第11話 1周目 【王都到着】
早朝にオルミーヌ砦を出発し、再び日が沈む前にヴェイン王国王都「ファランダイン」に到着する事が出来た。
砦の守備隊長は護衛を増やすことを進言していたが、有事が疑われる状況で砦を手薄にする事が出来ないという理由もあり、そのままのメンバーでの王都行となった。
昨夜の宴席が始まる前に、王様とカイン近衛騎士団長、オルミーヌ砦の守備隊長には「一行を襲った雷龍は誰かに使役されている状態であった」ことを告げたからだ。
サラ王女にも、もちろん伝えてあった。
セシルさんは知らなかったようだが、昨夜あの後に伝えた。
各々なぜそんなことが解るのだという疑問もあったのだろうが、幸いそれを聞かれることは無かった。
説明されてもわからないし、俺がどう答えたところでその答えの真贋を確かめるすべが無いからだろう。
サラ王女の「神託夢」に対する信頼が強いと考えたほうがいいか。
なので道中再び襲われる可能性と、その対処を準備するのは当然の事なわけだ。
「ツカサ様が居るから大丈夫!」
というサラ王女の言葉に、王様や近衛兵の皆さんは苦笑いだったが。
確かに随員兵を多少増やしたところで、雷龍級に再び襲われれば被害が拡大するだけだし、逆に俺にとっては脅威にはならない。
万一俺が危険な存在であった場合、昨夜のうちに何かやっているはずだしな。
何かやったのかと問われれば、何もやって無いとはいえない身ではあるのだが。
もっともサラ王女に言わせれば
「もしもそうなら、その時点で終わりです。何か対抗手段思いつきますか?」
という事になるので、王様も近衛騎士たちも、砦の兵達も苦笑いするしかないわけだ。
俺もなわけだが。
昨夜の宴席での接点で、みながある程度は俺を信頼してくれたのだと思いたいところだ。
苦笑いどころか、冷や汗を流すハメになったのは道中のほうだった。
別に想定外に強力な魔物に襲われたとか、他国の軍勢が攻め入ってきたとかいう事ではない。
いや道中で俺の義眼が捉えた、狼型の魔物の群れを討伐するように依頼されとかがあるにはあったが。
攻撃的な魔物とのことで、義眼には「砕狼」と表示されたそれらは、砦などはともかく群れで襲われると普通の村落や、下手をすれば防壁を備えた街クラスでも危険な規模の群れだったらしい。
確かにボスは昨日の「雷龍」程とはいえないまでも3メートル級の巨体だったし、剣や弓で抗するのはきついだろうと思う。
実際三十匹程度の群れだったが、カイン近衛騎士団長やザックたちだけなら悔しいが見逃すしかない相手だといっていた。
俺の飛翔と義眼により事前に察知できず、偶発的に遭遇していたら相当に危険だし、昨日の「雷龍」の群れには比べるべくも無いものの、犠牲を出さずに完勝する自信は無いと言っていた。
そんな防御力で、自国内とはいえ王と王女を行動させるなよとも思ったが、街道に「砕狼」の群れが出るのは異常なことらしい。
「砕狼」の群れは「使役状態」ではなかったが、魔物を使役できる存在がヴェイン王国に敵対していることはどうやら間違いないようだ。
とはいえ俺にとっては昨日の「雷龍」より弱い魔物に過ぎない。
数がちょっと多いだけだし、氷系の魔法の実験台になってもらっただけだ。
ボスも含めて三十数匹、みな一撃でお亡くなりになった。
アイテムボックスに収納した「砕狼」や、昨夜試験撃ちで得たものは俺が自由に処分してくれて構わないと言われている。
「雷龍」級となれば国が確保しておきたい素材だが、「砕狼」程度であればギルド所属の上級冒険者らによって狩られることもあるし、とくに問題は無いようだ。
カイン近衛騎士団長の言葉に、俺が一番反応したのは当然「冒険者ギルド」だ。
やはり異世界となれば「冒険者ギルド」が無いとはじまらない。
王都に着いたらさっそく登録することにしよう、と内心決意した。
「砕狼」は、その際のいい手土産になるはずだ。
先輩冒険者に絡まれるというお約束もこなしたいところだが、魔物の引渡しなどでもめたくは無いので、ザックに紹介状を貰っておくことにする。
ダリアム家は由緒ある中堅どころの貴族家のようだ。
ザック本人の言なので、謙遜も入っているとみるべきだろう。
王様やサラ王女が張り切って書くと言い出したが遠慮していただいた。
ザックであれば知り合いとか、わけありで押し通せるだろうが、王族となればそうは行かない。
カイン近衛騎士団長を避けたのもそれが理由だ。
貴族であり、王付きの近衛騎士でもあるザックの紹介状があれば充分だ。
話が脱線したが、俺が冷や汗をかくことになった理由はつまり魔物や人による脅威ではない。
とある事情から馬車に揺られるのがかなりきつい状態であるセシルさんを、サラ王女の替わりに飛翔の魔法で俺が運ぶことになったからだ。
サラ王女であればほほえましい、抱っこして空を翔ぶと言う光景も、年の頃が似通った俺とセシルさんとなるとそうは行かない。
一言で言って「リア充死ね」と言われる光景になる。
恐ろしい事に相手が一定以上の美人だと、もう一方が冴えなくてもそれなりに見えてしまうものらしい。
俺の場合は珍しい黒髪と左目の銀の義眼、「みた事が無い」と王族や近衛の連中も口をそろえる漆黒の外套などの衣装に助けられているのもあるのだが。
救いは王様やカイン近衛騎士団長、ザック以下近衛騎士の連中の視線が冷ややかなものではなく、ニヤニヤと下世話なものであった事か。
――本当に救いなのかな、それ。
「……馬車に揺られたりするのはきついってききますし、サラは今日は我慢します。ツカサ様今日はセシルをお願いしますね?」
と無邪気な笑顔で伝えられたときは冷や汗が出た。
その横でセシルさんが、顔を真っ赤にしてうつむいているのだからどうしようもない。
この世界の王侯貴族における「常識」というというものを俺はまだ把握できていない。
故にサラ王女の笑顔が心からのものなのか、裏に刃を秘めているのか、大穴で何も知らない子供の笑みなのかが判断できない。
「あのな……サラ? 朝食の時に伝えたとおり、その……セシルさんの古傷を、俺の魔法で治した影響で少し熱っぽいってのが、馬車に揺られてきついって理由だからな?」
王様や近衛騎士の連中に聞こえない様に、ごにょごにょとサラ王女に今一度伝える。
王様や騎士団の連中に余計なことを言うのは逆効果な気がするから、ニヤニヤと見られることは甘んじて受けよう。
しかしいい訳にしか聞こえないかもしれないが、これは本当のことだ。
子供の頃の傷を完全に治すために相当の魔力を消費したことの影響か、明け方付近にセシルさんが高熱を出したのは事実なのだ。
事実「癒し」を受けた貴族の子供などが、熱を出す事例はあるとサラも言っていた。
「ええわかっていますよ? それにツカサ様の腕の中が、王家御用達の馬車よりも居心地がいいのは間違いありません。昨日ご一緒させていただいたサラが保障します。昨日まではともかく、今日からのセシルならきっとサラと同じ感想になると思うわ」
にっこり微笑んでいう言葉に、毒を感じるのは俺に後ろめたさがあるからか。
サラの言葉に「あう」とか「その」とか真っ赤になって俯くセシルさんのリアクションのせいか。
「ですがツカサ様――何時、どのような状況でセシルの古傷を知ることになったのか。どうして明け方にセシルが熱を出したことにツカサ様が最初に気付けたのか。王都についてからでかまいませんから、二人からきちんと聞かせてくださいね?」
あ、やっぱり目が笑って無いよこれ。
思わず天を仰ぐ。
セシルさんや近衛騎士の連中の価値観では当然でも、まだ幼いサラがそれを当然としているかどうかは解らない。
王族として当然とするべきと思っていることと、当然だと思っていることは似ているようで違う。
どうやら、きちんと説明しないといけない状況のようだ。
「ツカサ様? サラはセシルがずっと苦しんできた傷を完全に治してくださったことに心から感謝しているのですよ? なぜ汗をかいておられるのかしら? そんなに今日暑いですか? ――当たり前ですけど、セシルが誰にでもあの傷を見せる訳がありませんし、ツカサ様はもうよくご存知でしょうけど、あの傷は服を着たままで見る事ができるようなものではなかったでしょう?」
「はい、王都に付いたらきちんと説明させていただきます、サラ王女殿下!」
「……はい……」
変わらぬ笑顔で重ねられた言葉に、俺は許可を得たはずのタメ口を封印し最敬礼で返答する。
その横でセシルさんも、消え入るような声で同意する。
以上が俺が冷や汗をかく羽目になった状況だ。
今俺は王城の一室を与えられ、夕刻から開始される恩賞会見と、そのあとに続く宴席を待つように言われている。
それまでにサラに説明しておきたいところだが、王族のサラはもちろん、その筆頭侍女であるセシルさんとも離れ離れになってしまうのはしょうがない。
一度「見た」対象の居場所は、義眼で常時把握しているし、必要があれば「転移」ですぐに傍へはいける。
むやみにそれをやると着替えとか風呂の現場に突撃することに成りそうなので自重するが、一度驚かす為にやってみたい気もする。
とはいえ暇だ。
まだかなり時間はあるようだし、一度訪れた場所であれば同じく「転移」ですぐ帰ってこれるので、とりあえず城下街へ出てみることにしよう。
行動を制限されている訳でも無いしな。
空いた時間に「冒険者ギルド」で冒険者登録を済ましておくことにするか。
部屋の前に居る衛兵にいちいち説明するのが面倒なので、「転移」で城下街へ直接移動する事にする。
人々を驚かせない為に、「隠行」も忘れずに発動しておく。
冒険者になる、というのはやはりわくわくするな。
サラへの説明から現実逃避しているわけでは無い。
と思う。