第05話 勇者ジャンのお仕事
「待ってください! ツカサさん!!!」
「飛翔」の魔法を使って空を逃げるツカサを、その忠実なる僕であり、この世界を救うといわれている『勇者』でもあるジャンが追う。
ジャン自身は自分をツカサの忠実な僕と見做しているが、ツカサはそうは思っていない。
数奇な出遭いをした二人だが、今ではツカサはジャンを本当に得難い仲間の一人だと思っている。
ジャン本人が思っているような僕としてではない。
もちろんただの友人や、頼りになる部下としてというわけでもない。
強大な力を持ち、その力の使い方・在り方に責任を問われる。
そんないわば『同志』のように思っているが、テレくさいのかツカサからそう告げたことはない。
もっともそんなことを告げられたら、ジャンの方がテンパってしまって挙動不審に陥ることはほぼ間違いないのだが。
ここ最近『勇者』としてふさわしい立ち居振る舞いを身につけつつあるジャンではあるが、それはあくまでも「ツカサ一党」の一員としてであり、根底はまるで変質していない。
――ネイに泣かれることと、ツカサに呆れられることが何よりも苦手。
呆れられるどころか『同志』と見做されているといれば、うれしさよりも動揺の方が勝るのはまあ、見た目とは乖離したジャンの正体を知る者たちにとっては納得できるところだろう。
今や天空に存在するヴェイン王国の王都、『天空都市ファランダイン』。
その上空に浮かぶ浮遊王宮と、各国の大使たちが住む『万国天』。
ファランダインの周りを囲む八大竜王の『竜の巣』。
そしてさらにその上空に存在する、ツカサとクリスティナの住む『愛の巣』と、隣にある『後宮』、十三使徒が中核を担う異能者たちが住む『護剣の砦』。
それらを背景に空を駆ける黒一色のツカサと、いかにも勇者然とした衣装とマントを翻すジャンはまさに「幻想世界」の一幕というにふさわしい。
追い追われる理由、その会話の内容は少々ふさわしからぬもののようではあるが。
「だああああ! 『勇者』と『聖女』の力全開にして追ってくるんじゃねーよお前らは!! 行かねーったら行かねーぞ俺は!」
結構本気で逃げを打ちながら、ツカサが叫ぶ。
もっとも本気とはいっても、あくまでも普通の魔法遣いとしての範疇ではあるのだが。
ツカサが本気になってできないことは、この世界には存在しない。
ツカサが『ら』というように、飛んで逃げるツカサを追っているのは勇者ジャン一人ではない。
『勇者』とともに世界を救うと伝えられる『三聖女』の一人であり、今や正式にジャンの妻でもあるネイ・ヴァレスタも、旦那であるジャンとともにツカサを追っている。
『勇者』であるジャンだが、単体ではほとんど魔法を使えない。
『魔の聖女』であるネイの能力を増幅、使役することによって、ただの魔法遣いをはるかに凌駕する力を発揮するのである。
本来『三聖女』であったはずなのに、いま『勇者』に『聖女』としても付き従うのはネイのみであるが、そのコンビネーションは『絶対不敗の一番弟子』と呼ばれるセト&ティスのコンビに並びうるレベルのものである。
一方、この世界の多くのものたちに名を知られ、重要な位置にいる者には容姿のみならず性格、ものの考え方――何に嫌悪感を示し、何を好ましく思うのかに至るまで――を知られる、というよりは深く研究されているツカサである。
それでも本当に傍にいる者たち以外が今のこの光景を見れば、「らしからぬ」という感想を持つだろう。
年相応、あるいはそれ以下の態度をあけすけに出すツカサなどそうそうみられるものではない。
背伸びの結果とはいえ、今や世界中から『絶対不敗の魔法遣い』と呼ばれる己にある程度ふさわしく見えるように、いろいろとなれぬ無理はしているのだ。
身内たちから見ればそれは微笑ましく罪なく笑えるもののようではあるが、圧倒的な実力を目の当たりにしている世界各国の重鎮たちにとっては、そっちのツカサこそが今や本物であるのもやむを得ないことだろう。
「聞いてください、ツカサさん! 必要な合コンなんです!!」
ツカサのいいようから覚えたものか、ジャンがこの世界にふさわしからぬ言葉を口にする。
「合コン言うな馬鹿野郎! 大体ネイはいいのか、旦那も参加するんだぞ!」
その言葉の意味を、ツカサの傍にいるからこそ理解し得るごく少数の者たちに聞かれた場合、どのような反応が返ってくるかが恐ろしいツカサが血相を変えて否定する。
同時にともに己を追うネイの説得にかかっているようだ。
ネイがツカサに付けば、ジャン単体でツカサを追跡することは不可能になるので良い手だとはいえる。
ネイが乗ってくれればではあるのだが。
「信じてますから。ツカサ様みたいにクリスティナ様以外にも仲のいい女の子はジャン君にはいませんし?」
「…………」
乗ってくれるどころか要らん反撃をクリティカルに頂戴し、視線を逸らして再び全力で逃走に入るツカサである。
この会話を聞く者たちがいれば、「言わずもがなのことを」という感想を持ったことは間違いないだろう。
――くっそ、最近までは女の子絡みの話だと「ジャン君のバカ」とか言ってたくせに。
ツカサの知らないところで『夫婦』としての絆を深めているようである。
言い方からして基本的に頭のいいネイは、そういう言い方をした方がよりジャンに対する縛りを強くできるのだということを理解している風なのが恐ろしい。
実際ジャンはネイ以外の女性は女性として見えていない節がある。
ツカサの周りにいる女性たちには、どちらかといえば主人格の様な態度をとることが普通だし、最近は礼儀を極めつつあるが各国大使付きの女官や、高貴な立場の女性たちには笑顔で切って捨てるところは変わっていない。
「ツカサさんになんてこと言うんだ、ネイ」
「ごめんなさい」
忠実な僕たるジャンはネイに一応注意をするが、ネイはどこ吹く風である。
少し盲目的すぎるきらいのあるジャンと違い、ネイはツカサがこんなことくらいで怒るはずなどないことを、今はもうよく理解している。
それは信頼に胡坐をかくこととは少し違う。
お互いの信頼の上に成り立つ、それゆえの気安さだ。
実際ツカサの方が、根底ではネイのこういう接し方を喜んでいる。
「ほんとにちょっと聞いてください、ツカサさん。今夜の合コ……夜会に見えられるのはランヴァ帝国の第二皇女とルルリア連邦の議長の御息女です」
真面目な表情でジャンがツカサの説得にかかる。
ジャンが今あげた両名とも二十代前半、美しい令嬢として評判の二人である。
二人とも可愛いよりは綺麗寄り、というかお色気系といった方が正しいか。
建前としては、ツカサの苦手系統である。
「だから何だってんだよ!」
ここで一瞬沈黙でもしようものなら、それが発覚した際どんな態度を取られるかわかったものではないので即座に反応をしてみせるツカサ。
「御義父上が御立場上、両国の訴えに反対しておられますがそれはあくまでも御立場上のこと。折れるには『絶対不敗』が両国の考えに同意しているかのような状況が必要なのです。そうすれば円満にことは進みます」
それはツカサも聞いてはいる。
そしてその意味も理解はしている。
最近『勇者』としての仕事も増えているジャンとしては、そういう部分に関わることが重要だということもだ。
もっとも最近『勇者』の仕事といえば、世界の運営に関わる者たちにとっては『絶対不敗の秘書』的な認識が強いのだが。
それをジャン本人が喜んでいるのだから、世界は概ね平和だといっていいのだろう。
「いつの間にやら難しいことに関わってんじゃねーよ勇者様め。大体なんでそれがその娘たちと合コ……夜会することにつながるんだよ⁉」
ジャンは本来、ネイとともに辺境の村々の危機を救ったり、昔の冒険者仲間と迷宮に潜ったりする方が性に合っていることをツカサは知っている。
それでも『勇者』として世界のためにできることを優先しているジャンを頼りにしてはいるのだが、己の件がかかわってくると逃げを打ちたくもなるらしい。
「わかってて聞かないでくださいよ!」
ジャンもツカサが、己の言う意味を理解できていることをわかっている。
わかっていて逃げているのだということも、その理由も。
「ぐ……」
ネイに続いて、ジャンにも二の句が継げなくさせられるツカサ。
テーマがこの手のものでない限り、そうそうみられる光景でもない。
「クリスティナ様にもサラ様にもアリア様にもセシルさんにも話は通してあります! 念のためティスちゃんと……セト君にも。大丈夫ですって!」
ツカサが逃げる理由を十全に理解し、その辺の対応も抜かりないことを伝えるジャンである。
「ご心配どうもな! だけどその晩いじけられるのをフォローするのは俺なんだよ!」
逃げ道をことごとく潰されているからこそ、物理的に飛んで逃げるしか手はなくなっているのだ。
そして公的には納得していても、私的にはその限りではないことも訴えてみる。
もうこうなったらジャンの情に訴えるしか手はない。
「そういうクリスティナ様もお好きな癖に何言ってんですか!」
「うるせええええ! そういうこと大声でバラすんじゃねえよこの野郎!!!」
だがジャンからの反撃は、ツカサをよく知るがゆえにクリティカルを超える痛恨の一撃である。
変わらず左肩にのっているタマが思わず笑いを堪えるほど直撃している。
「誰も聞いてませんから大丈夫ですよ!」
「それが最近そうでもないんだよ!」
ツカサには最優先で錬金術師たちがアイデアを出し、形にした『魔法道具』たちが提出される。
それらは自明の理として、ツカサの近くにいる者たちが試験使用者となる。
中には有事の際、ツカサの動向を常に追跡し、離れていても言動を知れるようなものもあって……
『ですって、サラ王女殿下。拗ねるしぐさも覚えなければなりませんね』
セシル・ナージュの淡々とした分析の声が聞こえる。
『やりすぎて嫌われたりしないかしら? お姉様、どんなふうに拗ねられるんですか? 参考にしたいので是非教えていただきたいのですけれど』
最近はそういう方面での遠慮はしないことに決めたらしいサラ王女殿下が、どうやらそばにいるらしいクリスティナに直球の質問をしている。
『わたくしも参考にしたいところですわね』
『ツカサ様が喜ばれるのであれば、私も身につけたいところです』
どうやらアリア・アリスマリアと銀も傍にいるようだ。
『師匠頑張ってね』
『私はクリスティナ様のお話聞きたいです』
セト&ティスもいるとなれば、どうやら『後宮』に全員揃っているらしい。
『……ツカサ様とジャン君のバカ』
最後に真っ赤な顔になって俯いているのが見えるようなクリスティナの声である。
絵面だけを見ていれば可愛いことこの上ないが、ツカサが今夜お叱りを受けることは夜会に行こうが行くまいがこれで確定となった。
「ほらな⁉」
な? どうしてくれる? という表情でツカサがジャンに食ってかかる。
ジャンもクリスティナに叱られるのは苦手なので動揺を顔に浮かべているが、こうなったら目的を果たせなければ丸損だとばかりに開き直る。
「すいません! 申し訳ありませんクリスティナ様! ですがこれも仕事ですツカサさん! 観念しましょう!」
「ほかのことならなんでも協力するけどな! 女の子絡みは勘弁なんだよ!」
「皇帝や議長本人に直接会ったりすると影響が大きすぎるんですよ、諦めてくださいって!」
「いーやーだー!」
もはや世界を自由にできるといわれる『絶対不敗』と、世界を救うといわれる『勇者』の会話とはとても思えない。
そんな間の抜けた会話を、普通の魔法遣いではとても不可能な超高速機動をこなしながらしている二人を、ネイがニコニコと見守っている。
「なに笑ってんだよネイ! 今回だけは俺につけ。な? 飴ちゃんやるから! なあにジャンはそんなことくらいでネイを嫌うなんてできっこないんだから。 な?」
「やです」
「裏切者―!!!」
あっさり袖にされて再び逃げの姿勢に入るツカサである。
どうやらジャンを説得できねば、今夜の夜会に参加することからは逃げられないようである。
「くっそジャン、お前も他人事じゃないんだからな? 「信じてます」とかネイ言ってるけど、夜拗ねられたりするんだろ? そうだろ? そうだといってくれ!」
「…………」
「あれ?」
ダメもとで投げつけた言葉に、ジャンの顔が真っ赤に茹で上がる。
超高速機動は維持しているものの、言葉が止まった。
その様子にツカサが反撃の余地を見つける。
「いや、うちはその、なんというか……」
「よし話を聞こう。ネイ、これは男同士の話だからな」
一気にしどろもどろになるジャンに、ツカサがあっさり逃げを放棄してジャンの肩を抱く。
ツカサがその気になれば錬金術師たちの『魔法道具』どころか、『勇者と聖女』の力も完全に無効化される。
「事と次第によっては今夜の夜会に協力しようじゃないか、ジャン」
「いや、ツカサさん、その話はまた今度……」
一気に挙動不審になったジャンをきょとんとした表情で見つめているネイには、ツカサが急に逃げを止め、ジャンがそうなっているかの理由がわからないようだ。
――本当にそうかは別として。
とにかく今日の一幕は、ジャンは目的を果たし、ツカサはその代償としてある意味そっちの世界でも『同志』であるジャンの話を聞けたことでウィンウィンといっていい結末を迎えたようである。
あるいは一勝一敗か。
『勇者』ジャンの騒がしくも忙しい、ただふいに泣きたくなるような幸せな日々はこんな感じで続いている。
『勇者』様のお仕事としては、相応しいかどうかはなはだ疑問の余地のあるところではあるのだが、本人もその周りの人間も笑っているのであればそれでいいのだろう。
「仕事」というものは、本来そういうものであるはずだ。
大切な誰かを幸せにするために、見も知らぬ誰かのためにもなることを一生懸命に頑張る。
まわりの人間を「笑顔」にすることは、あるいは勇者の仕事としてはもっともふさわしいといえるのかもしれない。
それにジャンが己に任ずる『勇者』はネイ専用であるのだから、ネイが笑っていればジャンの勇者としてのお仕事は、十全にこなせているといえるのだ。
次話 聖女ネイの秘め事
11/27投稿予定です。
投稿が一日遅れて申し訳ありませんでした。
そのうえ今回のお話はプロットから長くなってしまったので、本来の「七転八倒」から「お仕事」にタイトルを変更しました。重ねて申し訳ありません。
最後にちょろっと出ている「七転八倒」部分はまた別のお話として投稿します。
次話にその原因を書く予定です。
活動報告でもお伝えしておりますが、おかげさまを持ちまして拙作『いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト~』二巻の発売日が来年1/17に決定いたしました。
これもお読みになってくださり、感想、評価をしてくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。
書き下ろしも含めた、『姫巫女編』の完結まで、本という形にすることが叶いました。
ものすごくうれしいです。
是非とも書店等で、しかげなぎ先生による素晴らしい表紙や各シーンの挿絵を見ていただきたいと思います。
そしてできましたら今後もよろしくお願いいたします。