第35話 2周目 【優位性】
「ツ、ツカサ様は私の「神託夢」の内容を全て把握しておられるのですか? 外れた「神託夢」なのに?」
サラは俺の言葉に一瞬思考停止していたようだが、なんとか再起動したようだ。
訝しむというよりも驚きの方が強い表情で、わりと直球の質問をしてきた。
わからないでもない。
おそらくは初めて外れた「神託夢」の内容を、ある意味外した張本人が知っているそぶりを見せれば驚きもする。
実はこれ2周目なんです、とか言われても理解できないだろうしな。
「神託夢」から得る安心感が無くなれば、聡いとはいえ九歳の女の子だ。
一周目のサラを大したものだと褒めるべきなのだろう。
「そうですね。とりあえず本来であれば、これからサラ王女殿下と二人で「癒し」を七人の近衛騎士様たちにかけて回る筈だった、ということを知っているくらいには。あとサラ王女殿下の一人称は「私」ではなく「サラ」では?」
俺の言葉にサラの顔が見る間に赤くなる。
そうだよな、演技というよりは「神託夢」を正確になぞっていたという方が正しいのだろう。
自分でもあざといという自覚はあったというわけか。
ちょっと面白いな、こういう反応
「趣味が悪いですよ」
左肩からタマが囁く。
申し訳ない。
だけどちょっとしたパラドクスだな。
「サラ」という一人称がサラの意志ではなかったとしたら、誰がサラにそうさせるように仕向けたのか、という疑問が残る。
それはそのまま、サラに「神託夢」を見せているのは誰だという疑問と同義だ。
「神託夢」というからには神なのだろう。
そいつには俺が九歳の女の子の一人称が、自分の名前呼びの方が受けがいいと判断しやがった訳だ。
ほほう、成程。
当てられているからこそ腹立たしいな、くそ。
それに「死に戻り」以降はまだ判断できないが、少なくとも俺がこの世界に転移してくることを、「神」とやらは知っていたという事だ。
「創造主に飽きられた世界」を統べる神様か。
そりゃお前らの眷属なんじゃないのか、タマカーチャン。
「あ、あの……」
「少しよろしいですか? サラ王女殿下。王陛下も」
何をどう話していいかわからない様子のサラと王様を近くに呼ぶ。
未だ鳶色の悪魔モードであるセシルさんと、カイン近衛騎士団長をはじめとした近衛騎士たちが色めき立つが、サラと王様が制した。
「ツカサ様のお話を聞きます」
「よい。ツカサ殿がその気であれば、ここにいる全員を一瞬で無力化出来ることはもう理解しておろう。話を聞かせてもらえるのであれば、それが一番はやい」
敵のような目で俺を睨むセシルさんを見て、思わず笑いそうになる。
この人は変わらないな。
あと元気なザックとガウェインをみて安心する。
大丈夫だよ、お前らがどれだけサラと王陛下を大事にしているかは十分知っている。
そんな目で見なくても、お前らを裏切ったりしない。
俺と目が合うと怪訝そうな顔をされる。
あいつらにとっては初対面だ、友人面されても違和感しか感じないよな。
近くに来てくれたサラと王様の周りに、遮音フィールドを展開する。
これで会話は外には聞こえない。
別に全員に話してもいいのだが、その辺の判断はサラと王様に任せたほうが良いと思ったのだ。
それにサラは九歳の女の子の顔を、臣下に見せちゃダメな気がする。
彼らにとってサラは、「聖女」に次ぐカリスマな筈なのだ。
必要な演技であればいいが、素は拙い。
「さて、要らない駆け引きをする気はないので、ぶっちゃけて話します。言葉遣いが荒いのはご容赦願えればと」
前回はサラのお願いを聞いた褒美として、楽な言葉遣いの許可を得たんだったな。
救った事実は大筋変わらないからかまわないだろう。
しかしサラのあの「何でもいう事を聞く」から来年にはお嫁さんになれますコンボも「神託夢」に従っていたわけか……地味に来るな。
「構わぬ、もとよりツカサ殿は「魔法遣い」、世俗の権威に従う必要はない」
最初に言っていたことを繰り返す王様。
「私のこともサラとお呼びください。もとより私の「神託夢」ではツカサ様はそう呼んでおられました。……わ、私は「サラは」と言った方がよろしいです、か?」
……。
いや好みだけどね?
顔を赤らめて、上目使いで聞いてくる仕草からしてストライクなんですけどね。
じゃあそれでお願いしますとは言えないだろう。
「……バ、バカな事を申しました、忘れてください」
一瞬怯んだ俺の顔を見て、慌てて自分の言葉を撤回する。
頭から湯気が出そうなくらい赤面しながら、肩をすくめている。
あざとさの抜けた、年相応の可愛らしさというのはかなりの破壊力だ。
相当無理していたのだろうなあ、1周目。
いや、待て俺。
これすらも演技である可能性を捨て去ってはいけない。
己の「神託夢」との乖離を即座に分析し、「神託夢」から想定される俺の好みに合わせて、「演技しようとしていたことが発覚した状況で最も可愛らしい自分」を演じている可能性はゼロではないのだ。
まあ冗談だけど、1周目のサラを見ていたら出来ても不思議はないような気もする。
そういう油断ならない部分も含めて面白いから、サラは好きなんだからいいんだけどな。
しかしもしもそうなら、みんなに素を見せているように振る舞っているのも計算という事になるから、末恐ろしい。
「結論から言えば、サラの「神託夢」を外したのは俺です。理由はまあ……ザックとガウェイン、他の五名も可能であれば、痛い目を見る必要ないと思ったからなんですけどね」
念のため1周目とほぼ同じ行動を追う事も出来た。
変えたのは本当にそれが理由だったのだ。
おかげである意味重要な情報を得れたので、行動を変えてみたのは良判断だったと言える。
「名前も、人数も一致しています」
王様の視線を受けて、サラが返答する。
サラにしてみれば、俺が「神託夢」を知りつつ、それを凌駕できる力を持っていることは、ある意味朗報ではあるのだろう。
「神託夢」に頼っている一方で、サラはジアス教会の教え、神の定めたルールに背きたいのだ、おそらくは。
であれば、俺が「神の見せる夢」を覆せる存在だというのは願ったりだろう。
それが真実でさえあれば。
「俺のいう事が真実だとまずは信じてもらわねばなりませんから、手間でも答え合わせをしましょう。――サラの見た「神託夢」は何時、どこまで見たの? できれば見る周期とかも教えてもらえるとありがたい」
俺なりの考えはあるが、出来るだけ詳細な情報があるに越したことはない。
「サラの神託夢」はその中でも重要な要素だ。
「いえ、私はもう、ツカサ様を信じて……」
「いやサラ、きちんとお答えしなさい。信じている、というのは言葉で証明できるものではない。お互いが肚を晒して初めて、信じてもいいと思えるものだ」
自分に都合のいいように盲信するのは確かに危険だ。
相手のいう事が全て真実だと思う事はもっと危険だが。
だがこの状況でサラを促したのは駆け引きをしろという事ではなく、言葉通り肚を晒して話しなさいという事だと思っていいだろう。
彼らは俺を味方につけたいのだ。
1周目、サラの「神託夢」がぴたりと合っていた時には目立たない王様だと思っていたけど、臨機応変が必要な事態となればやはり頼りになる。
いかにサラが聡い娘でも、積み上げた年月にはそうそう敵わない。
しかも大国の王として積み上げてきた時間は、その密度においても高いものだろう。
「は、はいお父様。ツカサ様、私の見た「神託夢」は――」
サラが王様に促されて、自分の「神託夢」の見かたを含め、見た内容について話し出す。
一つはっきりしていることがある。
少なくとも「神」とやらは、現時点で俺の「死に戻り」の異能に気付いていない。
俺が転移によってこの世界に来ること、その後の行動まではぴたりとあてて見せたが、「死に戻り」以降の事は掴めていない。
もしそれが可能なのであれば、サラが見ている「神託夢」は、俺の「死に戻り」以降の事も含まれていないとおかしい。
もしくは今のサラが見ている「神託夢」が、今の俺の行動に合致したものでなければならない。
俺がこの世界で初めて「死に戻り」をした以降は、俺がどう動くかを掴めていないのだ。
「三聖女」や「勇者」の仕組みをなんとかするのであれば、いずれ「神」とは対峙することになる可能性が高い。
「大いなる厄災」すら、神の掌の上の可能性もある。
だいたい「神」とやらが黒幕なことが多いのだ、この手の展開では。
それが「創造主が飽きて見捨てた世界」であれば、なおの事そんな気がする。
俺の「死に戻り」が、この世界の神ですら制御・感知不能な力であるのなら、これは間違いなく俺の「優位性」だ。
見てろよ、まずは「姫巫女」倒して、
「女の子のなのにこんなに強いなんて驚いたよ」
て言ってやる。
せっかくあれだけ綺麗なのに、死んだような目で禁忌を犯した人間を殺せるような状態から、クリスティナ・アーヴ・ヴェインを引っ張り上げて見せる。
あの恐ろしい全裸忍者、クリスティーナを「姫巫女」から「サラのお姉ちゃん」に戻すことが、俺の異世界第一・クエストだ。
次話 2周目【本当のサラ】
11/10 23:00頃更新予定です。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n4448cy/
同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n7110ck/




