第09話 顛末
俺は今、浮遊島『愛の巣』の我が家、その自分の書斎でのんびりとクリスティーナの淹れてくれた茶を呑んでいる。
我が浮遊島の呼称についてはもう諦めた。
ヴェイン王国の公文書にもそう記されるようになったとあれば今更足掻いても仕方がない。
そもそもクリスティーナが気に入っている時点で俺に言えることなど何もないともいえるのだが。
そのクリスティーナは鼻歌を歌いながら台所で料理を作ってくれている最中だ。
タマは書斎の片隅でお昼寝中。
アリアさんは現在ジアス教の教皇庁へ出向いているというか、帰っている。
本人は「行ってきます」と言っていたので出向いているという方が正解か。
いつの間にかあの人もこっちが自分の居場所になっているんだな。
セトとティスは他の十三使徒たちと一緒にそれについていっている状況だ。
サラとセシルさんは相変わらず公務で忙しいみたい。
公務と言いつつ他の事でも忙しそうな気もするけど、そこは触れずにおく。
いっている間にサラの十歳の誕生日がやってくるが、何か企んでいることは間違いないだろう。
銀たちはその処理能力の高さを頼られて、今や王宮の正確性を必要とされる処理仕事に無くてはならない存在になっている。
101体の銀たちは意識の共有化による群体存在であるにもかかわらず、最近はそれぞれに個性が出て来ていて面白い。
セトとティスに影響でもされたんだろうか。
ネモ爺様が興味津々だ――だが分解は固く禁ずる。
とはいうものの、夜にはみな『転移』で拠点である浮遊島へ戻ってくるので出かけているというよりは、御昼の仕事中といったニュアンスだ。
あのわかりやすい『大いなる災厄』とでもいうべき、魔物の大侵攻から旧神顕現へ繋がった出来事から、数ヶ月が経過している。
いや、魔物の大侵攻の前に『浮遊島』の出現と侵攻、それを迎撃した中から謎の美女――リリン・イニティウム・フィーニスを保護してもいたな。
タマ曰く、能力と記憶を封じた状態ではあるものの、己の眷属であることは間違いないとのことだ。
つまり『創造主一派』としての仲間。
だが彼女は未だ記憶を取り戻さぬまま、俺たちと行動を共にしている。
というか今現在、アリアさんと一緒にジアス教皇庁へ行っている状態だ。
何があるか予断は許さないが、俺の銀の義眼が一度見ている以上、何かがあればすぐにわかるから問題はない。
『大いなる災厄』を一つのイベントとして見た場合、その進行は途中で止まっている状態といっていいだろう。
序章とも言うべき『浮遊島』の侵攻は問答無用で俺が叩き落とした。
その残骸から保護したリリンさんの記憶は戻らず、その兆候もない。
本来であれば多大な犠牲を世界に強いたであろう魔物の大侵攻から旧神顕現のコンボも、八大竜王と十三使徒をはじめとした魔法遣いたちの大活躍で、人的被害の無いまま退けることに成功している。
それどころか膨大な魔物を多くの魔法遣いが倒した結果、俺が組織した異能者集団は大幅に強化されている。
あれだけの魔物を一時に狩った以上、飛躍的に『魔法遣い』としてのレベルが上がるのは当然で、今や地上の魔物たちの処理であればだれに任せても心配ないほどに強化されている。
これは各地で発生する日常的な問題に対処する上では大きな変化だ。
十三使徒などのいわゆる『大物』が出張らなくても、魔物や自然現象が引き起こす災害のほとんどに対応することが可能となっているのは有り難い。
おかげで俺がこっちの世界に現れるまで、『魔法遣い』に対して市井の人々が持っていた胡散臭いものを見るような、懐疑的な視線は霧散している。
『大いなる災厄』の序章を人里に近づけることなく退けたことももちろん貢献しているのだろうが、そういう派手な役どころは八大竜王や俺たちの名前があがりがちだ。
そうではなく小さな村や、遠い辺境の街であっても人々にとっての困りごとが発生すれば『転移』ですぐに現れ、難しいことをのたまうのではなく『魔法』の力で颯爽と問題を解決してくれる『魔法遣い』たちが身近なものとなったからだろう。
無制限に『魔法』を行使できることに喜び、その結果己が強くなって行くことに夢中になっていた魔法遣いたちも、最近は様子が変わってきている。
自分が派遣された村の人々から寄せられる心からの感謝と憧れの視線に素直に喜ぶようになり、己の『魔法』をどう使うのが一番みんなのためになるのか、を考え始めているように見える。
『魔法遣い』として優遇され、ある意味お高くとまっていた彼らが、ファランダインの豪華な料理や酒より、感謝の宴で出された田舎料理のおいしさを自慢し合う様子は見ていて面白い。
その辺は『魔法遣い』の多くを束ねていたジアス教が傅く勇者である、ジャンの態度が奏功していると言えるだろう。
あいつはネイと俺と一緒にアズウェル大陸をうろうろしていた頃から、通りかかった村の問題事を片付けて感謝される、その際に向けられる裏表ない笑顔を心から喜んでいたからな。
今だって隙あらばネイを連れて自分で解決に行ってしまう。
そこで『勇者と聖女』であることを告げずに解決し、村人と朝まで呑んでファランダインに帰ってきたりしやがる。
今日も俺と同じで基本的にやることのない身でありながら、世界中から寄せられる問題解決の依頼を朝一で選んで飛んで行ってしまっている。
まあジャンと、何より一緒にそれにあたっているネイが嬉しそうだからいいけどさ。
えらい男前の兄ちゃんと別嬪さんな女の子に助けてもらった辺境の人たち、そいつらこの世界を守護する『勇者と聖女』なんですよ。
だけどなんかの拍子に正体を知っても、変わらず接してやってくれるとありがたい。
そのコンビは畏れ入られたり、崇拝されたりなんかされるより、「ありがとなあんちゃん、嬢ちゃん!」って背中叩かれる方がよっぽど嬉しい変わり者だから。
そんな感じでこの数ヶ月、『大いなる災厄』の後処理や、放置していたヴェインに陰謀仕掛けていた存在への釘さしなどをやってはいたものの、基本的には平穏無事に日々は続いている。
「まあ別に悪いことじゃないよな……」
悪いどころか楽しい日々だ。
ただなんというのだろう……毎度ゲームに例えるのもあれだが、次に進めれば『エンディング』だとなんとなく察した状態で、強化とかアイテム集めとかに奔走している時に感じるような、楽しいんだけどもなんか心許ないような不思議な感覚。
「そんなことしてる場合じゃないだろ?」とセルフツッコミしたくなる状況と言おうか……
いや如何にとんでもなかろうがこの世界は現実だから、『大いなる災厄』が片付いても『Fin』ということは無いのだが。
騒がしくも楽しい日々がずっと続いていくことは間違いない。
「主がそう思っているのであれば、何の問題もないでしょう」
思わずこぼしたひとり言に、タマが即座に答えやがった。
狸寝入りする猫ってどうなんだ。
「いえ、忠実なる僕たる私は、主の声にはどれだけ深く眠っていても即座に覚醒するのですよ」
やかましい。
(〃´・ω・`)ゞ So do I
うん、ツクヨミの事は信じてる。
「なんたる僕差別! 遺憾の意を表明します」
勝手にしてろ。
三つの僕でも露骨に出番や扱いに差があっただろうが。
いや、そうなるとタマはロ○ムポジションだからあれだな。美女とかになられても困る。
「いまでも手に余りますものね」
……だから思考を読むな。
「いや冗談はともかく、正直な所どう思う?」
「先ほど申し上げた通りですよ。主がよければ何の問題もないかと。なにも『大いなる災厄』を最後まで進める必要もありませんし、ことが起こっても今の主であれば即応可能でしょう。何が引っ掛かっているのです?」
「いやまあ、何がってわけじゃないんだが、なんかすっきりしないというかな……」
さっきのを説明してもタマにはピンとこないかな?
意外とそういうのにもついてくるから大丈夫かもしれないが。
八大竜王達がぺっ、とした旧神達は、今それぞれ対応する竜王の『竜の巣』で一緒にいるが、神としての記憶も戻っておらず口をきくこともない。
ただ不思議な事に竜王達には懐いている様子で、竜王達は辟易している態を取りながらもまんざらでもない様子だ。
たまにセットで空を散歩しているさまなどは神話のワンシーンにしか見えない。
竜王達の巨躯が誇る威容と、無駄に神々しい――神様なんだから当たり前か――旧神たちがともにいるのは不思議な光景だ。
だんだん王都ファランダインが人外魔境になって行っているような気もするが、住民たちが喜んでいるのでまあいいだろう。
「わからなくもないですが、下手な考え休むに似たりとも言います。今は美しい新妻との日々に溺れるとか、身分を隠して冒険者としての暮らしを楽しむとか、覚悟を決めてハーレム構築を実行するとかしたらどうですか?」
あ、キッチンからクリスティーナのポニーテールがちらりと見えた。
滅多な事言うなタマ。
それは今なおデリケートな問題なのだ。
「先延ばしにも限界があると思いますがねぇ……サラ王女殿下は、誕生日へ向けて継承権放棄する準備に抜かりはないようですよ?」
え、そうなの?
最近忙しそうにしているのはもしかしてそれがあるからなのか。
「まあさっさと決めてください。どうせもう決めてはいるのでしょうが、主の決定にどうこういう者はいませんよ。奥様にだけはご自分でご説明を」
……はい。
「さっさと身内だけでも固めないと、そろそろ外野もうるさくなるでしょうしね。外交島などもできるみたいですし」
ああ、話は聞いている。
世界中の国家から選出された人間がそこで暮らし、世界の首都となりつつあるファランダインとの交流を保とうとかいうあれね。
俺達一派も月に一度はそこの晩餐会に参加してくれとお義父から要望されている。
「それが外野がうるさくなるということなのか? 単純すぎるとは思わなくもないが、交流が活発になるのは悪いことじゃないと思うんだけど」
俺の素直な発言を聞いて、タマがげんなりした顔をする。
いやお前、いつも思うんだが猫のくせになんだその表情の豊かさは。
……いやたしかにあっちの動画でも、いろんな表情してたな猫さんたち。
「あのですね主。建前はどうあれ、後宮入り候補が集まる場所に決まっているでしょう。賭けてもいいですが選出されるのは年頃の美女たちばかりですよ。何をもって年頃とするかは各国の思惑によるでしょうが。主はけっこう守備範囲が広いと認識されていますからねぇ」
ああ、そういう……
下には広いと言われても仕方ないかも知れんけどな、サラがいる以上。
上にはそんなことを言われる覚えはないぞ。
ないはず。
まあそのあたりはもはや避け得ない事なのだろう。
俺がしっかりしていればいいだけの話だ。
「引っかかっているのはやはり、『記憶』のことですか」
ひとしきり俺で遊んで満足したものか、タマが真剣な口調で聞いてくる。
ふざけているように見えても、俺のカーチャン代理は大事なところを外さない。
はじめから俺が何に引っかかっているかなど、お見通しだったのだろう。
タマの眷属であるリリンさんも、おそらくリリンさんが統べていた旧神たちも、本来の記憶を失っている、というか封じている。
ここしばらくの暮らしは楽しそうではあるけれど、『本当の自分』を見失ったまま日々を過ごすのはどうなのだろうと思ってしまうのだ。
そして俺には、その記憶をすぐにでも戻す術がある。
そうでありながら、『大いなる災厄』を進めない為に今の状況をよしとすることになんというか、こう……
「主自身の問題でもありますしね」
……その通り。
どうやら俺がタマやツクヨミが長く仕えていた『創造主』であることは確実だ。
だが今の俺は、八神 司としての記憶しか持っていない。
普通は当たり前の話だ。
俺の前世は実は『創造主』でしてね? などと言い出そうものなら、あっちの世界でならよくて笑い飛ばされる、普通はドン引きされる、悪くすれば入院ものである。
だが、俺がその気になれば元の記憶を呼び戻すことも可能なのだろう。
そうする喫緊の理由もないし、もしそうしたら俺が俺でなくなりそうで怖くてできないでいるだけだ。
タマやツクヨミはそれに異を唱えることは無いが、どうにも落ち着かないのも事実なのだ。
「あなたが必要だ、って思うまで気にすることないと思いますよ? リリンさんや神様たちにも、本人にどうしたいか聞けばいいんじゃないですか?」
うーんと考え込んでいた俺とタマに、くすくす笑いながらクリスティーナが話しかけてくる。
どうやら夕飯の用意が終わって、呼びに来たらこの話になっていたらしい。
大概の話題は隠し事をする気など無いので、聞かれて困るということもないのだが。
それはタマも同じだろう。
「大切なお話だと思いますから、まずはごはんを食べませんか? お腹が空いているといい考えも浮かばないと思いますよ?」
そうだな。
せっかくのクリスティーナの手料理を冷ませてまでうんうん唸っている問題でもない。
まずは美味しい料理を食べて、それから一緒に考えるか。
「今日のは初挑戦ですから、おいしいかどうかはまだ不明です」
わりと真剣な顔でそう告げるクリスティーナが面白い。
俺にとっちゃ何でもおいしいですよ、手作りってのはそういう魔法が掛ってる。
――なんだタマ、なんか言いたいことあるのか?
次話 記憶 9/25(日)投稿予定
御無沙汰しておりました、あざとくも書籍版発売に合わせて投稿再開です。
どうか呆れずにこの物語に再びお付き合いくださればありがたいです。
皆さまのおかげで第四回ネット小説大賞を受賞させていただき、書籍化の運びとなった拙作は明日9/17(土)発売となります。
しかげなぎ先生のすばらしいイラストを付けていただけただけでも、皆さまが応援してくださったおかげだと本当に感謝しております。
クリスティナやサラ、セシルさんやセトが絵になるのは夢のようです。
本屋で見かけたら「ほんとに本になってるw」と笑っていただければ幸いです。
見本が届いても、自分ではまだピンと来ていないような状況です。
さて次話「記憶」をもって「大いなる災厄」編は完結となります。
その後に閑話「隣にいること」を投稿し、次章へ移ります。
今章で提示されたものは最終章へと繋がるものばかりです。
司の記憶、創造主、タマ、ツクヨミ、ラ・ヴァルカナン……そういったものに決着を付けられる最終章になるかと思います。
※止まっていた間は書籍化作業と共に、最終章の着地点を定めておりました。
最終章へ突入する前に、書きたいと思っていた非日常の日常編を挟みたいと思っています。
錬金術師たちや、冒険者ギルド、まだ書けていないキャラクターたちの物語などをしばらく投稿させてください。
今後は定期的に更新していく予定です。
※書籍化作業が落ち着くまでは、基本的に週一、日曜日更新にします。
できましたら再開したこの物語にお付き合いくだされば嬉しいです。




