第21話 1周目 【専属契約】
隷属契約斡旋所。
一見すれば名前を変えただけの「奴隷商」にも思えるこの店の正体は、人の手によって生み出された、「魔法」の別の形――「錬金術」の成果を、それに相応しい相手に売るための場所だった。
最初に驚かされた一対の巨大な獣も、お茶を出してくれた侍女も、商品の一つ。
確かに魔力が存在するこの世界であれば、こういう形で魔力を利用する一派が生まれていても不思議ではない。
「魔法遣い」と同じく「錬金術師」も、今のこの世界では、伝説に消え行く存在となりつつあるようだが。
「自動人形」
「小人」
「人造使い魔」
他にも「癒し」の魔法の効果を持たせたポーション類や、魔法を増幅させる触媒、使いきりだが主に防御系や移動系の魔法陣を展開できる呪符など、魅力的なものが山ほどあった。
時間と予算と……何よりも使うにたる「魔法遣い」が居れば、武器なども作れるとネモ爺様は熱く語ってくれた。
俺に商品説明を行いながらも、ネモ爺様は俺の「能力管制担当」や「義眼」、「外套」や服にはものすごく興味を示していた。
彼ら「錬金術師」にとって、創造主の手になる「能力管制担当」や義眼はもちろん、この世界の神器級といわれていた「外套」や衣服、「吸精の短剣」は俺のように便利な道具としてではなく、研究対象として計り知れない価値があるのだろう。
だからといって研究対象として提供する訳にも行かないが。
客の詮索はしない規定が当然あるらしく、自重してくれていたので助かった。
まあ扱う商品が商品だけに、お互いその規定を尊重できなければ商いにならないのだろう。
だが俺を、特に左目の「義眼」をみるネモ爺様の目は、間違いなくお客様をみる目ではなかった。
あれはモルモットをみる目だ。一瞬で消えたが、正直ちょっと怖かった。
よい発想をいただきました、とか言ってらしたが、まさか同じような義眼作るつもりなのかな。
素材とか、それを誰で試すのかとかが気になったが、あえて聞かなかった。
右目にどうですか? とか聞かれても嫌だしな。
「まあこんなところです」
一通りの商品説明を終えて、ネモ爺様が一息を付いた。
説明を受けながら、興味を持ったものはいくつかそのたびに買わせて貰っていたので、その分の代金をまとめて支払う。
結構な種類と量を買ったと思うんだが、全部あわせて金貨5枚で端数はまけてくれた。
消耗品だとやっぱり安くないと売れないのかな。
「魔法遣い」にしか販売しない以上、自分の魔力で出来る事の代替に過ぎないからそうなるのかもしれない。
そう言う縛りをなくして、国家などに売ればもっと高値が付きそうなのに。
魔物ですら、あれだけの値が付くのだから。
「錬金術師」は、自分達の研究成果が国家の道具になることを嫌っているように見える。
過去に何かあったのかもしれないな。
ネモ爺様に聞けば教えてくれるだろうか。
俺が国家に与する事で、俺が買った錬金術の成果が錬金術師の望まぬ形で使われることになってもいいのかと尋ねたら、苦笑いされた。
「魔法遣い様が味方する以上、我々の成果物等は誤差の範囲になってしまいますのでね」
そういうものなのか。
いいですか? と前置きしてネモ爺様が説明してくれる。
「我々が魔法遣い様を顧客とするのは、便利に使っていただける上に、我々の研究にもやはり必要な対価や素材を提供してくださるからです。我々に魔物を狩るだけの力はありませんし、成果物を使ってそれをすると足が出ますのでね」
なるほどそう言う事情があるわけか。
錬金術による便利なアイテムは作り出せるが、そのための素材と資金を稼ぐために魔物を狩る戦闘力は無いし、成果物を使用すると費用対効果が破綻している。
よって「魔法遣い」を顧客とし、研究資金と素材の提供を受ける形にしているんだな。
ならもっとぼったくればいいのに。
五万くらいでさっき俺が買ったアイテム類が作れて元が取れるって言うのは、ものすごいと思うが。
「ですが最大の理由は、一定以上の実力を持った魔法遣い様にとって、我々錬金術師の成果はおもちゃに過ぎないからなのです。錬金術師が束になって挑んでも、直接「魔法」を行使する「魔法遣い」様には及ばない。世界を壊すとしても、それは魔法遣い様の意志と力であって、我々が研究欲を抑えられなかったために世に出た成果物の責任ではない。我々は臆病で小狡いのですよ」
簡単になるほどと首肯してよいものかどうか。
やはり錬金術師たちはこの世界の歴史上で何か壮絶にやらかしているっぽいな。
だからこそ、ここまで臆病になっているのだ。
ただただ研究を進めたいのであれば、国家を顧客とするか、お抱えになってしまうのが手っ取り早い気がするものな。
だがそれで一度破綻しているか、それほど単純なものでもないのだろう。
だが自らの研究を、探求欲を抑えることができないから、魔法遣いの陰に隠れるという苦肉の策を取っている。
「錬金術師」というのも業が深い生き物なんだな。
とりあえず俺が買ったものは、俺の好きに使っていいという事がわかったのでよしとする。
製作者の意に反して使うのは出来れば避けたいからな。
「あ、そうだ。なんで一目で俺が「魔法遣い」だと解ったんですか? 確かに格好は多少それっぽいかもしれませんけど、杖も持ってないのに」
最初に俺が警戒した理由を聞くと、ネモ爺様は一瞬ぽかんとした顔をした後、笑いを堪えきれずにふきだした。
あれ、俺そんな変なこと聞いたかな?
「し、失礼しました。本当にツカサ様は規格外の御方ですな。お客様を詮索することは厳禁なのですが、こちらが対価を支払ってでも教えていただきたくなりますよ」
そういって上品にハンカチで目元を拭き、説明してくれる。
何のことは無い、ネモ爺様が俺を一発で「魔法遣い」だと見抜いたのは、そうでなければここへは来る事すらできないからだそうだ。
四方の建物に窓が無いのはおかしいと思っていたが、そう言う風にしているとのこと。
要は普通にこの場所に入ってくる入り口は、存在しないという事だ。
ここへ来るためには、ここの存在を知ったうえで転移なり浮遊なりで来るしか手段は無い。
その上隠行と同種の呪いがかかっているそうで、普通の人間にはそもそもこの場所を認識することすら出来ない。
つまりここへ来れた時点で、俺が「魔法遣い」であることは確定的に明らかな訳だ。
焦って損した。
「高位の」が付いた理由は、紹介ではなく独力でここを探し当てた事と、表の一対の「人造使い魔」が戦うことを諦めていたかららしい。
本来、紹介等による予約が無いままここを訪れたものには、問答無用で襲い掛かる様に仕込まれているらしい。
ただし自己が破壊される確率が一定以上である場合、無駄なことをしないようにとも命令されている。
どれだけ高性能なんだって話しだが、やつらは忠実にその命令に従っていただけな訳だ。
欠伸は偶然か。
「よろしいでしょうかツカサ様。今までのご商談をさせていただいた上で、当店からのお願い事がございます」
居住まいを正して、ネモ爺様が先に頭を下げる。
「なんでしょう?」
「当店と専属契約いたしませんか、ツカサ様」
専属契約?
俺が「錬金術師」の成果物を派手に使って、他の「魔法遣い」にアピールする……って訳ではないよな間違いなく。
「かなり長く生きておりますが、ツカサ様ほどの「魔法遣い」にお会いした経験はございません。当店はお金のほうでは国家や冒険者ギルドのようにお支払いする事はできませんが、強力な魔物を提供していただければ、金では買えないアイテムをご提供することが出来るかと存じます」
ああ、なるほど。
そっちの方面で俺とギブ&テイクが成立すると踏んだ訳か。
「ツカサ様が狩られた魔物をどう扱うかはツカサ様の自由ですが、気が向けば当店にご提供願えませんでしょうか?」
「いいですよ、手始めにいくつかおいていきましょうか?」
これは俺にとっても願ったりだ。
冒険者ギルドには必要なお金を稼げるだけ提供し、残りはこの店に提供すれば他所では買えないアイテムになるというのであれば俺に不利益は何も無い。
「雷龍」は約束があるから無理だけど、他のは今ここで提供していってもいい。
一匹くらいならいいかとも思わないでもないが、約束は守るものだ。
あとで聞いて、一匹くらいならいいといわれればそのときに提供に来ればいい。
そのかわり、カイン近衛騎士団長に許可を得ようと思っていた冒険者ギルドで売らなかった魔物は全て提供しよう。
なんかでかいのも居たはずだし。
「は?」
錬金術師であっても、やはり能力のほうは掌握できていないんだな。
手ぶらの俺が金貨や買ったアイテムをどこに収納しているかを訝ってはいた様だが、まさかその手段で魔物も保有しているとは考えが及ばないようだ。
まあ普通は思い至るわけ無いよな、「アイテムボックス」の存在なんて。
視線を窓の外の広場に向け、そこへ「雷龍」以外の保有していた魔物を全て出す。
思ったよりも量があったが、まあいいか。
欠伸しやがった表の二匹がびっくりしていたらしてやったりというところなんだが。
あ、なんか鳴き声聞こえる、やった。
「こ、これは……」
さすがに唖然とした表情を隠しきれないネモ爺様。
最初はペース握られっぱなしだったけど、後半は取り戻したと思ってもいいのかな?
「ああ、アイテムボックスという魔法……というか俺独自の能力です。生物以外はある程度の質量を何でも収納できるんですよ」
生き物も出来るのかもしれないが、まだ試していない。
動物に試しても、生死は確認できても話しを聞けないしな。
盗賊とか出ないものかな。
「いやはや、ものすごいものですな」
ネモ爺様も、どうやら驚くことを放棄したようだ。
どうもこいつならまあ何でもありか、と思われるのが常態化しつつある気がするが、それでいいのだろうか。
せめて錬金術師くらいは「全て想定内だ」という余裕の笑みを浮かべて欲しかったんだが。
無理にでも。
「面白いものが出来たらよろしくお願いします。提供した魔物以外でかかった経費と妥当な利益についてはお支払いできると思いますし、必要な素材があったら教えていただければ狩って来る様にしますよ」
面白いものが出来そうなのに、遠慮していわれないという自体もつまらないし、余計なことかもしれないが付け加えて言っておく。
錬金術師達の暮らしや加工にかかる諸々のお金も必要だろうから、それを支払うのは当然のことだ。
こんな太っ腹の思考が出来るのも、魔物を買って大金を得られるという余裕があるおかげだな。
「おお、それは願っても無い条件です。是非ともよろしくお願いいたします。今お渡しできるのは表の子達くらいですが、よろしければお連れください」
なんか契約のおまけみたいにされたぞ、白いのと黒いの。
それでいいのか。
魔物の死体にびっくりして吼えてる場合か。
「いいんですか? ありがとうございます。それと、えーと……あつかましい事に他にもお願いが……」
言い出そうとして、今まで言えなかったことを言っておくいいタイミングだ。
「なんでございましょう。今お預けくださった魔物に釣りあわぬ願いなどあるとも思えませんが、当店で出来る事であれば何なりと仰ってください」
よし、先に魔物を大量に提供したことが功を奏している。
断られることはあるまい、何しろ俺は専属契約者であり、上得意様になっているはずだ。
「でしたら遠慮なく。「自動人形」と「小人」が入荷したら、真っ先に教えてもらえますか? すっ飛んできますので」
「……承知いたしました」
あ、ちょっと呆れられた。
いや、ここは多少呆れられても言っておかなければならない。
コンプリートの野望のためにも。
「ではちょっと予定があるのでそろそろ引き上げます」
そろそろ時間のほうがやばい。
謁見までの時間はまだあるが、部屋に誰か迎えに来るかもしれないし、そろそろ引き上げ時だ。
「長々とお引止めしてしまい、失礼いたしました。本日は大量のお買い上げならびに専属契約のご了承、まことにありがとうございました。末永いお取引を期待しております。是非近いうちにまたのご来店をお待ちしております」
ネモ爺様が深々とお辞儀している。
こちらも軽く頭を下げる。
ちょっと気になった程度で来て見たが、これはお互いいい縁だったと言っていいだろう。
今後もいい取引が出来るよう、望みたい。
「ええ、こちらこそ是非。いくよ銀」
『畏まりました、ご主人様』
あ。行くよって言ったってどうしようか。
「銀」は手をつなげば一緒に転移できるけど、いきなり部屋に美人の侍女が居たら、サラもセシルさんもびっくりするだろう。
表の一対は論外だ。
王宮が大騒ぎになってしまう。
「僭越ながらツカサ様。銀も表のあの子らも正確には生き物ではございません。先ほど教えていただいたツカサ様の「アイテムボックス」に収納可能かと思われますが……」
なるほど……
うわ本当に入った。
あとで銀に中がどんな感じなのか聞こう。