第26話 1周目 【師匠と弟子】
己の最強最大の魔法、「禁呪」をあっさり無効化されたセトが溜息をつく。
「もういいよ。一緒だろうし、観客きはじめたし。力押しだと話にならないのはよくわかったよ。どのみち紅焔墜下以上の魔法は撃てないしね。なっがい詠唱がただのひとり言にされるって、鬼だねツカサにーちゃん」
セトは自分の「禁呪」が「妨害」可能だという意味を、なんとなくだが理解しているのだろう。
力押しが無理だと結論付ける判断がはやい。
だけどまだあきらめたという表情ではないな。
何かまだ手を隠し持っていると見た方がよさそうだ。
「確かになあ。発動に年単位のお祈りが必要だと思っているやつに使ったら失神するかもな」
己が神に祈り続けた日々を、完全に否定されるようなものだ。
敬虔な信者、教会が言う理を盲信している者ほどショックは大きいだろう。
「いや逆にツカサにーちゃんの事を、神様の地上代行者だと信じるんじゃない? だけどやっぱり、そうじゃないこと知ってるんだね」
なるほど、神に祈りを捧げた日々を消し飛ばせるのは、より神に近い立場の者と見做すのか。
悪魔とか、神に敵対する存在が神の御業に抵抗できるとは考えないんだな。
強いものが正しいというジアス教の教えであれば、そういう思考展開になるのか。
しかし、やっぱりセトはいろいろ知っているのだろう。
「その言い方からするとセトもだろ。まあそうじゃなきゃそれだけの魔力量になってないだろうし、「十三使徒」ってのはかなり実践派なんだな。相当繰り返して魔力使わなきゃ、そこまでにはならないだろ」
自覚して魔力を使い切ってから回復を繰り返さなければ、セト並みの魔力量を実現するのは難しい、というか不可能だろう。
もちろん才能も必要だが、一番重要なのは長い時間をかけた積み上げだ。
「そんなことまでわかるんだね、すげー。俺達はなんとなくそうかな? と思っているだけでそこまで確信持ててるわけじゃないけどね」
「十三使徒」であっても、はっきりと魔法の仕組みを理解している訳ではないんだな。
まあ俺のように「義眼」がしくみ、チュートリアルをしてくれるわけでもあるまいし、無理もないか。
「そうなのか。それにしちゃえらく魔力量増えているし、確信持ってやっていると思ったんだけど。それ位セトの魔力量はすごいぞ?」
それでもここまで「魔法遣い」として成長しているのだから、試行錯誤と才能が一致した人間が「十三使徒」になれるのかもしれないな。
「確かに俺は魔力量っての? 一度の「祈り」で使える魔法の数は「十三使徒」の中でもトップだけどさ。そっか、やっぱり使えば使うほど伸びるんだね。そりゃ限界はあるんだろうけど。だけど何でそんなことまでわかるんだよ、その色の違う方の目に、なんか見えてんの?」
なんの情報もない所から、よくそんなことを思いつくな。
正解だが、その発想力はちょっと異常なんじゃなかろうか。
あっちのゲームや創作で、「瞳術」や「ステータス」というものに親しんでいる人間ならそんなにおかしな発想じゃないけど、そういう下地なしで正解にたどり着くっていうのは凄いと思う。
それともこっちの世界にも「瞳術」の類が存在するのかな。
「まあ正解。ちなみにさっきの「禁呪」ならあと3発くらいは撃てるんじゃないの?」
「うわ、ハッタリじゃなく見えてんだね。まあいいや、力押しがダメならもう俺の奥の手出すしかないや。俺の魔力量が多いのは、多分この奥の手のおかげかな。さすがのツカサにーちゃんもびっくりすると思うぜ?」
自分の荒唐無稽な発想が、正解だったことに驚いている。
その証明として、セトが感覚で掴んでいるであろう残存魔力を言い当てたからこその驚きだろう。
「禁呪」以上の奥の手を持っているのはさすがだし、「禁呪」が通用しないとなると即座に奥の手に移行するのもさすがだ。
正直、普通の魔法を手数で来られても時間の無駄だしな。
セトの身長の割には長めのストラがセトの魔力に応じて宙に浮き、杖も手放して同じく空中に浮かべる。
懐に手を入れ、かなり分厚い聖書の様な本を取り出す。
「我が魔導の書よ。――開け」
左手に持った本を開き、キーワードらしきものを唱えると、無数の頁が開かれたところから飛び出し、セトを守るように周回をはじめる。
一頁ごとに魔力で書き込まれた詠唱呪文が記されており、それが光を発している。
左手の本が消える頃には、数えきれないほどの普通の大きさの頁と、ひときわ大きな頁十七枚がセトの周りに展開されていた。
なるほど、これがセトの魔力がかなり成長している理由か。
祈りによる魔力の回復と、己が発動可能な魔法を、「書」に封じ込める作業の繰り返し。
それを毎日、魔力が尽きるまで繰り返していたのであればあの魔力量も宜なるかな。
何ヶ月、いや何年分の「書」かはわからないが、この圧倒的な数量は確かに奥の手といっても大げさではないだろう。
それこそ、正しく祈りを捧げた日々全てが無駄なく「魔法」になっている、ジアス教の教義を正しく実現させる方法と言えるだろう。
「錬金術師」は魔法遣いになり切れなかった者がなる、みたいなことをネモ爺様は言っていたが、とびっきりの魔法遣いが兼任することもそりゃ可能だよな。
セトの発想、具体的な方法をネモ爺様に教えてやれば、かなり喜ぶだろう。
「呪符魔法か。すごいな、そんなことまでできるんだ」
「うわー、驚かれた方が腹立つとは思わなかったなあ。他人に見せるのもはじめてなんだけど、なんで知ってんの? 俺のオリジナルだと思ってたけど、元ネタあるのか、くそう! 呪符魔法っていうのか……」
俺の反応に、セトの方が驚いているが、その反応で今度は俺の方が驚かされる。
知っていた、教えられたのではなく、自分の発想で思い至ったのか。
何もない所から思いついて、あまつさえ形にするなんてどんな才能なんだ。
能力としてもらっただけの俺とは、根っこがまるで違うな。
「逆に自分一人の考えでそれ思いついて、実現していることに驚くよ。なるほどそれだけの数の呪符毎日作り溜めていたんなら、魔力量も伸びるよなあ」
感心するしかない。
「説明する前に、どんなものかもわかってるんだね。俺の三年分の積み上げ全部ぶち込むけど、それでも平気?」
九歳の頃から三年間、これを積み上げてきたというわけだ。
そりゃ魔力も伸びるし、呪符の数もえぐい量になるのも頷ける。
自分自身での「力押し」は諦めたが、積み上げた時間での「力押し」ならどうだと言われているようなものだな。
セトの奥の手は、「大魔法」の弱点である長時間の詠唱、魔力充填というタメの問題や、魔法遣いの魔力総量に左右される魔法発動可能数の問題もクリアしている。
それのみならず、このやり方であれば一人の「魔法遣い」が同時に発動できる「魔法」の上限を、事実上無視してのけることが可能だ。
「魔法」の多重起動による瞬間火力は、他の追随を許さないレベルといえる。
喧嘩の準備に手間暇惜しまないタイプにとっては、最適解と言えるだろう。
もちろん誰にでも可能な事ではないのだろうが。
普通ならこの圧倒的飽和攻撃の前には、なす術もないだろう。
「どうかな、かなりきついけどどうにかなるんじゃないかな? それより観客かなり多いけど、その前でぶっ放してもいいのか?」
だけど俺なら何とかできる。
「べつにいいよ、ツカサにーちゃんくらいじゃなきゃ、見ただけじゃ何が起こってるかなんて理解できないだろうし。……それより本当にこいつ凌いだら、俺を弟子にしてよツカサにーちゃん」
「やだよめんどくさい」
何を言い出すんだこの子は。
というか師匠として教える事なんて、昨日魔法遣いになった俺に出来るわけないんだから却下一択だ。
天才にありがちな「こうぐっとしてきゅってやったらバーンってなるんだよ」みたいな説明で誤魔化せるとは思えない。
自分でも理解できていないのだから「何でわからないんだよ」って逆切れするにも苦しいし。
「うわひっでー。即答だよ。しかも拒否だよ。こんなかわいい子相手に! 俺結構役に立つぜ? 何でもいう事聞くしさ。魔法消し飛ばす奴だけでも教えてくれよ、どうしても勝ちたい奴がいるんだよ」
赦せセト。
要らんところで馬脚を現わすリスクは極力避けたいんだ。
というか仮にも男が自分でかわいい子とか言うな。
否定できないのが地味に腹立つだろ。
Shall I tell Seth? (´・ω・)ノ
と「義眼」にメッセージが表示される。
……そんなことまでできるのか、能力管制担当。
「義眼」にやり方や台詞を表示してもらいつつ、俺が教えるのか。
「まあ、この後セトが教えてくれる内容次第で判断するよ」
「十三使徒」の師匠というのはいいポジションかもしれないしな。
可能なのであれば弟子を取るのも吝かではない。
他力本願過ぎて泣けてくるが。
「……凌ぎ切ることは確定事項なんだね。一応俺の常識では「魔法障壁」って、防ぐ対象魔法より魔力食うんだけど、俺の三年分の魔力を防ぎきれるほどツカサにーちゃんの魔力量ってえげつないの?」
ああ、「魔法障壁」で凌ぎ切ろうとしたら詰むだろうな。
「魔法障壁」は攻撃力というよりは、そこに費やされた魔力量を相殺して防ぐのが基本原理だし。
100%転化できていないとはいえ、セトの三年分の魔力を相殺しきるだけの魔力量はさすがに俺にもないし、全火力が一瞬で展開されるだろうから魔力の回復速度がはやくても関係ない。
「さすがに、そこまではないな」
「それでもなんとかできますよ、と。――はいはい信じるしかないですよ。じゃ、いきます」
まあそういう事だ。
魔法も基本的には物理と変わらない。
なんかもうあきらめたような表情でセトが宣言する。
「十三使徒」の一人にまで「こいつ何でもありだ」と思われるのはさすがに不本意なんだが。
セトだって理屈がわかればやれるようになるよ。
「よしこい」
俺の声に合わせて、セトが自分の奥の手の発動に入る。
無数の頁が全方位から俺を包囲し、巨大な十七枚はその外側にほぼ均等に配置された。
おそらく普通の頁があらゆる属性の通常魔法、でかい頁がセトの最大魔法である「禁呪」――さっき「紅焔墜下」と言っていた――、少なくともそのクラスの「大魔法」だろう。
全ての頁が同時に光を発し、それぞれに宿る「魔法」を開放しようとしている。
正直すごい、これを横に並べて斉射したら、一国の軍隊でも焼き払えるだろう。
地水火風雷氷光闇すべての魔法が発動し、その外側から「紅焔墜下」級が叩き込まれるという、必殺の攻撃だ。
いやセト、これ俺が防がなかったら王都えらいことになると思うんだけど、そこはどうなの?
まあ防ぐけれども。
全方位放射型のいわゆる「大魔法」――「絶」を起動する。
最大まで広げれば、半径50メートルまで行けるが、今は防御として使うので半径5メートルくらいに制限している。
それ以上にすると、セトを巻き込みかねないしな。
それぞれの属性ごとに存在する「絶」を全属性分、多重起動する。
「大魔法」の多重起動は相当な魔力を喰うが、今の俺でもなんとか可能だ。
セトの三年分の魔力を、正面から相殺することに比べれば高が知れている。
「絶」というだけあって、威力としては各属性最強の「魔法」だ。
弱点と言えばその範囲内に敵がいなければ無意味という点だが、今は攻撃に使うわけではないので問題にはならない。
魔法も基本は物理と変わらない――同属性の魔法がぶつかった場合、強い方が弱い魔法を消し飛ばす。
つまり全属性の「絶」を多重起動させれば、その範囲内に「絶」以下の「魔法」は通らない。
一瞬で全ての魔力を叩き込むのは定石としては正しいが、今回みたいに俺が防御しかできないルールだと、裏目に出ている。
あれだけの頁数を、小出しにされたら詰むところだった。
まあそんな勝ち方で、セトが納得するとも思えないけれど。
双方全属性の魔法が荒れ狂う、無数の「魔法」の攻防が数十秒で終了する。
セトの奥の手が放つ最も照射時間の長い魔法が終わったあと、全属性の「絶」が多重起動しているため、虹色となっている球体が闘技場の上空に浮かんでいる。
俺は無傷で、セトが三年間積み上げた「魔法」は撃ち尽くされた。
「弟子にしてよ、ツカサ師匠」
泣き笑いのような表情で、セトが言う。
「話す内容次第だって言ったろ?」
眼下には、ぽかんと口を開けて今の攻防を見上げる観客たち。
サラ、セシルさん。
美人なのに、そんな間が抜けた表情しちゃダメだ。
それはそれで可愛いけれど。
次話 1周目【状況確認】
10/31 21:00頃投稿予定です。




