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第16話 1周目 【side 冒険者ギルド―経済効果】

「……消えちゃった」


 渡された()()をなんとか返そうと追った背中は、扉にたどり着く前に忽然と消えてしまった。

 これがつい一時間前なら、心臓が飛び出るくらい驚いた自信がクロエにはある。

 だけど今はもう「魔法遣い」なら何でもありだという思いがあるのか、自分でも意外なくらい驚きは少なかった。


 驚きというのであればクロエ・シトロン十九年の人生で、今日が一番驚いた日であることは間違いない。


 神話か伝説、お伽噺にしか存在しない筈の本物の「古の魔法遣い」――教会がありがたがる胡散臭い名前だけの紛い物ではなく、本当に魔法を行使して魔物(モンスター)を狩る存在――に出逢ったのだ。


 一見すると、男の子と男の人の間くらいの、極普通にしか見えなかった。


 だが市井の人間であれば、まともに口の利く機会すらないような門閥貴族の紹介状を携えて現れ、そこには直筆で「ツカサ様と呼ぶように」との一文があった。


 ヤガミ・ツカサ様。


 「魔法遣い」だという事は本人のギルド登録の際のもめごとと、その後の魔物(モンスター)買い取りでいやというほど理解させられた。

 だけど一人の人間として見れば、謎だらけの人だったとクロエは思う。


 ――突然目の前に現れたかと思えば、魔物(モンスター)を買い取ってくれと言いだして――そうか、あの時言っていた「おくると」って言ってたのも魔法なんだ。


 それでクロエは納得がいった。

 猫系の獣人(セリアンスロープ)である自分があの距離までまったく気配を感じなかったのも、魔法であると言われればさもありなんと思う。

 本物の「魔法」を目の当たりにしたのは生まれて初めてだったが、それはもう驚いた。

 伝説や神話で語られるのに相応しい、自分達の尺度で言う強い弱いを超越した力だと一発で理解できた。


 ――怒った時は本当に怖かったけど、それ以外は普通の男の子にしか見えなくて……たぶん年下だよね、なんかちょっとおどおどしてたりして可愛い所もあるし。

 だけど雲の上の存在なんだよね。

 本物の魔法遣い様だもの。

 でも何考えてるんだろう、こんな大金を今日初めて会った女の子に渡すなんて。

 もしも()()()()()()なら、私――


「クロエちゃん、面目ねえ。バカやって迷惑かけた」


「知らずに虎の尻尾踏むなんて真似、おいらがやらかすことになるとはなあ……ほんとうに申し訳ねえ」


 ちょっとピンク色の妄想を始めたクロエ新品十九歳の猫耳に、騒ぎを起こした同族である二人の謝罪は聞こえていない。


 突然現れた、既存の権威も序列も無視してのけるだけの力を持った謎の男に、なぜかごく普通の女の子でしかない自分が惚れられる。


 女の子であれば、誰もが一度は夢見るようなシチュエーションではある。

 冒険者ギルド職員若手の中ではしっかりしていると見做されていようが、クロエもギルド職員である前に一人の女の子なのだ。

 しかも繁殖適齢年齢となれば即そっち方面の妄想をしてしまっても、まあ仕方がない。

 

 ――いやだわ私。そんなことある訳ないのに。

 ツカサ様……心の中ではツカサ君でもいいよね? は、市井の暮らしを全く知らないんだきっと。

 きっと今まで山奥で魔法の修行をしていたのね。

 そうじゃなければあれだけの力を持ったヒトが、知られていないままなはずがないもの。

 だからこの大金も純粋な感謝の結果としてくれたの、勘違いしちゃダメよクロエ。

 ……だからと言って、大金過ぎるけど。


 司は当然のことながら、この国(ヴェイン)における貨幣価値に対する知識がまったくない。

 もし知っていたならお礼と称して「金貨」を、可愛い女の子とはいえ、いや可愛い女の子だからこそ、一ギルド職員に渡すような迂闊な真似はしなかったはずだ。

 その行為は邪推されれば、金持ちが目も眩むような大金で、普通の女の子を()()行為にもとられかねない。

 いや普通はそう取るだろう。

 それこそクロエが妄想したように。


 司がこんなものだろうと思っている金貨の価値は、実際の1/300くらいの評価だった。

 金貨一枚はざっと言えば、日本円で言う三百万に相当する。

 今回司が受け取った金貨190枚は、五億七千万円相当というわけだ。


 大国であるヴェインの王都、そこに居を構える冒険者ギルド三大支部の一つであるヴェイン支部であるからこそ、200枚もの金貨を所持していたのだ。

 これだけの資金を常時ギルドに保持しているのは、本部の他には、ヴェイン支部(ここ)を含む三大強国の支部くらいしかない。

 

 「砕狼(アトミスガルフ)」、ボスを含めて三十匹の「買い取り価格」の評価は金貨で約2500枚、七十五億円もなる。この額になってくれば、クロエが言った通り、本部から取り寄せなければどうにもならない。


 内訳は三メートル級のボスが金貨500枚、つまり十五億。

 白いレアものが同じく金貨500枚、同じく十五億。

 残りが一匹あたり金貨55枚、一億六千五百。


 ここ数十年間、冒険者ギルドに持ち込まれる「砕狼(アトミスガルフ)」は年に一度か二度、それも通常個体一匹のみというのが関の山だった。

 それも有名どころの冒険者が数十人掛かりで、やっと狩れるような代物だ。

 持ち込まれた時は、冒険者ギルドでちょっとした騒ぎになるクラスの魔物(モンスター)なのだ、「砕狼(アトミスガルフ)」という存在は。


 流通する多くのものは正規軍によって討伐されたもので、相当な高値を維持している。


 装飾品としての毛皮、珍味・高級食材あるいは薬としての肉や内臓、武器の素材としての爪牙や骨。

 それらは貴族たちが、庶民には理解できない様な高値で我先にと買い求める。

 爪牙や骨はそれからつくられる武器の実効性能、装飾品などはその稀少性から市場に出れば事実上、青天井のオークション品となるのが通例だ。

 それなりの貴族の証として、屋敷に「砕狼(アトミスガルフ)」級の剥製がある事があげられるくらいの高級品。

 司が間違えて出した「雷龍(トニトルス・ドラク)」級となれば、王族、大貴族、世界に名を知られる大商人クラスでもないと、まず所持することは叶わない。


 だが何よりも魔物(モンスター)の価値を上げているのは、その目が「魔石」として取り出すことが可能だからだ。


 王族や大貴族の、いわゆる高貴な血脈。

 もしくは教会のごく一部。


 そこに伝わる「神聖術」を行使する際の「燃料」となる「魔石」の価格は、魔物(モンスター)のその他の部位と比べても桁違いの価格で取引される。

 数年、数十年の祈りの果てにやっと行使できる「神聖術」を、魔石が耀きを失うまでは行使可能になるという事実は、魔石の価値を天文学的なものへと引き上げる。


 一般庶民には触れる機会が無いから実感しにくいが、「癒し」をはじめとした奇跡を知る立場の者ほど、魔石の価値は高まる。

 己の命を守り、救う力を少しでも多く持ちたいと言う想いは、己が手に抱えるものが多い者ほど強くなる。

 

 その最たるものは国家だ。


 国が保有する「神聖術」、あるいは極少数ながら「魔法」を行使可能な人材。

 それを「国家戦力」として機能させ得る上限が、「魔石」の保有量とイコールで繋がれる。

 「魔石」の保有は、地球世界の第二次世界大戦時における「石油」のようなものだ。

 保有量が国家の命運さえ左右しかねない。


 だが実際は魔物(モンスター)狩りに投入可能なほど強力な「魔法遣い」は極少数しか存在せず、それすらも取れる魔石と、消費する魔石との収支が破綻している。

 何より魔石収集で「魔法遣い」を失うような愚を犯すわけには行かないからには、現実的ではない。

 通常兵力を投入して、大規模な魔物(モンスター)狩りを常態化させるには、人と魔物(モンスター)の戦力差が大きすぎて犠牲ばかりが大きくなる。

 「神聖術」や「魔法」は切り札であっても、国家最大の「力」はやはり通常の軍である。

 それを弱体化させてまで魔石を集めるのは、甚だしい本末転倒と言えるだろう。


 ゆえにこそ、魔物(モンスター)が狩られた際には、その取引には大金が動く。


 正直、今回の冒険者ギルドによる魔物(モンスター)の大量流通は大きな騒ぎになるだろう、とクロエは思う。


 高値維持している価格を破壊するには、三十匹程度では全く足りない。

 だが本来これだけの量が一気に流通するのは、軍が大規模討伐を敢行した時くらいしかない。

 ()()()()()()()()これだけの魔物(モンスター)が流通するという事実は、ヴェイン王国だけにとどまらず、大陸全域の話題になることは疑いえない。


 ――もしもこれが、毎日続くようなことになれば。


 クロエは自分の肌が粟立つのを自覚する。


 司がヴェイン王国を拠点に「冒険者」としての活動を本格化させるのであれば、その経済効果は冒険者ギルドに留まらず、ヴェイン王国にまで及ぶのは間違いない。

 表面上は冒険者として活動するにしても、ヴェイン王国の意向に従って動くとなれば、現在の国家間バランスが崩れるほどのイレギュラー存在。


 ただ単純に戦力として考えても、「砕狼(アトミスガルフ)」の群れを一人で殲滅できるという事実を置き換えれば、司は一人で正規軍の精鋭一軍を掃滅できるのだ。


 しかも、おそらくはそれさえ実力の片鱗でしかない。


 ――ツカサ君が、本当にうちのギルドで活動してくれるようになったら、うちの冒険者ギルドは今までなかったような発展をするのは間違いない。だけどそれ以上に……


 他国の間者(スパイ)が「冒険者」としてギルドに流れてくることは間違いないだろうし、司の存在を正しく認識すれば、それこそ真っ当な外交ルートを使っての接触さえ十分考えられる。


 クロエは急にのどが渇いたような気がして、固い唾を呑みこむ。


 よく言えば安定、悪く言えば停滞していたギルドに、新しい風というよりも、巨大な嵐が来るような気がしたからだ。


 その中心となるであろう人物と、現時点で自分は相当近い位置にいる事をクロエは自覚する。

 冒険者ギルドに身を置く人間としても、また「女」としても。


 こんなにぞくぞくする思いを得たのは、生まれて十九年で初めての事だった。

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