも隠さずに立っていて、サラは口のところまで薬湯に浸かっている。
二人とも一糸纏わぬ姿だ。
ああ、なるほど。
セトはああ見えて一応男の子だから、目隠しされている訳か。
肝心の俺に目隠ししてないのはどうかと思うが、なんとなく理解できた。
あれ?
これ俺の妄想かなんかじゃないのか。
プレッシャーで現実逃避も極まってしまったか。
何がどうなったら、こんな状況になるのかわからない。
「違いますよ。彼と彼女等なりの捨て身の献身です」
相変わらず猫のくせに湯船に浸かったタマが囁く。
献身?
だから能力管制担当は自動防御しなかったのか。
「師匠、さっきいきなり意識刈ったことも含めてごめんなさい。サラ王女とセシルさんには、師匠が何度も「死に戻り」していることを僕が勝手に伝えた。その上で二人には協力してもらったんだ。僕一人じゃ、師匠を正気に戻せる自信が無かったから」
いやセト、お前。
俺がここ十数周様子がおかしかったことは認めるけど、それを正気に戻す手段が混浴用意するってどういう事だ。
俺がそれで正気に戻ると踏んだという事だな、そうなんだな。
「実際戻ったじゃないですか」
タマうるさい。
だけどセトは本当に毎回心配してくれていたのだろう。
それが今回ピークに達して、強硬手段に出たわけか。
しかしサラもセシルさんもよくセトの話を信じたな。
「師匠が追いつめられていることは、初めて逢った時にすぐわかった。それはサラ王女殿下も、セシルさんも同じだって。貼り付けたような笑顔と、台本読んでいるような言葉。大事にはしてくれるけど、一定以上距離を保とうとする態度。サラ王女殿下やセシルさんにはその理由がわからないだろうけど、僕には理解できる」
セトには毎回、前回がどうだったのか、どうすれば「姫巫女」撃破を達成できるのかを相談しているからな。
そこを誤魔化してはただでさえ薄い撃破の確率がより低くなる。
だから俺は毎回、セトへの相談だけは包み隠さずしていた。
その絶望的な彼我の戦力差と、何をやってもどうにもならない現実を。
積み重なっていく「失敗の回数」と共に。
「僕から言わせてもらえば、師匠は毎回別人みたいに強くなってる。それでも「姫巫女」に及ばない事実に追い詰められてるんだという事はすぐに分かったよ」
まあそりゃそうか。
2周目にして、俺がセトの事を知っていると感づいたくらいだからな。
あんな様子の俺なら、何がどうなっているのかを推測するのは簡単だっただろう。
「そしてそれを打開するために師匠が何を思いついて、それに苦悩しているのかも」
「……やっぱり無意識に殺気とか漏れ出てたか……」
情けない。
そんな相手にもセトもサラも接してくれていたのか。
セシルさんだって、敬愛するサラに向けられる殺気に気付かない筈はないしな。
「ツカサ様に殺気なんて欠片もありませんでした。ただ私やセト君を、まるで恐れてでもいるかのように距離を取られるのが、悲しかっただけで……。なぜセシルだけに、気を許されるのかがわからなくて、悔しくて……」
ああ、セシルさんは殺す必要が無いからな。
自分の気持ちがそっちへ行ってしまうことを警戒しなくて済む存在だったのは確かだ。
「おかげで私は敬愛するサラ王女殿下に嫉視されるという筆頭侍女としても、ツカサ様の側女としてもあるまじき立場になってしまいました。責任取ってくださいね……と言いたいところですけれど、私はそうする必要が無いから、心を許してくださっていたのですね」
セトが中心になって、情報共有して分析したのだ。
俺が何を考えて、あんな風になっていたのかは完全に理解されているという事か。
「……軽蔑、したろ?」
自分の考えがサラやセトにばれてしまうのが怖かった。
でもばれてしまって、肩の荷が下りたのも確かだ。
だけど困ったような表情を浮かべるサラやセトを直視していられない。
いや裸だからという訳じゃなく。
「ツカサ様、よろしいですか? 私やセト君はともかく、サラ王女殿下にまでこんな馬鹿な真似をさせてまでツカサ様に正気に戻っていただいたのには、もちろん理由があります」
「馬鹿な真似っていう自覚はあったんだセシルさん……」
「こ、これしかないってセシルが言うから恥ずかしいけれど従ったのに……」
さらりと告げられる真実に、セトとサラが戦慄している。
なるほどこの作戦はセシルさん発案か。
「結果よければ全てよしです、サラ王女殿下。それにこの会話に参加しなくてもよろしいのですか?」
「そ、それはそうだけれど、お風呂場で裸である必要があったのかしら? って……」
「あったのです」
しょうがない、そういう俺を一番知っているのはセシルさんだ。
まんまと正気に戻ったからには文句のつけようもない。
男ってやつは、ほんとになあ……
あれ?
俺最初に見て正気に戻ったの、目隠ししたセトじゃなかったか。
……深く考えるのは止めた方がよさそうだな。
「セシルさん、目的って?」
「お説教です」
あ、はい。
それは甘んじて受ける所存です。
仲間を殺して強くなろうとするなんて、気の迷いにしても酷過ぎる。
焦っていたからと言って認められていいものじゃない。
だけど全裸の美少女二人と美少年一人に、風呂場で説教されるって……
「真正たるあなたにはお似合いでは?」
ああ、まあ、確かに。
タマ黙れ。
「いいですか、ツカサ様。あなたが私たち如きに説教される理由は……」
いくらふざけてみても、自分が考えたことを消せるわけじゃない。
ここまでやってくれているからには見捨てられてはいないのだろうけど、軽蔑されることは仕方がない。
「私たちに相談してくれなかったことです」
厳然たる声で、サラが宣言する。
それは当然のことだけど、あれだけ懐いてくれていたサラから軽蔑……
……。
え?
「師匠、あのさ」
苦笑いのような、泣き笑いのような表情でセトが続く。
「師匠はサラ王女殿下の願いを叶え、まあ師匠の想いも遂げるためにそれこそ何回も「姫巫女」――いやクリスティナ王女殿下に殺されて、やり直すことを繰り返しているよね?」
それはそうだ。
俺から諦めるつもりなんかないからな。
「それでクリスティナ王女殿下への気持ちは変わった?」
いいや変わらない。
いや変わったというのであれば、より好きになる方へ変わったとはいえるか。
真正と言われる所以だな。
「僕たちだって、師匠と変わらないよ」
「相談もなく突然襲い掛かられたらびっくりもしますけどね。別の意味でなら私は歓迎ですけれど」
「わ、私だって、そういう意味でなら受け入れる覚悟はあります。いえ、姉さまを救うために必要だというのであれば、ツカサ様と同じようにこの回の命を捧げても構いません。で、出来れば痛くしないでくださると、嬉しいのですけれど……」
俺の罪は、勝手に煮詰まって相談もせずにのたうち回っていたことで。
相談の上で必要だと共通認識が持てれば、俺に殺されることだって想定内だという。
俺だけじゃないのか、真正は。
だけどそれが嬉しくて涙が出た。
ここが風呂でよかった。
「それに師匠が追いつめられているのは、クリスティナ王女殿下が永遠の繰り返しに耐えられないかもしれないからだよね?」
恥ずかしながらその通りです。
「それ、姉さま御本人に訊かれましたか?」
……。
訊いていません。
それどころか、きちんと自分の気持ちさえ伝えていない体たらくだ。
クリスティナの気持ちも確認すらしていない。
「ツカサ様らしいと言えばらしいですけれど……」
セシルさん呆れた声出すの勘弁してください。
「まずはそこからですよね」
「そうだね師匠。今回の僕達のようにクリスティナ王女殿下ともちゃんと話し合って、それでも相手を信じられないって言うんならもうやめちゃえば?」
きつい言い方だけど、セトが、サラが、セシルさんが俺の背中を押してくれていることくらいはわかる。
気持ちを伝えて、気持ちを聞いて。
それでも相手を信じられないんなら、好きだのなんだの言う資格すらない。
自分が永遠に耐えられる自信があるというんなら、相手も信じたらいい。
もしも相手がもう俺に付き合うのは限界だ、解放してくれと願うならそれに従えばいい。
いつか醒めてしまうもののために、今の大切な仲間を犠牲にしていいはずが無い。
本当にお互いが醒めないのであれば、俺の「死に戻り」と「経験累積&成長限界突破」は、いつか目標にたどり着く。
自分を信じて、仲間を信じて、何よりも相手を信じて、長い道中楽しんでいけばいい。
お互いにそれを確認しあえばいいだけなんだ。
セトとサラとセシルさんが居てくれてよかった。
手段を選ばずに、目を覚まさせてくれる仲間が居てくれてよかった。
今回はまず、クリスティナときちんと話をしてみる。
もう大丈夫だ。
Believe each other!( ・`ω・´)
そうだな、能力管制担当。
お前がセトの魔法を止めないでくれて助かったよ。
タマもな。
お前の問題提起があったから、こういった吹っ切れ方も出来る。
「私が想定していたのとは違った着地点ですけどね」
それでもいいんだよ、俺が納得できれば。
「みんなありがとうな。今更ながらちゃんと「告白」してくる。うまく行くよう祈っててくれ」
そういって「転移」を発動する。
「あ、師匠……」
「ツカサ様!」
「……私より大胆な告白ですね」
三人がそれぞれ驚きの表情で俺をみている。
……あ。
「……裸で突撃ですか。真性の思いつくことは想像を超えますね」
あああああ。
セト、セト、「妨害」お願い。
何なら最大魔法で仕留めてくれてもいい。
誰 か 止 め て く れ
次話 80周目【裸の付き合い】
12/1 投稿予定です。
あと3話か4話でプロローグへやっと到着です。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
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同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
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