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番外編 消えた初恋の見つけ方 【X’masエピソード 祝凜】

 12月25日の昼下がり。

 クリスマスの当日である。

 街には前日(クリスマス・イブ)から続いて、幸せそうなカップルがあふれている。


 別にどうしても彼氏、彼女が欲しいと思っているわけではない人であっても、なぜだか独り身は肩身の狭い思いを強いられる不条理な二日間である。

 これは学生であっても社会人であっても、独身者には容赦なく降りかかる呪いの様なものだ。


 本来の意味や意義などお構いなしで、経済大国日本の大商戦として企業に盛り上げられているというのは誰でも知っている。


 だが形ができてしまえば割と素直に愉しみ、馴染んでしまうのが日本人のいいところでもあり、悪いところでもあるんじゃないかなーと思う、(いわい) (りん)である。


 昨今は万聖節前夜(ハロウィン)なども大きく盛り上がっている。

 本来はケルト人の収穫感謝祭をキリスト教が取り入れたものだとも聞くし、本義がどうあれ楽しめればそれでよいというのは平和な時代には正解なのかもしれない。


 ――資本主義社会としての正しい在り方とやらですか。


 ため息を一つついて、凜は自分の紅茶を飲む。

 仲の良い友人二人と、小洒落た喫茶店でのんびりとした午後を過ごしているのだ。


 もっとも友人二人は勝者(ウィナー)、凜は敗者(ルーザー)――のつもりはないのだが、少なくともこの三人のなかではそうみなされている。


「凜はモテるのに彼氏つくんないよね~」


 うっとりと昨夜彼氏から贈られた指輪を見ながら、親友その一、八洲(やしま) (みどり)――通称「みーたん」が口を開く。


「いやほら、こやつは夢見るお姫様ですから。現世(うつしよ)の殿方程度では満足できんのですよ」


 それを受けて親友その二、安堂(あんどう) 姫奈(ひな)――通称「あんどーちゃん」がけたけたと笑いながら凜の現状を揶揄する。

 その細い首には、みーたんと同じく昨夜彼氏から贈られたらしいネックレスが輝いている。


 学校一の美少女などという、本人にとっては有難迷惑でしかない大仰な称号を冠せられている凜と一緒にいる、「みーたん」と「あんどーちゃん」も充分に美少女と呼んでも異論は出ないだろう。


 「みーたん」は肩くらいまでの緩いウェーブがかかった髪をしており、ほんの少し色も茶色がかっている。

 割と校則の厳しい凜たちの高校で「地毛です!」と言い張っているが、それが通っているのは染めたり抜いたり、あるいはパーマをあてていてはとても維持が無理だろうと思えるサラサラの艶のおかげだろう。

 背はそんなに高くないが、すらりとした細身の体型(プロポーション)と、切れ長な瞳をはじめ、きりっとした「男役」でもできそうな容貌(ルックス)で学校ではかなりの人気を誇っている。


 「あんどーちゃん」は漆黒の髪をロングにしており、優し気な瞳と落ち着いた雰囲気で、いかにもお嬢様という空気を漂わせている。「お嬢様だったら、公立高校には来ないわなー」というもっともなことを言う口調は、三人の間でしか使わない。

 級友(クラスメイト)が耳にすればさぞや驚くことだろう。

 その楚々とした雰囲気の割には高校生にしてはかなりの体型(プロポーション)を誇っており、「隠れ巨乳」などと呼ばれてこちらも学校ではかなり人気である。


 ――二人に校外に彼氏がいると聞けば、膝の折れる男子生徒は多いだろうなあ。


 そんなことを思っている凜こそが、自分の学校ではもっとも人気である。


 ここのところ伸ばし始めた髪は入学式の頃はみーたんんと同じくらいだったが、今はもう少し長くなっている。

 体型(プロポーション)的には親友二人にかなわないまでも高校生としては充分なものだし、母親に似て脚は長いのでどんな服を着ても基本映える。

 こればかりは父親に似なくてよかったと思う凜である。

 脚が短く見えない歩き方などを伝授されても、その、なんだ、困る。


 誰に似たのか大きな瞳と、少し薄いが形の整った唇、少し低いが通った鼻筋のバランスで「美少女」の見本みたいな容貌(ルックス)になっている。小顔なのも結構大きい要素だろう。

 バランスの勝利なので成長したらわかんないよね、と凜本人は危惧している。 


 とりあえずこの三人組が美少女であることは、店内で彼女連れの男であってもいったん目を向けてしまうし、店外の道行く若い男性陣の視線をガラス越しに奪うことでも実証されている。


 贈物(プレゼント)を自慢しあっている(ように見える)様子は、昨夜の戦勝報告を互いにしあっている美少女集団と目されていることだろう。


 若干一名は敗残兵であるのだが。

 

 ――いーですけどね。なんとなく贈物(プレゼント)がバブル期っぽいのは大丈夫なんでしょうか?


 父親と母親が若かりし頃の話を好んで聞く凜には、二人のプレゼントがなんとなく今風ではない、というか父の言うバブル期の物に当てはまってちょっと笑う。


 ――あの頃は贈物(プレゼント)といえば貴金属だったんだよ!


 と酔うと熱弁する父もどうかと思うが、「そんなの貰ったことありましたかしら?」の母の一言で酔いがさめる父の方がもっとどうかと思う。

 毎回やっているのだから、そろそろ懲りればいいのにと思わなくもない。

 まあ仲は悪くなさそうなので良しとする。


 親友といっていい二人の「彼氏」を紹介されたことはまだないが、同じ高校の生徒ではないことは確かだ。

 まさかオジサマだと思っているわけではないが、妙に豪華な贈物(プレゼント)を二人からひとしきり自慢されて、ほんのちょっとヤサグレて意地悪なことを考えてしまっているに過ぎない。


 ――いや羨ましいですよ。羨ましいんですけどね?


 クリスマスの贈物(プレゼント)は誰からもらってもうれしいというわけではない。


 サンタクロースを信じていた、サンタさんが何者であるかよりも朝枕元に置かれている贈物(プレゼント)が自分の願ったものどおりかどうかの方が重要だった小さな頃とはもう違うのだ。


 誰に貰ったのかが一番大切。


 みーたんとあんどーちゃんが羨ましいのは、それがわかるからだ。

 もしも贈物(プレゼント)がバブル期の様な貴金属ではなく、お安い小物でも、それこそ野の花でも、二人は今のような表情を見せるだろう。


 口では「これはないよねー」「安い女と思われておりますな、これは」などと文句を言いながら、見せる表情は今見せているものとまるで変わらない。


 ――いいなー。


 だからこそ素直に、凜はうらやましい。

 自分も何を貰ったかより、誰に貰ったかで二人みたいな表情をできるように早くなりたい。


 なりたいのだが。


「夏休みを敗者として終えた後は、クリスマスまでには彼氏作るって息巻いてたのにねえ。二学期の間でも告白二桁行ったんでしょ? いい人いなかった?」


「こやつは秋ごろから世迷言を言い始めてますからな~。なんだっけ? 夢で見る、凜を助けてくれる王子様だっけ? 乙女ですなあ……」


 二人の言葉に、凜は赤面して下を向く。

 我ながら何を言ってるんだこいつは、と思わざるを得ないような話を自分がしている自覚はある。


 秋頃――十月の半ば頃から凜は不思議な夢を見るようになっている。


 信号待ちをしているところへトラックが突っ込んできて、自分は轢かれてしまう。

 それを助けようとその場に駆けつけてくれる、知らない男の子の夢を見るようになったのだ。


 助けてくれるわけではない、助けてくれようとするのだ。

 なぜかいろんなバリエーションがあるのだが、助けてもらったバージョンは一度も見たことはない。

 二人一緒になすすべもなく轢かれて終わるものがほとんどだ。

 ただ中には避けれそうになって、それでもなぜか自分たちの方へ吸い込まれるようにハンドルを切るトラックに絶望しながら、その男の子の「声」を聞けるバージョンもある。


「くっそ、今回もダメか! 次こそ見てろよ!」


 不思議な言葉だ。

 夢じゃあるまいし、いや夢なのだけれど、トラックにひかれる直前に「次こそ見てろ」はないと思うのだ。


 だけどずば抜けて男前だとも思えないその男の子の一生懸命な視線と言葉に、凜は初めて「男の子」に対する憧れではない気持ちを持ってしまっている。

 自分に向けられる本当の「一生懸命」が、こんなに気持ちいものだとは知らなかった。


 だけど……


 ――ないよね……


 現実のことであればまだわかる。

 命がけで自分を助けようとしてくれた男の子に心を奪われるのはありだ、というより定番といっていいだろう。

 もっとも仮に現実であったとしたら、初恋と同時に死んでしまうという切ない展開ではあるのだが。


 しかしそれはあくまで夢であり、自分の脳が生み出した幻想に恋をするとくればこれはかなり痛い。

 あんどーちゃんに「乙女ですな」といわれても反論の余地などない。


「どうせねー」


 ヤサグレてお洒落なテーブルに突っ伏す凜である。

 少々どころかかなりハシタナイがしょうがない。


「お正月までもう日がないね。彼氏の友達紹介しようか?」


「彼の友達の間でも凜は有名であるな」


「遠慮しますぅー」


 茶化しながらではあるが、二人が気を使ってくれていることはよくわかっている。

 でもダメなのだ。


 自分でもどうかしていると思いながらも、あの夢を見るようになってからは「他のだれか」では嫌になってしまったのだ。

 「他のだれか」からどんな贈物(プレゼント)をもらっても、どんなに大事にされたとしても、少なくとも今の自分はみーたんやあんどーちゃんの様な表情を浮かべることはないだろう。


 ――それに……


 相談しようかどうか悩んでいたのだが、今本当に気を使ってくれている二人にはやはり報告しようと決めた。


「ちょっと聞いてくれるかな? 実は昨日ね――」


 突っ伏したまま話し出す凜の言葉に、みーたんもあんどーちゃんも前のめりになって拝聴する体制を取る。

 昨日はクリスマスイブ。

 その時の話を聞いてくれとなれば異性のにおいがして当然だ。

 そして女子高校生というものはその手の話が大好物なのである。

 自分に彼氏がいて余裕があるともなれば、なおのことだろう。


 昨夜。

 クリスマスイブ。


 親友二人は彼氏とのデートで遊べない。

 かといって部屋でぼーっとしているのもなんだか悔しい。


 恋人たちの時間帯であれば、一人でいてもナンパは少ないだろうし、結構意を決して20:00頃は街へ出ていたのだ。


 出かけるといったときの父親の動揺っぷりと、それをなだめる母はちょっと面白かった。

 22:00までには絶対帰れと連呼する父の指示、というか懇願は守ったのでまあいいだろう。

 おかげで今朝の食事は妙な緊張感に包まれていたのも面白かった。


 そこで。


 夢で見る男の子とそっくりな人を見かけたのだ。

 左目だけはなぜか銀色。だけどそれ以外は寸分たがわず、凜が夢で見る男の子そのままの人。


 凜は本来、自分から知らない男の子に声をかけられるタイプではない。

 そんな凜が思わず声をかけようとしたほど、その男の子は夢のまんまだった。


 だがそれは叶わずに終わる。


 その男の子の隣に、信じられないほど綺麗な外人の娘がいたからだ。

 女の自分でも目を奪われるその娘は、さっきみーたんやあんどーちゃんが浮かべていた表情で、その男の子のことを見ていた。

 男の子も、その娘に向ける視線は、一番大切な者を見るものだった。


 ――夢では私に、あんな一生懸命だったくせに!


 一生懸命だったのは助けるためだし、そもそも夢である。

 現実に存在するその男の子には何の関係も責任もないのに、我ながら理不尽な思いに凜は囚われた。


 その「しらんがな」としか言えない感情で憤っていた凜とその男の子の目がふとあった。

 一瞬で素に戻って赤面する凜に、「うわ」といわんばかりの表情をその男の子が浮かべたのだ。


 反応されたことに、びっくりした。


 びっくりしてかたまっている間に、不思議そうな顔をするものすごく綺麗な女の子を連れて、男の子は雑踏に紛れてしまった。

 その後結構探したけれど、結局発見することは叶わなかった。


 でもいたのだ、夢で見る男の子が、現実に。


「一目惚れか~」


「しかしそれは難易度高いですぞ凜さんや。略奪愛なんて凜さんにできるとは思えませんが」


 一通りの話を聞いての、みーたんとあんどーちゃんの感想である。

 瞳は興味津々に輝いてはいるが、現実的な意見である。


「やっぱりそうなのかな~」


 凜もそうだとわかっている。

 これは世間一般で言う一目惚れなのだろう。


 夢で見た男の子()()が現実にいた、などと力説しようものなら、このまま二人に病院へ連れていかれかねない。


 でも凜の中では、あの男の子は「夢」で見る本人だという、自分でもどうかしていると思うけれどなぜか確信といっていいものがある。

 そんなはずはないのに。


「まずは探し出さないとだね」


「協力しますよー」


 といってくれる二人が心強い。

 凜一人だとどうしようもないところだ。


 実際はみーたんとあんどーちゃんの人脈がどれだけ広かろうが、発見することの能わぬ場所へその男の子は帰ってしまっているのだが。


 それでも親友二人の助力に感謝して、自覚はできていないが「消えてしまった初恋」をもう一度見つける決意を凜はする。


 恋人云々もあるけれど、まずは面と向かって伝えたいのだ。


「助けようとしてくれて、ありがとう」


 と。


 たとえそれが夢の中のことであったとしても、凜にとってこれまでの人生で一番うれしく、ドキドキした出来事であったのだから。


 普通であれば「頭大丈夫?」と真顔で聞かれる状況だが、ツカサであれば一瞬ぽかんとした後、盛大に照れることだろう。

 隣にいる、クリスティナにジト目で見られながら。


 そんな光景が実現するかどうか、今はまだわからない。

 だけど凜は我知らず決めたのだ。

 知らない間に消えてしまった「初恋」を、もう一度追いかけることを。




「あ、そういえばさ。最近のイルミネーションってすごいよね。CG? なのかな?」


「なにそれ」


「そんなのあったの?」


「あ、そうか、二人はクリスマスディナーのお時間でしたね、ふーん……」


「拗ねてないでおしえてよ」


「どんなの?」


「空に別の星? がすっごく大きく映ってて、そことうちの街が光の橋でつながってた。ものすごく綺麗だった」


「へー、すごいね。今夜もやるのかな?」


「そんなのもっと話題になりそうだけどね。でもみたい。今夜三人で見ようよ」


「でもみんなあんまり反応してなかったから、毎晩やってるんじゃないかな」


「しらないなー」


 

 ――その景色は、凜の目にしか映らない。

メリークリスマス!


一年前にクリスマス番外編を投稿してから早くも一年です。

最近一年がはやいです。


今年は読んでくださっている皆様のおかげをもちまして、拙作が書籍化される夢のような出来事がありました。本当にありがとうございます。

来年1月17日に二巻が発売されます。

この物語のとりあえずの切りまでは本になりましたので、できましたら書店様等で手に取ってみてみてくださるとうれしいです。

二巻は書き下ろしなどもありますし、イラストを担当していただいているしかげなぎ先生の挿絵が破壊力をかなり増しています(なろう版を読んでいただいている方々はご存じでしょうが、肌色シーンが結構多いのです、二巻部分はw)

表紙を見てにやにやする気持ち悪い書き手になっております。


さてこの話は昨年の話の裏側です。

「いずれ不敗」のグランドストーリーに、祝凜さんが絡んでくるのかどうかはまだ謎ですが。


すこしでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


できましたら来年もよろしくお願いいたします。

今年は本当に、本当にお世話になりました。

皆様よいお年をお過ごしくださいませ。

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