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第3話

大学のテストも終わりましたので、更新を再開します。

 全く持って意外な事ではないが、俺は人の死というものには案外慣れている。


 こんなスラム街で生きているのだ。歩いていればその辺に死体は転がっている。


 大抵は栄養失調だったり、喧嘩で頭の打ち所が悪かったり、病気だったりとまあ、この三つが主だな。


 気づいたらいなくなっている奴も多いし、何とも言えないが。


 とはいえ、最初は人の死体を見るだけで三日ぐらいは眠れなかった。


 最初に見た死体が悪かった。何せ腐敗して所々で蛆虫が湧いていたのだ。


 その場で思わず吐いてしまったほどだ。お蔭でしばらくは肉が食べれなかった。


 ただまあ、そのお蔭というかその後どんな死体を見ても動じなくは無かったが。


 だが、それはあくまで死んだ後の話だ。既に肉の塊となった奴らの姿を見ても俺は特に感じる事は無かった。死ぬ瞬間は見たことが無いからな。


 だけど、俺は今、自分の認識が甘かったのを痛感していた。


 俺の目の前で倒れているのは一人の少年。


 金色の髪と青い瞳。


 その顔は俺と全く同じ。似ているのレベルじゃない。全く同一なのだ。


 エンデュミオン・ヴァン・カーリア。このカーリア帝国の皇子で、次代皇帝だ。


 その彼が今地面に伏している。


 四肢は力なく地面に広がり、その両目は大きく見開いたまま微動だにしていない。


「…………」


 喉が渇く。呼吸がうまく出来ない。


 何だこれ? 何で皇子が倒れてるんだよ。だって、さっきまで俺と喋っていたじゃないか。なのにどうして……。


 頭の中がぐちゃぐちゃしてきた。考えが纏まらない。


 皇子の背中に突き刺さっているナイフは何だ? 何故そんなものがある? どうして。


 足をほんの少し動かす。すると、何か固いモノが足に当たる感触がする。


 のろりと、足元を見ると、そこにはリングが転がっていた。


 ――皇子が見せた王家の指輪だ。


「……」


 俺は震えながらそれを手に取る。


 どうやら、俺が返した後付けていなかったらしいな。などと、どうでも良い事を考えてしまう。


「…………」


 いる。何かがいる。


 恐らく、皇子を刺した奴だろう。姿が見えないのは多分暗殺者ってやつじゃないかな?


 はは、おいおい、どうするよ俺? 何かこの国の闇みたいなもんに出くわしちまった? だとしたら何で今なのかね? もう笑えてきたよ。


 足が震える。正直、立っているのが自分でも驚きだ。


「……っ!」


 俺はその場から踵を返して逃げ出した。


 走れ走れ! 兎に角走れ。この場から逃げるんだ!


 後先考えず俺はその場から離れるのだった。


******


 エイオスが去った後の彼の棲み家。


 既に物言わなくなった皇子の躯が無残に転がっていた。


 その皇子の死体に、ゆらりと、何かが近づいてきた。


 それは黒いローブで全身を覆った人間だった。


 フードで顔をすっぽりと覆い尽くしており男か女かも分からない。


「…………」


 その者はエイオスが走って行った道を無感動に見つめ、直ぐに皇子の遺体の傍で膝を折る。


 そして、軽く一礼すると、手元を見た。


「…………?」


 指輪が無い。調べでは常に指に付けて肌身離さず持っているという。


 少し、慌てながら体を隈なく触る。指輪ほどの物なら服の上から触っただけで直ぐに分かる。


 そして、探した結果。


「……無い」


 ポツリと呟いた声音はどこか中性的で、性別は判断にしにくい。


 指輪がどこにも無い。その事にその者は少し困ったような仕草を見せる。


 その者はある人物に雇われて皇子暗殺を依頼された者、所謂暗殺者というヤツだ。その人物は依頼の最後に皇子の指輪を所望していたのだ。


 いくら皇子を暗殺したからと言っても、指輪を紛失したとなると、雇い主も良い顔をしないだろう。


 しかし、どこに? いくら城を抜け出したからと言っても、指輪を置いて出ていくだろうか? 城の方ではそのような話は聞いていない。


 ではどこに? そこまで考えて暗殺者はあることを思い出す。


 皇子が死ぬ直前まで話していた少年。帽子を被っていたため顔は判別出来なかったが、皇子の方は随分と親しげに話していた。


「…………」


 その少年が逃げる際に足元に転がっていたモノを拾ったのを暗殺者は思い出した。


 恐らく、それが指輪だったのだろう。


「……不用心、だったか」


 風貌からして、スラム街の人間だったから、どうせ何も出来ないと見逃したのだが、どうやら失敗だったようだ。


 楽に終わる仕事だと思っていたが、どうやらそもいかないらしい。


 この帝都のスラム街は道が非常に入り組んでおり、ここに住んでいる者でさえ迷う事があると言う。


 実際に住んでいたものとしての経験から、速く捕まえたほうが良いと考える。


 幸いにも逃げた少年の行き先は分かる。まともな思考が少しでも残っていたら恐らく、大通りに出るだろう。今日は大市場の日。人ごみに紛れられたら流石に暗殺者の目でも探すのは難しい。


 そうと決まったら暗殺者の行動は素早かった。次の瞬間にはその場から姿を消していた。


 後に残ったのは皇子の遺体だけだった。


******


「はあ、はあ、はあ…………」


 足がもつれそうになりながらも、俺は走り続けていた。


 全くなんて日だ! 折角の掘り出し物を見つけたと思ったら安値で叩かれるし、レティシアたちと会って嫌な事を思い出すし、何か自分とそっくりな皇子と出会ったと思ったらその皇子は突然死ぬし。


 ……あれ? もしかしなくても厄日ってやつじゃね?


 ええい! そんな事を考えている時じゃない! 早く人がいるところに! 出来れば大市場の場所! その中でも特に人が溢れている所だ!


 恐らく皇子の殺した奴、かなりの手練れなんだろう。じゃなきゃ皇子の暗殺なんてやらない。明らかに皇子を狙っての殺人だ。


 ああ、マジで帽子被っていて良かった。下手したら俺が殺されていたのかもしれないんだよな。それを考えるとマジでゾッとしてこないぜ。


「ここまで来れば流石に安全か……?」


 流石に息も辛くなったので、俺は少し物陰に隠れて息を整えた。


 しかし、一体誰なんだ?


 息が整って頭が少し冷えてきた。先ほどの襲撃者について思い起こす。


 皇子を狙った、つまり計画的行われたと考えて良いだろう。更に襲撃者に依頼した奴が必ずいるはずだ。


 そういや、皇子の奴、五公家の何家かが怪しい動きをしているって……大方、そいつらだろう。


 ほんと、下らねえ。何が楽しくて謀略なんてやっているんだろうか。俺には全く理解できん。


 しかし……。


「死んだのか、あいつ……」


 ポツリと無意識に出た言葉。


 それは、追悼を込めた言葉なのか。それともただ単に事実を再確認しただけのなのか。正直、俺自身でも良く分かっていない。


 けど、同じ顔。同じ声のヤツが死んだって事は何だろうな。俺の中で何か重たいモノが沈んでいったような……自分でもよく分からないものだ。


 何だろうな。たった数十分。ほんの僅か言葉を交わしただけ。


 なのに、なあ……。


 ――あいつの死に怒りを感じている俺もいる。


「……はっ、意味不明だな」


 自分のことながらそう判断せざるを無い。


 六年前からずっと一人で生きていたんだ。今更ちょっとした顔見知りが死んだだけで何を考えているんだか……。


 ……ほんと、訳わからん。


 思わず、自嘲気味に笑いが漏れる。


「……考えても仕方ない」


 そう、今考えても仕方ない。今は逃げる事だけを考えて後で考えよう。


 さて、少し休憩も出来たし、また動くか。


 そう考え、俺が体を預けていた壁から身を起こした時だった。


 何か風を切る音とともに壁に何かが当たった。


「…………」


 恐る恐る壁の方を向く。


 そして絶句する。


 壁にはナイフが突き刺さっており、周りにひびが入り始めている。


「うそ、だろ……」


 ナイフが壁に突き刺さるなんて初めて見たぞ……。どんだけの力で投げたんだよ。


 いや! そんな事はどうでも良いんだ! ナイフが俺を狙ってって事は……!


「……!」


 ナイフが飛んできたであろう方向を見る。


 そして、そこにそいつはいた。


 建物の屋根の上に乗っている黒いローブに身を包んだ人。


 顔もフードですっぽりと覆い隠しており、体つきもローブで分からないから性別は分からない。


 だが、何となく分かる。俺に向けられているこれは――殺気だ。


 こいつ、間違いなく俺を殺す気だ……!


「くそ!」


 直ぐ様俺は逃げ出す。


 ナイフで狙われない様になるべく入り組んであちらから俺が見えない様にするんだ! でなきゃやられる!


******


「結局逃げきれなかったわけか……」


 上半身を起こして近くに置いてあった木箱に背中を預ける。


 結局のところ捕まっちまった。


 考えても見れば、皇子暗殺を任されるほどの実力を持っているヤツが目撃者を逃がすわけないか。


 ああ、そもそも体も全然動かねえ……久しぶりに走りまくったからな。


 もう駄目か。そう思うしかない。


「…………」


 ローブの奴が静かに俺の前に立つ。


 その手元には既にナイフが握られていた。


 何本持っているんだよ、等と場違いな事を考えながら俺は言う。


「参ったな。今日は本当に運が無い日だ」


 苦笑してしまう。自分でも死ぬと分かると案外気が楽になる。


「…………?」


 死を目前にして、笑っている俺に暗殺者は首を傾げる。


 まあ、大抵は死への恐怖心から気が触れたとでも思うだろう。


「…………」


 暗殺者は、ゆっくりとナイフを上げる。


 そして、一気に振り下ろそうとした瞬間、


「――何をしている」


「っ!?」


 第三者の声が響き渡った。


 ばっ、とローブのヤツが声がした方向を振り向く。


 つられて俺もそちらの方を向く。


 そこには、騎士の鎧を身にまとった女が一人、立っていた。


 年は、俺よりも少し上だろうか。灰色の髪を後ろで束ねており、その容姿は結構な美人って、何で俺は死にそうな状況で、そんな所を見てんだか。


「……近衛隊」


 ぼそりと、ローブのヤツが言う。


 近衛隊。確か、王族の警護を任されている騎士団最強の部隊、だったよな。


「こういう、街中での殺人は本来、警邏騎士団に任せるべきなのだろうが……」


 女は一旦口を閉じると、腰に提げている剣を抜く。


 剣の切っ先をローブのヤツの方に向けると言った。


「目の前で起きているのなら、騎士として止めねばなるまいて」


「…………」


 ローブのヤツが身構える。


 気づけば、暗殺者の手の中にはもう一つ、新しいナイフが収まっていた。


 恐らく、本気になったんだろう。それだけ、あの女騎士が強いって事か……。


「…………」


「…………」


 お互いに、構えたまま一歩も動かない二人。


 剣術の素人の俺にも何となく分からるが、多分、どっちも相手の隙を探っているんだろうな。


 両者共に、動かずにいた。


 そして、


「っ!」


「――っ!」


 共に動いた。


 ローブの奴が女騎士の背後を取る。


 女騎士は冷静に振り向きざまに剣を振りかぶる。


 ローブの奴は体を屈める事でそれを躱す。


 そのままがら空きとなった女騎士の胴体目掛けてナイフを突き刺す。


 女騎士はそれを右に体を捻ることで躱す。


 そして、勢いに乗ったままローブの奴に剣を振り下ろす。


 だが、ローブの奴もこれに反応し、両手に持ったナイフで女騎士の剣を受け止める!


 ギイィン! と金属がぶつかりあう音が辺りに響く。


「……驚いた。そんなナイフ二本で、私の剣を受け止めるとは」


 感嘆するように言う女騎士。


「これほどの使い手。そうはいまい。――貴様、どこの家の者だ?」


「…………」


「だんまりか。まあ、暗殺者が喋るわけないか」


 軽く笑い、そして次の瞬間、女騎士は表情を消して言う。


「――無理やりにでも吐かせてやる」


「っ!」


 何かに気づいたローブのヤツが、咄嗟に剣を受け流して後ろに下がろうとするが、それよりも早く、女騎士が右ひざをローブのヤツの顔面に打ち込む!


 女騎士の膝蹴りが見事にローブのヤツのフードの中に入り込む。


 衝撃で、ローブのヤツが吹き飛ぶ。


 そのまま壁に激突するかと思ったが、空中で態勢を整えて地面に着地する。


 しかし、着地した拍子に、フードが外れる。


「え……」


「…………」


 フードの中身は女だった。


 紫紺色の髪をセミロング状にしており、その容姿は綺麗に整っている。


 だが、それ以上に人形並か、それ以上に無表情が顔が、不気味さを醸し出していた。


「ちっ、衝撃を逃がしたか」


 忌々しそうに舌打ちをする女騎士。


 言葉から察するに、さっきの膝蹴りは上手く入らなかったらしい。


「まあ良い。次は仕留める」


 剣を再度構える女騎士。


「…………」


 それを黙ってローブの奴は見る。


 ほんの数秒だろうか。ローブのヤツが音も無く消えた。


「は!?」


 いやいや、ちょっと待て! どうなっている? 俺あいつから目を離していないぜ! なのに何であの女姿を消してるんだよ!


 突然の事に混乱する俺だが、女騎士はため息を付くと、剣を鞘に納める。


「逃げたか……まあ良い。――君、大丈夫か?」


 女騎士がこちらに振り向いて言う。


「ああ、大丈夫……」


 痛む背中を気にしながら、俺は何とか立ち上がる。


 そして、女騎士の顔を見る。


 だが、女騎士の顔にあったのは、驚愕だった。


 何だ? 俺は訝しむ。


「……殿下?」


 その言葉に、俺は直ぐに頭に手を乗せる。


 そこには、帽子が無かった。慌てて下を見れば、直ぐ足もとに転がっていた。


「ああ……」


 思わず、天を仰ぐ。


 そこには、小憎らしい程清々しい青空が続いていた。


 遠くからは大市場の喚声が聞こえてきていた。




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