第42話 51周目 【執着】
驚いた。
久しぶりに「竜人化」せずにサツガイされたのにもかかわらず、新しい周が始まって最初に思ったのはそれだった。
本当に驚いたのだ。
強くなっても強くなっても、毎回無表情で俺をサツガイする「姫巫女」
それが前回初めて、その大前提が崩れた。
「死に戻り」の周回数にして、実に50。
その際に初めて、変化らしい変化が訪れた。
それまでの変化と言えば、俺のサツガイ方法くらいだった。
タマの野郎、「決まり手百選」出来そうですねとかぬかしてやがったが。
いやまあ、確かにできそうな勢いではあったけど。
たしか5周目か6周目で手に入れた「竜人化」による痛みの鈍化というか、ほぼ無効化があるから笑っていられるが、最初の数周は本気で泣きが入っていた。
「ナザレ浮遊峡谷の黒竜」と呼ばれるルクスルナには感謝している。
ぶったおしに行った時は、お互いの攻撃が通らない為手打ちになった。
その結果として「竜人化」に必要な「黒竜の血」を入手できたのだ。
なぜか「獣人化」が出来なかった俺は、これでずいぶん助かっている。
今なら黒竜ルクスルナだけでなく、八大竜王全てを倒すことも可能なくらい俺は強化されているが、人に仇なす存在でない限り「竜族」には手を出さないことにしている。
現時点で八大竜王全ての「血」を入手できているので、もはや俺のベースは人というより竜に近いんじゃないのかとさえ思う。
翼や角、牙なんかは生えたりはしないんだが、鱗は生えるしな、「竜人化」すると。
毎回セトが欲しがるが、飲んだ時の副作用と痛みを考えると止めておいたほうが良いと思う。
なんか八大竜王はすべて呼べば来てくれるらしいが、目的は「姫巫女」をサツガイすることじゃないからなあ……
全ての攻撃を躱しきるか受けきったうえで、無力化できなければ意味が無いのだ。
俺の「力」が「姫巫女」の代替たり得ることを証明しなければならない。
そうしなければ、世界を護るべき「聖女」――その一角である「姫巫女」の立場を放棄する事に、クリスティナが同意するとは思えないからだ。
周回を重ねる度により詳しく「聖女」――「姫巫女」については調べた。
その成果と言おうか、もの心ついたころから「姫巫女」として徹底して育てられているせいで、感情がほとんどないらしいというのはもう知っている。
サラに聞いた話でも、年に一度逢える時もにこにこしているだけで、何を考えているのかがまるでわからないと言っていた。
それが悲しいのだと。
その場で「そうあるべき」態度、表情、言葉をそつなく選ぶが、そこには感情が無い。
少なくとも無いように見える。
感情が見えないという事は、心がまるで動かなくなってしまっているのか、あるいは押さえているのか。
俺は前者だと思っていた。
記念すべき1周目の「首チョンパ」に始まり、ありとあらゆるバリエーションで俺を必ずサツガイする「姫巫女」にはもう、クリスティナ・アーヴ・ヴェインは残っていないのだと。
それでもその重すぎる義務から解放さえできれば、普通の暮らしの中で取り戻していくことはできるだろうと考えていたのだ。
だが違った。
50周目で俺が見たのは、間違いなく「姫巫女」としてではなく、クリスティナ・アーヴ・ヴェインとしての反応だった。
何がその引き金になったかはわからない。
でもクリスティナは間違いなく感情を持っていた。
「転移」直後、それまでのクリスティナはまったくの無表情であった。
だが間違いなく前回は最初、恐怖の表情で現れた俺を見つめていたのだ。
その表情を見て思い至ったのだが、冷静に考えてみれば俺のやっている事は無法な暴漢そのものだ。
いつも無表情で慈悲なく俺をサツガイするから麻痺していたが、クリスティナは年頃の美少女である。
それも超が付くというか、まずそこらじゃお目にかかれないレベルのだ。
その美少女に対して俺がやっていることは、禊をしている空間に万全の戦闘態勢で「転移」後、問答無用で襲い掛かっている。
――クリスティナ、毎回素っ裸だしな。
これは第三者から見れば、暴漢というか強姦魔というか、少なくとも真っ当な人間の所業ではない。
結果として殺されても、文句付ける方が間違っていると断言されるだろう。
1周目くらいか、まだしも言い訳が立ちそうなのは。
その結果思わず動きが止まり、クリスティナを見つめているとまた表情が変わったのだ。
いや表情だけではない。
今まで平気で晒していた己の裸体を両手で隠し、しゃがみ込みながら悲鳴を上げた。
その際、両手に持っていた神具を両方とも、正確に顔面に喰らいもした。
あれは避けちゃいけないと思ったんだよな、なぜか。
初めて見る「クリスティナ」の表情は、目尻に涙を浮かべながら、顔から湯気が出るくらい赤面したものだった。
俺を問い詰める声も、それまでの美しいが無機質な詰問ではなかった。
「姫巫女」の禁忌を犯した者に対する断罪ではなく、己の裸体を見た不埒な男に対する非難。
その声は感情に振るえ、かみさえしていたのだ。
正直に言おう。
――見惚れた。
自分を二桁でサツガイしている相手――相変わらず妙な表現になるな――にもかかわらず、間違いなく俺は見惚れたのだ。
初めてクリスティナの裸体を見た時も、同じようなことを考えたのを覚えている。
だけど本当に「見蕩れる」というものを経験した後では、あれは違ったのだと確信できる。
あれはとてつもなく美しい物に、目と思考を奪われただけだ。
心を奪われるというのは、そういうものじゃなかった。
十六年間、オタクとして三次元はクソ教に属していた俺は、そういう気持ちを知らなかった。
心を奪われたら、否応無くそれに執着してしまうのだ。
綺麗だ、どきどきするなんていう程度のものとは、決定的に違う情動。
それが心に刻み込まれる。
どれだけ美しくても、感情が欠落してればいずれ見慣れる。
実際俺も最初こそ見蕩れたが、その後繰り返す周回では、クリスティナが一糸纏わぬ姿であることに、これと言って反応しなくなっていた。
毎度毎度の「決まり手」が印象的すぎて、そっちに全て持っていかれていたというのを勘案しても俺が酷い。
その時間にクリスティナが「禊」をしているのは解っているんだから、その時間くらいは外せよという話だ。
外そうとしても、因果の収束でどうしても「禊」の時間になってしまうのであればともかく、今まで俺は一度もずらそうとはしなかった。
無意識であの完璧な裸体をみたいと思っていたのかな。
それくらいのご褒美が無いとやってられないというか……なんて安い命だ、俺。
それでもどうやって「勝つか」に思考は支配され、あれだけ美しい裸体を前にしながらそういう反応をしなくなっていたのは確かなのだ。
それがいきなりひっくり返った。
感情が宿ったクリスティナは、俺の心をあっさりと掻っ攫った。
何度も、何十回もサツガイされているにも関わらずだ。
――何度も繰り返して見ていたのに、一目惚れしたんだ俺は。
いや何度もみていたのは「姫巫女」で、今回初めて見たのが「クリスティナ」だ。
「うーん、控えめに言っても変態ですね」
タマやかましい。
確かに自分をあらゆるバリエーションでサツガイしてのける女の子に惚れるのはどうかと思いますよ?
思いますけどね?
なんというのか、そうギャップ萌えっていうのがあるじゃないですか。
それ。
「うわあ、手遅れですねこれもう」
もうちょっと手加減できないか、タマ。
だけど。
上から目線で「姫巫女の立場から解放してあげよう」なんて思ってたのが、「解放したい」に変わった。
正しいからとか、クリスティナだけがそんな重責を背負うのが間違っているとか、サラに頼まれたからとか、かわいそうだからとか、そういう一切合切は消えうせた。
いや、サラの願いを叶えてあげたいというのはもちろんある。
味方になるといったサラとの約束を違える気も無い。
だがそんなことに関係なく。
何よりもまず俺が。
俺がクリスティナを「姫巫女」なんていう立場から解放したいと思ったのだ。
サラやセシルさんのように、普通に怒って、泣いて、拗ねて……笑ってるところがみたいと、俺が思った。
正直十六年間生きてきて、こういう思いを得たのは初めてだ。
今回からは、間違いなく俺の望みで、俺の意志だ。
この後何回サツガイされたとしても――
――クリスティナ、お前を解放してみせる。
「なんか入ってますけど、自分を何回も殺した相手に今更一目惚れって真性ですよ? 変態だとかマゾだとか、そういうチャチなものじゃあ断じて無い、もっと恐ろしい何かです」
自覚が無いわけじゃないんだ、そっとしておいてくれ。
「初恋」は俺を首ちょんぱした人でした。
何を言っているかわからないと思うが、俺もわからない。
次話 51周目【告白】
11/17 23:00頃投稿予定です。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n4448cy/
同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
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