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隣にいるための在り方【アリア・アリスマリアの場合】

「鬱だ死のう」


 絶対不敗(ツカサ)がこの世界(ラ・ヴァルカナン)に降り立った時、最初にはなった言葉だ。

 予定していた「ステータス・オープン!」が、己の置かれた状況を理解したために、その言葉に変わった。


 永遠の伴侶であるクリスティナですら知らぬその言葉を知る者は、この世界(ラ・ヴァルカナン)の者では誰もいない。


 忠実なる(しもべ)である『聖獣タマ』と能力管制担当(左手のグローブ)『ツクヨミ』のみがそれを聞いている。


 もっともその時のタマはまだ珠であったし、ツクヨミはツカサの能力を管制するオープンフィンガーグローブとしか認識されていなかったのではあるが。


 圧倒的な能力(チート)を手中にし、自身の死すらも超越した存在であることを認識したうえでの発言である。

 本来であればそこから始まる壮大な冒険譚に想いを馳せ、「異世界王に俺はなる!」程度の発言をしてもいいキャラクターであるのだ、ツカサは。


 ところが最初のサラとの出逢いから世界を守護する三聖女の一人、姫巫女(クリスティナ)を「姫巫女」としての人生から解放する流れになったツカサは、そこから三桁にのぼる「やり直し」をすることになるので「異世界王」どころではなくなるのではあるが。


 ツカサがそれをやらかした理由は、前半はただ偶然出逢ったクリスティナの妹姫であるサラにお願いされたというお人好しな理由で、後半は「クリスティーナに惚れたから」という極シンプルなものだ。


 ついには世界(ラ・ヴァルカナン)(コトワリ)を書き換える域まで己を引っ張り上げたのは大したものだとはいえるが、殺されながら、殺しながら互いに恋に落ちていくというのは控えめに言ってもまともではない。


 とはいえいわゆる「まとも」であっては互いに想いを遂げるところまでたどり着けはしなかっただろうから、それはそれで正しい在り方なのだろう。


 少なくともツカサとクリスティナ、それに二人を支えた者たちにとっては間違いなくそうだ。


 だが『最初の言葉』は、ツカサが本来は『異世界王』発言をして然るべき人物であるがゆえに出た言葉ともいえる。

 「鬱だ死のう」という言葉の選択自体も定石の文言といっていいものであるし。


 世界を守護する勇者と三聖女。

 今やその聖女の一人を妻とし、勇者をも従者とする、世界(ラ・ヴァルカナン)(コトワリ)すらも己の意志に沿うように書き換える絶対不敗(ツカサ)を死に至らしめるモノ。


 それは八神(やがみ) (つかさ)がただの高校生として暮らしていた地球世界の、あらゆる創作物――中でも()()()()()()に特化したものが入手不可能になるという状況である。


 最初期、ツカサは己の不敗を支える5つの能力のうち一つを、()()が入手可能なものに変更しようとさえした。

 それどころか、いまだ信頼関係など結べていなかった頃の珠に下手に出てさえもいる。


 それほどまでにあるカテゴライズに分類される者たちにとって、その状況は深刻なものなのだ。

 そう分類されていることを自認し、それどころかそうである己に矜持(プライド)すら持ち得る域にいる者たちにとっては、まさに生き死ににまで関わりかねない。


 ただ生きているだけでは意味がない、そうなったら死んでいるのだ――魂が。


 別の理由と紐付けばそれなりに格好良くも響くこの言い回しが、同好の士以外に理解されることはない。

 ないがそれは事実でもある。


 ただの高校生であろうが、たった一人の女の子のために世界を幾度も書き換える真正であろうが、そこらへんは変わらない。


 これ以上ないくらい美しい伴侶を得、全員が美女といって反論の出ない女性比率が非常に高い仲間たちに囲まれて、充実した暮らしを送っていてもだ。


 ――それはそれ、これはこれ。


 この言葉が一つの真理であることを今のツカサは理解している。


 クリスマスに地球世界へ行けるほどの力を得た今のツカサが、()()の入手が不可能なはずもない。

 いまや忠実なる(しもべ)となったタマが、主の魂の要求に応えぬはずもまたない。


 ここぞとばかりに主の心をえぐる言葉を投げかけはするものの、基本的には協力している。


 つまり今のツカサは望むがままに、()()()()()()を入手することが可能な状況にある。


 地球世界に存在するタマの眷属――使徒たちがそれらを集め、対価を支払うために今や地球世界では知らぬものとてない有名企業を起業し、創作活動がより発展するように可能なことをすべてやっていることはツカサのあずかり知らぬ話だ。


 どういう思いで使徒たちがその仕事に励んでいるのかは彼らにとっての神すらも知らぬわけだが、存外主が間違いなく喜ぶことに従事しているのは楽しいことなのかもしれない。


 となれば問題は、ブツの隠し場所である。


 まさか新妻との新居、通称『愛の巣(ネスト・アモリィス)』の書斎に積んでおくわけにもいかない。

 (クリスティナ)(ツカサ)の許可なく書斎に入ることはないが、そこまでツカサは豪気にもなれない。

 かーちゃんに無許可で部屋を掃除された後の様に、机の上にきちんと積まれていたりした日には精神的に死ねる。


 そもそも物量的に不可能だ。


 ではとてつもなく便利な能力(チート)である『アイテムボックス』に収納しておくか。


 必要な時に取り出して使()()()()、最も効率的である。

 己と能力管制担当(左手のグローブ)が管理しているからには他のだれにもバレるはずもない、完璧だ。

 ※この件に関するときのみ、ツカサは能力管制担当(左手のグローブ)を『ツクヨミ』と認識しないようにしている。ツクヨミもツクヨミで顔文字等は控えているようだ。


 だがツカサは、お宝を書棚に並べておきたいタイプなのである。

 それにそれではあまりにも味気ないし、うっかり狩った魔物(モンスター)と一緒に取り出してしまい、冒険者ギルドを絶対零度の世界に叩き込んでしまうことがないとも言い切れない。

 クロエあたりはきゃーきゃー言いながら思いっきり見ているかもしれないが、指の間から。


 ではどうするか。


 地球世界で高校生をやっていた時のように、育ての親が空気を読んでいてさえくれれば女の子など立ち入るはずもない、たまにやってくるのは同行の士どころか己を斜め上に越えてゆく連中ばかりだった頃とは違うのだ。


 万一にでも見つかれば即死。

 もちろん命を失うことなどありえないが、『絶対不敗の魔法遣い』という通名(エリアス)は死に至る。


 女癖が悪いだの、やりたい放題だのと何のかんのといわれながらも、世界(ラ・ヴァルカナン)を豊かにする『絶対不敗』の名は、今のところ多くに親しみをもって呼ばれているのだ。


 三次元で奔放であることは『英雄色を好む』で受け入れられやすいが、そういう文化が根付いていないこの世界(ラ・ヴァルカナン)において、二次元で奔放であることは許容されそうもない。


 「けしからん」ではなく「理解不能」とされるだろう。

 そして人とは己の理解できないものを排斥しようとする生き物なのだ。


 あれだけ発展し、クールジャパンだのなんだのと言われている世界(日本)ですら、一方でそういう空気も残っていることを知るツカサとしては恐れざるを得ない。


 あっちで現状必要以上にたたかれなくなっているのはその業界、産業が巨大な金を生み、出資者側が関わり始めているからだ。

 未だ犯罪者がたまたまそういう趣味であった場合、あたかもそれが原因であるかのように御高説を垂れ流す輩はまだまだ存在する。


 なんとこの凶悪犯の趣味は釣りだったのです

 己より力と能力が劣るか弱い生き物を針と糸で無情にも釣り上げ、食べるのであればまだしもキャッチアンドリリースなどという弄ぶことを主とした趣味など持っているから、弱者を虐げるような犯罪をしてしまうのですね。


 などというニュースは聞いたことないが。


 そういう意味ではツカサにも直接的なものはないかもしれないが――

 

 『絶対不敗(ドヘンタイ)


 のルビを振られる屈辱、いや真実を突き付けられる状況はなんとしても避けなければならない。


 うっかりサラやネイ、セトやティスという年少組に見つかったらいろんな意味でツカサはもうおしまいだろうし、クリスティナやセシルに見つかって「ふぅん?」「へぇぇ?」といわれたら膝から崩れ落ちるだろう。


 ジャンはそういう方面においては理解してくれそうもない、いわゆる向こうの言葉を借りればリア充に分類される男である。

 今でこそロリコンのそしりを免れぬだろうとツカサは思っているが、そもそもこっちではそんなにおかしなことでもない。


「女にもてすぎたせいで、俺の悩みを真面目に聞いてくれる奴はいなかったんです」

 といわれた日は、その勇者面(ブレイブ・フェイス)をひっぱたいてやろうかと思ったものだ。


 つまり万一発覚した場合、味方になってくれそうなものはだれもいない。


 そうと知りつつ「では諦める」という選択肢が存在しない事こそが、業の深さともいえるだろう。


 最終的にツカサが選んだ方法は、すべてを可能なさしめる絶対の力『上書きの光(オーバーライト・レイ)』を使用し、世界(ラ・ヴァルカナン)から隔絶された完全結界の中に『趣味の書斎』を構築することであった。


 タマの力も借りず、能力管制担当(ツクヨミ)すらはずして訪れる唯一の場所。


 今日ツカサはその『趣味の書斎』にこもっている。


 つい先日開催された年二回の巨大イベントで使徒たちが確保してくれた、膨大な創作物たちがツカサを待っているのだ。

 何を差し置いてもとまでは言わないが、いそいそと『趣味の書斎』にこもることを非難できる者は、その愉しみを知る者には居るまい。


 だがそこで悲劇、あるいは喜劇が発生する。


 どれだけ隔絶した力を行使しようとも、世界を創りかえる『上書きの光(オーバーライト・レイ)』を使用しても、ツカサが構築したものは『結界』である。


 そしてツカサの力には及ばぬまでも、この世界には『結界』の専門家(スペシャリスト)が存在する。


 盾の聖女――アリア・アリスマリア。


 今はツカサ一党の一人と見做され、己の属するジアス教会からまさかの「女として絶対不敗(ツカサ)に気に入られろ」という、正直敬虔な信者でもあり、「盾の聖女」としての義務を誇りを持って全うしてきたアリアをして「あのね?」といいたくなる高難易度ミッションを課されている女性である。


「ここらあたりですわよね……」


 結界、空間を司る魔法に特化されたアリアが、ツカサの『趣味の書斎』の出入り口に設定されている座標に違和感を持ったのは今朝方のことだ。


 世界(ラ・ヴァルカナン)が存在する星が丸いのだということを、視覚的に納得できるくらいの超高空、並みの魔法使いではそこに跳ぶことすら叶わないほどの位置。


 そんな人の営みにはなにも影響を及ばさないような位置に、感じた違和感。

 生真面目なアリアがそれを放置することはあり得ない。


 中途半端に終わったとはいえ、先の『大いなる災厄』のこともある。

世界(ラ・ヴァルカナン)を巻き込む大騒動の嚆矢が、そんな些細なことである可能性もあるのだ。


 ましてや今は、自由に行動できる立場になっているうえ、聖女である己の手にも負えないと判断すれば瞬時に「手に負える人」に連絡する手段も存在している。


 最近の暮らしでセトとティス、ジャンとネイの『訓練』とやらに巻き込まれて、今のアリアは盾の聖女たる結界術のみならず、かなりの魔法を使いこなせるようになっていることもあって、『転移(テレポート)』と『飛翔(フライ)』の魔法を駆使して、違和感を感じた座標を調べに来たのだ。


 だが今は特に何も感じない。


 そもそもちょっと引っ掛かりを覚えるといった程度の、些細なものだったのだ。

 もしも明確な異変と認識していれば単独で調べに来るような愚はおかさず、まずはツカサに報告していたことだろう。


 そういうところはわりと厳しいツカサである。

 言いたくないけれど言うべきことをきちんと言うツカサをアリアは嫌いではない。

 お前たちのためだとは言わず、「俺が落ち着かないんだよ!」という言い方も好きだ。


 自分がそういう感情を持つことを結構楽しめている昨今のアリアである。


「……気のせいでしたかしら?」


 現場にまで来て、今は何も感じない。

 最初に感じた違和感もすぐに消えたし、ここまでやって何もないのであれば気のせいと判断しても間違いではないだろう。


 いくらなんでもこんななんにもない場所に、『盾の聖女』であるアリアが至近距離にまで来て気付けもしない結界を張るとは思えない。

 

 そこまでのことをする理由も思いつかない。


 自分の気のせいだと判断し、『転移(テレポート)』の魔法で帰ろうとするアリアとの一瞬のズレが、ことの命運を分ける結果となった。


 アリアの力をもってしても「なにもない」としか判断できなかった空間に、揺らぎが発生する。

 直後に多重魔法陣が展開され、空間に亀裂が走る。


 それは結界魔法の専門家(スペシャリスト)であるアリアにして見たこともない、見たとしても真似などできようはずもない隔絶した高みにあるものだ。


 アリアであるからこそ、かろうじて今目の前で展開されている結界の展開をとらえられているといっていいだろう。

 余人であれば何も起こっていないようにしか見えない。

 そういう「見えなくする」という意味においても、究極ともいえる結界が展開されているのだ。


 この場所に違和感――綻びのような何かを感じることができたのは、この世界(ラ・ヴァルカナン)の中で「盾の聖女」であるアリアだけだ。


 だからこそアリアは瞬時に理解する。


 本来この世界(ラ・ヴァルカナン)で最も優れた『結界遣い』であるはずの自分すら足元にも及ばないこの結界を展開することが可能なのは、たった一人しか存在しない。


「つまりツカサ様の仕業ですね、これは」


 アリアはツカサのやることの犠牲者になることが結構多い。

 ツカサが悪意を持ってそうしているわけでは決してないのだが、結果としてアリアが被害を被る、もしくはひどく落ち込ませられる結果になりやすい。


 銀の義眼(左目)の暴走の時といい、張り切って攻略しようとした迷宮(ダンジョン)をアリアの想像もつかないような(まああれはアリアだけではあるまいが)方法でクリアしてしまったりと、割と枚挙にいとまがない。


 よってアリアは、ある意味においてはツカサのことをよく理解しているともいえる。


 そのアリアの理解からすれば、ツカサは意外と生真面目なところがあり、大切なことは必ず仲間と情報共有するように思う。


 つまり()()は大切なことではないが、何か秘密のことなのだ。


 その仲間の一人に自分が含まれていることに結構喜んでしまっている自分もどうかと思うが、それを表に出すことは絶対にしない。


 それは悔しくて、少しだけ寂しいからだ。


 だから自分がツカサにむける態度は「ジアス教の敬虔なる信者かつ聖女の一人」として、今やジアス教そのものが傅く「絶対不敗」に女として気に入ってもらえるよう立ち回る、生真面目で融通の利かない、仕方なく女としての自分を使わねばならないつまらない女としてのモノだけだ。


 恋する女の貌など決して見せはしない。

 

 クリスティナのようにツカサに求められて救われたわけではない。

 ただ愚直にそれしかないと思っていた生き方を、惚れた女を救うついでのように「そうでもないぜ?」としてやられただけだ。


 実際今のアリアは、望めばどんな人生だって送ることができるだろう。

 ジアス教に期待されている、「女としてツカサに気に入られる」ことですら、本当にそんなことを望まないといえば、当の本人があっさりとその「義務」から解放してくれることは間違いない。


 そんなヒトだから惹かれるのだ。

 惹かれているから、好きでアリアはツカサの傍を自分の居場所に定めているのだ。


 厳然と定め、かたくなに守ってきた生き方、在り方をあっさりと(アリアの主観としてはだが)なかったことにされたという、自分でも理不尽だと思う憤りがどこかにあってもなお。


 そして惹かれているからこそ、わかってしまう。


 世界(ラ・ヴァルカナン)をできるだけ穏やかにいい方向へ向けるために、ツカサは必要であれば第二夫人も側室もとるかもしれない。

 最愛の妻であるクリスティナもそれを拒絶することはないように思える。


 アリアは本気で望みさえすれば、自分がそうなれる立ち位置にいることも理解している。


 そうなったらなったでツカサは優しくしてくれるだろう。

 アリアの立ち位置に応じた想いは向けてくれると思う。


 だけどツカサがクリスティナに向ける想いをアリアは知っている。

 ツカサがクリスティナを見る視線も知っている。


 あれは唯一無二の絶対で、他者には決して向けられないものだ。

 「絶対不敗」は共有できても、「ツカサ」は無理なのだと心が理解してしまっている。


 あるいはサラやセシル、セトといった出逢いから傍にいて、ツカサとクリスティナの物語を支えた存在なら可能性はあるかもしれない。


 だけど自分は違う。

 物語が終わってから、結果として救われた者の一人として後日譚に加わった存在に過ぎない。


 それが寂しい。


 寂しいと感じてしまうことが、どういうことか理解してしまえる自分が悔しい。

 もしも最初にツカサと出逢ったのが自分だったらという、ありえない想像をしてしまう自分もさもしくて嫌いだ。


 だから融通の利かない、相変わらず周囲に期待される義務に応えるだけの、お堅い「盾の聖女」を演じ続けられる。


 それが通用しているのは、あるいはツカサに対してだけかもしれないけれども、それでもだ。

 ツカサにさえ悟られなければ、義務を第一とする朴念仁聖女として傍には居られる。


 もしもすべてを知られてしまったら、自分は傍にもいられなくなるかもしれないとアリアは思っている。


 ――その気になれば、誰のどんな秘密でも知ることが可能なツカサ様に隠し事ができると思えるほどには、私もツカサ様にまいってしまってるのですね。


 つい最近までは想像もしていなかった、「女の子」な自分にふと笑う。


 この後ツカサと自分がどうなるかはわからないけれど、自分の「女の子」が表に出てくることはないんだろうなとおもうとちょっとだけ泣けてくるアリアである。


 ――貴方にとってはついでだったかもしれませんけれど。己の全てだと思っていた在り方、その重責から解放してもらったりしたら女の子はうっかり惚れちゃうんですよ。出逢うのは遅かったですけどね。


 そんなとりとめもないことを考えながら、世界の一部で『滅日』が起こっているような光景を見つめている。


 それだけで一大ショーになりそうな光景を経て、その空間に現れたのはやはりツカサ本人である。


 ――やっぱり……


 意外なことにその肩にタマは乗っておらず、左掌にはトレードマークといってもいいオープンフィンガーグローブははめられていない。

 流石に『銀の義眼』は健在だが、ツカサの有する膨大な能力を管制制御する『ツクヨミ』の不在は、常の全方位万全のツカサでは無くしている。


 その証拠に、アリアが纏っている『隠行(オクルト)』すら見抜けていない。


 結構至近距離に存在するアリアをまるで認識できていないツカサを見て、アリアはちょっと笑いそうになった。


 ――だけどなぜ穏やかで満ち足りた表情をしていますの?


 日頃万能な相手の抜けているところを見て、幻滅するのではなくなぜか嬉しいだとか可愛いだとか思うようになったらもう末期だということを、その手の経験が皆無なアリアは気付けてはいない。


 しかしアリアはこれで確信する。


 ツカサが自分どころか妻であるクリスティナ、いや一心同体といっても過言ではないタマと能力管制担当すら連れずにやっているとなるとこれはあれだ。


 ――結構ロクデモナイ何かです、間違いなく。


 そう思ってどうしようかと思っていると、『趣味の書斎』から出た主を瞬時で感知したのであろう、タマと能力管制担当(左手のグローブ)が、いつもの定位置に転移してきた。


 そのタマとアリアはばっちり目が合っている。

 三桁を超える尻尾を九本にまとめたそれは、びっくりしたようにすべてが上を向いてぴんと立っている。


 ツカサの左手に収まった能力管制担当(ツクヨミ)の中央のクリスタルには、


 !∑(゜◇゜;) 


 と表示されている。


 ――き、気付かれてますわね?


「待たせたなー」


 暢気に忠実なる僕たちへ声をかけるツカサ当人はいまだ気付いていないようではある。

 ではあるがその忠実な僕二人? に気付かれている以上、ツカサにも伝わるのは時間の問題だ。


「我が主、悲しいお知らせがあります」


「なんだよ藪から棒に?」


 (ノд・。)


「お前もか……」


 嘆きの顔文字を表示する能力管制担当(左手のグローブ)に、さすがにツカサも怪訝な表情を浮かべる。

 相変わらず信頼度という点において、能力管制担当(左手のグローブ)はタマを凌駕しているらしい。

 

 そのやり取りを見てアリアは、ツカサの秘密を見つけた側であるにもかかわらず体にじわりと妙な汗が浮かぶのを自覚する。


 ――もしかして、叱られますかしら?


「……バレました」


「……なにが?」


「此処の存在がです」


 何を言ってんだといわんばかりの表情を浮かべた直後、ツカサの表情が素になった。

 アリアからは、気のせいなのか血の気が僅かに引いているようにも見える。


 次の瞬間ツカサを中心に『妨害(インタラプト)』の魔法が全方位に放射された。


 それは並みの魔法遣いであれば感知はもとより、あらゆる魔法を無効化するはずのアリアの常時展開されている防御結界を引き裂くどころかまるで存在しないかのように突き抜けて、すべての魔法を無効化せしめる。


「っ――」


 ツカサの発した圧倒的な『妨害(インタラプト)』はアリアの防御結界、隠行(オクルト)はもとより、超高高度のこの位置にいる為の『飛翔(フライ)』の魔法も無効化する。


 星を星と認識できる高さから自由落下に陥る自分の状況に、叫び声にならない声を出すアリアの体をツカサが瞬時で抱きとめる。


「――きゃっ」


「ごめん!」


 『妨害(インタラプト)』と同時に広域環境結界も張っていたようで、すべての魔法が無効化された上でこんな高度に居るにもかかわらず、アリアは凍傷などにはなっていない。


 焦っていても気が回るのはツカサらしいというべきか、能力管制担当(ツクヨミ)がいつも通り抜かりない仕事をしているというべきか。


 至近距離にツカサの顔があり、魔法遣いなのにえらく引き締まった腕に自分の体を抱きかかえられて、アリアは思わず女の子の顔をしてしまっている。

 声も自分自身でさえ出した覚えがないような声が出た。


 ――ちゃんと女の子ですのね、私も。


 妙なことに自分で感心してしまうアリアである。


 ツカサも常であれば、こういう状況になれば信じられないくらい初心(ウブ)な反応を示す。

 クリスティナ(最愛の妻)と毎日あれだけいちゃこらしていれば自分程度に動じることもないだろうにとアリアなどは思うのだが、どうやらそういうものでもないらしい。


 自分に照れるツカサを嬉しく感じてしまうというのは(以下略


 だが今のツカサの貌は、今までに見たことのない種類のものだった。

 実は結構ふてぶてしいですわよね? と思っている顔に、見たこともないような大量の汗を浮かべている。


 ――すごい汗ですわ。


 暑くもないのに、人間これだけ汗がかけるものなのなのねと、重ねて妙な感心をしてしまう。


「うー、あー、えーっと」


 常ならばぽんぽんと紡がれる言葉も、しどろもどろ。

 何か言わねばと思っているらしいが、何を言っていいかわからない状況らしい。


 ――そんなに、秘密にしておきたい場所なのですね?


 なんとなくよからぬ波動を感じもするが、そこは流してあげることにする。

 ここぞとばかりに交換条件を提示することも我慢する。


 いい女とは、そういうものですとセシルに教えてもらった気もするがよく思い出せない。


「秘密なのですね?」


「え?」


 ――だったら黙って秘密にしましょう。


 二人だけの秘密だなどということも言い出したりしない。

 きれいさっぱり忘れてあげる。


「な、なんで?」


 自分が何かを言い出す前から、物わかりのいいことを言うアリアの態度に、ツカサが驚いている。

 いい女気取りで気を利かしているアリアに、素で聞いてしまうのもツカサらしいと言えるかもしれない。


 都合のいいことなのだから、流しておけばいいのにとアリアは笑う。


「それが私の秘密です」


 そう言って、ツカサが次の言葉を紡ぐ前に、その腕の中から『転移(テレポート)』で消える。

 それ以上ツカサの腕の中にいると、いい女のフリが保てなくなりそうだったから。


 自分の部屋に直接戻ったアリアは微笑(わら)う。

 それは無理をした、不自然なものではない。


 きっとツカサの隣に、女の子として座れる席はもう埋まってしまっている。

 それは悔しいし、少し悲しいけど仕方がない。


 だけどそれ以外の席ならいくらでも空いていることに気付いたのだ。


 自分は女の子としてツカサを好きでいてもいいと思う。

 クリスティナの位置に居れないことが、不幸だってだれが決めたというのだろう。


 ――一生幸せな片想いだって、この世に一つや二つあっても素敵じゃない?


 顔も知らないみんなのために、ジアス教会の地下深くで毎日祈りをささげ、手に負えない魔物(モンスター)が発生した時にだけ駆り出される人生よりは楽しめるんじゃないかしら? とアリアは笑ったのだ。


 ――いやだ、笑いが止まらないわ。


 さっきのツカサの表情を想い出して、アリアはくすくすと笑う。

 

 世界最強の『絶対不敗の魔法遣い』が、ただの男の人の貌をしているのを見せてくれるのはものすごく快感だった。

 それは一人の女の子としてではないけれど、仲間としてツカサのあんな顔を見られるのならば今はそれでいいと思えた。


 ――隣にいる在り方って、一つじゃないのね。


 止まらない笑いに心を遊ばせながら、そんなことをアリアは考える。


 誰も勝てない『絶対不敗』を負かせることなんて、結構簡単。

 どうして何も聞かずに、秘密にすることを認めたのかを不思議がって、私のことを考えればいいのです。


 せめて今夜くらいは。


 今のところはそれで、満足しておいてあげます。


 そう思ってアリア・アリスマリアは、生まれてから一番幸せな気持ちで夢の園に落ちてゆく。


 明日から今日のことなど何もなかったような顔で、いつも通りの『盾の聖女』を演じる自分を想いながら。

 それを見て、自分のことをあれこれと考えるツカサを想いながら。


                                               了

いつも読んでいただいてありがとうございます!


明日1/17火曜日、拙作「いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト~」Ⅱ巻が発売されます。

よろしければ書店様等で手に取っていただけるとありがたいです。

表紙にはじまり、しかげなぎ先生の素晴らしい挿絵がキャラクターたちにカタチを与えてくれています。

新キャラたちもいますしね!

書き下ろしもありますので、よろしくお願いします。


Ⅱ巻発売記念の特別話はけっこう好きなアリアさんのお話にしました。

こういうキャラ好きなんですよね、本来融通利かないタイプといいましょうか。


Ⅱ巻ではしかげなぎ先生にカタチを与えていただく機会がなかったので、なんとかⅢ巻を目指したいところです。


今後ともよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友人にすすめられ、知ることが出来ました! 2話読んだ時点で、これは面白い!!となって一気に読んでしまいました! 最新話まですごく楽しませてもらいました! ありがとうございます [一言] 最…
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