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第13話 1周目 【古の魔法遣い】

「――では証明しようか」


 左目の義眼と、左手の能力管制担当(グローブ)が魔力を噴き上げる。


 それに応じて漆黒の外套(マント)が室内で風もないのに緩やかにはためき始め、まだ「魔法」として構築されていない純粋な魔力が、俺の身体を中心に渦巻き始める。

 この際だ、別に必要はないが虚仮脅しに浮遊(レビテーション)を発動させて空中へと浮かび上がる。

 

 冒険者ギルド一階の天井が高くて助かった。

 天井で頭打ったりしたら、かっこ付かないからな。


「う、浮きやがった」


 突然目の前で始まった魔法の実演に、絶句していた二人の白い方がうめき声を上げる。

 束縛(バインド)をかけたから、身体は動かせてもその場からは離れられまい。


 ふははははは、恐怖するがいい!

 貴様たちは現世に黄泉返った、古の魔法遣いに喧嘩を売ったのだ!!

 力を伴わぬ愚行には、死をもって報いよう!!!


 ――いや、そこまでテンションあがってないけどね。


「ほ、本物なのかよ……」


 三毛の方が、今や巨躯である自分たちより高い位置にある俺を、茫然と見上げながら声を洩らす。


 ニヤニヤと遠巻きに傍観していた、ギルド職員や冒険者たちも度肝を抜かれた顔をしている。


「言っただろう? 俺は魔法遣いだと。魔物(モンスター)は魔法で狩ったんだと」


 二人を見下ろしながら、さっきの言葉を繰り返す。

 ことさら表情や声をつくっている訳ではないが、この状況下では死刑宣告の如く酷薄に響いたはずだ。


 野次馬たちと違って、シロとミケ――勝手に命名――の二人は自身に何らかの制限がかけられていることは実感できているだろう。

 戦いを生業にしている人間であれば、拙い状況に陥ればまず逃げることが可能かどうかを確認するのが常道だ。

 それが不可能なことをすでに理解しているから、その表情には焦りがある。


 まだ焦りだ。


 それをこれから恐怖に変える。


 焦った表情で自分の得物を抜くシロとミケ。

 普通ギルド内での抜刀はご法度になっているんだろうが、そんなことを言っている場合でもない。


 シロは両手持ちの巨大な長剣、ミケは変わった形の片手斧と盾だ。


 よく手入れのされた自慢の装備なのだろうが、出来がいいだけでただの武器だ。

 魔力や呪が付与(エンチャント)された、マジックアイテムではない。

 それでは魔法は防ぎきれまい。


 ぼっ、という間の抜けた音と共に、俺と二人の真ん中に小さな火球を生み出す。


 わかりやすくするなら火だ。

 火は人の強力な味方であると同時に、御しきれぬ敵でもある。


 まあそれは地水火風に代表される、自然現象全般に対しても同じことが言えるのだが。

 それを自在に御すからこそ、「魔法」は人々に畏敬の念を持たれるのかもしれない。


 あっちの世界(地球)で、人をして万物の霊長と嘯かせた「科学」も本来同じことだと思うのだが、俺も含めて現代人は「畏敬」を失いがちに思える。


 だからこそ暴走するのだろうか。


 魔法とて同じことなら、気を付けねばならないな。

 

 濁った音を伴いながら、小さな火球は魔力を吸収して巨大化し、あっという間に人一人を呑みこめそうな大きさに成長する。

 不思議なことに間違いなく巨大な火球であるのに、今の状態では熱を感じない。


 完全に「火」を制御しているという事なのだろうが、魔法が一つの技術であることを強く実感する事実でもある。


 ――充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。


 大好きなアーサー・C・クラーク大先生による、有名な「クラークの三法則」のうちのひとつだ。

 なんとなく、科学とは全く別系統だと思いがちな「魔法」も、根っこは同じものだとする捉え方を、実感する日が来るとはね。


 こっちは火球を維持しながら呑気な事を考えているが、冒険者ギルドに今いる連中、特にシロとミケはそれどころではあるまい。

 

 どう見ても自分たちではどうしようもない巨大な火球を前に、シロもミケも凍り付いている。

 周りの野次馬は言わずもがなだ。

 なにしろ俺が本気でこの火球を放てば、疑う余地もなく消し炭になる。

 一声も発することもできず、事の成り行きを、固唾を呑んで見守っている。


 その目に浮かぶのはもはや焦りなどという生温いものではなく、純然たる恐怖だ。

 「逃れようのない死」というものは、唐突であり、理不尽であるほど恐怖と混乱を呼ぶ。


 一方でおなじそれを感じながらも、己の護るべきものを優先できる人がいるというのも不思議なものだ。


 とはいえ、本気でそんな大参事をやらかそうとしている訳ではない。

 振り上げた拳の落としどころが必要な訳だが、さて――


「信じなかったことは謝罪します、魔法遣い様!」


 どうしたものか、と思ったところでクロエちゃんが二人の前に飛び出した。

 束縛(バインド)をかけていないから自由に動けるのは当然だが、あの二人の前に出るという事は、巨大な火球の至近に立つことになる。


 震える声も身体も隠せてはいないが、正直凄いと思う。

 俺なら自分が制御している訳でもない火球の前に、防御手段も持たずに立つのはとても無理だ。


 それは避けえぬ死の前に身を投げ出すことと同義だ。


「この二人は当ギルド所属の冒険者です! ギルドはギルド所属の冒険者の行動に責任を持ってこそ、ギルドたりえます!」


 だからシロとミケを焼き払うなら、自分もそうしろというわけか。


 感心するしかない。


 はっきりとそう言葉にして俺を非難する色が混ざるのを避けつつ、己が身を前に出すことで「ギルドの責任」が口だけでないことを示す。

 それと同時に、これは俺に対する警告でもある。

 謝罪を容れず、自分ごとシロとミケを焼き払えば、冒険者ギルドが敵になりますよという事だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ大将! 俺が、俺達が悪かった。馬鹿にした罪で焼き払われるってんなら甘んじて受ける。侮辱が高くつくってこた、俺達だって知ってる。猫が虎を虎と知らずにちょっかい出してぶっ殺されるのは当然だ。だけど馬鹿やった巻添えにギルドを、いや女の子をしちまうのは情けなさすぎて死んでも死にきれねえ! 後生だ、この場は堪えてくれねえか?」


「お、おいらもあやまるよ魔法遣い。だからクロエちゃんまで焼くのは止めてくれ!」


 シロが目が覚めたように吼え、ミケが懇願する。

 というか、素はそんな喋り方なのかよミケ。


 人の、というよりも「矜持を持つ存在」のすごい所はこんなところだと思う。

 ついさっきまでのように弱者を馬鹿にし、嘲笑するような連中であっても、義には義で応えようとする。


 たとえそれが死の淵であっても。


 もちろん誰もが全てそうじゃないことは知っているつもりだけど、そうできる人は基本は悪い人じゃないと思える。

 本当は悪い人じゃないからと言って、全てが許されていいとも思えないけど、もとよりさっきみたいな子供の喧嘩で本気で焼き払おうと思っている訳でもない。


 俺が本当に魔法遣いだとわかってもらえればそれでいい。


 「火球(ファイアー・ボール)」をキャンセルし、「浮遊(レビテーション)」を解いて地上に降りる。


「ギルドの謝罪を容れよう、クロエさん」


 冗談のように忽然と消えた大火球に、クロエさんのみならず、皆がぽかんとしている。

 幻術だとでも思われたかもしれない。


「あ、ありがとうございます」


 へなへなと腰から崩れ落ちながらも、クロエさんが謝意を述べる。

 束縛(バインド)も解いているので、シロとミケが慌ててクロエさんを支える。


「すまなかった大将。堪えてくれて感謝する」


「ごめんなさい、ありがとう」


 さっきまでとまるで違う態度で、二人が謝罪と感謝を述べてくる。

 冒険者を生業としているような連中は、相手の実力を認めれば素直なのが多いのかもしれない。

 中には本物のクズもいるのだろうけど、少なくともこの二人はそうではないようだ。

 もともとやったことと言えば、言葉で嘲笑した程度だ。


 だけどこんな巨躯二人にあんな風に煽られたら相当な恐怖のはずなので、今後は自重してくれればありがたい。


 リアルではモンクタイプな俺でも、向こうでなら泣いてたと思うし。


「いや、こっちこそちょっとやりすぎた。俺が本物だと証明出来ればそれでよかったんだけど、ちょっと煽られてむかっ腹立ってたんだ。申し訳ない」


「あー……、それについては深く反省する。もちろん罰も受ける」


 嫌味を投げても素直なものだ。

 最初からこのキャラならもめ事も起きないのに。


「いいよ、俺はギルドの謝罪を容れたんだ。こっちもやりすぎだったし、それでチャラだよ」


「面目ねえ」


 こっちの方が大人げない気がして来たので、話を打ち切った。

 こう言うのは謝り合戦になって止まらなくなることもなるし、後に遺恨も残したくない。


 派手なデモンストレーションにはなったが、双方具体的な被害は一切出ていないのでこれでいいだろう。


 それにさっさと本題に入らなければそろそろ時間も無くなって来ている。


 冒険者登録と魔物(モンスター)の売却。

 そのために俺は「冒険者ギルド」へ来たんだから。

次話 1周目【ギルド登録】


10/22投稿予定です。

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