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第5話

遅くなって申し訳ないです。ちょっとスランプ気味でした。

「くそったれ……」


 俺はベットに寝ころびながら、頭上の天蓋に見詰めていた。


 まだ養父母が生きていたころにも体験した事が無い天蓋付きのベット。昔なら心躍ったかもしれないが、生憎と今はそんな気分には全くもって成れなかった。


 現在の俺の心は沈むに沈んでいた。


「結局、オーケーしちまったな……」


 あの憎たらしい宰相の脅しに屈しちまった訳だが、今更ながらに後悔が次から次へと湧いてくる。


「俺、そもそも、あいつがどうやって生活していたかなんて知らねえじゃん」


 そう、考えても見れば、皇子が普段どんな生活をしていたかなんて俺は全く持って知らない。


 皇族が人と会わない日なんて無いだろう。世話役とかの侍女とかもいるし、皇族の業務で皇子として見知った顔もいくつかあるはずだ。俺と顔を合わせて奇妙に思う奴だって出てくるかもしれない。


「……最悪だ」


 冷静になって考えてみれば直ぐにばれる嘘だろ、これ。自分の頭の悪さに今更ながらに呆れてくる。


「どうすっかなあ」


 これからの事を考えると憂鬱とか、そんなレベルを超えるぐらいに心が沈む。


「……今更だけど、あの宰相何を考えているんだ……?」


 あの皇子が言うには、自分が皇太子。つまりは、今は俺が次期皇帝という事になる。


 普通に考えてみれば絶対に有り得ないことだ。この帝国の最高位の皇帝にどこの馬の骨とも知れないスラム街のガキにやらせるなんていくらなんでもやり過ぎだ。


 確か、現在皇位継承権を持っている皇子、皇女はエンデュミオンを入れて七人。皇女の内、既に第一皇女は確か隣国に嫁ぐ事が決まっているから実質六人。


 その中でも最有力候補が、第三皇子のエウエノス殿下。母親が第二妃で、実家は五公家の一つの……どこだっけ?


 まあ、こいつが現在有力候補って言われている気がするが……なんであの宰相はその第三皇子にしないんだ?


「……権力争いか?」


 そう考えると何となく想像が付く。恐らく、第三皇子に付いている貴族があの宰相とは敵対関係にあるんだろう。だから継承権第一位を持っているエンデュミオン側に付いているのか。


 最悪だ。思わず頭を抱える。


 考えるまでも無く最悪だ。王宮の権力闘争なんて血みどろ争う最悪なやつだ。生き残れる自信ねえよ。


 ああ、あの時頷いた俺を思いっきり殴り飛ばしたい。てか、あの皇子が俺を見つけなきゃこんな事になる事は無かっただろうに。


 ため息を再びつきたくなるが、その前にドアをノックする音に反応する。


「ど、どうぞ……」


 ってどうぞ、じゃねえ! つい反応したけど、どうすりゃあ……。


「失礼します」


 その言葉と一緒に入ってきたのはセシリアだった。


「…………」


「…………」


「……」


 ……何この空気。


「えっと、俺に何か用すっか?」


 取り敢えず何か喋らないと始まらん。


「失礼しました。貴方様の今後の事についてのお話を、と思いまして」


 そりゃあ、丁度良い。俺も色々と確認しておきたかったし。


「先ず、貴方様には対外的には『エンデュミオン皇子』として振る舞っていただきます。ですので皇子の口調や振る舞いを覚えてもらいます」


 ま、妥当だな。そこら辺をしっかりと覚えていかないと不味いしな。


「加えて、食事やその他のマナーや礼儀作法。皇子としての知識。ダンスのレッスン。後は――」


「ちょ、ちょ、待って」


 思わず止める。


「何か?」


 何か? ってそんな不思議そうな顔すんな。こちとらほぼそんな学が無いスラムのガキだぞ! んな一遍に覚える事なんぞ出来るか!


「しかし、これらをやって頂かないと、色々と面倒が……」


「う、ぐぐぐ……」


 思わず唸る。


 ああ、分かっているとも。ここでただを捏ねても全く意味が無い事も。結局やらねば、俺の人生も真っ暗だって事もな。


 唸る俺を見て何か思ったのか、セシリアが一息つく。


「……分かりました。先ずは皇子の普段の振る舞いから習っていただきます。取り敢えずそこの部分を今はやっていきましょう」


「……何かすんません」


「いえ、こちらこそ失礼しました。少し急ぎ過ぎたそうです。では、始めましょう」


「え」


「はい?」


「いえ……」


 今からかよ!


******


「くそ……あの女騎士容赦ねえ」


 ベットに寝転がりながら呟く。


 あの女騎士、容赦ねえ……。少しでも間違えたらそこを指摘してくるし、間違えたところから何度もやり直させるし……。


 あれから数時間もぶっ続けでやってもう心身ともに限界ってやつだ……ああ、疲れた。


 ――コンコン


 再びノックする音。セシリアか?


「どうぞー」


 俺の言葉と共に入ってきたのはメイドだった。


 ……って、メイドォ!?


 思わず体を起こす。


 入ってきたメイドは二人。どちらも若々しい。


 一人は栗色の髪をアップで纏めていて、容姿も整っている。俺よりも少し年上だろうか。


 もう一人は金髪をポニーテールにした小柄な少女。こちらは俺よりも年下だろう。


「初めまして、エンデュミオン殿下。本日より殿下の身の回りのお世話をさせていただきます、アンナ・フォン・スランドです。こちらはイザベル・フォン・メルフェンドです。よろしくお願いします」


 そう言って深々とお辞儀してくるのは、茶髪をアップにしたメイドの方だった。


 で、もう一人の金髪のメイドは……。


「…………」


 俺の事を見てぼおっとしている。何、そんなに見つめられても困るんだが。


「……イザベル?」


 何も反応を起こさない金髪に違和感を覚えたのか、チラリと見る茶髪、もといアンナ。


 アンナの声にはっと我に返る金髪メイド。


「し、失礼しました! イザベル・フォン・メルフェンドです! よろしくお願いします殿下!」


 慌てて言い、そのまま足に頭が付きそうなくらい深くお辞儀をするイザベル。


 参った、反応に困る。


 えっと、皇子の役、皇子の役っと……。


「構わないよ。初めまして、エンデュミオン・ヴァン・カーリアだ。これから宜しく」


 普段の俺を知るレティシア何かが見たら偽者と思うような柔らかな声で言う。


 ……うん、自分でも無いって感じる。正直吐き気がしてくる。


 まあ、その辺は慣れるしかないか。取り敢えず、聞かないといけないことは聞いておくか。


「所で、何故急に変更に? 何か聞いているかな」


「あ、はい。何でも宰相様のご指示で王宮の使用人の急な配置換えになったそうです。詳しい理由などは私たちも殆ど聞いておりませんが……」


 成程、ね。宰相か。仕事が早い。皇子を良く知るヤツを俺から遠ざけようとしているのか。ちゃんとそういう所も考えているんだな。これならあまり知られていない皇子でもボロを少し出しても大丈夫か。


 ……けどさ、見るからに新人っぽいメイド二人を皇子の身の回りの世話に寄越すのもどうよ。あれか、この年頃の少年には可愛い女の子を付けておけば良いってか。いや、確かに可愛いけどさ。何なの、やっぱりあの野郎、俺の事馬鹿にしている? うん、そう考えると余計に腹が立ってくるなあ、おい……!


「あ、あの、殿下……?」


 思考の海に沈んでいると、声を掛けられた。


 我に返ると、アンナが心配そうにこちらを見ていた。


「ああ、すまない。考え事をしていた。色々と至らないこともあるかもしれないが、頼むよ」


「そんな、とんでもありません。こちらこそ、至らぬ所があるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 ふむ、取り敢えず初対面での掴みはオーケーかな? 長いかどうかは分からないが付き合いが結構必要になってくるだろうしな、ちゃんと接しないと。


「イザベルも、よろしくね」


「は、はいいぃぃぃ!」


 何でこんなにテンパってるんだろうか、この子は。


「イザベル……申し訳ありません。普段はこんなに挙動不審では無いのです。仕事もきちんとこなしていて……」


「ああ、仕事が出来るのならば私も構わないよ」


 そもそも、俺に彼女らを拒否する権利なんて無いに等しいんだがな。


 ま、良い。兎に角彼女たちが俺の世話役か。……『フォン』のミドルネームが付くって事は貴族なんだろうが。


 いや、当たり前か。王宮の使用人の中には行儀見習いという事で貴族の子女が使用人として働いているって言うし、多分、それなんだろう。


 その後、何個か言葉を交わした後、風呂の準備が出来ているので入るか聞いてきたので、入ることにした。


******


「あー生き返る」


 広い湯船の中、俺は体を伸ばしきってゆったりとしていた。


 人が十数人入ってなお余るほどの大きさ。孤児院の風呂もこんぐらいの広さがあったけど、あそこはかなり雑に作られているうえに古かったからなーこんなにゆったりとしたのは初めてかな。


「お湯加減はどうですか殿下?」


 湯気の向こう側からアンナの声が聞こえてくる。


「丁度良いよ」


 そう答えつつこの後をどうするか決めあぐねていた。


 風呂に入ろとしたら二人が当たり前のように脱がすのを手伝ってきた。


 一瞬悲鳴を上げそうになったが、何とか堪えてされるがままにされた。


 これからずっとこんな調子なんだからしっかりとやらねば。


 そこまでなら慣れれば良かったが、あの二人風呂の中にまで付いてきた。


 メイド服では流石に動きづらいのか、湯着を着ていたが。……ただ、めちゃくちゃ透けているんだけどな。


 風呂の湯加減は最高の一言なのだが、この二人が邪魔して何とも微妙だ。


 追い出そうとすれば追い出せるだろうけど、余り変な行動とかするのもなあ。


 ……まさかと思うが、皇子のヤツこんな生活が嫌だから逃げたとか言うんじゃねえよな?


 いや、まさかな。生まれたときからこんな生活している奴が今更羞恥心が出たとかあり得ないし。


 これ以上湯船につかっていたら流石にのぼせるので出る。


 そのまま体を洗う場所まで移動する。


 椅子に座ると、すかさずアンナたちが近づいてくる。


「――失礼します」


 流石に少し気恥ずかしいのか、ちょっと動きがぎこちない。イザベルに至っては顔がゆでタコみたいに真っ赤だ。


 泡立てた手ぬぐいでしっかりと、ゆっくりと体が現れていく。


 ……不味い。恥ずい。恥ずすぎる!


「殿下? おのぼせに?」


「い、いや! 問題ないよ!」


 心配そうに聞いてくるアンナに慌てて返す。


「そうですか……では」


 今度は腕を洗ってくるアンナ。


「あう……」


 イザベルも震えながら俺の体を洗っていく。


「それにしても、随分とお汚れになっていますね。剣の稽古を成されたのですか?」


「え? あ、ああ。そんな所だよ」


 今日は延々と暗殺者から逃げ回っていたからな。そのお蔭で汗とかも結構掻いたな。  


「そうでしたか。ではしっかりと洗わせて貰いますね」


 普通しっかり洗うもんじゃね? などと心の片隅で思ったが、それよりもアンナの更なる攻撃(洗い)に俺は意識を保つのに必死だった。


「……イザベル?」


 再び俺の体を洗おうとしたアンナが訝しげな声を上げる。


 何だ? と思ったとき、バタン! と何かが倒れる音がした。


「イザベル!?」


 慌てるアンナ。


 後ろを向けば、イザベルが倒れていた。


「ちょ、大丈夫か!?」


 俺も慌てて立ち上がり、イザベルに駆け寄る。


 顔を覗き込んで見れば真っ赤になって目を回していた。


 脱水……症状か?


 あんまり詳しくないので良く分からないが、取り敢えずこんな所に置いておいたら不味いだろう。


 その後、他のメイドにも来てもらい何とかなった。


******


「やれやれってやつだな……」


 部屋のテラスから城下町を眺めながら俺は静かにため息を付く。


 たった一日。たった一日で何もかもが変わってしまった。朝の時などこんな事全く想像がつかなかった。


 いやまあ、想像出来ていたら凄いんだが……。


「これからどうなるんだろうな」


 不安しか無い。何せ今まで経験したことが無いような事をこれからずっと先やっていくことになるのだからな。


 柄でも無いな。こんなに不安になるなんて。


「しっかし、まだあそこに愛着なんてものがあったなんてな。正直、自分でも意外でしょうがない」


 そんな事を呟きながら、俺は眠くなるまで城下町を眺めているのであった。

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