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第04話 侍女式自動人形アルジェの日常

 自動人形(オート・マタ)


 ツカサが現れた後の世界(ラ・ヴァルカナン)において、爆発的な勢いで普及が進んでいる錬金術師たちの手になる魔法道具(マジック・アイテム)の中でも、小人(ホムンクルス)人工使い魔(アクティファミリア)と並んで()()つくものだ。


 現時点で所有できているのは国家や大手ギルドの巨大組織がほとんどであり、個人で所有できているのは王族や大貴族、名の知れた大金持ちくらいしか存在しない。


 高くつく理由は、今やちょっとした魔法道具(マジック・アイテム)であれば『ありふれた』といえるくらいに普及が進みつつあるこの世界(ラ・ヴァルカナン)においても特殊なものであるからだ。


 ――自律行動が可能……ありていに言えば『意志を持つ人工物』


 なかでも完全に言語を理解し、主人(マスター)と齟齬の無い意思疎通を可能とする自動人形(オート・マタ)はもっとも特殊なものといっていいだろう。

 小人(ホムンクルス)人工使い魔(アクティファミリア)は言葉を話せず、動物相手以上の意思疎通は可能でも、自動人形(オート・マタ)ほどには望めない。

 その代り戦闘力や特殊な能力など、特化された点では自動人形(オート・マタ)より優れている点もあるのだが、人の社会で使役するとなれば自動人形(オート・マタ)の汎用性には遠く及ばない。


 その自動人形(オート・マタ)たちの中でもひときわ異彩を放つ存在がいる。

 いや、『在る』といった方が正しいか。


絶対不敗(ツカサ)』に付き従う自動人形(オート・マタ)の一団、『個にして全(アーカーシャ)』と呼ばれる『(アルジェ)』である。


 ツカサの行ったこの世界(ラ・ヴァルカナン)における『滅日』と『創世』の回数は実に101回に上る。

 最初の一回こそ『アイテム・ボックス』に入っていなかったため『滅日』とともに消滅したが、二回目以降は繰り返される毎に寸分違わぬ『(アルジェ)』が増殖している。

 

 つまり、『101体(アルジェ)ちゃん』が成立しているのだ。


『102匹(わん)ちゃん』ではいまいちおさまりが悪いのは、やむを得ないところだ。

 最後の『やりなおし』を余計なものとはツカサは思っていない。


 本来の創造主である錬金術師たちの理解さえ超越し、人工使い魔(アクティファミリア)である『白の獣ベスティア・ジ・アルブス』と『黒の獣ベスティア・ジ・アテル』とおなじく、ツカサの『力』の影響を色濃く受けた存在。


 それは人という存在が受ける『亜神化』よりも顕著なものであるのかもしれない。


個にして全(アーカーシャ)』と呼ばれるとおり、101体の『(アルジェ)』は、そのすべてで一つの意志を持つ存在となっている。

 これは『白の獣(アルブス)』、『黒の獣(アテル)』も同じであるようだ。


 だが言葉を理解する『(アルジェ)』の特殊性は際立っている。


 ツカサの指示を絶対とする『(アルジェ)』は今現在、世界(ラ・ヴァルカナン)中の国家に派遣されており、そこで自動人形(オート・マタ)ゆえの正確性を有効利用され、『絶対不敗による(パックス・)世界平和(ヴェイン)』と呼ばれる世界秩序の成立に大きく貢献している。


 距離を無視して、世界中に存在する『(アルジェ)』の見るもの、聴くものが一瞬のタイムラグもなく共有されるという事実は、人の世界が拡大されつつある現在、得難い能力であることは間違いない。


 だがそんな『(アルジェ)』が考えていることは、どうすれば『御主人様(ツカサ)』がより快適に、楽しく過ごせるかという一点のみである。

 政治や経済、ときには戦闘に至るまでに関わるのは、すべて根幹にそれがあるからだ。


 それ以外は極論、どうでもいい。


『侍女式自動人形(オート・マタ)』として作られた己の在り方はそれ以外にない。


 たまたま御主人様(マスター)が『絶対不敗』であり、その結果己に本来の自動人形(オート・マタ)以上の力が与えられたとしても、そんなことは(アルジェ)にとって些事である。


 本来己を生み出した錬金術師たちが(アルジェ)()()を研究したがることもどうでもいい。


 御主人様(ツカサ)が協力しろと命令するのであれば分解されることも厭わないが、そうでないのであれば御主人様(ツカサ)好みの紅茶を入れることのほうがよほど重要であるのだ。


 そもそも『個にして全(アーカーシャ)』となった(アルジェ)(ベスティア)たちはすこぶる魔力燃費が悪い。

 ツカサがいなければ、一日を待たずして機能停止してしまうくらいに桁違いの魔力を消費している。


 意志持つ存在である(アルジェ)としてみれば、御主人様(ツカサ)が己たちを稼働させてくださる以上の結果を出せなければ侍女式自動人形(オート・マタ)としての沽券にかかわるのだ。


 (ベスティア)たちのように、拠点を守ると称しつつ欠伸をして過ごすわけにはいかないのだ。


 それに目下のところ、(アルジェ)には明確に対抗意識を持つべき相手も存在する。


 クリスティナは御主人様(ツカサ)の正妻。

 紅茶を淹れる仕事だけは(アルジェ)に譲ってくださっているのでありがたいし、そもそも対抗意識をもやす相手ではない。


 サラは御主人様(ツカサ)の側室候補ではあるし、政治的な仕事では余人には不可能なくらいツカサを助けていることもわかるので対象外。


 セト&ティス、ジャンやネイ、アリアやリリンなどもその範疇となる。


聖獣様(タマ)』や『能力管制担当様(ツクヨミ)』は、道具として御主人様(ツカサ)に仕える自分にとって大先輩なので対抗意識を持つこともおこがましいと思考している。


 生みの親が同じである(駄犬)たちとは比べる気にもならない。


 ――昼寝ばかりしていないで、もう少し御主人様(ツカサ)のために働きなさい。


 と思いはするが。


 問題はセシル様――己と同じくサラ様付きとはいえ『侍女』として御主人様(ツカサ)の傍にいることを赦された存在である。


 自動人形(オート・マタ)としての特性ゆえの優位点は数多くあるとはいえ、御主人様(ツカサ)を寛がせ、愉しませるという点においては侮れない、というか『侍女的』な視点で見れば上を行かれているとしか判断できない。


 妻であるクリスティナをはじめ、もともと高貴な立場の女性に御主人様(ツカサ)は囲まれがちだ。

 その中で『気楽に』接することが可能でありながら、『絶対不敗』の傍にいることが可能な存在は少ない。


 もう一人、冒険者ギルドの受付嬢である『クロエ嬢』にもそういう部分での心を許しているように御主人様(ツカサ)は見えるが、そっちは己の職責とかぶっていないので良しとする。


 ――不甲斐ないです、101体もいながら。


 正直そう思う。


 自動人形(オート・マタ)である己は正確性には優れても、心の安らぎを与えることにはどうやら長けてはいないらしい。

 どれだけ正確な仕事で貢献してはいても、ふとした時に御主人様(ツカサ)が見せる『心を許した表情』を向けてもらえることはめったにない。


 ――それにセシル様は、女としてもすごいと思えます。


 (アルジェ)にも()()()()()()はあるにはある。

 だけどそういうことじゃない。


『男の人』が疲れたり、ちょっとストレスがたまったときに、妻や恋人、弟子や友人としてではなく、それを自然と癒せる接し方。

 そういう点では勝負にさえなっていない気がする。


 一度101体すべてでそういうご奉仕をしてみようかと考えたこともあるが、あきれられたら自立的に機能停止してしまいそうなので思いとどまっている。


 ――でも一か八かやってみるべきかもしれない……


 そんなことを表情には一切出さないまま高速思考してツカサの執務室で控えていると、一仕事終えた御主人様(ツカサ)が戻ってきた。


(アルジェ)ー、紅茶いれてー」


「かしこまりました」


 いつもの黒一色の装束、黒の外套(マント)が自律的に脱げてソファに体を沈める御主人様(ツカサ)


 その指示に従うことこそが己の喜びだ。

 その瞬間、世界(ラ・ヴァルカナン)中に存在するすべての(アルジェ)は一瞬だけ動きを止めている。


 (アルジェ)は気付いていないが、共に仕事をする者たちは皆、「あ、ご主人様かえってきたのな」とそれで気付く。


「紅茶はなー。(アルジェ)に淹れてもらわないとなー」


 そんなことを言いながら、ダラけるツカサ。

 そんなたわいもない一言が、どれだけ(アルジェ)を喜ばせるか、ツカサはわかっていない。


 常に冷静、やりたいからではなくそうあるべきだから主人に従う侍女式自動人形(オート・マタ)が、本来機能として与えられていない『笑顔』を自然と浮かべてしまうほどに。


 世界中の銀の傍にいる者たちはみな、「あ、褒められたのね」とそれで思っている。

 常の無表情とはまるで違う、思わず見惚れてしまうような笑顔を浮かべる(アルジェ)たちに、「よかったね」とも。


 そういう微笑ましい一瞬があるからこそ、『自動人形(オート・マタ)』という存在を近しいものとして認識できているのかもしれない。


 ツカサと逢った時に(アルジェ)が浮かべる『笑顔』を、ツカサは自動人形(オート・マタ)として当たり前の機能だと思っている。

 だが己のそんなことを可能だとは、ツカサに会うまで(アルジェ)は知らなかったのだ。

 錬金術師であるネモが、なぜそうなったのかを調べたくなるくらいに特殊な事例。


 ――なぜそうなるのかしら?


 作られた道具であるはずの自分が、微笑(わら)う。

 うれしい、と思う。


 侍女式自動人形(オート・マタ)として与えられたあらゆる機能ではなく、ただツカサにとっての美味しい紅茶を淹れることに喜んでくれるツカサ。


 ツカサの好みは少々子供っぽく、本来の紅茶の風味を損なっているともいえるのだが、(アルジェ)にとってそんな『正しさ』など、御主人様の満足の前には取るに足りないことに過ぎないのは言うまでもない。


 ただただツカサの好みを深く知り、それに調整(アジャスト)していくことこそが、(アルジェ)にとっての『正しさ』である。


機能としてではなく、『自動人形(オート・マタ)』という存在があることを、無邪気に喜んでくれているツカサ。

 だから(アルジェ)もうれしいのかもしれない。


 一度なにがそんなにうれしいのか聞いてみたら、「浪漫なんだよ、浪漫!」というわけのわからない答えを、だけど満面の笑顔で答えてくれた。

 その笑顔を浮かべさせたのが己の存在なのだと思うと、うれしいだけではなく『誇り』といっていい感情が胸に浮かんだのを正確に記憶している。


 今はもう、他のだれかに対抗意識なんかを持ってしまうほどに己は御主人様(ツカサ)にまいってしまっている。

 それは『侍女式自動人形(オート・マタ)』としてではなく、一人の(アルジェ)という『女の子』として。


 我なが機能異常を起こしているのではないかとも思うが、これっぽっちも修正する気にならない。


 ――それが一番うれしいです。


 神の手による奇跡ともいえる能力を備えた(アルジェ)の日常。


 それはお仕えする御主人様(ツカサ)に、紅茶を淹れるという他愛無いことで幸せに続いてゆく。


 道具には浮かべることなどできはしない、とびっきりの『笑顔』とともに。


 




 なお、後の世に『絶対不敗(ツカサ)』の『後宮(セ・ラリオ)』には三桁に上る美女が手つかずのまま控えていた、とされるのは『(アルジェ)』の存在が影響しているのは間違いない。

次話 勇者ジャンの七転八倒

11/20投稿予定です。


申し訳ありません、投稿が一週飛んでしまいました。

バタバタしておりますが、なんとか週一投稿は維持したいと思っております。


バタバタしている理由なのですが、読んでくださっているみなさまのおかげをもちまして、当作『いずれ不敗の魔法遣い ~アカシックレコード・オーバーライト』の二巻が発売できることとなりました。

本当にありがとうございます。


詳しい情報は許可が下り次第お伝えしていく予定ですが、これでツカサとクリスティナの一応の決着までは書籍化という形にできました。ほっとしております。

二巻には書き下ろしなどもできればなあ、などと更新が遅れているくせに思っていたりします。


一巻は長い序章、二巻こそ本番(特にヒロインクリスティナにとっては)なので、しかげなぎ先生の素晴らしいイラストで描かれた各シーンをはやく見ていただきたいです。

挿絵候補のシーンは、書き手がどうしても絵で見たかったシーンばかりです。

詳しい話は後程となりますが、一巻と対を為す表紙は本当に素晴らしい仕上がりです。


書籍化作業が続行となり、うれしい悲鳴を上げておりますが投稿も途切れないように頑張ります。

できましたら今後もよろしくお願いいたします。

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