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第7話

前回、6話の投稿を7話にしてしまいました。直しておきました。

「どうしたのです兄上? 部屋に引きこもっていなくて良いのですか?」


 言葉は丁寧なのに、内容は非常に皮肉に満ちている。


 面倒な雰囲気が漂っているがここで振り向かないといけないのだろう。


 なるべく笑みを浮かべながら振り向く。


 そこにいたのは俺と同じ金髪を肩辺りまで伸ばしている少年だった。


 顔立ちは整っており、恐らくすれ違う者全てが一度は振り向くんじゃないだろうか。


 身なりもきちんとしており、一発で貴族だと分かる。後ろには俺よりも少し年上らしき青年が控えている。


 で、だ。


 誰だこいつ? 


「これはこれは、エウエノス殿下。ご機嫌麗しく」


 俺が答えづらそうにしているのを見て助太刀しようとしたのか、セシリアが胸に右手を当てて丁寧に挨拶する。


 エウエノス。こいつが第三皇子か。


 成程、確かに気品に溢れているな。皇族ちゃあ、皇族だな、これは。


「兄上。従者に挨拶させないといけないほど声が出ませんか? 全く嘆かわしい」


 前言撤回。気品に溢れていない。こいつ嫌味しか言わないのか。


 とはいえ、ここで怒っても意味は無い。笑顔で接しなければ。


「いやいや、そんな訳無いよ。ただ、久しぶりに会った弟に少し驚いただけさ」


「確かに……最後に言葉を交わしたのはもう半年も前でしたね」


 半年! 半年も言葉を交わしていなかったのか! 仮にも兄弟だろ! どんだけだよ!


 心の中だけで突っ込みを入れたのはファインプレーだと思いたい。


「しかし、本当に珍しいですね。普段は部屋に引きこもり気味の兄上がこんな所を歩いているとは。明日は晴れと聞いていましたが、雨ですかね」


 本当にこいつ、こっちを馬鹿にしないと会話が出来ないのだろうか。もう、良いけどそれでも。


「今日は久しぶりにセレネが会いに来てね。婚約者に会うのは当然だろ?」


 俺の言葉に、皇子は顔を歪める。


「……セレネ殿も健気なものだ。兄上を一途に慕っていらっしゃるとは」


 一途に慕う。成程、だから俺と話をしているとあんなに嬉しそうにしていたのか。


「兄上ももっとしっかりなされては? 兄上がそんなんでは慕われているセレネ殿が可哀想に思えてきます」


 肩を竦めてそう言うエウエノス。


「心配いらないよ。私だって何も考えていないわけでは無い」


「ほお……」


 目を細めるエウエノス。


「それは……次期皇帝としての自覚が芽生えたと?」


「エウエノス、父上はまだ健在だ。そう滅多な事は言うものじゃないよ」


「兄上こそ。父上はここ最近ずっと臥せっておられる。宰相殿がいつまでも代行というのも難しいでしょう。父上の心労は一つでも多く取り除いた方が良いかと」


「それもそうだね」


 お互いに笑顔を張り付けて言葉を交わす。


「そういえば、最近身の回りで不審者が出るなんて噂があってね」


「ほう、それはまた大変な」


「全くだよ。誰かが僕の命を狙っているなんて話もある」


「なんと……もしそれが真実なら大変ですな。警備を強化しなくては」


「ああ、全くだよ」


 反応は……分からないな。流石は皇族で次期皇帝候補。余り顔に出さないか。


「殿下、そろそろ」


 と、ここでエウエノスの後ろに控えていた男がエウエノスに耳打ちする。


「ふむ、もうそんな時間か。兄上、申し訳ありません。私はこれから人と会う約束がございまして。こちらからお呼び止めしておいてすみませんが……」


「ああ、良いよ。それではまたね」


「ええ、また」


 最後までお互いに笑い合いにながら別れる。


 エウエノスとすれ違う瞬間、従者がこちらをチラリと見る。


 そして、部屋に戻り、漸く息を付く。


「やれやれ……なんで人と話すだけでこんなに疲れなきゃいけないんだか」


 ベットに倒れこみながら呟く。


「はしたのうございますよ」


「別に良いだろう。公共の場ではしっかりとするから」


「全く……」


 ため息を付くセシリア。


「所で、先ほどはエウエノス殿下に反応を伺いましたね?」


「んー?」


「貴方はエンデュミオン殿下に差し向けられた刺客がエウエノス殿下のものでは無いかと思ったのではないのですか?」


 流石、皇族の護衛を務めるだけはあるか。


「まあ、大体そんな感じ。エンデュミオンがいなくなれば次に皇帝になるのは五公家の内に二家の後押しを持っているあの皇子様だ。あの皇子様が直接指示を出していなくてもその後ろの奴らが何かしている気がするけどな」


 だからこそ、あの時少し鎌をかけてみたのだが……。


「全然分からん。最近は表情を隠す奴と話なんてしていなかったからな。勘が鈍ったかも」


「成程……素晴らしいご慧眼。感服しました」


 感心したように頷き、そのまま会釈するセシリア。


 な、何だよ……何か、気恥ずかしいな。


「まあ、結局分からず仕舞だからな。もう少し調べておきたい。宰相のおっさんはこの事調べていたりしているのか?」


「恐らく。自身の子飼いを使っての事でしょうが……」


 あの宰相、何を考えているか良くわからないからなあ……協力を仰いでもなんだかヤバそうだ。


「まあ、宰相のおっさんの事は置いておいて、俺個人としても調べてみたい。手伝ってくれるか」


「――当然。私は貴方の従者。なれば、貴方のお役に立つのが務め」


 真っ直ぐこちらを見詰めながら言うセシリアに、俺は言葉を無くす。


「……頼もしいな」


 漸く出せた言葉がこれだけだ。


 セシリアのこの忠義はあくまで『エンデュミオン皇子』に対してだ。俺じゃ無い。


 その点を俺は、はき違えてはいけない。


******


「……それで、どういう事ですかな? 何故あの人はまだピンピンしているのです?」


 王城、とある一室。エウエノスはそこである人物と会話していた。


「確か、国内有数の腕利きを雇ったと聞いておりましたが、それは僕の勘違いですか?」


「……それに関しては申し訳ないと言うしかありませんな」


 返す人物は金色の髪をオールバックに固めた男性だった。片眼鏡(モノクル)をクイッと押す。


 名をセリジアス・ヴァン・シトレー。五公家の一つシトレー家の現当主の弟にあたる。


 そんな二人は現在王城の一室で堂々と会話していた。


 部屋の中にはエウエノスとセリジアス。そしてエウエノスの従者の三人だけだった。


「ヤツが言うには確かに仕留めたとか。ただ、その時あの方は一緒に浮浪児がいて、そいつが指輪を持って逃げたとか」


「浮浪児? あの人は何だったそんな者と……」


 汚らわしい、と吐き捨てるエウエノス。


 その様子に特に気にすることなく、セリジアスは話を続ける。


「それは分かりませんが、その者を追撃した際に騎士に邪魔されたと」


「騎士……セシリアか?」


 セシリアは近衛騎士団所属で、その戦闘能力は個人ならば騎士団でも五指に入ると言われるほどの猛者だ。なればこそ、雇った暗殺者が退けられるのも納得がいく。


「そいつはあの人の顔を見ていないのか?」


「指輪を探すのに執心していたようで。結局浮浪児の顔も見ていないそうです」


「ちっ、使えん……」


 苛立つように指をトントン、と机に叩くエウエノス。


「だが、あの人を襲ったのは確かだろう。先ほど、こちらにカマをかけてきた」


「なんと……」


「確信は持っていないだろうが、面倒な事になり兼ねん。早急に次の手をうたねばならない」


「……分かりました。兄上にも伝えておきます」


「頼むよ」


 セリジアスが部屋を辞すると、中にはエウエノスとその従者だけになった。


「……あの人は本当に兄上か?」


 視線を彷徨わせながらポツリとエウエノスは呟いた。


「……どういう意味でしょうか?」


 従者が問いかける。


「半年前の兄上ならば、僕と話す際もどこかオドオドしていた。なのに、今日会った兄上は全くの別人の様に感じた」


「エンデュミオン殿下では無い、と?」


「それは無いだろうよ。あの顔を忘れる程、僕の記憶は軟じゃない。あの方は間違いなくエンデュミオン・ヴァン・カーリアだ」


 皇族の中でも一番付き合いが無い兄だが、顔を忘れる程どうでも良い存在では無い。


「さて、僕の少し動くとするか」


「これからどうなさるので?」


「直接手を掛けるのはもう無理だろう。ならばもう少し味方を増やしたい。クルーニアは無理として、レラジャーダ、アガレストを味方に入れたい」


「彼らはクルーニア家の派閥です。殿下に靡くとは」


「なに、そこは僕が何とかするさ……兎に角、あんな兄上に任せておいてはこの国はもっと駄目になる。いい加減、父上もそれを理解してもらわねば」


 窓から見える城の一角――皇帝の私室がある場所を睨み付けながらエウエノスは決意を新たにするのだった。


******


「さて、調べるにしてもどうするか」


 エンデュミオンの自室。座り心地最高の椅子に座りながら俺は考え込む。


 因みにこの椅子、俺の目利きが確かならかなり貴重な木材が使用されている。もし壊したら弁償が怖い。あ、いや、今は俺が皇子だから問題ないのかな……?


「そもそも、さあ、あの暗殺者はなんで俺の事をあんなに執拗に狙ってきたんだ? 俺がいくら騒いでも皇子の暗殺なんて誰も信じなかっただろうし」


 帝都内に住んでいる浮浪児の言葉だ。先ず誰もが嘘かと疑う。


 そんな俺の疑問に答えたのがセシリアだ。


「恐らく、目撃者の抹殺と、貴方の持つ指輪かと」


「指輪……これか?」


 エンデュミオンが持っていた指輪を手のひらに置く。


「その指輪について何か?」


「いや、皇家の縁のものとしか」


 古代文字が書かれているのは分かるけど。


「それは皇家に伝わる魔装具の一つで、数ある中でも原初(オリジン)です」


「ぶっ!?」


 思わず吹く。


「魔装具!? しかも原初(オリジン)!? これが!?」


 驚き、指輪をマジマジと見る。


 魔装具とは、魔法の力で作られた文字通りの道具だ。


 装具という事から基本的に装備出来る物が基本的と言う。


 それらは例外なく強力な効果を持っており、中でも原初(オリジン)呼ばれる魔装具は滅びた古代文明から残っている貴重中の貴重品だ。


 これ一つあれば小国の財産に匹敵するだろうに。……俺、そんな恐ろしいモノを無造作に持っていたのか。


「で、この魔装具、効果は?」


「さあ?」


「いや、さあって……」


「歴代の皇帝陛下は身に着けているだけでしたから、どのように使用するかはもうどこにも記録は残っていないのですよ。恐らく、使い方は知っていたのは初代様から数代の皇帝陛下だけでしょう」


「ふーん」


 古代文字が彫られた指輪を見詰める。


 原初(オリジン)ともなれば強力な能力を有しているだろうに。一体どんなのだろうな……。


「この指輪があれば皇位継承もグッと有利になるのか」


「はい」


 あの暗殺者が執拗に俺を狙ってきたわけだ。全く持って迷惑だが。


「んで、暗殺者は一体誰なんだろうな? 暗殺者ってあんなに早いモノなのか?」


「いえ、あれは例外でしょう。私の動きについてこれると言う事は、かなりの実力者ですし」


「……なに、お前ってそんなに強いの?」


「少なくとも近衛騎士団の中では殆ど負ける気はしません」


 近衛騎士団って帝国の中でも最強クラスの騎士団だろ? その中で負けなしって……そりゃ強いな。


「てか、その最強のお前と互角ってあの暗殺者やばいじゃん」


「ええ、ですがあれ程の強さとなるとかなり限られてきます。私が知る中でもあれ程の動きを見せる帝国内で活動してる暗殺者となると……一人心当たりがあります」


「誰さ?」


「梟です」


「梟って……あの鳥の?」


「違います。梟は一種の通り名です。誰も本名を知らない事からそう呼ばれています」


 通り名か……それだけ知られた暗殺者なのか。


 けど、暗殺者が有名って良いのかな?


「その梟があの暗殺者?」


「可能性はあると思います。あれ程の技量はそうそういませんし」


「皇子の暗殺を頼むほどだしな……」


 余程腕に自信があるヤツにしか頼まないだろう。


 しかし、その梟を探そうにもこちらが見つけるわけにもいかないし。


「手詰まりだな……」


 嘆息する俺。


「暗殺者は恐らくもうこちらには姿を見せないでしょう。こちらが警戒していると分かっているところにむざむざ来ることは無いでしょう」


 やっぱりか……。うーん、どうするか。


「エウエノス側に付いている五公家ってベリウスとシトレーだったか?」


「ええ、と言っても残りの二公家も貴方の味方というわけでもありません。もともと、殿下が次期皇帝候補だったのも皇帝陛下とヨセフ殿が後見でしたから」


「前途多難だな……」


 意外と味方がいない。四面楚歌というわけでも無いが、それでも状況は悪い方か。


「取り敢えず、どうすっか……」


「一先ず置いておきましょう。私個人の伝手も頼ってみますから……貴方は今はやるべきことをやってください」


「やるべきこと?」


 何かあったか?


「来月のお茶会。それまでにそれ相応の作法は身に付けて貰います」


「……はい」

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