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第01話 雲上の一日

「タマ。……おい、聖獣様」


 いつものように俺の左肩にのるタマに、小声で話しかける。

 最近は『魔獣』よばわりから『聖獣』様へとその呼ばれ方は変わっているので、人前で話しかけるのにこそこそする必要は本来ない。

 タマが人語を解するだけでなく、自身も言葉を発することは少なくとも俺の周りにいる者たちにとってはすでに周知の事実だ。


 ……日本(あっち)だったら気の毒そうに遠巻きに見られるか、即病院へ連れていかれるかのどっちかだよなあ……左肩にテ○のごとく黒猫をのせて歩いているだけでも十分だとは思うが。


 まあタマの尻尾が三桁であることを知ったらそんな程度の騒ぎでは済まないだろうけど。


「聖獣様はやめてください、聖獣様は」


 相変わらずベースは猫の癖に、『うんざりした表情』などというものを器用にも浮かべるタマである。

 どうも御本人(御本猫?)は『聖獣』様呼ばわりはお気に召さない御様子。

『魔獣』呼ばわりされていた頃は意にも介していなかったくせに、持ち上げられると嫌がるというのは厨二病患者というわけでもあるまいに……飼い主に似るのかな?


「では我が(しもべ)


「なんでしょう、我が主」


 ……どうやらそうみたいだな。

 何やら機嫌よさげにお約束の返事を返してきやがった。


 (`・ω・´)ゞ Yes,your majesty!


 や め な さ い 。


 あと左手のグローブ(ツクヨミ)は呼んでない。


 (´・ω・`) 


 こんなことでいちいち落ち込むな。

 しかし相変わらずだな、このスチャラカコンビは。


 とはいえこのコンビがいなければ俺の力を十全に使いこなすことが難しいのも事実だ。


 特に最近は世界(ラ・ヴァルカナン)中に張り巡らされた魔力補給ラインの維持管理や、ネモ爺様たち錬金術師に協力してもらって各国に配備している『自動人形(オート・マタ)』、『小人(ホムンクルス)』、『人工使い魔(ファクティファミリア)』からもたらされる情報を一元管理し、指示を返す作業は一手に左手のグローブ(ツクヨミ)が引き受けてくれている。


 タマも何やら協力してくれているようで、『平和な世界(ラ・ヴァルカナン)』の維持に貢献すること大なスチャラカコンビには頭の上がらないところではあるのだ。


 おかげで定期的な『公式なお仕事』をこなす以外、自由気ままに暮らさせてもらえているのは間違いないので、俺の感謝の気持ちは本物である。


「とてもそうは思えないのですが……」


 だから傍白を読むな。

 お前のそういうところが、感謝というよりもどつき漫才みたいな関係にさせている一因でもあると思うぞ。


 ここは浮遊島『万国天』の中央、建物としての名もそれが建つ浮遊島と同じくする『万国天』の『儀式の間』である。

 俺はいつも通り黒ずくめの『正装』――もはやこの格好が俺の正装と見做されているので今更変えようがない。気に入っているのでいいのだが――に身を包んで、いわゆる『公式なお仕事』に臨んでいる最中だ。


『儀式』では先頭に立つ俺の背後には、奥さん(クリスティーナ)をはじめ、サラ、セシルさん、セト&ティス、ジャン、ネイ、アリアさんという俺一党と見做されているメンバーが全員揃っている。


 例外はタマや左手のグローブ(ツクヨミ)の同僚であり、今や記憶も取り戻して何やら挙動不審なリリンさんだが、基本的には好きにさせているので調べる気にならなければどこで何をしているかは謎だ。


 その気になればその瞬間に『銀の義眼』に映し出されるのだが。


 奥さん(クリスティーナ)と幾度も戦った『泉の間』にも似た『儀式の間』には、この『万国天』に住まう各国の大使、そのお付きの武官文官、女官に至るまで全員が揃っている。

『儀式の間』には天井がなく、雲よりも高い位置に浮かぶ浮遊島ゆえの雨の日でも風の日でも抜けるような晴天が常に見えているのが思い出深い『泉の間』との大きな違いだ。


 参加者の皆様は朝もはよから大変だなと思いはするが、今や世界一の大国であるヴェイン王国の王族をはじめ重鎮もすべて揃っているからにはよほどの理由がないと欠席はできないのだろう。


 どうせこの後の宴席(パーティー)のほうが重要なんだろうけどな。


「で、我が(しもべ)殿よ。この『儀式』の呼び名だけはなんとかならんのか?」


 俺が儀式が開始される直前でありながらタマに話しかけたのは、一言モノ申したいことがあるからである。


 ……初回は居並ぶ各国大使の前で『儀式』をすることに緊張してそれどころではなかったので、俺も随分図太くなったものだ。

 初回の宣言を()()()ことをみんな流してくれて本当にありがたかった。

 うっかり物理的に『なかったこと』にしてしまうところだった。


「ははあ、なるほど。気に入りませんか『天恵の儀』」


 このやろう。

 猫の癖に底意地の悪い笑顔を浮かべやがる。


 ……『聖獣』様と呼ばれて嫌がるタマと基本同じメンタルな気がするがそこは置く。


 いやでもタマお前、『天恵』って。

 いくらなんでも何というかその、なあ。


「大げさにしたのお前だろ、タマ」


「さて?」


 ♪~(´ε` )


 くっそ、左手のグローブ(ツクヨミ)も共犯だったか。


 任せっきりで『さようせい様』ではこういう弊害があるな。

 信頼することと任せっきりにすることはまったく別のことだと日本(あっち)義父(ちち)もよく言っていたのにこの体たらくだ。


 反省しよう。

 

「まあいいではないですか。この世界の住民たちにとってはまさに『天恵』といってまったく大げさではないのですから」


 いやそれはそうなのかもしれんけど。


「月に一度(あるじ)の宣言とともに世界中に設置された『大魔石』に魔力が供給され、各地に設置された『魔法道具(マジック・アイテム)』はわずかな料金で使い放題となります。大きな問題には今や主の組織が掌握する『魔法遣い』たちが対処しますし、各地の『自動人形(オート・マタ)』、『小人(ホムンクルス)』、『人工使い魔(ファクティファミリア)』からの情報を集約し、適切な対応をツクヨミが指示します」


 その辺の仕組みはセトをはじめとする『魔法遣い』たちと、ネモ爺様をはじめとする錬金術師たち、ヴェイン王国及びジアス教皇庁の高官たちがが一丸となってものすごい速度で普及させてしまった。


 まだまだ完全にいきわたってはいないものの、その効果は圧倒的であり、もはや現在その利益を捨ててまでヴェイン王国、ひいては俺たちと事を構えようという国家規模の組織は存在しない。


 まああくまでも表向きは、ということであって、裏ではいろいろ動いている国家、組織はある。

 だけどそういうのにはタマ容赦しないから、やめておいた方がいいと思うけどなあ。


「犯罪もほとんど発生せず、天災は未然に防がれ、自分たちが頑張れば頑張るだけ豊かになってゆく。彼らにとって今現在は、神による直接的な加護のもとに人類が栄える時代なのですよ」


 本物の神々や竜王たちも、王都ファランダインにくれば実際に存在しているのを見れるわけだしな。

 運が良ければ模擬戦も見れる。

 もはや王都の住民たちにとっては定期的に行われるイベントのようなものになってしまってはいるが、他国の人間にはまだそうもいかないだろう。

 映像関連の『魔法道具(マジック・アイテム)』は今のところまだ流通経路を制御している状況だしな。


「それを束ねるのが(あるじ)である以上、神格視されることは諦めてください。まあ崇め奉る者たちばかりではないからいいじゃないですか」


 まあ確かにな。

 とりあえず『公的な場』においては皆さんの期待を裏切らないような無難な言動を心掛けておけばいいか。


 月に一度のこの儀式を除けば好きにやらせてもらっているし、今更『儀式』の名前を変更しますとか言ったらひっくり返る部署もあるだろうしな。


 あ、奥さん(クリスティーナ)が咳払いした。

 タマと話していて、妙な間が開いてしまったな。


 俺の言葉がなければ『儀式』は始まらない。


「これより儀式を始める!」


 俺の一言で、妙な間の時間も一言も発せずに直立していた皆さんが跪く。


 最初の時は語尾が『りゅ』になって、どこの萌えキャラだという有様になった。

 奥さん(クリスティーナ)やサラがやったんならまだ微笑ましかろうが、俺がやったんじゃどこにそんな需要があるんだって話だ。

 アリアさんも似合うだろうが、その後憤死しそうで笑えない。真面目キャラは取扱間違うとえらいことになるからな。


 左肩と左手をはじめ、俺の背後の身内が笑いを嚙み殺しているのがきつかったが、なかったことにしてくれた参列者のほうがきつかっただろう。


 俺はそんなことをするつもりはないが、笑った日にはどうなるものかわかったものじゃないと思っていただろうしなあ。

 自分も笑い堪えていたくせに、勇者様(ジャン)は怒るだろうし。


 まあ俺も慣れてきたものである。


「りゅ」


 タマうるさい。

 後ろのみんなもプルプルすんな。


 俺の言葉と同時に、俺の『銀の義眼(左目)』と『左手のグローブ』から膨大な魔力が吹き上がり、それが無数の『上書きの光(オーバーライト・レイ)』へと変ずる。


 晴れ渡った晴天に規則正しい光の線が走り、空が空ではないような、まるで巨大なスクリーンであるかのように変ずる。

 

 何度やっても、此処ではやっぱり歓声が上がるな。

『滅日』と『創世』の力を利用しているので、『滅日』を行使した際に空が割れる景色と少しだけ似ている。

 違うのはガラスが砕けるように無数の亀裂が走るのではなく、規則正しく明滅する光の線が走ることだ。


 その線が各地に設置された『大魔石』に届くと、天空から俺の魔力が光の柱となって注がれる。


 それと同時進行で各地で稼働している『自動人形(オート・マタ)』、『小人(ホムンクルス)』、『人工使い魔(ファクティファミリア)』からの『映像窓(スクリーン)』が俺の全周に無数に開き、表示される情報を左手のグローブ、その中央のクリスタルが吸収してゆく。


 この派手な演出も要らん神格化を助長している気がするんだよなあ。


「なにごとにも外連(ケレン)味が必要だといったのは主ですが」


 いやそうですけどね。

 派手すぎませんかこれ。


「みんなも楽しんでいるのでいいじゃありませんか」


 まあ確かに毎回歓声上がるしな。

 何も起こらないまま魔力充填されて情報のやり取りを地味にするのよりはいいのかもしれない。


 まあいい、これで月に一度のお勤めは終了だ。

 明日からはまた自由気ままに『冒険者』として行動できる。


「その前に宴席がありますよ、ツカサ様」


 優しい声なのにどこか怖い奥さん(クリスティーナ)である。


 ああ、そうでしたね。

 仕事ですから仕方ありませんと仰ってくださる割には、その後の女性陣の機嫌が悪くなる呪われた仕事だ。


 なぜ毎月各国大使付きの女官は入れ替わって、全員挨拶に来るのだ。

 もうそろそろその方面は諦めてくれてもいいと思うんだけどな。


「ダメ元という言葉があるのです、ツカサ様」


 こっちにもそういう言葉あるんですかセシルさん。

 いや私もそうでしたって、あれダメ元で来てたんですか俺の部屋?


「まあ師匠は現状だけで手いっぱいだよな」

「私の正式な立ち位置も決まってないのによその女の方に手を出されては困ります」


 うるせえ、セト&ティス。

 ほんとにお前ら一心二体なのか。

 最近かなり疑わしいんだが、一時期より連携自体はスムーズになってきてる気もするし謎だ。


「公式に妃候補となっているわたくしたちを何とかしてほしいですわよね、アリア様」


「そうですわね、サラ様。最近教皇がやつれてきている気がしますもの」


 あー。うー。

 

「モテモテですねぇ、我が主」


「ツカサ様がモテるのは当然だと思いますよ、タマさん。冒険者ギルドのクロエさんとかもツカサ様を見る目が違いますもの」


 いやクロエさんとは何もないですよ? 金貨一枚渡したのはあの頃の俺は金銭感覚皆無だったからで、「ツカサ様に金貨頂いたことがあるのです!」っていうクロエさんの発言に特に意味なんかないと思うよ?

 シィロとミケがにやにや笑ってるのは、あいつらいつもそうなんだよ。

 奥さんが「ふぅん?」って言うようなことは何もないですよ。


 タマ、お前知ってんだろ援護射撃はないのか!


「ツカサさんに色目使う女官どもは俺に任せてください。ツカサさんは挨拶だけしてくれればそれでいいスよ」


 いやジャン、お前が何の他意もなく俺のためにそうしてくれてるのはわかるんだ。

 だがお前の見た目で、しかも機嫌が悪いからおどおどせずにキリッと相手すると、俺の篭絡を目的としているはずの女官たちがうっかりお前に惚れるんだよ。


 そのときのなんというか得も言われぬ敗北感がなんというかな?


「器が小さいですねぇ」


 タ マ う る せ え


「……ジャン君のバカ」


 そしてお前の奥さん(ネイ)が拗ねるんだよ。

 そしてお前はそれで挙動不審に陥るんだろ?


 毎回同じパターンじゃねえか。


 まさか儀式の檀上で真面目な顔をして俺たち一党が話している会話の内容がこれだとは、目の前で跪いて儀式の終了を待っている皆様は夢にも思うまい。


 万一聞かれたらいろいろなものが地におちるような気もするが、いっそその方がいいのかもしれないとも思う。


 まあ日頃は朝夜以外地上で活動している俺たちが、一日中雲上の浮遊島で過ごすのはこの『儀式』の日くらいだ。

 ちょっと気の重い宴席もこの後控えているが、しっかり各々すべきことをやるとしよう。


 こんな他愛もない会話ができる日々こそが、幸いだと思うから。




 ……タマ、ほんとに援護射撃頼むぞ?

次話 サラの憂鬱

10/23投稿予定です。

もう少ししたら新たな情報をお知らせできると思います。


ここからしばらくは各キャラにスポット当てたお話を書いていく予定です。

楽しんでいただければ有難いです。


次の章は連続投稿で一気にやりたいのでコツコツ書き溜め進めていきます。

いましばらく続くこの物語にお付き合い願えたらうれしいです。

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