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第18話 1周目 【side 冒険者ギルド―英雄譚】

「その辺は謎だよね。なぜ彼が「冒険者」として登録する気になったのか。だけど彼が本当に冒険者として動いてくれるなら、「遂行不能依頼(イラティナビレイル)」が一気に片付くんじゃないかな?」


 理由はどうあれクロエは司が冒険者として共にいてくれることを望む。

 それこそいろんな意味でだ。


 そしてもし本当に、「魔法遣い」の司が冒険者として活動をするとすれば、冒険者であればだれもが最初に想像するであろう話題を出した。


「そりゃたしかにな」


 白毛と三毛も、その予想を肯定する。

 自分たちでは手が出せなくても、あの「魔法遣い」なら、と。


 冒険者ギルドには日々膨大な依頼(クエスト)がよせられ、冒険者たちは日々の糧を得るためにそれらを達成(クリア)して報酬を得ている。

 だが自分たちの戦力ではどうしようもないもの、挑んでも失敗して後に続く冒険者が出ない依頼(クエスト)もやはり存在し、それらを「遂行不能依頼(イラティナビレイル)」と呼ぶ。


 それらがあまりにも多くなると「冒険者ギルド」の評判にも拘わるし、事と次第によっては本部が各支部から優秀な冒険者を集めて、利益度外視で達成(クリア)させることもある。

 「冒険者ギルド」がどうしようもなかった案件を、正規軍だの貴族の私兵だの、傭兵団だのに解決されると「冒険者ギルド」の沽券に係わるからだ。


 「遂行不能依頼(イラティナビレイル)」とは、いわば冒険者ギルドにとっては立場上是非とも達成(クリア)したいが、投入する戦力と経費に対して依頼者から用意されている報酬が割に合わないという、費用対効果が釣り合わない厄介な依頼(クエスト)なのだ。

 

 それらも司の力を持ってすれば、ヴェイン王国支部の「遂行不能依頼(イラティナビレイル)」のみならず、本部が抱えているほとんどの「遂行不能依頼(イラティナビレイル)」を達成(クリア)できる気がする。

 

「八大依頼(クエスト)もなんとかしちまうかな? (ドラゴン)はさすがに手におえねえんじゃねえの? いくら古の魔法遣い様といえども」


「どうでしょうね? でもわくわくしますよね。自分が物語の登場人物になったみたいで」


 冒険者ギルド本部で、八大依頼(クエスト)――または「いずれ開く八の扉オルタ・オクト・ポルタ」――と呼ばれる、事実上達成(クリア)を諦められている八つの「遂行不能依頼(イラティナビレイル)」がある。

 最初の一つ目で八十年間、最後の八つめのものでも十五年間、達成(クリア)されていないそれは、冒険者ギルドだけでなく傭兵団も、貴族の私兵も、国家の正規軍をもってしても達成(クリア)が不可能とみなされている困難事だ。


 中でも最初のひとつ、「ナザレ浮遊峡谷の黒竜討伐」は、神様でも降臨してくれなければ達成不可能とまで言われている。

 この世界(ラ・ヴァルカナン)において、(ドラク)はまだしも(ドラゴン)は人の手に負える存在ではない。


 それこそ神でなくては対峙する事すら能わぬ、上位存在である。

 ナザレ浮遊峡谷がいかに肥沃な土地で、高価な鉱物が大量に採取可能で、峡谷の間に理由がわからないままに浮かぶ浮島が魅力的であっても、そこが竜の住処であれば手は出せない。


 今では最初に依頼(クエスト)を出した当時の大商人は、人々の間で「強欲の愚者」と呼ばれて子供に道徳を教える絵本にまでなっている。

 子孫としてはたまったものではあるまいが、代を重ねて財を失うどころか増やすことに成功し、半ば一族の意地として依頼(クエスト)を引っ込めてはいない。 


 それだけに、それを達成(クリア)した者は間違いなく英雄と呼ばれる。

 それに「竜殺し(ドラゴン・ベイン)」という、英雄に相応しい称号も得る。


 現代に現れた「古の魔法遣い」は、そんな夢物語、お伽噺を実現してしまうかもしれないと思わせるに十分な力を見せてくれた。

 その英雄譚にたとえ端役だとしても自分が関わることを想像すれば、冒険者ギルドに関わるものであればみな血を熱くする。


「違いねえ。でもそうすっと俺らは物語の主人公に、分を弁えずに絡んで一蹴されるチンピラ役かあ……ざまあねえなあ」


 白毛の方が自嘲気味に鼻をかく。


「言い訳の余地もないくらいそのまんまだもんね。だけどクロエちゃんならまだ別の役処も狙えんじゃないの? 物語にはヒロインが必須だろ?」


 三毛の方が、それはしょうがないと諦観の表情を見せた後、明らかに面白がっている様子でクロエに声をかける。


「バカ言わないで下さいよ、私なんかを相手にするわけないじゃないですか。お貴族様、ヘタすれば王族とも関わりあるような人なんですよ、彼」


 即座に否定するクロエだが、先の妄想を言い当てられた気がして赤面する。

 可愛らしい顔とは裏腹に、常のクロエはそうそう動じない。

 常のクロエであればほんのりと頬を染めつつ、「そうですか? じゃあ狙ってみちゃおうかな?」というあたりで、あっさり流すところだ。


 それが割と長い付き合いである、白毛と三毛も見たことが無いくらいの大赤面と来た。

 二人は一瞬驚いたように目を見合わせ、大喜びと言っていい表情で無責任に煽りだす。


「いーや、大将はクロエちゃんの猫耳に反応していた」


「おう、それは間違いねえ。だから俺ら絡んだんだもんな。ダメ元で狙っちまえよクロエちゃん。英雄色を好むってーから、ヒロインの一人くらいにはなれるんじゃねえの?」


 普通なら複数のヒロインの内の一人の座を狙え、などと市井の女の子に勧めようものなら平手打ちを喰らっても文句は言えない。

 だが相手が「古の魔法遣い」様とくれば話も違うらしい。


「もう、シィロさんもミッキィさんも冗談ばっかり」


 怒るかと思いきや、煽られるのもまんざらでもない様子でクロエが答える。

 それを見て白毛のシィロと三毛のミッキィがいよいよもって騒ぎ出す。

 彼らにしてみても世話になっているクロエに、どこの馬の骨ともしれないド新人がちょっかい出していると思えばこそ絡んだのであって、それが超が付く玉の輿だというのであれば話は別だ。


 今回の騒ぎを奇禍として、万一上手く行ってくれれば道化だった自分たちも救われる気もする。

 金や地位()()で惚れるクロエではないことを知ってはいるし、そうであれば金や地位はあって困るものではない。

 クロエ自身もまんざらでもなさそうだし、絡んだ自分たちをあっさり許したことからも少なくとも司は悪人ではないだろうと判断している。

 そうでなければ、自分たちは今頃消し炭でも不思議はない。

 中堅どころの冒険者二人程度、絡まれたことを理由に無礼討ちにしても許されるだけの立場にあることは、ありがたくもなさそうに出された紹介状が証明している。


 自分たちでも初めて見る表情をするクロエに、春が来てくれればいいと二人は思う。


 一方煽られたクロエは、再び妄想が暴走状態になりつつあった。

 これは今夜は落ち着いて寝ることができないかもしれない、と少々慌てる。

 まったくもって自分らしくない。


 だけど言われてみれば確かに、唯一無二の恋人ではなく、ハーレムの一人程度であれば狙えるかもしれないとは思いもする。

 女としての自分に、まったく自信が無いわけではないのだ。

 貴顕には貴顕の、市井には市井の女の魅力もあるはずだ。

 あってくれればいい。

 あってください。

 

 ツカサ君が、その、なんというか、そういうのもありの人だったらだけど……


 とっさにそう考える自分が、半日前ではあり得なかったことに気が付いて、再び赤面する。

 

 たくさんの女の子の中の一人でもいいって、何考えてるんだろ私。ちょっと落ち着かなきゃ……いや呑んじゃったほうが良いかなこんな時は。


 幸いにして、一晩の呑み代としては多すぎるほどのお金を、常の自分のペースを乱す張本人から戴いている。

 金貨一枚分を一晩で呑むって、すごい話だとクロエは思う。

 伝説の英雄たちであれば、そういうのも日常茶飯事になるんだろうか。


「さ、もう日も落ちますし今日は呑みましょう。奢りますよ?」


 とりあえずこの二人は誘わなきゃならない。

 とてもじゃないけど、金貨一枚を自分一人で独り占めする気になんてなれない。


 もしそうしたとしたら、次あの魔法遣いに会った時に、まっすぐ目を見れないと思うから。

 まあ別の意味で見れないかもしれないと、妄想を加速させ過ぎたクロエは思わなくもない。


「えらい太っ腹だな。確かに大将がおいてった魔物(モンスター)捌けば、相当な利益出るんだろうけどよ」


 本物の魔法遣いは、何でもない事のように「砕狼(アトミスガルフ)」の群れを、ボスごとまとめて売り払って行った。

 間違えたとか言って出した魔物(モンスター)は、確かに「雷龍(トニトルス・ドラク)」だった。


 自分だったら「砕狼(アトミスガルフ)」が一匹でも、すっ飛んで逃げる。

 群れなんてもってのほかだ。

 「砕狼(アトミスガルフ)」がはぐれの一体で、こっちが手練れ十人以上いたら功名心とその場のテンション次第で挑むかも知れねえな、とシィロは思う。

 だが冷静だったら、まず逃げを打つだろう。

 一対一の状況っていう悪夢になったとしたら、生き残ることを最優先して人生最大の覚悟を決める。


 正直「雷龍(トニトルス・ドラク)」は論外だ。

 万一出くわしたらいつもの手慣れたパーティーがフルメンバーでも、その瞬間終わったと思うだろう。

 さすがに冒険者稼業も長いので、倒された「雷龍(トニトルス・ドラク)」を何度か見たことはあるが、生きているのを見たことはない。

 自分程度がそれを見たら、ほぼ間違いなくそれを最後に死ぬ妙な自信さえある。


 司が売り払って行ったのはそういう魔物(モンスター)なのだ。


 破格の冒険者にへそを曲げられたら元も子もないので、冒険者ギルドは間違いなく適正価格、いやブロンズでは本来望めないような高査定であの群れを買い上げるだろう。

 それでもここ数年で一番の利益が出ることは疑いえない。

 本人はピンと来ていないだろうが、そのブロンズという最低ランクもこの魔物(モンスター)買取で一足飛びにプラチナという最高ランクになるのは確定だ。

 なんとなれば、司専用のランクを設定されるかも知れないほどだ。


 この騒ぎが広がれば、ヴェインの王都ファランダインには、空前の冒険者景気が訪れるだろう。


 我もと夢見て出る冒険者の犠牲も増えようが、少なくとも商人を中心とした魔物(モンスター)景気とでも呼ぶべきものが来るのは疑いえない。


 その中で最大の利益を得るのは、取引の出発点となる冒険者ギルドだ。


 そりゃ俺ら二人に酒奢るくらいはへでもねえか。

 大将が毎日この規模で狩りしてくれりゃ、金なんて湯水のごとく湧いてくんだろうしな。


 ギルドが潤えば、そこに所属する自分たちも潤うのは自明の理だ。

 その一環として、先払いのように酒を御馳走になるのも悪くない。

 

「迷惑かけた上に、奢られるってのはなあ……」


 状況から考えて、奢ってもらうのも悪かねえと割り切るシィロに対して、朴訥なミッキィは騒ぎを起こしたことを気にしているようだ。

 それはそれで真っ当な感覚とも言える。


「じゃーん。これなーんだ?」


 どうしたもんかと頭をかきだすシィロと遠慮するミッキィの前に、わざとおどけた調子でクロエが司から押し付けられた金貨を差し出す。


「ってそれ……金貨じゃねえか!」


「えぇえええ?」


 目を剥くシィロとミッキィ。

 当然だ、金貨というものは貴族様が大きな買い物をするときに使うか、ギルドの様な大きな組織がいろいろな決済をまとめてやるために使うものであって、年頃の女の子が呑み代と称して取り出すものでは決してない。


「迷惑かけたから一枚どうぞって、さっき彼が」


 信じられないよね? と言った表情で二人に説明するクロエ。


「うわあ大将、経済感覚ゼロかあ……こりゃあ、いよいよ本当に復活した古の魔法遣い様かも知れねえなあ」


 天を仰いでシィロが嘆息する。

 なぜかクロエは、シィロが自分と同じ結論に至ったことが嬉しかった。

 

 それって、そういう意味なんじゃないか? などと言われればひっぱたいていたかもしれない。

 自分でも妄想したくせに。 


「……ギルドあげて一晩中飲んだって、お釣りくるよな」


 ミッキィは遠慮することが、如何にバカバカしいかを理解したようだ。

 そうとなったら呑めるだけ呑み、楽しめるだけ楽しもうとするのもまた、冒険者というものだ。


「さすがに独り占めする度胸はないので、今夜は魔法遣い様の迷惑料で夜通し宴会です。今日ここにいた人は幸運(ラッキー)ですよ。魔法遣いツカサ様に感謝して呑みましょう!」


 妄想を振り払って、とりあえず呑むことに決めたクロエが号令を飛ばす。

 ちゃんと司の株を上げることを忘れないあたり、立派な担当窓口と言えるだろう。

 それにクロエは今日ここにいた人たちは、本当に幸運(ラッキー)に恵まれていると思う。

 ただ酒を呑めるからではなく、英雄譚の序章、その登場人物になれるかもしれないからだ。

 自分を含め、たとえ端役であったとしても。


 三人の会話を近くで聞いていた、他のギルド職員や冒険者から歓声が上がる。


「よしきた」


「怖い思いした甲斐があったってもんだ。今夜は呑むぞ!」


 本当に今日のこの騒ぎを後世から見れば、英雄譚の序章の一頁になればいいなと思いつつ、クロエは人生で一番楽しく呑んだ。


 次の日は地獄だったが、仲間が多かったので良しとしたようだ。






 ――そして明後日はこない。

次話 1周目【不思議なお店】


本日15:00投稿予定です。

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