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第9話

「皇帝、皇帝か……」


 窓の外を見ながら俺はボンヤリと考える。


 皇帝。つまりはこの国のトップである。


 本来ならば、本物であるエンデュミオンが成るはずだったモノだ。偽者である俺が成れるようなものでは無い。


 顔は同じでも、所詮俺はスラム街で生きる孤児。どこで野垂れ死にしようとも誰にも気にも止められないそんな存在だ。


 そんな俺が皇帝? は、笑えてくるわ。


 セシリアも何を考えているのやら。俺が皇帝になんぞなれるわけが無いだろうに。


「……殿下、宜しいでしょうか」


 ドアのノックする音と共にアンナの声が聞こえた。


 正直、今は誰とも会いたくなかったがここで拒否るのもエンデュミオンとしては変かな。


「ああ、良いよ」


 許可すると、「失礼します」と同時にアンナとイザベルが入ってきた。


 イザベルは緊張した面差しでティーセットが置かれた台を押していた。


「殿下、紅茶をお持ちしました」


 紅茶、か。飲んだのは随分前だな。それもクソ不味かったし。


 今のナイーブな気持ちには丁度良いかもな。


「良いね、頂こう」


「かしこまりました。イザベル準備するわよ」


「はい」


 テキパキと準備を進めていく二人。


 そんな二人を俺は黙って見ていた。


 そういえば、この二人、一応貴族の子女なんだよな。侯爵家の出だった筈。


 ……ちょっと聞いてみるか。


「どうぞ」


 アンナがテーブルに紅茶の入ったカップを置く。


 手に取り、近くに持ってきて匂いを嗅ぐ。


「……いい匂いだね」


 本当にそう思う。


 養家で飲んでいのが偽物と思えるほどだ。


 一口飲む。


「……美味しいな。それに、砂糖も入っているな」


 驚いた。俺の口に合う様になっている。


「はい、以前殿下にお仕えしていた者達に偶々会い、殿下の好みを聞くことが出来まして……お口に合いましたか?」


「ああ、とてもいいよ」


 以前って……エンデュミオンの好みだよな? あいつ、俺とおんなじ舌でも持っているのか?


 何か、少し面白くなってクスリと笑う。


「やっと笑われましたね」


「え?」


 アンナの方を見る。


「ここ最近、思い悩んでいるようでしたので、イザベル共々心配でございました。紅茶が役に立ったようで良かったです」


 顔に出ていたのか……。それは少し失敗だったかな。


「ありがとうな。お蔭で少し気分が良くなったよ」


「お礼でしたらイザベルに言ってください。この紅茶淹れたのイザベルなんですよ?」


 へえ、そうなのか。


「とても美味しいよ。イザベルは随分紅茶を淹れるのが得意なんだね。凄いよ。僕が飲んできた中でも特に美味しい」


 手放しに褒めると、イザベルは顔を真っ赤にして俯く。


「あ、ありがとうございます……」


 俯くながらもそう返してくる。


「イザベル、もう……申し訳ありません殿下。イザベルが失礼な」


「気にしてないよ。これも彼女の魅力というヤツだと思うからね」


 言ってて少し後悔する。


 少し浮き過ぎか? エンデュミオンがこんな女性を口説くような事は言わないだろうな。


 というか、イザベルがこういうのに慣れていなさそうだな。


 案の定というか、イザベルは更に顔を赤く染めてしまった。


「あはは、少しからかい過ぎたかな。ごめんごめん」


 苦笑しながら言うと、アンナも苦笑いを浮かべる。


「殿下ったら、イザベルもいつまでも固まっていない」


「う、うん……」


 漸く、動き出したイザベルやアンナを見ていると、少し気が晴れた。


 この二人には感謝だな。あの宰相のおっさんを送った人員だから色々とあっちにも考えはあるんだろうけど。


 その後も俺たちは軽く世間話を進める。


 驚いたのが、アンナの姉が四方元帥の一人、北方元帥の鬼将ルゴス元帥の副官をやっていることだ。


「ルゴス元帥は苛烈な性格をしていると聞くけど大丈夫なのか?」


「はい。お姉さまは軍人になる為に生まれてきたと言われるほどの方ですから、手紙などでも寧ろ生き生きとしています」


 軍人になる為に生まれてきたって……そいつは凄いなあ。正直、この物静かなアンナの姉というが、想像が出来ない。


 というか、あんまり会いたくなってきた。……まあ、北方に居るんなら会う機会も無いだろう。多分。


 さて、そろそろ聞いてみるか。


「所で、二人は次期皇帝は誰が成るべきだと思う?」


 あくまで自然に、話の流れ様に聞く。


 一瞬、二人が固まるも、直ぐにアンナは笑顔を浮かべる。


「申し訳ありません。殿下、私如きがそのような事を申すことは……」


 ふむ、やはりガードが堅いか。侯爵家のアンナが発現すれば、それは侯爵家の総意と取られる可能性もあるからな。


「イザベルはどうかな?」


 無駄かな、と思いつつイザベルに話を振る。


「私は……殿下が相応しいかと思います」


 だが、予想に反し、イザベルは小さいがハッキリとした声で言った。


「イザベル、ちょっと……」


 アンナが焦った声を上げる。


「アンナ、少し黙っていてくれ。それでイザベル、何故そう思ったんだい?」


 静かに俺は彼女を見る。


「お亡くなりになられたとはいえ、殿下は第一妃殿下のお子様。しかも長男でございます。継承位も一位。ここまで揃えば、誰が後継か誰にでも分かるものでございます」


 スラスラとまるで別人の様に俺の正当性を主張してくるイザベル。


 隣のアンナは呆気に取れていた。普段から共にいるアンナでもこのイザベルは珍しいのだろう。


 そして、彼女は言う。


「――それを抜きにしても、殿下こそが次代の王にこそ相応しい。私はそう考えています」


 今までにない真剣な表情で俺を見据えるイザベル。


「……失礼しました。侍女の身でありながら、大変なご無礼を。如何な罰も受ける所存でございます」


 深々と頭を下げるイザベル。


「いや、構わないよ。貴重な意見をありがとうイザベル。君が僕の侍女で良かったよ」


「え、あの、そんな事……」


 気づけば、またいつものイザベルに戻っていた。しもどろとしていて、顔を良く真っ赤にするイザベルに。


「…………」


 そんなイザベルを見ながら俺は考える。


 王の資質か。イザベルが言う様に確かにそうなのだろう。


 だけど、それはあくまで〝エンデュミオン”の話だ。俺じゃ無い。


 偽物である俺に、そんな資格は無い。


******


「ふう……」


 夜、俺は自室に備え付けられているテラスに出ていた。


 まだ肌寒いが、今は丁度良い気温だ。


 ボンヤリと城下町を眺める。


 夜だっていうのに明かりは灯されて騒ぎ声が小さいがここまで聞こえてくる。


 呑気なものだ。今、この帝国は滅びる運命にあるというのにそれを知らずに酒盛りなどしていて。


「はっ……」


 軽く鼻で笑ってしまう。


 誰にも聞かれていない筈なのに。


「――どうしたんだい?」


 誰かの声が聞こえた。


「っ!?」


 反射的に体が固まる。


 何だ? 誰だおい。何で……?


 恐る恐る声がした方向を見る。


 そこにいたのは奇妙な風体をした男だった。


 浅草色の質素な服に身を包み、頭には服と同じ色のとんがり帽子。そして手には男の背丈を超える程の杖が握られていた。


 ちょっと待て。どうやってここに入り込んだ? ここを何階だと思ってる? このテラスの入り口から入るしか無いんだぞ。なのにこの男は間違いなく、入り口からこのテラスに入ってきていない。


 俺が警戒心を露わにしながら男を見ていると、男は苦笑する。


「やれやれ、随分と警戒心が強いんだね。まあ、ついこの間暗殺者に狙われて敏感になっているからかな?」


「…………」


 ……あの件を知っているのか? だとすればこいつは。


 俺の脳裏に最悪な事が浮かんだ直後、男が口を開く。


「おっと、僕は別に暗殺者では無いよ。ついでに言うとその仲間でも無い」


 どの口が。信じられるか。


 俺が睨み続けていると、男は付かれたように息を吐く。


「全く、疑い深いなぁ。……まあ良いや。今日は君の顔を見に来ただけだし」


「……?」


 何だこいつ……?


「ねえ、エイオス」


「っ!?」


 心臓が胸を破って出るんじゃ無いかと思える程驚いた。


 俺の名前を、知っている……? どういう事だ、だってこの城で知っているのは二人だけで……!


 混乱する俺を見ながら男は言葉を続ける。


「君は今の世界をどう思っている? 僕はね、ずっとこの世界を見てきた。だからこそ、変わっていくモノをずっと見てきた。変わるからこそ美しいもの。変わらないからこそ美しいもの。この城のここから見る風景はずっと変わらないものだ」


 懐かしむようにテラスから城下町を見下ろす男。


「けど、この変わらない風景ももう直ぐ終わってしまうかもしれない」


 そして、少し悲しそうに言う。


「……何を言っている?」


 絞り出すように俺は声を発する。


 喉がカラカラだ。今すぐにでも水が飲みたい。ここから離れたい。


 だけど、出来ない。まるで足が地面に縫い付けられたように動かない。


「エイオス、君はどうしたい? この世界で君は何をしたいんだい?」


 男がこちらに振り返って聞いてくる。


 ……さっきから何なんだこいつ。訳の分からい質問ばかりしやがって……。


 俺が黙りこくっていると、男の方から視線を外してくる。


「……今はまだ良いかな。でも、考えておくんだエイオス。もう時間はあまり残されていない。君にならそれが分かっている筈だ」


「…………」


「運命は僕の予想外の方向に進み始めた。だけど、道を決めるのは君だ」


 それだけ言うと、男は闇に溶ける様に影の中に消えていく。


「待て。待ってくれ。あんた、名前は?」


「――内緒。もしも次に会うときに道を決める事が出来たら教えてあげる」


 笑ってそう言うと男は静かに消えていった。


 そして辺りが無音になると、俺は腰を下ろしていた。


 腕を見れば恐怖かどうかは分からないが、震えていた。


「くそ……」


 テラスの柵に後頭部を当てる。


 何をやっているんだ俺は。色んな事を考えすぎて頭が回らなくなってきているのか。


「どうすれば良いだよ……」


 膝を抱え蹲る。


 親を失ってからは一人で生きてきた。人に頼ることを止めて、自分の力で生きてきた。


 手を差し伸べられたことも何回もあった。だけど、全て取らなかった。


 それが正しいのだと。間違っていないのだと、ずっと思っていた。


「一人で生きる事の何が悪いって言うんだよ……」


 それがどうしても分からない。答えが、出ない。


 結局俺はその後セシリアが来るまでテラスで悶々としているのであった。

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