第08話 旧神顕現
空が割れる。
辺境領域から大海嘯の如く押し寄せた魔物たちが、人の味方に付いた本来己らの王である八大竜王と、ツカサのおかげで実質無限の魔力を得た魔法遣い達に苦も無く焼き払われている中、それは起こった。
ツカサの「滅日」、あるいはタマがこの世界と地球をつなげた時と同じような光景。
そこから、今の世界に生きる人々からはもう忘れ去られた、かつて神であった存在が顕現する。
――旧神。
この世界がまだ激動していた時代に、魔物や魔獣に比して弱い人を守護し、世界を人のものとなさしめていた存在。
ジアス教が奉じる神を除き、魔獣の王たる八大竜王に対応した八柱の神々。
だが今それらの元神であった存在は、「大いなる災厄」の一翼として人に仇為す存在となっている。
人々から忘れ去られ、本来己の守るべき人と敵対する、堕した神。
それらが、知らぬ者が見ても「神」としか思えぬ文字通り神々しい姿はそのままに、世界を破壊するために顕現したのだ。
それに抗し得る力を持った本来人の敵であった八大竜王が、逆に今は人の世界を守る立場にいるというのは何の皮肉か。
廃都アースグリムが栄えていた遙かな過去と立ち位置を真逆に変え、変わらぬ力をもって激突する八柱の堕神と八大竜王。
その規模は遠く離れた地であっても確認できるほどであり、それを目にした人々は今確かに世界の命運を決する戦いが行われていることを本能的に理解する。
そしてそれが、人にとって有利に展開していることも。
本来人の世界を守るために八大竜王を凌駕する力を持っていた旧神達を、今の八大竜王達は明らかに圧倒している。
荒れ狂う古代魔法や各属性の息吹が、神の権能を行使する八柱を一方的に蹂躙する。
『ははははははは、弱い、弱いな我が仇敵よ。怨敵よ。――分かたれし半身よ。護るべきものを見失い、神のくせに小さき者どもの如くほざいていた理想を語る事もせず、ただ世界を壊す道具となり下がったものなどに我は負けぬ』
黒竜が吼える。
他の竜王らも思うまま己の力を行使し、過去何度も敗れた仇敵であり、人を守る側と仇為す側に分かたれた己の半身を叩きのめす。
本来八大竜王達は、総体としての人類などわりとどうでもいい。
もともと積極的に滅ぼそうとも、赦せぬ存在だとも思っていない。
己の領域に身の程も弁えず侵入してくる者は容赦なく排除するが、自分から人が集まって生きている街を滅ぼしに行くつもりなどないのだ。
故に今、己らが人の味方に付いているという事実に特に何も思うことはない。
ただ最近になって現れ、己らを叩きのめした上で「助けてくれ」と言ったツカサを気に入っているだけだ。
世界を壊す役割と、それを可能ならしめる力を持った己らを、ツカサはあろうことか惚れた女を口説くためだけに味方につけようとしたのだ。
――愉快だった。
人よりも高い知性を与えられつつ、人と寄り添うことを許されていなかった己らを、
「意思の疎通ができるのなら友人にもなれるだろ? いや一方的に俺が助けてもらうのに図々しいとは思うけど……」
の一言で、本当に己らを友人にしてしまったのだ。
人類の敵として、己らをそのまま殺してしまってもおかしくない状況でそれを言うのがまた面白い。
ぶち転がして生殺与奪を握った状態で、僕になれというならまだしも友人になってくれとは頭がおかしい。
その頭のおかしさに、八大竜王達はみな惹かれたのだ。
そうはいっても己らを恐れるだろうと思っていた小さき者たちも、己らを遙かに凌駕する力を持ったツカサの存在でいろいろなものが麻痺したようで、割とあっさり竜王達が人の暮らしに溶け込むことになれてしまった。
もはや王都ファランダインの人々は竜王達を力持つ近しき友人と見做し、頭上に浮かぶ「竜の巣」を脅威ではなく、自分たちを護ってくれるものだと信じている。
己らの巨躯の色に応じて、ファンや信者ともいうべきものすら生まれている。
金竜が商売の神と見做されつつあると聞いた時には、竜王達は心の底から笑った。
金竜の憮然とした顔などというのも、初めて見た。
信者やファンの数を互いに気にする己らなど、想像したこともなかったのだ。
最近はツカサの「一番弟子」であるセトとティスという小さき者が己らに挑んでくるのも面白い。
密かに最初に負けてなるものかという想いと、セトとティスの希望をかなえるために負けてやってもよいかという想いがせめぎ合っている日々である。
空を飛び、息吹を吐けば、地上の小さき者たちが見上げて歓声をあげる。
人の手では厄介な地形を己の力で変えてやれば、感謝される。
直接話しているわけでもないのに、一日の始まりには空に向かって「おはよう」を告げ、日が暮れて眠る前には「おやすみ」の言葉を投げかけてくれる。
「また明日」と。
――愉しい。
竜王達は長らく忘れていたその感覚を、久しぶりに味わっていた。
遠い遠い遙かな昔、八つの都市の守護者であった頃のように。
小さき者達が、当たり前のように必ずまた来ると信じている「明日」を壊そうとする相手には容赦などしない。
今や自分たちは、小さき者たちと共にその「明日」を望む存在なのだ。
ツカサと共により良くなっていくであろう世界の「明日」を、見てみたいと思っている。
『どうする。……喰らってよいか?』
人の形をした堕神をその巨大な顎門に咥え、黒竜がツカサに尋ねる。
短期間の激しい戦いの末、全ての堕神は対応する竜王達に敗れ去っていた。
人の形をしながらも人よりもはるかに巨大な堕神とはいえ、竜王の顎門に咥えられていては人との差異などわからない。
空に浮かぶ城のごとき竜王の巨躯が、「雷龍」級になったように見える対比にツカサは少し笑った。
『喰うな喰うな。腹壊すかもしれないぞ。とりあえず俺の所へ届けてくれ』
『……滅するのか』
喰らってよいかなどと問うたくせに、気遣わしげな黒竜の様子に再びツカサが笑う。
『そんなことしないよ。俺なら本来の姿に戻せるかもしれないしな。黒竜も妙な状態になったそいつらに勝っても嬉しくないんだろ?』
『そうじゃ。人のためなどと甘っちょろいことをほざきながら我らを辺境へ追いやった時の方がずっと強かった。――それに勝たねば意味などない』
どこかほっとした様子で、黒竜が答える。
『はいはいわかったよ。だけど正気に戻ったらお互い今は人の味方なんだから、模擬戦にしとけよ。本気禁止な』
『もとより恨みのある相手ではないわ』
堕神が撃破されると同時に、無限に続くかと思われた魔物の侵攻も停止した。
竜王達が堕神らをツカサのもとに運んでくれば、「大いなる災厄」に関わる存在がほぼすべて揃うことになる。
大いなる災厄の中核であろうリリン。
世界の終りを象徴するような、人に仇為すかつての神々。
そのすべてを抑えてしまえば、問題は解決したも同然と言えるだろう。
「これ、本来は俺が何とかしなきゃならなかったんスかね?」
竜王達が次々に浮遊島にぺっ、とする神々を見ながらジャンが呟く。
神々の巨体は人の十倍ほどもあり、先の戦闘を見ても相当な力を持っていることは明確だ。
「まあジャンと三聖女でってことなんだろうけどな。リリンを加えたら四聖女か。本来なら八大竜王達も敵ポジションだろうしなあ」
その呟きにツカサが答える。
「きついッスよ」
「だよなあ」
「勇者と三聖女」で勝てるとしても、世界中の各地域で今回のように一斉に発生していれば、各地に相当な被害が出たことは疑いえない。
そもそもツカサが現れて以降の世界の変化がなければ、魔物の大海嘯の時点で相当な被害が発生するのは間違いない。
難なく対処できてしまっているから忘れそうになるが、今起こっていることは確かに「世界の終り」に値することなのだ。
「まあこれでひと段落ついたよな」
とはいえツカサの言葉通り、物理的に世界を終わらせる仕込みはこれでひとまず終わったとみていいだろう。
だが被害のあるなしの差はあるとはいえ、これで全てが終わりな訳もない。
ここまでは本来のシナリオ通りでも辿り着けているはずなのだ。
リリンの存在もある。
だが一息つけるくらいの時間は出来た。
考えなければならないことは多いが、それは確かな事実である。
「……7つ。……8つ。……一つ足りない気がします」
竜王達が浮遊島にぺっとしている神々の数を数えていたリリンがおかしなことを言う。
今ここで討伐されたのは古き神々。
確かに今なお信仰されている神はこの場に存在しない。
神の顕現は――まだ残されているのだ。
次話 記憶
近日投稿予定です。
読んで下さるとうれしいです。
白酒キッツいです。
移動しながらの出張先での更新は大変ですが、楽しくもあったり。
3/24に帰国後はもう少し安定して投稿できるようになると思います。
「大いなる災厄」編はお気楽に展開しながら、この物語をどう最終的にハッピーエンドに導くかのピースを提示できればと思っております。
なんかアリアさんとリリンが酷い目にあって終わる気もするんですが。
非日常の日常編や、錬金術師達のお話等、書きたいことは多いのでのんびり書いていこうと思います。
今後ともお見捨てなきよう、お付き合いいただけたら嬉しいです。
めざせネット小説大賞一次突破!
応援よろしくお願いします。