第34話 2周目 【違和感】
「浮遊」で空中に浮かぶ俺が放った「雷撃」で、八体の「雷龍」が全て一撃で絶命する。
サラとセシルさん、ついでに王様の乗る豪華な馬車へ向かって「雷龍」が突撃を開始し、カイン近衛騎士団長率いる護衛の近衛騎士たちが、慌てて逃走および防御陣形並行した直後だ。
まさに「雷龍」達がブレスを吐こうとする直前に「転移」が間にあったが、もう少し遅れれば近衛騎士の誰かが前回と同じ目にあっていたかもしれない。
あぶない。
さすがに最精鋭だけあって、前回俺が介入した時点まででも、かなりの時間と距離を稼いでいたのだ。
そういえば「癒し」の魔法をかけて回ったときも、一人一人結構距離が開いていたものな。
誰一人無駄死はしていなかった訳だ。
いや誰一人死んでは居ないが。
当たり前だが、ザックもガウェインも無事だ。
よかった。
空中に浮かぶ俺を、驚愕した表情で見上げている。
当然なんだがその表情は、知り合ってからの俺に向けてくれていた、大貴族の跡取りとは思えないくらいあけっぴろげなそれとは違う。
少し寂しいが仕方ない。
今回も今から知り合いに成り直せばいいだけだ。
二度目のはじめましてにはなるが。
前回とは違い、びびることなく高度を下げる。
「飛翔」で飛び回る経験をつんでしまえば、「浮遊」で浮かんでいることなどに動揺することは無くなる。
たった二日に満たない経験でも、着実に力にはなっていることを実感できる。
ステータス的なものだけではなく、こういった心理的な経験も重要なものだろう。
ステータス的なものについては極端な話、今の「雷龍」×8討伐を繰り返せばどこまでも強くなれる。
スライムだけでレベルカンストするような不毛さはあるにせよ、不可能ではない。
……「練習相手にもならない相手です」になったりしたらどうしよう。
ちょっと不安だ。
「お力添え……いえ救っていただいて感謝いたします。魔法遣い殿」
カイン近衛騎士団長が、前回とまったく同じ感謝の辞を述べてくれる。
……あれ、なんか違和感がある。
誰も部下が脱落していないからなのかな。
なぜか前回よりも、警戒されている気がする。
「偶然居合わせたので、余計なことかと思いましたが手を出させていただきました。お気になさらず、ヴェイン王国近衛騎士団長カイン殿」
俺も前回とまったく同じ言葉を返す。
前回と違い、一人も欠けることなく俺の目の前に揃っている近衛騎士たちが、俺の言葉に反応してびくりと動く。
左目の「義眼」によってカイン近衛騎士団長の名を言い当てたことに対する反応は、前回と同じだ。
なのにここでも違和感を感じる。
なんだろう、この感覚。
前回は警戒をされていながらも、俺自身がそれでいいのかと思うほどはじめから信頼されているかのような空気があった。
今回はなぜかそれが無い。
気のせいではなく、前回よりも警戒されていると感じる。
犠牲が全く出る前に介入したことに対する、犯人による自作自演を警戒しているにしても、前回との違いが大きすぎる気がする。
これが一回目なら、俺もこんなものかと思っていただろう。
だが二回目故に、前回との乖離が大きいとどうしてもそこが目立つ。
違和感の理由はわかったが、何がそれを発生させているのかがわからない。
誰も犠牲が出ない間に介入することが、そこまで警戒させる理由になりうるのか?
王の命が脅かされた状況で、この反応は妥当というか、それでもまだ甘いとは思う。
思えば前回が甘すぎるというか、警戒が無さ過ぎたのだ。
その理由は確かサラの……
「これはちょっと不味いかもしれませんね」
左肩のタマが、俺にしか聞こえない声で呟く。
それは前回と全く同じタイミングで馬車から降りてくる王様とサラを見た瞬間、俺も同意見になった。
王様とサラがあからさまに警戒している。
前回は違った。
王様には余裕があり、サラは興味津々の目で俺を見つめていた。
今の王様は明らかに緊張を隠しきれず、サラは怯えたように王様の陰に隠れている。
セシルさんは前回同様、胡散臭い存在をみるような目だ。
あのときは不埒な事を思い浮かべていたから、軽蔑するような目に見えたんだな。
今みれば純粋に警戒しているのがわかる。
思えばあの時、サラの容姿から想像した第一王女――今ならそれが「姫巫女」クリスティナだとわかっているわけだが――に対して、馬鹿なことを想像していたんだった。
着替えを覗いて、決闘騒ぎからの勝利でフラグを立てるなどと。
現実は裸をみた罪で首ちょんぱなのでしゃれになっていない。
しかもそのイベントは、サラの望みをかなえるためにはどうやら不可避っぽいと来ている。
だが今、その肝心のサラの様子がおかしい。
何が皆をそうさせているのか、理由は一つしかあるまい。
「思っていたよりも、サラ王女の「神託夢」は詳細なものだったようですね」
タマが俺の想像と全く同じ意見を呟く。
多分、いや間違いなくそれだ。
結果として救われることは変わっていなくても、その展開がまるで違うのだ。
前回あそこまで余裕があったのは、サラの「神託夢」を寸分違えることなく俺が現れたからだろう。
サラの「神託夢」を、漠然と展開や結果を伝えるものだと理解していたが、この状況から考えるとどうやらそうではなかったようだ。
下手をすれば未来の自分の経験を先取りするように、明確に全ての情報を得れるものである可能性すらある。
そしてそれは今まで一度も外れたことなど無いものだったのだろう。
前回のサラの台詞を思い出す。
『やっぱりサラの神託夢に間違いなんて無いんだわ。ほらお父様、サラの言ったとおりだったでしょう? 素敵な魔法遣い様が助けてくれたでしょう?』
だからこそサラはあそこまで屈託無く、初対面の俺を信じれていたのだ。
それは裏返せば己の能力、力である「神託夢」への絶対の自信だったのだ。
それが今は崩れている。
サラが見た「神託夢」は間違いなく、一度目の展開のそれだろう。
ところが今回は俺が先回りをし、サラの「神託夢」とは全く違う展開で介入してしまっている。
同じなのは結果だけで、サラの「神託夢」は外れてしまった。
だからあそこまで警戒している、いや怯えている。
初めて自分の「神託夢」を覆す存在が現れたのだ。
怯えるのもわかる。
サラにしてみれば今の結果だけみればいいのかもしれないが、このあと俺が敵か味方か、保証するものが何もなくなってしまった状況なのだ。
前回、サラがどこまで「神託夢」をみていたのかは不明だが。
そう考えると、態度が変わらないセシルさん以外は、サラの「明晰夢」を詳細に伝えられていたと考えて間違いないだろう。
だからこそ俺の「違和感」となる、態度の違いが現れる。
王様もカイン近衛騎士団長も、近衛騎士のみんなも態度に出さないように努力しているのはわかる。
俺もこれが本当に「はじめまして」であれば気付かなかっただろう。
王様とサラのギャップが決定的だ。
前回の記憶が無ければ、命の危機に晒された直後の態度としては違和感を感じることも無かったと思う。
しかし、すごいなサラ。
正直に言えば少しショックだ。
セトに言われていた台詞が鮮明によみがえる。
『サラ王女殿下は、師匠に期待してる。いや縋ってるといったほうが正しいかもしれねえ。突如現れた圧倒的な力を持った魔法遣いが、奇跡のように自分に好意を示してくれてる。気付いてるだろうけど師匠、サラ王女殿下の根っこは俺と変わらないぜ? 基本的な好意を持っちゃいるけど、それだけで王族の子女があの態度にはならない』
『だからこそサラ王女は師匠のいう事を何でも聞くぜ。おそらくでも多分でもなく絶対だ。今晩一人で部屋に来いって言えば、躊躇い無く来るだろうさ。師匠からどうしても得たいものがあって、それがでかけりゃでかいほどそうなる』
『俺やサラ王女殿下の「好意」ってのはそういうもんだってこと』
わかっているつもりだったがわかっちゃいなかった。
それが前回のサラと、今のサラとの違いで明確に突きつけられる。
九歳の女の子がそこまで出来るものなのか。
1周目のあの態度は己の「神託夢」に従って、完璧に演じていたものだったのだ。
今動揺しているという事は、王様や近衛のみんなもそうだったのだろう。
自分が生死の境をさまよう事も織り込み済みにしてしまえる忠義には感心するが、あの態度がすべて予定されていたものだと思うと、さすがに物悲しい。
だけどそこまでしてもかなえたい願いがあるんだな、サラ。
逆にそれはよくわかったよ。
あとセシルさんが変わっていないところはちょっとだけほっとした。
セシルさんだけは最初から警戒心全開だったもんな。
まさかそれに救われたような気持ちになるとは、思いもしなかった。
だけど悲劇の主人公ぶったり、裏切られたなんていう気は更々無い。
1周目の関係がお膳立ての上に積み重ねられたものであっても、俺は嫌じゃなかった。
そして今回がこうなっているのであれば、お膳立て無しで積み上げなおせばいい。
ちやほやされるのは、楽しいし嬉しい。
だけどそれだけが全てじゃないと、自分で実証できるいい機会じゃないか。
セトは言ってた、自分達の好意は利害含みだと。
それでも好意が無いわけじゃないから、そこのところは理解しておいてくれと。
サラはどうしても俺を取り込みたくて、セトみたいに明け透けにいう事が出来なかったのだろう。
それだって理解できる。
今王様の影で怯えているサラが、本来のサラだ。
だったらそのサラと、仲良くなればいい。
だって俺がそうしたいんだから。
前回と同じように、膝を屈して頭を下げる。
「……頭を上げてくださらんか、魔法遣いどの。確かに余は一国の王ではあるが貴方に命を救われた立場であるし、本来「魔法遣い」とは世俗の権威とは無縁のお立場。礼をとられては余としてはどう振舞っていいかわからなくなってしまうゆえ」
王様はシナリオ通りの台詞を話す。
「お許しを得まして。私の名は八神司と申します」
これでサラの「神託夢」の基本は外れていないことは伝わるだろう。
部分部分は全く同じだし、俺の名前も一致したはずだ。
立ち上がりながら、俺は視線をサラに向ける。
自分の「神託夢」が部分的に外れていることに動揺しながらも、何とかシナリオ通りに俺との邂逅を進めようと一生懸命なのが分かる。
やっぱり聡くて、いい娘なのには変わりが無い。
「余はヴェイン王国国王、アルトリウス三世である。魔法遣い殿の事はツカサ殿とお呼びさせて――」
前回はここでサラが俺に飛びついてきた。
今回も表情はまだぎこちないけど、何とかそうするつもりだろう。
サラ、意外と演技下手だったんだな。
ちょっと笑えて、安心する。
「神託夢」という絶対的な安心感があってこそ、あそこまで天真爛漫に振舞えていたのだろう。
「ま、魔法遣い様! いいえツカサ様! ――」
「サラ王女殿下」
無理やりシナリオ通りに進めようとするサラの言葉を遮って、自分では出来るだけやさしく聞こえるように、表情と声を作る。
キモイとか思われてなければいいのだが。
びっくりしたようなサラの表情に、今度は本気で思わず笑う。
「演技を続けなくていいですよ? そんなことをしなくても俺は味方です」
サラの口がぽかんとあく。
ああ、セトとの魔法合戦をみた後もこんな顔をしていたな。
これだけ美人だと、間抜けな表情でも愛らしい。
今回はちゃんと、歳相応のサラと仲良くなれればいいな。
「……おやさしい事ですね」
左肩でタマがぼそりと呟いた。
いいじゃないか、俺がそうしたいんだから。
腹割って話せる仲間はどうしたって必要なんだ。
特にこういう展開ではそういう存在はお約束だろう?
まだそういうポジションだと判断するにははやいけど、こっちから扉を閉める必要は無い。
そう思わないか?
騙すなんて許せない! って反応のほうがよかったか。
「まあ否定はしません」
気苦労させてすまないなカーチャン。
さて今回は、要らんお膳立て抜きで仲良くなろう。
そのほうがいろいろな対策を立てやすくもなるだろうし、俺のやる気だって変わってくる。
腹グロ疑惑を持っていたサラは、ある意味正解だった訳だけど、今目の前で目を白黒させているサラは、ちゃんと歳相応に可愛いらしい。
妙に達観したサラよりも、好みかもしれない。
そうか、サラの見た「神託夢」次第では、俺の約束を覚えている、というか知っているかもしれないんだな。
大丈夫だサラ。
「神託夢」とはずいぶん違ってしまってるけど、俺はその約束はちゃんと守るつもりだから。
次話 2周目【優位性】
11/9 23:00頃投稿予定です。
日曜日だし、予定よりはやく投稿してみました。
思ったより二周目というか、プロローグまでははやくたどり着けそうです。
あくまで自分としてはですが。
お見捨てなく読んでいただけたら嬉しいです。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n4448cy/
同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n7110ck/




