第20話 1周目 【自動人形】
店内に入ると、窓からの採光を上手く利用した落ち着いた空間だった。
老紳士の言う「商品」がなんなのかは解らないが、瀟洒な机とソファがすっきりと配置され、チェストや本棚が壁周りにあるくらいで、商品棚らしきものは無い。
「隷属契約斡旋所」という名前から察するに、物を売る店ではないのだろう。
「どうぞ、こちらへ。――お客様にお茶を。まずは自己紹介から始めさせていただきます」
指し示されたソファへ俺が腰を下ろすのを確認してから、脇に控えていた侍女に指示を出し、自分は俺の向かい側へゆっくりと腰を下ろす。
指示を出された侍女は、驚いた事に自動人形だ。
巧緻の限りを尽くされた、よく見なければ人と区別の付かないほどの出来。
仕草も人のそれとほとんど違和はなく、指示通り茶を入れに去っていった。
「お気付きになられましたか。さすが魔法遣い様、「魔眼」もお持ちと見える」
俺の能力の一つ、「ステータスマスター」の事をさして「魔眼」というのか。
正確には知らないが、「魔法遣い」がそういう目を持っていることがあり、この老紳士はそれを知っているという事だ。
確かに俺本人だけの判断であれば、お人形みたいに綺麗な侍女と思っていただろう。
自動人形だと判ったのは、義眼と「ステータスマスター」によるものだ。
俺のちょっとした反応から、そこまでを推察できる。
これはちょっとした油断が命取りになりかねないのかもしれない。
「死に戻り」の異能を持っているからといって、安易に相手の懐に入りすぎたか?
「いえいえ、そう警戒なさらないでください。老骨ゆえに、少しばかり物を知っておるだけです。そうですな、私などは魔法遣い様が本気を出せばひとたまりもありませんし、表の子達も魔物相手であればそれなりにやりますが、それでも魔法遣い様には及ばないでしょう。私どもは「魔法」を掻い潜るのに少し長けておるだけで、戦って勝てるという訳ではないのです」
……そんなに俺は解りやすいかな。
俺が考えてる事が顔に書いてあるか、それこそ読心されているんじゃないかと疑うレベルだ。
ええい警戒しすぎても始まらん、言っていることを鵜呑みにする訳にもいかないが、腹をくくって話しを進めよう。
万が一戦闘になれば何も考えずに全力を振り絞るだけだ。
だが一番気になる、扉を守る二体についてはもう少し聞いておきたいか。
「八神司といいます。みなからは司と呼ばれていますので、できればそう呼んでください。でも表の二体は私の魔法展開を一瞥して、欠伸してもう一回寝ましたよ? 自分達にとって脅威にもならないと判断したのでは?」
個人的には「なんだこの雑魚? 眠いから昼寝優先」みたいな態度に見えた。
一言で言えば舐められていると感じたのだ。
うちのタマも一緒に欠伸していたが。
「これは大変失礼を。お客様に先に名乗らせてしまうという無作法をお許し下さい。今後はツカサ様とお呼びさせていただきます。私のことは「ネモ」とお呼びくださいませ」
自己紹介すると言っておきながら、俺が先に名のったことを気にしたようだ。
商売人としては当然の事なのかもしれない。
しかし「ネモ」か。
ずいぶんと芝居がかった名前だ。
「欠伸ですか、あの子達らしい。あの子達の反応については、自分達では勝てないと判断したから午睡を続行したのでしょう。あの子達は無駄なことはしません。まあ勝てると判断していても同じ態度でしょうから、そこから判断する事はできませんな」
続けて俺の質問に、微笑を浮かべながら答えてくれた。
本当に楽しそうだ。
すべて信じる訳ではないが、少なくとも俺が「魔法遣い」だからといって敵対しようという気は無いように見える。
ネモ爺様がいうとおり、敵でも味方でもなく、店とお客様だという事だろう。
そのタイミングで、自動人形がお茶を用意して戻ってきた。
しかしどれだけみても、義眼に頼らねば普通に人にしか見えない。
自動人形といえばなぜか少女のイメージが強い俺だが、目の前の侍女型は二十代半ばくらいの成人タイプだ。
緩やかにウェーブする銀色の髪と、同じ銀色の瞳。
陶磁のような滑らかな肌が、作り物とは思えない……って思いっきり矛盾した感想だなこれ。
文字通り人形のように整った顔が無表情に――
『お待たせ致しました、お客様。お茶をどうぞ』
あまりに自然につむがれる言葉とその美しい声。
それと同時に俺に向けられた、輝くような笑顔に言葉を失う。
最近美人慣れしているにも関わらず、思わず赤面までしてしまった。
これ本当に自動人形? どっちかって言うと等身大の小人といわれたほうがしっくり来るほど自然なんだけど。
いや普通にただの綺麗な女の人でしょこれ。
「自動人形に興味津々と行ったところですな、ツカサ様。こちらも当店の商品のひとつです。なんでしたら一体お譲りいたしますよ。ただしお値段は一体につき金貨30枚ほど頂くことになりますが、もしそれでもよろし……」
「ください!」
ネモ爺様が苦笑しつつ話す言葉を聞き切る前に即断した。
男には拙速でも即断を求められる時がある。
それが今だ。
掘り出し物のお宝を見つけたときに、それを買えるだけの余剰金が手元にある場合、また今度にしようなどと考えるやつが居るだろうか。
答えは否だ、即決で買う。
また今度とやらに、その掘り出し物が売られているとは限らない。
余剰資金なるものの正体が、たとえ限界を越えてまで生活費を絞ったものであっても、死にさえしなければそれは余剰資金なのだ。
この自動人形が売り物だって?
買うに決まってるじゃないですか、この嘘みたいな出来の自動人形がお値段たったの三十万円!
しかもなんという事でしょう、俺の財布(違う)には百九十万円もの大金が入っている。
これを買わずして何を買うというのだ。
向こうでは三十万程度じゃ、リアルラ……止めよう。
ちょっと落ち着こう。
とりあえずこの自動人形は必ず確保する。
「は?」
常に落ち着いた態度を崩さなかったネモ爺様が、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。
ああ、こっちの世界とあっちの世界では価値観が違うのだろう。
だがあっちの世界から来た俺にとって、金貨30枚、三十万円という価格はこの自動人形の対価としてはけして高くない、というか破格の安値だ。
躊躇うべきどのような事情も見当たらない。
「即金で支払います。他のタイプもあるんですか?」
今手元にあるのは百九十万だが、明日以降に残りの九割の金貨も受け取れる。
バリエーションがあるのであれば、ある程度の数を確保するのも吝かではない。
「は、いえ今は在庫がございませんで、この一体のみになります。ですがよろしいのですか? 本当に金貨30枚……」
アイテムボックスから即座に金貨30枚を取り出し、机の上に十枚三列を並べる。
他の在庫が無いのは残念だが、そうであればなおの事この一体は確実に確保せねばならない。
在庫ができたときは何らかの手段で連絡を貰うことできないかな? すっ飛んでくるが。
あまりの展開に、らしくなく呆然としているネモ爺様をみて我に帰る。
あ、やっちまった。
あまりの事に本性全開してしまった。
呆れられてるな、これは。
「いやはや、剛毅ですなツカサ様。魔法遣い様とはこのようなものなのでしょうか……いえ失礼いたしました、売り物に対して対価をお支払いいただいたからにはなんの否やもございません。たった今からこの「銀」はツカサ様の所有物です。お買い上げありがとうございます」
そういって深々とお辞儀をする。
あ、いかん。
俺のせいで「魔法遣い」全般に「おにんぎょさん好き」という不名誉な風評被害を発生させてしまった気がする。
すまん俺以外の魔法遣い達。
伝説に名を残しているような偉人達も、俺以降の歴史では十把一絡げに同じ趣味と見なされるかもしれないが勘弁してくれ。
どうしても抑えることができなったのだ。
解ってくれる仲間が居ることを今は祈るばかりだ。
「「銀」、たった今からこのツカサ様がお前のご主人様だ。以後よく仕えるように。短い間だったが、私の補佐をしてくれた事に感謝する。大切にしていただけ」
『承知致しました、ネモ様』
そんな会話を交わすと、ネモ爺様の左手から光が自動人形――銀というらしい――に注がれ、一瞬その動きを止めてかくんと下を向く。
再起動するように顔を挙げると、自然な仕草で俺に跪き挨拶をする。
『自動人形の銀と申します。末永くお仕えいたしますので、よろしくお願いいたします。私はなんとお呼びすればよろしいでしょうか? ツカサ様でしょうか? それともご主人様?』
「ご、ご主人様で……」
思わず唾を飲み込みながら、ここは偽らずに本音を述べることに成功した。
いやだって一度は呼ばれてみたいじゃないか、「ご主人様」
『はい、ご主人様。今後何なりとこの銀にお申し付け下さい』
花が咲き零れるような笑顔でそう言うと、俺が座っているソファの後ろに回り静かに立っている。
これほんとに俺の持ち物なの? すげえ。
「ツカサ様、説明の前にお買い上げ頂いてしまいましたが、当店はこのようなものを扱う店でございます。
今お買い上げいただいたような「自動人形」、表の子達のような「人造使い魔」、あいにく在庫はございませんが「小人」などもございます。それら人の知恵により生み出されたものと隷属契約を行い、所持、使役していただく。それが当店の商品でございます」
なるほど、そう言うことか。
人を商品にする「奴隷商」とは全くの別物だな。
そしてこっちの世界で俺が生きていくうえでは、重要な取引先であるのは間違いない。
「他の商品の説明もいたしますか?」
もちろんお願いした。




