第45話 51周目 【予想外の変化】
「なんでまだ素っ裸なんだよ!」
「姫巫女の神域」に「転移」した直後に、思わず俺は突っ込んでいた。
毎度おなじみ荘厳な空気を漂わせる「泉の間」である。
その中央で、いつものようにクリスティナは全裸で佇んでいる。
俺の思わず出た声に、肩をすくめてビクッとした。
というかなんでだ?
間違いなく俺が現れることを確信していたよな。
いやそれは前回もそんな感じだったけど、今回は最初から思いっきり赤面している。
そんなに赤面するくらい恥ずかしいならまず隠せ。
「……寒い……」
消え入りそうな美しい声で、よく解らんことを口にする。
知らんがな。
心なしかその美しい肢体には熱量が足りず、本来艶やかな桜色であるはずの唇はなんか紫色になっている。
全身が細かく震えているのは、自分で言っている通り寒いので間違いないだろう。
まさか俺が現れるまで、ずっと「禊」を続けていたんじゃあるまいな。
相変わらず完璧な裸体に目が奪われるが、誓って言うが今回は狙って「転移」してきたわけじゃない。
自分の想いをサラ、セシルさん、セトに告げ、なんか応援してもらいながら今までの自分を反省したのだ。
――「姫巫女」を倒すことに傾注するあまり、毎回クリスティナの「禊」の時間に突撃を繰り返していたことを。
セトといつも通り対抗策を練りながら、もうクリスティナが裸の時にならない様、「転移」による突撃を一時間ほど遅らせた。
「死に戻り」の記憶は継続しないにしても、毎回自分が一糸纏わぬ姿の時に突撃してくる俺をクリスティナの魂が拒否する恐れもあったし、その危険を避けようとしたのだ。
今更感が無くもなかったが。
感情無く俺をサツガイするだけの周回では特に何も感じ無くなって行っていたが、一度「綺麗だ」と思ってしまうとやはり罪悪感も生まれる。
見たいか見たくないかで言えば、それは間違いなく見たい。
だからこそ我慢するというか、許可なく見ることはダメだろう。
最終的には俺が「姫巫女」の戦闘力を凌駕することは必須とはいえ、なにも問答無用で戦闘に突入しなければならないという事はない。
最初に「勇者にしか赦されていない裸体を見てしまう」という禁忌を犯すことで、クリスティナが否応なく俺をサツガイするしかない状況に追い込む必要はないのだ。
普通の女の子らしい反応を見せられて、初めてそんな当たり前の事に、今更思い至る。
そんなあたりまえのことを思いつく事が出来ないほど、最初の「首チョンパ」から前回までの「姫巫女」は、徹底して無慈悲で機械的だったのだ。
話し合いなどが成立する余地は皆無だと確信できるほどに。
一時間ほど突入時間を遅らせた結果として、サラとセシルさんがお風呂から帰ってきてしまった。
当然の展開として、サラ、セシルさん、セトの三人に弄られるハメになった訳だが。
そりゃそうだよな。
「クリスティナちゃんが好きになっちゃったんだけどどう思う?」
つまるところそんなどう答えようもないことを聞かれた三人が揃って、聞いた本人を前にしたら誰だってそうする。
俺だってそうする。
しかし周回を繰り返すたびに、あの三人も少しずつ仲良くなっているのは間違いない。
やはり「記憶以外の何か」が周回するたび、それぞれに蓄積されているとみていいだろう。
自分の「死に戻り」がどういう仕組みなのか、その異能の持ち主である俺がよく理解できていないのは問題と言えば問題だ。
なんとなくゲームの、セーブ地点からのロードをイメージしていたが、それだと説明できないことも多いことに思い至る。
「経験累積」なんてその最たるものだしな。
一度自分の「死に戻り」がどういうものなのか、真剣に考察してみたほうが良いかもしれない。
今はセトという助言者もいるし、タマだってそれを解明するために俺にくっついていると言っていいのだ。
急がば回れではないけれど、「姫巫女撃破」ばかりに気を取られず、そういうところも分析していけば思わぬ攻略の足掛かりを得られるかもしれない。
次周からはそうしよう。
いかん、俺自身でさえも「次周前提」でものを考えるようになってしまっているな。
この周で何とかしてやると言う執念に欠けている。
これはいかんな。
いやそうではなく。
今は目の前で前回よりも不可解な行動を取っている「姫巫女」……いやクリスティナだ。
素っ裸で寒いってあなた……
それは本来の「禊」にプラスして、一時間以上も泉に浸かってればそりゃ寒いでしょうよ。
――風邪ひくぞ。
何でこんな心配を倒すべき「姫巫女」にせねばならんのか。
左肩でタマが顔を逸らして震えている。
なあ、笑ってるのかお前。
笑ってるんだな。
お前がなんか仕込んだのかタマ。
吐け。
「いや、まさかこんな結果になるとは……」
間違いなく笑っていやがる。
「わ、私の裸を見ましたね? せ、責任を……」
クリスティナも歯をカチカチ言わせながらおかしなことを言い出している。
本当にどうしたんですか、前回から。
己の義務と信じていることを、表情を変えることなく遂行していた「姫巫女」はどこへ消えてしまったのか。
悪い変化ではないのは確かだろうけど、落差がありすぎてこっちが戸惑う。
なんなんだこの突然漂うポンコツ臭。
素のクリスティナってこうなんだろうか。
「姫巫女」としてのみ徹底した教育を施されているから、そこから外れたらたちまち残念な人になることも充分あり得ることなのか。
前回もわからなかったが、何が原因で「姫巫女」からただの「クリスティナ」に戻ってしまっているかが問題だ。
クリスティナにとって「姫巫女」であることは決して軽いことではない。
それこそもの心ついてからたった今まで、文字通り自分の人生を捧げて「姫巫女」として在り続けたのだ。
それが突然崩れるのは、今までの周回でのその思いの深さと徹底さを、我が身を持って思い知っているだけにこっちも狼狽する。
「量的蓄積の質的変換」――熱された水がある一転で気化するようなことが前回で起ったのは確かなんだろうが、その次で突然、気化爆発起こされても、そのなんだ、困る。
勇者にしか赦されていない「姫巫女」の裸を見たからそいつ殺す→わかる。
いやわかりたくもないけど、これまでの周回でそれは思い知っている。
この世界にとって「姫巫女」の力がいかに重要で。
クリスティナがそれを失わない為にどれだけのものを犠牲にしていて。
万が一にも「姫巫女」の力を失うわけにはいかないから、そうするしかないんだという事は、理解できなくもないんだ。
「義務」に従って無感動に人を殺すのはどうかとは思うけどな。
だからっていきなり変わりすぎだろう。
勇者にしか赦されていない「姫巫女」の裸を見たから責任取れ→わからない。
というか俺に裸見せるために、一時間以上泉で素っ裸で居たってことか?
どうなっているんだ一体。
「……タマ」
「すいません、確かにこれは私のせいですね……」
何したらあの無機質殺人マシーンみたいだった「姫巫女」がこうなるっていうんだ。
たしかに前回初めてその鉄面皮に綻びが生じちゃいたけれど。
それであっさり心奪われた俺もどうかとは思うけども。
だからって次の周でこれは、さすがに予想付かないだろ。
何者かの介入があったとみてしかるべきで、それはタマしか考えられない。
さっきの態度から、何かしたことは確かだろうしな。
「なにした?」
「えーっとですね……」
前回のクリスティナの変化を受けて、タマがやった事。
やらかした事と言ったほうがいいか。
それが原因でクリスティナはこの状況になっている。
「創造主の使徒」であるタマがやったことは……
次話 51周目【宣言】
11/21 投稿予定です。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
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同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
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