第44話 51周目 【応援】
――セシルさんの場合。
「ツカサ様は私がお嫌ですか?」
いえ、そんなことはありません。
繰り返す中で出逢いなおすメンバーの中では年も近いし、本来は貴族の御令嬢でも、今は王族付筆頭とはいえ侍女さんだから、まだしも接しやすい。
甘えやすいというか、傅かれる様な接し方を一番受け入れやすい相手だ。
50回も繰り返す中では、一番俺が依存していた相手だと言えると思う。
初期の苦痛を伴ってサツガイされていた頃は、サラとセシルさんにもう一度逢えることを心の支えにしていたくらいだし。
「そんなはずないじゃないですか」
「? でしたら、何か問題が?」
いつも通りセシルさんが深夜に俺の部屋を訪れ、一連の流れからセシルさんの古傷を直した直後である。
治す前に言い出すのは、どんな答えであっても治した後にセシルさんが「諦めていた古傷を直してくれた恩」に縛られそうに思えたし、朝を迎えた後に言うのであればいっそ黙っているべきじゃないかと思ったので、このタイミングで伝えてみたわけだ。
わけなんだが。
帰ってきた答えは、俺の想定範囲外のものだった。
おそらくは複雑そうな顔をしている俺を見て、セシルさんもくすくすと笑いだした。
サラとおんなじ反応だ。
女の人にとっては、俺がこう言うこと言い出すのはそんなにおかしいのだろうか。
それとも笑うしかないというものなのだろうか。
「……あのですね、ツカサ様」
一度は鳶色の悪魔とまで恐れたその瞳に、穏やかな笑みを浮かべている。
サラの時もそうだったが、どうにも笑いが止まらないようだ。
「ツカサ様はまず今の時点でサラ王女殿下と王陛下、近衛騎士団の方々やもちろん私の命の恩人です」
それは確かにそうなんですけど。
何回も繰り返していると、もう自然な流れ過ぎてあまり意識してなかったなそう言えば。
「今夜の宴席でサラ王女殿下とお話していたのですけど、ツカサ様はそういう意識がまるでないですよね、と失礼ながら笑っていたのです。もう少し恩に着せてもよさそうなものなのに、何かのついでに、片手間に私たちの命を救ってくださっているみたいですね、と。近衛の方々がツカサ様に感服しているのも、その辺が大きいと思いますよ? ガウェイン様など、俺ならもっと……とか仰ってましたし」
楽しそうに、今夜の宴席での事を話してくれる。
こんな話を聞くのは初めてだけど、そういえばセシルさんは最初の何周かは宴席では落ち込んでいる感じだったのが、最近は普通に会話に参加するようになっていた。
そんな事を話していたんだな。
「その時にサラ王女殿下が仰っていたのはこのことだったのですね」
「……なんて言っていました?」
情けない表情で問いかける俺に、初めてみるような表情――その件に関しては圧倒的優位に立っている同級生の様な表情を向けてくる。
宿題うつさせてくれよ、とお願いした時の様な……
「ツカサ様が、『どうにも答えようのないことをセシルにもいってくるわよ、きっと』、と。『殿方というよりは普通の男の子みたいなことだから、セシルも正直に自分の思っていることをお伝えすればいいと思うわ。私もそうしましたし』とも」
ああ、恐るべきは女子の情報共有力か。
日本ではそういうものにまるで関わっていなかったから、知らなかった。
女の子って、その手の話を共有情報とするんだな。
「ツカサ様が仰る内容はご本人聞くように、と言われましたが、サラ王女殿下の答えだけ教えていただきました。『私は、私をツカサ様のお嫁さんにしてくださいとお願いしましたわ』と」
確かに言われましたね。
冗談ではないとでもいうつもりなのだろうか。
そんなことを言われているのを知られた時点で、クリスティナにはすごい軽蔑の視線で見られそうな気がするんだが。
感情が宿った美人というのは心を奪いもするし、壊しもすると思う。
あのクリスティナに、嫌悪と拒絶の籠った視線を向けられたら膝から崩れ落ちるかもしれない。
「ですから私も正直にお答えしたのですよ? ツカサ様が私をお嫌でなければ、側においていただきたいですと」
やっぱりそういう意味なんだよな。
まあセシルさんは最初から、サラの良人となるかもしれない俺の側女になることを当たり前としていたような人なので、それが普通なのかもしれない。
「それに……」
そういって俺の耳元に、艶やかな唇を寄せてくる。
この部屋には俺とセシルさんの二人しかいないのに、こうする時に言う事はどの周でもだいたい決まっている。
こっちが平常心を失う位の、艶事だ。
「高貴なお立場であるクリスティナ王女殿下や、サラ王女殿下にはできないことも、私にならば構いませんよ?」
ほとんど聞こえないような囁き声が、俺の耳をくすぐる。
言われた台詞に、思わず唾を呑みこんでしまった。
完全に見透かされているように、至近距離から瞳をのぞきこまれる。
「優しくされるのももちろん好きですけれど、乱暴にされるのが嫌という訳ではないんですよ?」
そんなことを囁くセシルさんのその瞳は気のせいかもしれないけれど、微笑とともに嗜虐的な光を宿している。
なんで「乱暴にされる側」がそんな表情になるのかわからない。
わからないけど、女の人ってやっぱり怖い。
今の時点では経験ないはずなんだけどな、セシルさん。
記憶はなくても、躰が覚えていたりするのだろうか。
弱点に対する反応を見ていると、そうなのかもしれない。
それに心も引っ張られたりするのかな。
いま俺に覆いかぶさってきているセシルさんは、百戦錬磨の女の人のようだ。
マッサージの。
――セトの場合。
「すごいね師匠。「姉妹型一夫多妻制」とか古代人というか、多神教の神様みたい。ジアス教においては多神教の神様達ってつまり悪魔のことだから、正面からジアス教に喧嘩売ることになるね」
からから笑っているけど、それでいいのかジアス教が誇る「十三使徒」の第三席。
仮にも自分が師匠と呼ぶ人間の話な訳だが。
「だって師匠、世界のルールなんてシンプルなものじゃないの? 力がそれを決めるのなら、「聖女」を倒すどころか無力化出来た師匠に逆らう人なんて、それこそ「勇者」か「神様本人」しかいないよ。そのうえ「聖女」――「姫巫女」たるクリスティナ第一王女と、「神託の巫女」として名高いサラ第二王女を二人ともお嫁さんにしたら、少なくとも教会や大国は黙ると思うよ? というか黙るしかない」
セトの考え方はシンプルだ。
力が強いものがルールをつくるものだと理解している。
「いやそういう事でもなくてだな……」
「英雄色を好むっていうのは、市井の人々にも受け入れられやすいんじゃないかな? 師匠級になれば、次世代への期待も当然出てくるし、たぶん大丈夫だよ。大事なのは師匠のその力を使って何をするかじゃない? それがこの世界で生きる多くの人たちのためになるのなら、嫁を二桁で持ったって誰も文句なんて言わないよ」
どちらかと言えば権力側に近い位置にいるせいか、セトの考え方はえらく実際的だ。
実際そういうものかも知れないが。
まあ別に『師匠不潔! 姉妹共に手を出そうなんて!!!』って真っ赤な顔して言われたかったわけでもないから、結果オーライというべきなんだろうか。
深層心理でそれを期待していたわけじゃないよな、俺。
「あやしぃ……」
タマ黙れ。
「というかそんな難しい話でもないでしょ? サラ王女とセシルさんが嫌がっているのを力で無理やりってんならあれだけど、僕から見ても嫌がってないんだし。サラ王女なんて、師匠がお手って言ったらしそうな勢いだもんね。その好意の根っこには師匠の「力」が必要だからってのがあるとしても、それもひっくるめて師匠は師匠なんだしさ。それとも何? なんの力も持たない素の自分でも好きになってくれないと嫌とか?」
こういう時セトはひどくシニカルになる。
いやそういうのはないけどな。
あったとしても、何周もする間にそれはもう納得していることだし。
「そんなのはもうないよ」
「そっか、でも師匠かなりいっちゃっているよね。事情はあるとはいえ、自分を何度も殺しているクリスティナ王女殿下にはまるなんて」
やっぱりそういう感想になるか。
なるよなあ。
俺だって他人がこんなことを言い出したら、正気を疑う。
「師匠は変な人で済むけど、クリスティナ王女殿下にしたって、自分が何度も殺している人を好きになる事なんてあるのかな。もしも師匠の想いが遂げられたとしたら、世紀の真正カップルだよね。自分を殺した相手を好きになった人と、自分が殺した相手を好きになった人。ないわー。是非そこに至る気持ちの変遷を聞きたいから応援するよ、師匠頑張ってね」
応援どうも。
そうだよな、俺が惚れるのは勝手だけど、クリスティナに俺が惚れられる未来がまるで見えない。
何と言っても今の所俺は、自分が素っ裸で居る所にやる気満々で突撃してきちゃ撃退されるキ○ガイと言っても過言じゃない立場だしな、クリスティナにとっては。
記憶が継続していないのが救いとはいえ、繰り返す中で何かが積み重なって行っているのであれば、蛇蝎の如く嫌われている可能性だってある。
というかそっちの方が可能性が高い。
いろんな意味で本当に頑張らなくては。
とりあえずどうすればいいのかわからないが。
「……師匠」
「なんだ? すでに結構ダメージ負っているから、追い撃ちなら手加減頼む」
俺の捨て鉢な返事に、セトが笑う。
なんかこの話題に入ってから、俺は笑われっぱなしだ。
それにふさわしい話題だったという事なんだろうけれど。
タマの言うとおりだったのが癪に障る。
「……僕、妹がいるんだよ、師匠」
ひとしきり笑ったあとに、急に真面目な顔をしてセトが言う。
「初耳だな」
「だろうね。今までの周回の僕は、たとえ師匠にでも言わなかったと思う」
ああこれあれか。
周回ごとに、説明の手間を省くためのキーワードか。
そんなの、ここ数周のセトには必要ないと思うんだけどな。
ほぼ正しく事実を推察できているし。
「その妹が「十三使徒」の第一席で、僕がどうしても倒したい相手なんだ。僕が師匠に期待するのは、その妹に勝てる手段をくれる事。覚えておいてね、師匠が想いを遂げて、そこから先が続いたら、必ず会わせるね」
「ライバルなのにか?」
「仲が悪いわけじゃないんだよ。どうしても勝ちたいだけ。覚えておいてね? 次の周の僕は、このこと言ったらすごくびっくりすると思うけど」
そういってくすくす笑う。
何がセトに、このことを言わせたのかはわからないけれど、ちゃんと覚えていよう。
すごく楽しそうな、嬉しそうなセトの顔と一緒に。
応援もされたし、ほんとに何とかしないとな。
なにげにセトが次周があることを確信していることには触れまい。
次話 51周目【宣言】
11/20 20:00頃投稿予定です。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n4448cy/
同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
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