第15話 1周目 【力の兌換】
「これだけの魔物を、たった一人で……」
思わずという感じでつぶやいているクロエさんの声には、隠しようのない畏怖が滲んでいる。
自分たちが命がけで相対する魔物を、冗談のように、いやまさに神話や物語の主人公の如く狩れてしまう力は、目の当たりにすれば憧憬よりも畏怖を呼ぶのだろうか。
無邪気にすごいすごいと憧れていられるのは、それは自分たちの現実とはけして交わることのない、神話や物語だからなのかもしれない。
ましてや俺は、本来一軍を持って掃滅するべき規模の群れを一人で仕留めているんだもんな。
確かにカイン近衛騎士団長も、十五名の近衛騎士では被害が出ることを避けがたいというようなことを言っていた。
安全に魔物討伐隊を編成するのであれば、一軍と称されるほどの人数を集めるのが常識なのだろう。
確かにボスはそれなりの大きさだったし、普通であればかなりの脅威なのは確かだ。
それを一蹴できる「魔法」が、飛び抜けて強力だという事でもある。
「本来は大人数であたるべき規模らしいね。だけど期せずして道中で遭遇してしまったんで、俺が狩らせてもらった。自由に処分していいと近衛騎士団長の許可は取っているけど、拙いかな?」
買取限度額を超えています、とか言われても困るな。
ちょっとずつ持ってくるのが正解なんだろうか。
なんか滞留在庫を横流ししているブローカーみたいで、いやな感じだが。
「ほんとうに一人で狩られたんですか……いや紹介状にもそう書いてありましたし、信じられないだろうが事実だ、ともありましたけれど。これはさすがに……」
さっきの騒ぎを経た後であっても、これだけの魔物の群れを一人で狩るというのは信じがたい所業のようだ。
文字通りクロエさんは我が目を疑うという状況になっている。
冒険者が魔物を狩ると言っても、普通はさっきシロとミケが言っていた「一角兎」や「牙鼠」とやらが思い浮かぶのだろう。
兎や鼠ベースでも魔物は恐ろしい存在だという事だ。
それが狼ベースとなれば、危険度が飛躍的に上がるのは理解できる。
普通の人間であれば、魔物ではないただの狼でも充分に危険な存在だ。
そんな「砕狼」級の群れを一人で狩るというのは、クロエさんにとって現実的ではないのだろう。
彼女の中にある、「とてつもなく強い冒険者」という想像は、「砕狼」級の魔物を一対一で倒せるような存在あたりが限界なのだ。
それを越えれば神話やお伽噺の域になってしまい、現実感を伴わない。
サラたちにしても、自分の目で倒すところを見たからこそ、驚きながらも現実を受け入れざるを得なかったというところか。
魔物との戦いに慣れているであろう、冒険者ギルドの面々をしてこの反応なのだ。
王様が娘の伴侶としてまでも俺をヴェイン王国に取り入れたくなるのも、無理なからぬ事なのかもしれないな。
「とりあえず買い取ることは問題ないんだよね? いくら位になるの?」
まあそんなことより、今は現金収入だ。
「古の魔法遣い」としては少々、いやかなり即物的な質問だがやはり興味はある。
せっかくの王都で欲しいものが見つかった時に、サラやセシルさんにお金を無心するのはいくらなんでも情けなさすぎる。
だからと言って、カインやガウェインに奢ってくれというのも締まらない話だしな。
彼らならあっさり出してくれそうだが、それに甘えるのもなんか違う気がするし。
自分で魔物を狩って得たお金なら、少々馬鹿な事に使っても後ろめたくはないだろう。
「ちょっと私が算出できる規模ではないですし、買い取り用の金庫のお金では支払いきれないと思いますので、時間をいただきたいのですが……」
だがクロエさんから帰ってきた答えは、俺をガッカリさせるものだった。
今すぐの現金収入は無理か……
まあ今からでは使う時間もないから、明日あたりになんとかなってくれるといいな。
しかしいくら魔物が高値で売れるとはいえ、三十匹程度の魔物の代金も即用意できないとは、冒険者ギルドってあんまり儲かっていないのだろうか。
まあ無い袖は振れまいし、ゴネてもしょうがない。
「そっか。そりゃしょうがないからお任せします。魔物はここに置いといていいんだよね?」
「それは大丈夫です。預かり証を作成しますのでちょっと待ってください。それと最終支払額の十分の一にも足りないとは思いますけど、今お支払できる分はお渡ししておきます」
「そりゃありがたい。実は無一文なんだ。これで何か興味引かれたものを買う事が出来る」
言わんでいいことを言った気がする。
クロエさんの目配せを受けて、ギルドの男性職員がすっ飛んで行く。
すぐに重そうな革袋を大事そうに抱えて戻ってきた。
ある分だけでも先に払ってくれるのは、正直ありがたい。。
これで街で珍しいアイテムを買ったり、ちょっと豪華な食事をするには困ることはないだろう。
一息つけるというものだ。
「今この冒険者ギルドにある金貨は、二百枚しかありません。さすがに金庫を空にはできませんので十枚だけ残させていただいて、後の百九十枚をお渡しします。受領書にサインをお願いします」
「はいはい」
結構きっちりしているな。
金貨と言えばおそらく普通に流通する最上位貨幣だろうし、今貰えるのが全体の十分の一以下となれば、やはり魔物は相当高値で売れるみたいだ。
というより破格と言っていいんじゃないだろうか。
金貨一枚を一万円と考えても、二千万円前後も今回だけで手に入れたことになる。
しかも今すぐ百九十万円分はもらえるのだ。
家を買うのはきついとしても、当面暮らす分にはまったく困らない額だ。
冒険者すげえ。
これほんとに柵がめんどくさくなったら、冒険者として生きていくのも充分ありだな。
何度か狩りに出れば、家を確保するくらいはすぐ実現できそうだ。
まあこの世界、というよりもヴェイン王国、いやもっと言うならここを拠点にするならば王都ファランダインにおける不動産の価値、価格がわからないので、楽観するのはまだはやいともいえるが。
日本でも、東京都と俺の地元じゃ一戸建てもマンションも全然値段が違うからな。
同じ街でも一等地と外れで価格に差があるのは、あっちもこっちも変わらないだろう。
まあ身一つの間は、宿屋で十分ともいえる。
それにこのままだと王城に一室を与えられそうな状況でもあるしな。
しかし宿屋暮らしをしながら一月も働けば家を買えるなんて、向こうでは冗談にしか聞こえない話だ。
いやそうでもないのかな。
向こうの世界に合致した能力を持った連中なら、一ヶ月も働けば俺が想像する家くらいは余裕で買えるというのが、それなりの数が存在していたな。
こっちの世界での俺は、魔法という突出した力を持つが故に、そういう立ち位置に居るという事だ。
まあお金を稼ぐというだけであれば、あっちの世界で死に戻りの異能だけだったとしても株や為替、ギャンブルなんかで儲けれたのかな。
異能に気付いた後はそれどころじゃなくて、そんなことを確かめる余裕も無かったけれど。
株のデイトレとやらでうひゃひゃひゃひゃやってる時に、珠に現れられたら気まずかっただろうなあ……
ともかく、家云々はおくにしてもお金があるにこしたことはないのは確かだ。
ずっしりと重い革袋の中身を数えることなくアイテムボックスに収納する。
当たり前だがきちんと百九十枚入っていた。
もしもアイテムボックスが無ければ、持ち歩くには結構大変な重量だ。
十万分相当の十枚だけ持ちあるくとしても、お釣りのおそらくは銀貨や銅貨が出てくると結構厄介かもしれない。
やっぱり異世界生活にはアイテムボックスは必須だったな。
今回金貨に化けた魔物たちも、最初カイン近衛騎士団長が惜しんでいた通り、普通なら諦めざるを得なかったんだもんな。
選んだ時に思った「迷宮で絵にならない」などという馬鹿な理由であっても、実際に異世界で活動を始めれば選んでおいてよかったと思える。
あ、そうだ。
一枚だけ金貨を取り出し、他の人にはわからないようにクロエさんに渡す。
「これ今日迷惑かけたお詫びです。懲りずに今後ともよろしくお願いします」
「え、ちょ、こんなに受け取れないですツカサ様。叱られちゃいますよう」
一万円分程度ではせこいかとも思ったが、どうやらその心配はなかったようだ。
渡したものが金貨だとわかると、猫耳をピンと立てて驚いている。
こっそり渡したことを理解してくれているのか、こっそり返そうとするクロエさん。
演技ではなくほんとに驚いているようだ。
真面目だな、猫耳職員。
「まあまあ。なんだったらさっきの二人と安酒でも呑んでくださいよ。今日は助かりました。また時間が取れたら来ますので、その時もよろしく」
そう言って冒険者ギルドの出口へ向かう。
慌ててクロエさんが追ってくる。
「安酒って……ちょっとツカサ様。ツカサ様ってば」
真面目なクロエさんの声を聞きながら、「転移」を発動させた。
もうそろそろ帰らないと、謁見に遅れたらことだしな。
とにかく当面のお金が用意できたのはありがたい。
今日は謁見と宴席で身動きが取れないけど、明日以降これと言った予定がある訳でもない。
明日は王都見学でもして回ることにしよう。
たぶん無駄遣いしてしまうんだろうけど、ちょっとくらいなら構わないだろう。
サラとセシルさんに、冒険者としての初報酬で何か贈るのもいいかもしれない。
向こうでは絶対に思いつかない事を考えた自分に、ちょっと苦笑いした。
たった二日で、俺は大きく変わっているようだ。
この変化が、悪い方向ではない事を祈る。