第30話 1周目 【死に至る出逢い】
セトから聞くことが出来た情報で、いろんなことがわかった。
正直風呂で聞く話でもなかったような気はしないでも無いが、其処はまあしょうがない。
裸の付き合いだからこそ聞けることもある。
今回は特に関係ないが。
これで全てをわかったような気になるのは危険だが、話の大前提といおうか、土台にあるものは掴めたと思ってもそう的外れでも無いだろう。
サラやセシルさんとつめた話をする前に「三聖女」と「勇者」に纏わる話を理解しておけたのは大きい。
自分が「勇者」だとはとても思えないが。
「なんにせよ助かったよセト。サラと一緒にセトに質問させてもらう前に、知っていて当たり前のことを聞けたのはありがたい」
乾ききっていない髪を気にしている、俺と並んで部屋へ戻るセトに感謝を伝える。
さすがに本来王族がプライベートで使用する空間だけあって、目に見えるところに兵士や使用人は見えない。
指でも鳴らせば老執事が現れたりするんだろうか。
もしそうでも俺が鳴らしても現れてはくれないか。
「師匠の役に立つのは、弟子の義務だから気にしないで。それよりまだまだ師匠の言う、「知っていて当たり前」のことを知らない気がしてそっちのほうが心配だよ」
俺の謝意を受け入れつつ、疑惑の視線を投げかけてくる。
おい弟子よ、それは師匠に向けるべき視線なのか。
だが俺は、本当に知っていて当たり前のことを知らない。
冗談はともかく、タマのせいにすることも出来ないしわりと深刻な問題な気もする。
普通の人であれば知っていて当たり前のことを知らない、というのは俺が他を圧倒する魔法使いであることで、世俗のことを知らなかったで押し通せる。
だが「魔法遣い」であれば知っていて当然のことを知らないとなれば、それはさすがにまずいだろう。
俺は魔法については能力として得たに過ぎないから、その辺の知識は欠落している。
能力管制担当と「義眼」がフォローしてくれるとはいえ、通常の会話の流れではフォローしきれない部分もあるだろうし、違和感を生じさせることもあるだろう。
(´・ω・`)
いやだからお前のせいじゃない。
充分助かってるから落ち込むな。
とはいえ、特にセトなんかは自分が突出した「魔法遣い」であることからも、俺の「魔法遣い」としての違和感にはある程度気付いているだろう。
そういう部分のフォローをお願いするにはいい相手だ。
一応師匠と弟子の関係になっているわけだし、甘えられるところは甘えさせてもらおう。
「それは確かになあ……サラやセシルさんに教えてもらうのもなんか恥ずかしいから、その辺はセト頼むよ。魔法の師匠は何とかこなすから、常識のほうの先生はセト頼む」
「師匠と弟子兼、先生と生徒かよ。しょうがないな、師匠の指示は絶対だしね。だけど師匠もちゃんと教えてよ? 特に俺の「禁呪」を無効化したやつは、可能だったら覚えたい」
まんざらでもなさそうに了承してくれる。
そうだな、セトは俺から得られるものがあると判断したからこそ弟子になってくれたのだ。
最低限、その期待には応えねばならないだろう。
どうやって教えるのかはいまいちよくわかっていない俺だが、頼りになる能力管制担当が何とかしてくれることを信じるしかない。
「まあその辺はおいおい、な」
とりあえず今すぐ教えてくれといわれても困るし、お茶を濁す。
多分「妨害」程度なら、セトの地力があればすぐ覚えられそうな気がするんだけどな。
あれは彼我の魔力総量の差が全てみたいなところがあるし、セトの魔力量なら相手の魔法を「妨害」した上で、自分の魔法をぶち込む事くらいは余裕で出来そうだ。
「うん。俺だって新しい「魔法」がそんな簡単に手に入れられるとは思っちゃいないよ。師匠のあれは「魔法遣い殺し」って言っても過言じゃない代物だしね。まあだからこそ覚えたい訳なんで、こっちは血が滲むような修行でも覚悟できてるから、よろしくお願いします」
セトの中ではそんなにすごい魔法なのか、「妨害」
いや、無理も無いというか、ある意味当然なのかもな。
「魔法遣い」は当たり前だが「魔法」が全てなので、それを無効化されたらただの人だ。
全ての魔法を封じられれば、ただの兵士にでも殺されるだろう。
しかもそれが初見であればなおの事だ。
「転移」どころか、単体では自身最大の魔法である禁呪『紅焔墜下』を消し飛ばされた印象は強いのだろう。
確かに相手の魔法を「妨害」できる時点で相手に完勝できるし、格下に対して万一の遅れを取ることもなくなる、ある意味究極の魔法の一つなのかもな。
セトなら「我が魔導書」に仕込んで使うという事もできそうだし。
もしセトの最大魔力を込めた「妨害」の頁が作成可能であれば、セトと対峙したセト以下の魔力総量の「魔法遣い」はその時点で詰みになるのか。
そりゃ覚えたがる訳だよな。
しかし師匠と弟子という関係がほぼ固まってから、セトの口調と態度はずいぶん柔らかく、というか丁寧になってきている。
あえて虚勢を張る必要がなくなったから、素が出てきているのかもしれない。
美少年に懐かれるというのも悪いもんじゃないな。
しかしサラにセシルさん、それにセトか。「銀」も居るし。
向こうじゃ妄想さえしなかった状況だ、美少女、美女、美少年に囲まれているというのは。
うっかり向こうじゃ欠片もなかった、妙な趣味に目覚めないように気をつけないとな。
セトをみてると、なんとなくだがそう思う。
俺だって「もうやだこの国」と言われる原因の一人だったのだ。
自分がけっこう信用できない。
部屋に着いたが、サラもセシルさんも戻ってきていないな。
女性の風呂が男みたいに鴉の行水に毛が生えた程度では済まないのは、異世界でも同じようだ。
夜は長いし、気長にまとう。
部屋に控えていた「銀」が用意してくれた、果樹水を呑みながらゆっくりすることにする。
城の侍女たちにはセシルさんから紹介してもらっていたから、厨房へ自分で行ったのかな。
まあまさか「自動人形」だと気付く人は居ないだろうけれど。
「それと後は「無詠唱」だよなー。だけどあれは師匠以外使えないような気がするというか、「魔法」の大前提を全否定しているような代物だしなー」
などとソファにだらしなく座って、無邪気に言っているセトを警戒の視線で見つめていると、「義眼」にメッセージが浮かぶ。
「Interrupt」given to Seth(´・ω・`)?
お?
こんな空き時間で教えられるようなものなのか?
そうならセトも喜ぶだろうし、そうしてやりたいが。
Touch Seth(・ω・)b
おい。
いいのかそれ、あってるのか。
セクハラとかにならんか。
「セト、今から「妨害」覚えるか?」
「……いやいや。いやいやいや師匠。そういうもんじゃないだろ、何言ってるの?」
ソファの上で身を捩りながら、疑惑の視線をセトが向けてくる。
そうだよな、普通なら俺もそう思う。
でも俺の膨大といっていい与えられた能力を完全に制御している能力管制担当が言うことなので、はったりじゃないとは思うんだよ。
説明も難しいので、ソファの後ろに回りこんでセトの首筋を左手で触れる。
「っひゃ、なにすんだ師匠、突然その気になるのやめ、て……よ?」
「――出来そう?」
はとが豆鉄砲食らったような顔しているセトに問いかけると、無言で頷かれた。
風呂で流したばかりの汗を、額に浮かべている。
「……なんでこんなことが出来んの、師匠。初めから知ってるみたいに出来るようになってる……気がする」
そういって自分で最小の「火球」を短い詠唱で出現させ、無詠唱でそれを「妨害」して見せた。
「ほんとに出来る……しかも無詠唱で。師匠って何者なの? 魔法使いとか勇者とか言うよりこれじゃ……」
呆然としていたセトが、はっとしたようにソファから飛び上がり、俺の足元にひれ伏す。
「弟子になって何もしていないうちから、師匠の秘奥の一端をいただきまして……」
ああ、こういうのは苦手だ。
はやいうちにこういうのは無くして置きたい。
「やーめろって、そういうの。俺もできることはするから、セトもできることしてくれりゃそれでいいよ。魔法遣いのルールなのかも知れないけど、そういうとこに拘るなら師匠降りるぞ」
そういうと戸惑ったような、困ったような顔で俺を見上げるセト。
ギブ&テイクを語っておきながら、こんなに簡単に望むものを与えられた事に慌てているのだろう。
わからないでも無いけど、俺だって血の滲む修行の末に手に入れたものではないのだ。
あんまり大袈裟にされても、その、なんだ、困る。
「……だって、俺そんなに返せるもの無いよ? 魔法遣いとしては師匠のほうがずっと上だし」
だからやめなさい、そういう表情。
可愛いとか思う自分が怖くなるだろ。
サラとセシルさん、早く帰ってきて欲しい。
はやくしろっ!! 間にあわなくなってもしらんぞーーっ!!
「そんなことはないさ。当面は俺の常識の先生なんだろ、よろしく頼むよ」
「うん……がんばる」
何とか納得してくれたようだ。
だがセトにもおなじみの、こいつなんでもありだと思われたな、間違いなく。
確かに能力管制担当は何でもありな気がしてきたな、俺も。
……いや、能力を与えたのは俺自身なのか。
どうなってんだろうな、俺の能力も。
なんか聞いていたよりも軒並み高性能な気がするが。
「しかし女性陣まだ風呂の中だな。こりゃ帰ってくるのまだまだ時間かかるぞ、セト」
「女の子……女性のお風呂ってそんなもんだよ師匠。僕だってほんとならもっと時間かけたかったけど、師匠さっさと出て行くしさ。……っていうか師匠どうやって女性陣の状況把握してるの? やっぱりその銀色の左目?」
驚いた表情で聞いてくる。
そうか、セトは長風呂派だったのか、それは悪い事をした。
……素でセトの一人称が俺から僕になっている。
だんだん素になっているのか、俺の反応をみた上でのあざとさなのか警戒が必要だ。
俺も無警戒に話しすぎだと思うけど、セト相手ならまあいいか。
「うん、まあね。一度みた相手なら、どこに居るかはすぐわかる」
「もうなんか、何でもありだね師匠」
言われた。
うんまあ、しょうがないかな。
「あ。ってことは師匠は王宮の地図は完全に掌握できてるってこと?」
「うん? ああまあ地図だけならね。階層とか指定するのちょっとややこしいけど」
セトの疑問に答える俺に合わせて、眼前に各階層ごとの地図が並べて表示される。
わかんねーよ、一気に表示されても。
あ、王様とアラン近衛騎士団長は王様の私室でなんか話してるな。
カザン大司教と司教の皆様は教会の大司教室に集まってる。
近衛の連中は、それぞればらばらだな。
これその気になったら会話も聞けるっぽい。
今はやめとくがこれ便利とかそういうレベルを越えてる気が……
「だったら師匠、どこかに結構大きな神殿みたいな空間無い? 「聖女」――ヴェインでは「姫巫女」は、そういう空間に隔離されて暮らしてるはずなんだよね。教皇庁でも秘匿されてて知ってる人は極僅かだけど。もし把握できてるなら、「姫巫女」――クリスティナ・アーヴ・ヴェイン第一王女殿下にそこで逢えるかもよ」
セトの言葉に従って、能力管制担当が候補の地図を抽出する。
王宮の地下に、めちゃくちゃ長い一本道を通してしか入れない結構大きな空間が確かにあるな。
「なんか地下にあるな。そこかな?」
「……ほんとにわかるんだね師匠」
呆れたような顔で言うセト。
いやお前が教えてくれたんじゃないか、結構重要な情報だと思うぞこれ。
もし本当にここにいるなら、好きなときにサラに逢わせてやる事も出来るだろうし、確認してみよう。
「嘘言ってどうするよ。まだ時間あるみたいだし、ちょっと行ってみるわ」
「ちょ、師匠――」
なぜか慌てたセトをおいて、「転移」を発動する。
毎度コマ落としの様に、見えている風景が切り替わり、広大な空間に移動する。
ああ、いかにも神殿って感じだな。
石と水、どうやって取り込んでるのかわからないけど陽光にしか思えない光で、荘厳な空間が構築されている。
すごいな、どうやってこんなもの造ってるんだろう。
そう思った俺に、背後から声がかかる。
「……誰ですか」
感情の感じられない、乾ききったような声。
それでもぞっとするくらい綺麗な声だ。
慌てて振り返った俺の眼に映るのは、間違いなく生まれてからこれまでで一番綺麗な女性の肢体。
一糸纏わぬ姿で、中央の泉に佇んでいる。
祈りでも捧げていたのか、髪も身体も全身が泉の水で濡れている。
何か言おうとしても声が出ない。
それほど圧倒的に美しい立ち姿だ。
まさかこれが、死に至る出逢いであるとも思わず、俺はバカみたいに感情の無い、それでも嘘みたいにきれいな顔と肢体に見蕩れていた。
次話 1周目【一度目の死】
11/4 23:00頃投稿予定です。
21:00投稿が帰宅時間的に難しいので、23:00にずらします。
申し訳ありません。
完結済短編「異世界娼館の支配人」も出来ましたらよろしくお願いします。
http://ncode.syosetu.com/n4448cy/
同じく完結済中篇「三位一体!?」も出来ましたらよろしくお願いします。
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