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プロローグ 大魔法時代の黎明

 後の世から『大魔法時代(エラ・グランマギカ)』と呼ばれる、『絶対不敗』が実際に世界(ラ・ヴァルカナン)に関わっていたこの時代。


 その時代を象徴するといわれるものは、研究する歴史家の数だけあるとも言われている。


 それは尽きぬ魔力であったり、それを大前提とした錬金術師たちによる『魔法具(マジック・アイテム)』であったり、大発展した冒険者ギルドとそれによってもたらされる魔物(モンスター)素材であったり、いろいろだ。


 それこそ『絶対不敗』自身や、それを取り巻く色とりどりの人材――特に『ツカサ一党』と見做された者たちは後世に名と実績、その肖像画や銅像を多く残しており、それこそが象徴だという者も多い。

 それは人にとどまらず、竜王たちや旧神も含まれているのだから、まさに神々が現世に降臨し、人と交わった黄金時代と見做されるのも無理はない。


 お伽噺としか思えぬような、しかしあらゆる記録がそれを現実だと伝える『大魔法時代(エラ・グランマギカ)』は、多くの歴史家の飯のタネとなった。


 そういった中央の公的記録を基にしたものではなく、地方の口伝などでは『勇者と聖女の人助け』が、後の世の子供たちの絶大な人気を誇ってもいる。


 今や社会に溶け込んでしまっている『自動人形(オート・マタ)』、『小人(ホムンクルス)』、『人造使い魔(ファクティファミリア)』などが民間に広がったのもこの時代だ。


 それらどれをとっても『大魔法時代(エラ・グランマギカ)』の象徴として一理あると思わせるものたちの中で、聞いたものがみな「それは確かに」と納得するものがある。


 ツカサがこの世界の歴史に関わりだすまでは存在だけは確認されていたものの、竜の領域にあるために人類には何ら恩恵をもたらすことのなかった、ある意味『魔法』の象徴のような存在。


 『天空都市』。


 浮遊石と呼ばれる魔石の力で空中に浮かぶ大地、その上に築かれた都市は、世界(ラ・ヴァルカナン)の平和と繁栄の象徴として『大魔法時代(エラ・グランマギカ)』以降、人々に親しまれている。


 文字通り『雲上人』としての暮らしは地上で生きる民衆にとって、身近な御伽噺として愛されてきたし、いつかはそこに住むというのがわかりやすい上昇志向の目標であったのだ。


 無尽蔵の魔力に裏打ちされた大開拓と大解放の時代、頑張れば頑張っただけあらゆるものが手に入る状況では、腐敗よりも新進と気鋭に基づいた新陳代謝がはるかに勝る。


 当然のように数多生まれる困難や問題は、それを鼻歌交じりで何とかしようという人々の発想や行動力、それを実際に行えるようバックアップする組織と、それらに運用を任せられた膨大な魔力によって解決されてゆく。


 この時代、困難はどうやってそれを叩いて潰すかの対象であり、得られる利益は皆で分けて次の利益を追うための原資と看做されている。


 とはいえ当然一人残らず清廉潔白なわけがあるはずもない。

 中には救いようのない不正や私服を肥やす輩も存在したがそれはごく一部であり、発覚した際の苛烈な処罰も相まって人類の大部分は真っ当に前を向いて努力を重ねている時代だといっていい。


 この時代、豊かである一方で他者を踏みにじるような罪が露見した場合のジアス教の処罰は容赦なく、頑張れば誰もが豊かな暮らしを出来る中、ハイリスクな『罪』に手を染める者が少なかったというのもあるだろう。


 人の善意に頼るだけではなく、『罪』が利を求めるにおいて非効率であると明示できたことこそが、この時代を『豊かで平和』と称されるようにしたといっていいかもしれない。


 これより語られるのはまだ『天空都市』が世界(ラ・ヴァルカナン)でヴェイン王国と聖シーズ王国内のジアス教教皇庁にしか存在していなかった頃。

 世界(ラ・ヴァルカナン)に平和と繁栄をもたらした『絶対不敗の魔法遣い』ツカサと、その仲間たちの暮らしを、完全な第三者の視点から記された記録たちである。



 



 今日は月に一度の『世界会議』の日。


 『世界会議』などと大げさなことを言ったところで、今現在世界中で進行している各国家による大開拓と、冒険者ギルドによる魔物(モンスター)領域の開放、その進捗状況の報告を各国代表が今や世界の盟主と化しているヴェイン王国へと報告する場だというだけだ。


 月に一度の『世界会議』の日、世界各国の代表にもっとも重視されているのは会議そのものではなく、その後に開催される宴席(パーティー)で、この躍進の時代を築いた人物とその一党との友好を深めることこそにあることは疑い得ない。


 『絶対不敗の魔法遣い』ツカサとその一党は直接各国の政治には関わらない。


 この『世界会議』の結果を受けて、ツカサの判断によって手伝ったり調停に入ったりするだけだ。

 日々発生する現場での問題はツカサが組織した『十三使徒』を中核とした異能者集団が処理しており、国家間の戦争などばかばかしくて発生しようもない状況においては、ツカサやその一党が直接介入しなければならない事態はそうそう発生しない。


 ゆえにツカサとその仲間達は各々日々を楽しみ、いくらでも開拓できる余地をもてあまし気味の各国家は、敵対しても何の得にもならない『絶対者』と、お互いに友好であることを定期的に確認、証明することこそが己等が治める民達にとってもっとも有効な手段なのである。


 各国首脳が数年前からは想像もできないほど入ってくる利益の多くを治安や福祉に回すのも、『絶対者』の要らぬ介入を事前に防ぐためとも言える。

 普通にしていれば利益が湧いてくる今の状況で、それを支えている存在の不興をあえて買おうという愚か者はこの時代の国家運営には関われない。

 

 もっとも各国はツカサとの個人的な誼を結ぶことをあきらめた訳ではない。

 機会あればツカサとの姻戚を持たんと、見目麗しい女性――昨今は女性に限らないところが闇深い――を『万国天』へ送り込むことに余念はない。


 『世界会議』が行われる場でもある『万国天』は、ツカサが世界(ラ・ヴァルカナン)中の国家の外交官を集め、住まわせるためにヴェイン王国へ提供した小規模天空都市である。


 今や王城と王都ファランダインが二重空中都市となっているヴェイン王国に新たに増えた『浮遊島』というわけだ。


 現在ヴェイン王国の王都は世界(ラ・ヴァルカナン)でもっとも巨大な空中都市である『新ファランダイン』とその上に浮かぶ王城、そして『万国天』の三つの『浮遊島』で構成されている。


 それよりも高高度にツカサの住む『愛の巣(ネスト・アモリィス)』と仲間たちが住む『後宮(セ・ラリオ)』が浮かぶ。


 それらを守るように八つの『竜の巣(ドラゴン・ネスト)』が円形に浮かぶ様は、まさに神話の時代が今なのだと思わせるに足る風景である。


 空中戦力などほとんど持ち合わせていない各国が、ヴェインと戦をするなど想像するのもばかばかしいくらいの圧倒的な存在として、王都ファランダインは世界(ラ・ヴァルカナン)の中心として機能している。


 その『万国天』の大広間へと続く大廊下の片隅で、遥か南の小国トゥーラの外交官付き女官イヴァが誰にも聞かれぬように小さく溜息をついた。


 まもなく大広間へと訪れるツカサ一行を、『万国天』に住まうすべての国、すべての人間で出迎えるために大廊下の両脇に並ぶ中の一人である。


『こういうの、実は鬱陶しがられてるだけだと思うんだけどなあ……』


 まだ年若く、学もないイヴァが外交官付き女官として選ばれたのはその見た目のためである。


 ツカサの意向に従い、国家の大小を問わず外交官が集められた『万国天』において、トゥーラという国の名も存在も知る者の方がずっと少ない。

 南の果ての小さな島国であるがゆえに、独立を維持できていたような国ともいえぬ小国なのである。

『万国天』に参加できたのも、細々と貿易をしていた隣国(といっても何海里も海に隔てられてはいるのだが)ガザムが大国であり、その貿易記録に残っていたので魔法遣いの御使者が現れたからに過ぎない。


 この場にいる自分の()()()()()と来たら、外交官らしい外交官もおらず、他国語を嗜んでいたという理由だけで選ばれた急造外交官といい勝負だと、見た目だけで選ばれたという自覚があるイヴァは思っている。


 その見た目も、大国が何とかしてツカサの目にとまろうと選び抜かれた美女達の中では比べるのもばかばかしくなる差があると理解している。


 国では男たちに綺麗だ綺麗だと褒められた顔も、褐色の肌も、碧の瞳も、薄い銀の髪も、多少は整ったプロポーションも、大国の貴顕の中から選びぬかれたお姫様の前では大輪のバラの前の野の花に過ぎない。


 とはいえそこまで他の国の外交官付き女官、という名のお姫様たちにコンプレックスを持っているわけではない。


『そんなお姫様たちですら……』


 その目標としているツカサの周りにいる「とびっきり」たちと比べるべくもないのだ。

 あまりにもかけ離れた域の「美しさ」を見せつけられると、団栗が背比べをするのもばかばかしくなると思わざるを得ないイヴァである。


「ツカサ様ご一行、ご到着! ツカサ様ご一行、ご到着!」


 大扉の脇に控えるヴェイン王国外務省の高官の言葉に、大廊下の両脇にずらりと並ぶ万国の外交官、その外交官付き女官たちがいっせいに平伏(ひれふ)す。


 この光景だけは、何度見ても壮観で飽きないとイヴァは思っている。

 今この瞬間、世界を支配しているものが誰なのかをこれ以上わかりやすく現している光景もあるまいと思う。


 ゆっくりと開け放たれた正面の大扉から、今や世界中で有名なツカサ専属の『自動人形(オート・マータ)』である『(アルジェ)・シリーズ』が数十体、大広間までの大廊下に一定の距離で付く。

 それを待って『オリジナル・ワン』と呼ばれる侍女服を着た『(アルジェ)』が先導し、その後に正装に身を包んだ『勇者』ジャン・ヴァレスタとその妻『聖女』ネイ・ヴァレスタが続く。


 この物語から抜け出したような美男美女は二人とも絶対の忠誠をツカサに誓っており、その事実は『勇者と聖女』に関わりのある者たちであれば嫌と言うほど思い知っている。


 ――ツカサ殿への批判を聞かれるのであれば、ツカサ殿本人か奥方たちの誰かに聞かれたほうがずっとよい。『勇者と聖女』に聞かれた日にはすべてをあきらめたほうがいい。


 とはまことしやかに外交官たちの間で語られていることである。


 ツカサに色目を使う外交官付き女官を極度に嫌う勇者殿は有名で、その視線を避けるように女官たちはより深く平伏する。


 その後ろをいつも苦笑いのような表情で、今この世界の間違いなく中心であるツカサがゆっくりと続く。

 今や世界で知らぬものとてない黒一色に統一された衣装と、それと色を同じくする髪と瞳。左側だけが白昼の月の如く銀眼である。

 左肩には今は『聖獣』と呼ばれている、主人と同じ色の小動物――タマがあくびをしながら載っている。


 イヴァは一度でいいからあの『聖獣』様――タマを撫でさせてもらえないかと思っている。


 神をも超えると言われるツカサの力を象徴するとされる、左手にはめられたオープンフィンガーのグローブと、その中央で鼓動のようにゆっくりと明滅する澄んだ水色の水晶(クリスタル)が美しい。


 市井の者たちの間でツカサのグローブの模造品が流行っていることは有名だが、それを知ったときなぜかツカサは膝をついて落ち込んだらしい。

 カッコイイと思うのに、なぜかしらとイヴァは疑問に思っている。


 そのツカサに一歩送れて付き従うのが正妻クリスティナ・ヤガミ。

 金髪金眼の他を寄せ付けない美しさは人妻になっても褪せることなどなく、それどころか陰影がついて一層その深みを増しているとさえ感じられる。

 

 ――この方が隣にいるというだけで、私たちの出番なんてないわよねえ……


 何度見ても、女として競おうなどという気すらおきない美しさである。

 それがお高くとまっているのであればまだしも、何度見てもツカサの隣にいるときは夢見るような、これ以上の幸せはないというような笑顔と来ては話にもならない。

 よしんばクリスティナの容姿が十人並みであったとしても、ツカサとクリスティナの表情を見れば、その間に割って入ろうとすることの無謀さを思い知るには充分だろうとイヴァは思う。


 それだけならまだしも、クリスティナの後にはその妹姫であり、第二夫人候補とされているサラ王女殿下が続き、その横にはすでにツカサの側室と看做されているセシル・ナージュ嬢が控えている。


 クリスティナと血の繋がっているサラ王女殿下の美しさは言うまでもなく、幼さと女の色気を併せ持ったような危うさが最近その魅力を倍増させている。

 セシル・ナージュにしたところで、そこらの美女で太刀打ちできるような美しさではない。

 元々はヴェイン王国の貴族の出だけあって、ツカサの側にいる女性としてあっという間に相応しい空気を身に纏うようになっている。


 その後に続くのが、見た目だけであれば正妻であるクリスティナやその妹であるサラ王女殿下にもなんら劣るところのないものでありながら、ツカサの隣に女としてあることにいつまでたっても慣れない空気を醸しだしている『ジアス教の聖女』、アリア・アリスマリアである。


 キリッとしていれば何人にも侮られることなどない力と美しさを備えていながら、ツカサの隣ではなぜかいつも自信なさげで、ただの女の子の様に見えるのがイヴァにはおかしくて、どこか親しみやすいと思っている。


 機会があれば話してみたいと思う、数少ない雲上人の一人である。


 その後ろに『絶対不敗の一番弟子』であるセトと、その妹であるティスが続く。

 二人はその後ろにずらりと続く、元『十三使徒』、現在ではツカサの組織した異能者集団の代表である者たちと揃いの白の外套(マント)に金で№を刺繍された衣装を身に纏っている。


 正式な名称はまだ決まっていないが、ツカサを直衛する近衛隊の制服らしい。


『魔法遣い』としての圧倒的な実力もさることながら、天使の兄妹のような二人もツカサに想いを寄せていると聞く。


 このセトの存在こそが、昨今『万国天』に見目麗しい男子が送り込まれてくる原因といってよく、それを聞いたツカサは頭を抱え、セトは顔を真っ赤にして怒っているらしい。


 目の前をゆったりと通り過ぎてゆく『世界(ラ・ヴァルカナン)の中核』たちの気配を感じつつ、平伏したままのイヴァは思っている。


 ――女としてツカサ様に選ばれることなどは考えまい。


 だが、この圧倒的な力でもたらされた豊かで平和な時代、身近でその張本人たちが巻き起こす騒動のこと如くを知れるのは僥倖であると。


 特に文才などはないが、なんとかツカサとその仲間たちが繰り広げるであろう、間違いなく歴史に残る、事と次第によっては『神話』とさえ看做されかねない物語を見聞きし、書きとめることが出来ればなあ、と。


 今はまだ、ツカサやその仲間達とは他人といっていい繋がりしか持たないイヴァだが、やがて望んだとおり記録者としてのポジションを得ることになる。


 イヴァが残した『ツカサ興亡録』は正式な記録とは看做されることはなかった。


 だがその荒唐無稽さが後世の民衆には()()、ツカサやその仲間たちを主人公とした創作の骨子となってゆく。


 

 イヴァの記した「いくらなんでもそれはない」という物語こそが、ツカサとその仲間たちがこの世界(ラ・ヴァルカナン)で引き起こし、やがて神々や竜王たち……それを越える力を持っていたツカサが表舞台から姿を消すことになった真実だと知るものは少ない。


 だが後世に伝わり、大いに受けているのはある意味ツカサやその仲間たちが「やりたい放題」といっていい行動を取っていた初期の出来事たちである。


 逸失して伝わっていない部分も含めて、これよりその出来事をたどってゆくこととしよう。

次話 雲上の一日

10/16投稿予定です。


またしても次話詐欺をしてしまいました、申し訳ありません。

今章は本来非日常の日常編としていた、ツカサたちの他愛ない平和な日々を書いていく予定です。

まずは冒険者ギルド関連、次は錬金術師関連を予定しております。

イヴァ嬢はチョイ役の予定です


週一という緩慢なペースですが、お付き合いいただければ嬉しいです。

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