第09話 1周目 【砦の夜】
時間は真夜中過ぎくらいか。
俺にあてがわれた、おそらくは高級士官用の部屋で酒宴での酔いを醒ましている状況だ。
どうやら無事に異世界一日目の終わりを迎える事が出来たと言っていいだろう。
珠猫はソファの上で、すでに寝こけている。
オルミーヌ砦にはなんとか日が暮れる前に到着できた。
俺とサラ王女が「飛翔」の魔法で先行して砦に辿り着き、サラ王女による指示で予備の馬を連れた砦の守備隊が迎えに行ったおかげだ。
そうしなければ明るいうちに到着する事は叶わなかっただろう。
やはり甲冑を纏った近衛騎士の二人乗りは馬にとって相当に過酷だったようだ。
アイテムボックスに人が入るのであれば楽だが、まさか近衛騎士の皆さんで実験するわけにもいかなかったしな。
まあもし日が暮れるまでに間に合わず、夜の行軍ないしは夜営という事になっていたとしても、俺にとってはどうという事もなかったようだが。
あてがわれた部屋で、義眼による広域検索をかけてみたが、脅威となる様な魔物は特に存在していない。
試しに砦の防壁近くにいた、比較的強そうなステータスを持つ狼系の魔物に遠距離系攻撃魔法を使ってみたら、やはり一撃で仕留める事が出来た。
敵の直上から光の矢が突き刺さる「聖槍」という初級魔法だったので、見張り番の目に留まっていたら驚かせたかもしれない。
俺の戦闘力、というか魔法の威力は桁違いになっているのは間違いない。
ステータスマスターで確認しても、各属性の初級魔法がレベル二桁表示される魔物を苦も無く一撃で葬り去るのだ。
今日の一連の行動で、幾つか初級ではない魔法も習得しているし。
魔力適性という能力がどれほどの効果を持っているのかは未だ不明だが、異世界での状況をゲームのように置き換えてくれるステータスマスターで見ても、文字通りチート級と言っていい。
ゲームバランス崩壊級。
そして此処はゲームではなく、「ラ・ヴァルカナン」という異世界だ。
世界のバランスを崩壊させかねない力を、自分が持っているらしいという事はしっかり自覚しておいたほうが良い。
今日一日の出来事だけでも、この世界の大国ヴェインの王族に相当の興味を持たれ、このままの流れであれば味方に付く流れなのだ。
サラ王女だけでなく、王様やカイン近衛騎士団長、近衛騎士の面々やちょっと怖いけれど筆頭侍女のセシルさんもみんないい人だ。
この砦の守備隊長や兵士たちもみな気のいい連中だったしな。
だからといって、その国が正しいとは限らない。
その事を俺は向うの歴史である程度は知っている。
十字軍の兵達だって、仲間内ではいい人の方が多かったはずだ。
俺はサラ王女の味方でいるという約束を反故にする気はないが、それはサラ王女の望むままにその敵対者を無条件で葬り去る事とイコールではないだろう。
ことある毎にそう再確認しておかなければ、俺なんてあっさりとこの能力に呑みこまれてしまうのは間違いない。
いやそこまで深刻に考えることはないか。
自分が今持つ力が、有無を言わさず自分の我が侭を押し通せるくらいのものだと自覚していればいい。
深刻ぶったところで、いざその瞬間になれば俺は自分の我を通すことは疑いえない。
それが後で「誤解だった」とか「勘違いだった」なんて言う、不格好なことにならないように注意しておけばいいだけだ。
もしくはそうなる覚悟をもって力を行使すればいい。
考え過ぎが一番悪いしな。
しかし遠距離系の攻撃魔法は、義眼による広域検索と組み合わせると凶悪な効率を可能にするな。
魔力と魔物が続く限り、部屋に居ながらにしてほぼ自動的に「狩り」を続けることも可能だ。アイテムボックスも連動させることが可能だったので、倒した端からアイテムボック(ボックス)に収納されているから無駄がない。
目標をセンターに入れてスイッチ。
違う。
魔物を義眼で捉えて魔法発射。
これの繰り返しだ。
「聖槍」のように目標の至近から攻撃力が発生する魔法ならば問題ないが、俺の周りから射線を持つような魔法の場合、部屋でやらかしたらえらいことになるから気を付けねばならないが。
「浮遊」の魔法と組み合わせれば、飛翔能力を持たない魔物であれば一方的な殺戮も可能だろう。
とにかくオルミーヌ砦の周辺には、脅威となる魔物は存在しないのは確かだ。
まあそんなのが居るのであれば、この砦が無事存在出来てるはずもないのであたりまえだが。
とはいえ昼間に比べれば魔物の数は飛躍的に増加しているのは確かで、通常の戦力であれば夜の行軍や、安全が確保されている場所以外での夜営は相当にリスクを伴うものなのは間違いない。
今日一日の経験だけで判断するのは危険だが、今の所の情報で判断するのであれば、俺はこの世界において今の時点でも最強の一角と判断していいだろう。
大国の近衛騎士よりも強い人間はかなり限られるだろうし、その近衛騎士が十五人いても一方的にやられるほどの魔物であっても鎧袖一触だった。
油断は禁物とはいえ、そう簡単に「死に戻る」事態にはならなくて済みそうだ。
しかし事態を把握した砦の皆さんの歓迎ぶりはすごいものだった。
あてがわれたこの部屋の豪華さや、宴席で出された豪華な料理や酒は王様、王女、近衛騎士団長という中央のトップとエリートと共に居るから当たり前なのかもしれないが、砦の兵達が俺に向ける笑顔と感謝は心からのものだったように思う。
「魔法遣い」という胡散臭がられそうな肩書きも、最初に空からサラ王女と共に現れるというインパクトで吹っ飛んでいたようだ。
まあ空を飛ぶことが可能なら、本物も偽物もないわな。
それに無事到着した王様やカイン近衛騎士団長の説明、特にサラ王女による俺の活躍を聞くと、扱いが国賓というか英雄に対するもののようになった。
王族、なかでもサラ王女はずいぶん兵や国民たちに慕われているようだ。
その王族を救い、サラ王女本人にも懐かれている様子が兵達の対応に現れているのだろう。
「気持ち」のこもった笑顔や対応っていうやつは、偉い人に指示されたからと言ってすぐにできるものでもない。
逆に本心からそう思えていれば、これほどたやすいこともない。
特に兵士という立場にいる人たちは、高い戦闘力を持って自分たちの味方となるものには胸襟を開きやすいのかもしれないな。
意識が戻ってから、自分に何が起こったのか理解が追い付いていなかった近衛騎士達も、砦に到着して状況を把握すると七人全員が俺に直接感謝を伝えに来てくれた。
七人だけではなく、その同僚たちも共にだ。
やはり近衛となれば中央のエリートらしく、彼らに囲まれて以降は砦の兵達は邪魔をしてはいかんとばかりに距離を置いていた。
とはいえ煙たがられていると言うより、尊敬されている、憧れられているといった方が近い。
近衛騎士たちの文字通り「命の恩人」に対する態度は、そういう扱いをされた経験があるはずもない俺を慌てさせるには充分なものだった。
挙動不審になりそうなのを何とかこらえ、
「確かに助けたのは俺ですが、俺がそうする気になったのはサラ王女の魅力的な提案のおかげですよ」
などとこの手の対応には手慣れているであろう、王族であるサラ王女に振ろうとしたが、
「まあそうなのですか。でもそうだとすると不思議です。最初にお父様やサラたちを助けてくださったのはなぜなのかしら。お父様やサラは馬車の中にいたから見えなかったはずですし、雷龍八体に立ち向かってまで助けてくださるような、魅力的な要素は特になかったように思えますけど?」
とくすくす笑いながら返された。
「そ、それは豪華な馬車や近衛の方たちの装備が立派だったので、お礼を期待できるかななどとよからぬことをですね……」
もはやしどろもどろになりそうになりながらも反撃を試みるが、通用するはずもない。
サラ王女の話し方は俺と二人の時とは違い、王族としてのそれになってはいるものの、明らかに俺に気を許しているように見える。
そんなサラ王女と俺を見て、近衛騎士たちも笑って会話を聞いていた。
「ツカサ様は嘘ばっかり。雷龍を苦も無く狩れる立場の方が金銭的なお礼を期待するとは思えません。それにサラが何でもいう事を聞くとお約束したのに、言葉遣いを楽にすることくらいしかツカサ様は要求されなかったではありませんか。お礼を期待したと申されても、とても信じられません」
自分なりの籠絡術を躱されたことを思い出したのか、つんと澄ました顔でそっぽを向かれる。
だがサラ王女のこの一言で、近衛騎士たちは目をむくハメになった。
俺が言う「サラ王女の魅力的な提案」なるものが、まさか王族本人による「何でもいう事を聞く」宣言とは想像の埒外だったのだろう。
無理もない。
しかもその条件を出した理由が、近衛騎士たちにとっては「自分の命を救うため」とあっては平静ではいられるはずもないか。
王や王女を守ることが存在意義である自分たちが、よりによって王女本人の献身によって救われていたとあっては立つ瀬がない。
近衛騎士たち全員が目を白黒させた後、最初にサラ王女自らの「癒し」で口をきけるところまで回復していたザック・ダリアム氏が俺の手を取って大袈裟に感謝の辞を述べだした。
「ツカサ様の清廉潔白なお心、誠に感服いたします。サラ王女殿下の願いを無償で叶えてくださり、その結果我々は命が助かっただけでなく、失った目や手も治してくださいました。カイン団長の言の通り、命の恩は命を持って返すべきもの。酒宴は我ら各家ごとに盛大にさせていただきますが、必要であればいつでもお声をおかけください。我らの出来る事であるならば必ず応じます」
そこからは全員で思いっきり持ち上げられた。
居た堪れないことこの上なかったが、彼らにしてみれば敬愛する王女の弱みに付け込むような真似をせず、自分たちの感謝も笑って受け流す俺は、聖人にでも見えているのかもしれない。
――まさかヘタレなだけとは思うまい。
酒の力もあったのか、「俺ならずうずうしいお願いしてしまったかも」などという、独り言を言う者も中には居たし。
うん、ザック。
君とは仲良くなれそうだ。
だけどザック氏は文字通り死の直前であっても、サラ王女の身を案じていた。
ギリギリに追い詰められた状況、その分水嶺を越えてなお主君の心配を優先できる人なのだ。
能力に助けられている俺とは、その覚悟の質量ともに違う。
近衛騎士団は実力主義であり、十四名の近衛騎士たちの中には平民出身のものも数名いたが、ほとんどは名門貴族の出身だった。
実力も幼いころからの研鑽があってはじめて形になるものなのかもしれない。
向こうで言う、F1レーサーみたいなものなのかな。
ある意味俺は、この出来事で王族と誼を結ぶだけでなく、ヴェイン王国の門閥貴族との縁も得たという事らしい。
柵がどうのと言っている場合じゃないな。
「結局ツカサ様は、サラたちが何者であっても救ってくださったと思います。やさしいんですよ、ツカサ様は。今回フラれてしまったのは残念ですけど、来年のサラの誕生日は覚悟しておいてくださいね? 絶対ツカサ様にうんと言わせてみせますから」
近衛騎士たちに一通り持ち上げられた後、締めの言葉のようにサラ王女がさらりと爆弾を投下した。
うん。
今更柵がどうとか言ってる場合じゃ、本当にないな。
「あのう、サラ王女殿下……それってどういう……」
気を失っていた七名はもちろん、他の六名も王様とカイン騎士団長、セシルさん以外はあの時の会話を耳にしていない。
一瞬で場をしんとさせた後、勇気を出したガウェイン・クライン氏が恐る恐るといった様子でサラ王女に問いかける。
無礼講の場と宣言されてはいても、王族に直接話しかけるのにはやはり緊張するのか、あるいは質問の内容ゆえの緊張なのか。
「今回のお礼に、サラをお嫁さんにどうですか? ってお尋ねしたら躱されてしまいましたので、結婚が出来る十歳になったら改めて正式に申し込むつもりです。――お父様も了承済みなんですよ?」
輝くような笑顔で再び爆弾を投下する。
ぎぎぎと音が鳴りそうなぎこちない様子でこちらを振り向いた十四名の近衛騎士たちは、俺の横に立っていたカイン近衛騎士団長が無言で頷くのを見て、改めて一人一人俺に対して挨拶をしはじめた。
たぶん彼らの中では将来の王女の良人として、俺という存在が再インプットされたのであろう。
俺が断るとは、夢にも思ってないんだろうな。
まあそういうルールの中で生きている人たちにとっては仕方のないことだけど、気楽に話せる相手が居なくなるのは避けたいところだ。
夜も更けてきたし、そろそろ寝るとするか。
そう思ったと同時に、扉が弱々しくノックの音を発する。
こんな夜更けに誰だろう。
いかにサラ王女が幼い、あるいはあざといとしても
「ツカサ様、一緒に寝てもいいですか?」
なんてことはないだろうしな。
思わずそれを想像、というか期待した俺をぶん殴ってやりたい。
どうせカイン近衛騎士団長あたりが、今日の無礼講の謝罪と明日の予定でも確認にきたんだろう。
はいはい鍵は開いてますのでどうぞ。