第24話 1周目 【古今相対】
「母の為に怒ってくださったのは感謝しますけど、いきなりジアス教会に喧嘩を売るのはやりすぎです。どうしようかと思っちゃいました」
跪く俺に、他には聞こえないように小声で話しかけてくるサラ。
今俺達は思いっきり注目集めているから、何か話をしているのは誰もがわかる筈だ。
「いきなり」っていう事は、いずれそうなることは想定済みだったのかなサラ。
万が一にでも、聞かれたら拙い会話ではある。
念のため声が外に漏れないように遮断した。
「魔法」って便利だ、いろいろと応用の幅が広すぎる。
読唇術使えるのもいるかな? 間者ならそれ位できても不思議はないか。
念のため幻術魔法の応用で、視覚阻害もかけておく。
「ごめん、自分でもちょっとやり過ぎたと思ってる。当初の予定を完全に無視しちゃったしな。なんとかサラがうまくおさめてくれたおかげで、ジアス教会の教義からすれば深刻な対立にはならないとは思うけど」
いつもの調子で俺が答えると、サラはほっとした表情を浮かべる。
やっぱり不安だったんだな、俺も勢いに任せていたし。
「止めて見せろ(キリッ)」っていうのは如何にもやり過ぎだ。
「サラの知っているツカサ様で安心しました。先ほどまでのツカサ様が本来のお姿だったら……」
「怖かった?」
俺の中ではやり過ぎ、悪乗りし過ぎで多少気恥しい程度の話なのだが、実際に「魔法」という暴力を振りかざす俺は、それを持たない者から見れば恐ろしく感じて当然だ。
「……素敵でしたけれど。正直ちょっとだけ怖くもありました」
人生で「素敵」などと評されたことは初めてだ。
お世辞であってもうれしいものだな、こんな評価をされ慣れているあっちのイケメンたちの精神は実は鋼の強度を持っているのかもしれない。
オタクでしかなかった俺は思わず顔が緩みそうになるが、なんとか引き締める。
サラですら俺を怖いと思っていたのであれば、まあ外連味たっぷりに演じた甲斐があったというものだ。
この場にいた誰もが、間者も含めて程度の差こそあれ「古の魔法遣い」というものに「恐怖」を感じてくれたと思っていいだろう。
「素敵っていうのはくすぐったい評価だけど、怖かったのなら何よりだ。それでこそ、その「恐怖」がヴェイン王国に、サラにのみ従うという事実に価値が生まれる」
「はい。……ありがとうございます」
真剣な表情で頷くサラ。
さすがにこの茶番の意味を正しく理解している。
少しだけ頬を染めているのが可愛いが、これはサービスか。
後ろに控えるセシルさんも似たような感じだが、どこに赤面要素があったんだろうか。
本来であれば、褒美の一環として教会の魔法遣いと手合せを望むという予定だった。
シナリオ通り俺に対して難癖をつけてきていたのだから、そこから王様なりサラなりが「実力を証明し、流浪の魔法遣いに仕官のチャンスを与える為にも、褒美として教会の魔法遣い様と手合せを」と言えば、断るのは難しい状況だったはずだ。
切れた俺が悪い。
だが、結果としてはサラの思惑から大きくは外れていないはずだ。
サラがどこまで考えているのかは、こうなったからには詳細に詰める必要がある。
だが少なくとも、サラが俺の知識で言う「政教分離」を目指しているのはまず間違いない。
その理由まではわからないが、サラは教会を嫌っている。
その教義も、魔法遣いに対する扱いも、国に対する干渉も。
嫌っているなんて生温いものではなく、嫌悪している、いや憎んでいるといってもそう外れてはいないだろう。
王族とはいえ九歳の女の子にこんな感情を抱かせる教会には、何かある。
それを確かめるためにも「王権神授」なんてものを持ち出して、教会にちょっかいを出す形を取ってみたわけだ。
ヴェイン王国を巻き込む形になったのは申し訳ないけど、サラにしてみれば望むところだったんじゃないかな。
そうであることを祈る。
そしてその点について、いろいろ情報をもってそうな奴も確保した。
勘だが、俗世の権力として教会を利用しているカザン大司教や司教たちより、あのレベルで魔法を使いこなすセト少年の方がいろいろ詳しそうだ。
遠慮する必要がある相手でもないしな。
「ところでサラ、セト少年については何か知ってる?」
「カザン大司教様付の「使徒」ですね。「使徒」とはジアス教会で強力な魔法遣いに与えられる称号です。正式には「十三使徒」、十三ある大教区それぞれを管轄する十三人の大司教様に一人、使徒様が付けられています。セト様は第三席だったはずです。」
思ったより詳しく知っている。
年も近くあれだけの美少年なのに、気のせいか声色が冷たい。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというわけなのだろうか。
やっぱりそういうのがあるんだな。
教会の運営とは切り離された、教会の「奇跡」や「力」を担う立場。
さっき口にしていた「聖女」というのもその一つだろう。
ヴェイン王国に居るらしい、「姫巫女」というのも気になる。
しかし、十三使徒の第三席って。
かっこいいなおい。
響きがかっこいい、俺もそう言う通り名欲しいわ。
「いつもどこに居られるのか、大きな式典の時以外はお見かけしたことがありません。「転移」が距離に左右されないのであれば、常は教皇庁に居られるのかもしれません」
なるほどね。
さっき見たステータスなら、数百kmくらい平気で「転移」してきそうだ。
王様が言っていた「魔法遣いは世俗の権力に縛られない」というのは、十三使徒が前提での発言かもしれないな。
大教区を束ねるカザン大司教に対するセト少年の態度は、目上もへったくれもあったものじゃなかったし。
ともかく、教会の擁する強力な魔法遣いの一人という事は、普通の人が知らない情報もいろいろ知っているはずだ。
いろいろ聞くにはちょうどいい。
「サラ、いまからちょっとセト君に質問するけどいいかな?」
「はい。お任せします」
サラがこれを止める道理はない。
どちらかと言えば、サラの方が聞きたい事が多いくらいだろう。
俺の質問が終われば、サラの疑問も聞けばいいか。
「今から防音結界解くから、それっぽくもう一度」
そうする意味を解ってくれているので、黙って頷くサラ。
少なくとも人前では、主従の如くふるまったほうが良い。
「サラ王女。いくつか十三使徒である「セト」様に聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「許可します」
建前も完了した。
さあいろいろ教えてもらおうか、ジアス教会の誇る十三使徒、その第三席のセト少年。
「さて「教会の魔法遣い」様?」
「……な、なんだよ「王国の魔法遣い」?」
いい答え方だ、セト少年。
俺の立場とセト少年の立場が周りの人間にも明確になるし、十三使徒の一人というセト少年と俺がある程度の関係を構築できれば、すぐさま教会と決定的な対立をすることを避け得るかもしれない。
「いくつか質問があるんだけど、いいかな?」
「俺に拒否権なんて無いだろ。回りくどい言い方してないで、これから聞く質問に正直に答えなきゃ殺す、くらい言ってくれよ。俺だって立場ってもんがあるんだ、脅されてうたいましたっていう建前くらい、用意してくれても神罰は当たらねえと思うぜ? 王国の魔法遣いのにーちゃん」
ふて腐れたように、セト少年が答える。
さっき俺に「転移」を妨害されたことを理解しているのだろう、逃げようという素振りは見せない。
ある意味開き直るしかないのだろう。
「なるほどそういうものか、教会の魔法遣いの少年。だが我が王女はそういう野蛮なのは好まない。先のカザン大司教の暴言、というより痴れ事(痴れ言)をも赦されるお方なのでね」
ヴェイン王家に服従の態を取った俺が、教会の十三使徒ともあろうお方を脅すわけにもいかない。
空気を読んで素直に質問に答えてくれたらうれしいのだが、セト少年にはセト少年の立場があるというのも理解できる。
さてどうしたものか。
「また調子に乗って何言ったんだよ、あのおっさん。つかにーちゃんもブチ切れたからって、王宮内であんなのぶちかまそうとするのは感心しないぜ。いや外でもどうかとは思うけどさ」
「面目ない」
察するにカザン大司教には結構苦労させられてそうだな、セト少年。
言わなくていいことを言って騒ぎを起こすってのは、悪者系偉い人の基礎スキルかなんかなのかな。
「まあいいや。要するに、にーちゃんはサラ王女殿下の命令なら、なんでも従うって事でいいの?」
「正確にはヴェイン王国の王族にだし、さすがに何でもって訳にはいかないが個人的にはそれでもいいかな?」
そう言う大前提で、今後教会とも他国とも接していくつもりだしな。
セト少年にもそういう風に認識してもらえればありがたい。
「そりゃいいこと聞いた」
セト少年は天使のような笑顔で微笑むと、一転して表情を真面目なものに変え、その小さいからだの膝を折って、サラへ向かって跪く。
「ヴェイン王国サラ第二王女殿下! ジアス教会十三使徒第三席セトの名において、御身の僕たる「王国の魔法遣い」に魔法指南を希う。是とされたならば、我が神の名に誓って識ることをすべて話そう。我がジアス教は強者への恭順を否定するものではない。我は王国の魔法遣いとそれを使役するヴェイン王国王族を強者と見做す。故に魔法指南をぜひともお願いしたい!」
そうきたか。
でもいいんじゃないかな、さっきみたいな大砲どかんではなく、ちゃんとした、ってどんなのがちゃんとしたっていうのかわからないが、魔法戦闘でセト少年を下して聞きたい事を聞くというのは。
建前とはいえ、ジアス教の在り方に従っているだけというのがいい。
信用はしてくれているんだろうけど、自分の望みの為に他者を戦わせることがやはり気になるのだろう、いいの? という視線を俺に投げてくるサラに黙ったまま頷いて見せる。
後ろに控えるセシルさんも不安そうだけど、大丈夫だと思うよ。
「……許可します」
意を決したようにサラがセト少年に答える。
「いやっっっっっっっったぜ! にーちゃん、言っとくけどあくまで魔法指南だからな? 本気出すなよ? 間違っても俺を殺してくれるなよ? 俺は本気で殺す気でかかるけどな!」
えらいはしゃぎ様だな、セト少年。
そんなに本格的な魔法戦闘を出来るのが嬉しいのか。
というかよく聞くと無茶苦茶言っているな、こいつ。
「まあいいけどさ。ここでやるのはあれだし、どっか場所変えないか?」
ここでは「本格的な魔法戦闘」とやらをするにはいかにも狭苦しい。
「そっか、俺は観客いた方が燃えるタイプだけど、さすがに謁見の間でやるのは拙いかな……って、にーちゃんが最初にやってんじゃねーかよ」
そうでした。
いやあれは魔法戦闘というより、一方的にすっ飛ばすだけだったしさ。
セト少年はもっと「らしい戦闘」をしたいんだろ?
「返す返すも面目ない。それと俺の事はツカサでいいよ、教会の魔法遣い」
にーちゃん、にーちゃんと超美形の少年に言われるのも妙な気分だ。
だからと言ってこの顔で「ツカサさん」とか呼ばれてもむず痒いが。
セト少年が、わりとやんちゃなキャラクターでよかった。
冷静毒舌系や、逆に涙目で上目遣いするようなキャラクターだったら扱いあぐねる自信がある。
「じゃあ俺の事もセトでいいぜ、ツカサにーちゃん。まあ無難なところで闘技場でいいだろ。どうせ「転移」も「浮遊」も「飛翔」も使えんだろ? 俺が先に飛ぶから、魔力探知してそこに来てよ」
「了解した、セト」
そうですか、にーちゃんの前に名前が付くだけでしたか。
そんなに変わらない。
まあいいか。
「当然っちゃ当然だけど、こともなげに答えるなあ。すげえ。はやくはじめようぜ、ツカサにーちゃん」
ああ、さっきセトが上げた「魔法」は、今の魔法使いたちの間ではある程度以上の遣い手でなければ使えないものなのかな。
軽い興奮状態で「転移」で闘技場に移動するセト。
「義眼」で確認すると、王宮の近くにセトの反応が移動している。
そんなに離れていないから、見たい人は移動して見に来るだろう。
巻き込まないように結界にも気を付けないとな。
俺としても本格派の魔法遣いとの手合わせは望むところだ。
ちょっと、いやかなりわくわくしながら「転移」を発動して競技場へ移動する。
あ、サラとセシルさんは連れてきてあげた方がよかったのかな?
いやあれだけの人の前で、二人だけ連れて「転移」する度胸はないな。




